魔法学院潜入ミッション!
さすがは領主直々の推薦ということもあって、次の日には学院側から連絡があった。即時採用とはいかず、試験を行うということだった。
そのためカインは単身、敵の本陣――ワグテイル魔法学院に乗り込むのだった。
「さすがは国内有数の学校。立派なもんだなあ」
門をくぐってすぐ、カインは感嘆の声を漏らした。
胸に輝くのはギルベルトに渡された『入校許可証』だ。ここではよそ者のため、目立たずひっそり行動しようと思っていたのだが、目の前の光景に圧倒されてしばし立ち尽くして見蕩れてしまった。
目の前にまっすぐ続く大通り。それを左右から挟み込むようにして大きな建物が並び立ち、真正面のどん詰まりには城と見まがうばかりの建造物が屹立していた。
それらの建築様式は様々だ。異国情緒溢れるものや、明らかに物理法則を無視したような奇妙な形に傾いているものまであった。
大通りには同じローブを纏った学生たちが大勢いて、忙しなく動き回っている。
学校というよりひとつの大きな街と呼んでいいだろう。
実際のところ、魔法学院は円形に広がるワグテイルの街の、ちょうど中央に位置していた。
本来領主の城や行政機関などが集約するであろう一帯すべてが魔法学院所有なのだ。学院で働く住民も多く、この学び舎を中心に街が回っていると言っても過言ではない。
しばしその光景に見入っていると――。
「お待ちしておりました。あなたがカイン・レッドラム様ですね」
「うん?」
背後から声を掛けられた。
ゆっくりと振り返れば、そこには若い女性が立っている。
冷えた印象の女性だ。他の生徒たちと同じようなローブ姿だが、彼女のそれには数多くの紋章が飾られていた。
青い髪を編み込みでまとめており、どことなく涼しげな目元が印象的。
表情も薄めで、じっとカインに注がれた瞳には感情らしい感情が一片たりとも含まれていなかった。
ひとまずカインは片手を上げて軽く会釈する。
「あんたが聞いてた迎えの人か。カインだ、よろしくな」
「わたくしはシャロン・ミーディアム。この学院で教員の採用担当を務めております教授です。どうかお見知りおきを」
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
女性――シャロンと握手を交わしてから、カインはにこやかに笑いかける。
「しかし驚いた。その若さで教授なのか、さぞかし優秀なんだろうな」
「そうですね。この学院を卒業したのは十二歳のときで、史上最年少記録だったかと」
シャロンは表情を変えないまま淡々と言う。
声もどこまでも平板で、まるで静かに流れるせせらぎと会話しているような錯覚を覚えた。シャロンはこてんと小首をかしげて続ける。
「若い女が採用担当でご不満ですか?」
「そんなことはないさ。俺様だってまだ二十一歳の若輩者だしな」
ニヤリと笑って、己の顔の傷を指し示す。
「それに、このツラを見て怯えないのが何よりありがたい。あんたみたいな人が担当でよかったよ」
「わたくしの専門は魔法薬学ですが、魔物学にも多少は通じておりますので。凶悪なお顔は見慣れています」
「あはは、そりゃあますