ワクワク学校見学
言い争っていたはずのシャロンと老人だが、ぽかんと目を丸くして固まってしまう。学院に似つかわしくない幼児に突然説教されたのだから、当然の反応だろう。
そんなふたりを見て、フィオは満足そうにうんうんとうなずく。
「分かればいいんだよ、みんな仲良くしなきゃダメなんだからね。じゃないと先生に叱られちゃうんだから」
そうしてくるっとカインを仰ぎ見る。
「ねー。そうだよね、パパ?」
「フィオ! おまえ、なんで魔法学院にいるんだよ!?」
カインはハッとして叫ぶしかない。
おもわず娘に詰め寄って、抱き上げた上で至近距離で睨み付ける。
「ギルベルトの屋敷にいるはずだろ! ここは子供の来る場所じゃない!」
「えー? でも『はいっていーよ』って言われたよ?」
「誰に!?」
「フレッドくんの美人なママさん!」
フィオはニコニコと屈託なく答えた。
ギルベルトの妻であり、フレッドの母である奥方は、フィオのことをたいへん気に入ったらしい。彼女に簡単な魔法を披露したところ、飛び上がらん勢いで驚かれて、おおいに褒められたという。
『まあまあまあ! フィオちゃんったらその年で魔法がお上手なのねえ、すごいわ』
『ありがとうございます! もっともっと練習して、パパみたいにすごい魔法使いになるんだ!』
『それならここの魔法学院を見学してみたら? きっとフィオちゃんの成長に役立つはずよ。カインさんも今日は魔法学院に行くみたいだし、どう?』
『パパといっしょに学校見学!? たのしそう!』
『それじゃあ手配してあげましょうね♪ 主人だけじゃなくって、私もあそこには色々と顔が利くのよ』
『フィオの実力ならワグテイル魔法学院でも十分通用するだろうなあ。僕ももっと頑張らないと!』
回想終了。
「ってかんじなの。それで、これがママさんがくれた『きょかしょー』ね」
「奥方様ぁ……!」
フィオの胸には、カインとお揃いの入校許可証が燦然と輝いていた。
愛娘が思った以上に周囲から愛されていて、喜ばしい。だがしかし時と場合があると思う。
カインは頭を抱えるしかない。
シャロンや老人だけでなく周囲の生徒らも、クズ賢者になつく謎の少女に困惑しているようだった。目立たずひっそり調査に乗り出すはずだったのに、もうすっかり注目の的だ。
老人はすっかり毒気を抜かれてしまったのか、あごヒゲを撫でてぼやく。
「あのクズ賢者に娘じゃと……? そんな話、聞いたこともないが……」
ひとしきり唸ったあと、彼はカインをジロリと睨め付ける。
見た目は枯れ木のような老人だが、眼光はこれまでカインが渡り合った猛者たちと遜色ない力強さを秘めていた。地の底から響くような低い声で彼は告げる。
「ともかくよいか、クズ賢者。貴様が何を企んでいるかは知らんが、我が校に害と判断すれば……全力で排除させてもらう。ゆめゆめ心しておくようにな」
「ご心配なく。俺様はただ娘を育てるための食い扶持が欲しいだけなんで、大人しくしときますよ」
「ふんっ、口では何とでも言えような」
次に老人はフィオに鋭い目を向ける。
フィオがきょとんと小首をかしげたところで――。
「まあいい! ワシは失礼させてもらうぞ!」
老人はますます語気を荒げて、ぷいっと足早に立ち去っていった。
おかげで緊迫した空気はひとまず霧散した。
ホッと胸をなで下ろしたところでシャロンが静かに切り出す。
そこに、シャロンがそっと近付いてきて淡々と言う。
「驚きました。カインさん、娘さんがいらしたんですね」
「あ、ああ。実はそうなんだよ」
「パパはフィオのパパだよ!」
カインはぎこちない笑顔を浮かべてみせる。
フィオもぎゅーっと抱き付いてきて、どこからどう見ても仲良し親子だろう。
シャロンはまた目を丸くしつつ、懐から書類の束を取り出してぺらっとめくる。
「そういえば、本日は採用試験だけでなくお子さんの見学も入っておりましたね。フィオさんも魔法がお得意なんですか?」
「うん! 魔法の学校って聞いて、すっごくたのしみなの!」
フィオは目をキラキラさせる。
「聞いたよ、ここだったら大きな魔法を使ってもいいんでしょ? わくわくする!」
「ふふ、そうですね。学院全体を魔法障壁が覆っているので、多少爆発させても街に被害は出ませんよ」
シャロンはわずかに眉を下げて微笑ましそうに笑った。
(フィオが本気を出したら、多少の爆発で済むかなあ……)
学院の魔法障壁はかなり上級のものだが、対フィオの耐久性についてはかなり疑問だった。
カインが胃を痛めているとも知らず、シャロンは事務的に話を進めていく。
「それでは先にカインさんの採用試験を行いましょうか。そのついでにフィオさんの見学を進めましょう」
「はーい! よろしくおねがいします、おねーさん!」
「シャロンと申します。では参りましょうか」
シャロンが踵を返して歩き出し、カインはハッとする。
このままなし崩しになると非常にまずい。
「いやいやいや! ちーっとばかし待ってくれ! 家族会議をさせてほしい!」
「はあ、かしこまりました」
「パパ?」
きょとんとしたシャロンから離れ、カインはフィオを抱えたままで物陰へと飛び込んだ。
その場で娘を下ろしてがしっとその肩を掴んで凄む。
「フィオ、悪いことは言わねえ。今すぐギルベルトの屋敷に帰るんだ」
「えー!?」
フィオはガーンとショックを受ける。
そのまま肩を落として上目遣いに言うことには――。
「せっかくママさんに送ってもらって、たのしみにしてきたのに。どうしてダメなの?」
「どうしてって、そりゃ……」
一番の理由は、この学院にはどんな悪意が潜んでいるか分からないからだ。
クラウス王子の息がかかった陣営が関与している可能性が非常に高く、フィオを接触させるのは本意ではない。
だがしかしひとまずのところ、しょんぼりした娘の様子にカインは首をひねるのだ。
「おまえ、町の学校じゃ不満だったのか……? 魔法学院に行きたいなんて一言も言ってなかったじゃねえか」
「うん。お友達がいる町の学校の方が好きだよ」
フィオはあっけらかんとうなずいて続ける。
「でもね、ママさんが言ってたの。この魔法学院で勉強したら、魔法の使い方がもっともっと上手になるはずだって」
「まあそりゃ、専門の教育機関だからな……」
ここは大きな訓練所や、数えきれない書物を収めた図書館などを有しているらしい。
魔法を学ぶには最適な環境だ。
「俺様もゆくゆくはおまえをこういう場所に通わせてやろうとは思っていたが……まだ早いんじゃないのか?」
「そんなことないよ!」
フィオはこぶしを握りしめ、力強く言う。
「このまえ魔法を使って、フレッドくんを助けたでしょ? そのとき思ったの。もっともーっとたくさん魔法が使えたら、いざってときにもっとたくさんの人を助けることができるんだって」
そうしてカインの目をまっすぐに見つめて続けた。
「いつ困ってる人に出会うか分からないもん。だから勉強するのに早いも遅いもないの。そのための見学なんだから!」
「……しっかり考えてるんだなあ」
カインは額に手を当てて唸るしかない。
(正直、不安はあるが……フィオの気持ちは大事にしてやりたいもんな)
自分で目標を見つけて、それを目指して行動する。
娘は、そんな人生で最も大事なことができるようになったのだ。
痩せっぽちでボロボロだった出会ったころからしてみれば、別人のような成長ぶりだ。そのことがカインの胸を打ち、ぽかぽかと温かな心地にしてくれた。
カインはその場にしゃがみこみ、娘と視線を合わせて言う。
「フィオ、よく聞け。俺様はここに遊びに来たんじゃないんだ」
「しってるよ? お仕事に来たんでしょ?」
「表向きはな。本当はこのまえの誘拐事件の調査に来たんだ」
「このまえの、って……フレッドくんとくじらさんに食べられた、あの事件?」
フィオは目を丸くして、小さくごくりと喉を鳴らした。
それにカインは重々しくうなずく。
「そうだ。ひょっとするとその犯人がここにいるかもしれないんだ」
「……危ないから帰れってこと?」
「いいや、そうじゃねえさ」
「えっ」
ふて腐れたフィオが、きょとんとして顔を上げる。
カインはニヤリといたずらっぽく笑ってみせた。
「あんまり俺様から離れるな。それをしっかり守れるなら……見学を許してやるよ」
「ほんとに!?」
「ああ。おまえの勉強したいって気持ちは応援したいからな。ただし、俺様から離れないって約束できるか?」
「うん! パパといっしょにいる!」
フィオは顔を輝かせ、カインに飛びついてぎゅうっと抱き付いてきた。
応援したいのもやまやまだし、娘の好奇心が人一倍旺盛なのはよーく理解している。
屋敷に追い返したところで、フィオはまたこっそりと出てくることだろう。それなら事情を説明して手元に置いた方がまだマシ……そう判断した結果だった。
(甘いなあ……俺様も)
親バカなのは重々承知である。
カインが苦笑していると、フィオは顔を上げてぐっと親指を立てて言う。
「見学ついでに、フィオもちょーさをお手伝いするね! このまえ学校で読んだ本に出てきた、探偵さんみたいでワクワクする!」
「おまえ、本当に状況が分かってるんだろうな……?」
肝が太いのも考え物だった。
続きはまたおいおい……!
コミカライズも決定しておりますので、また続報が出せ次第一緒に更新したいと思います。
カイン親子の学校見学会、のんびりお付き合いください。





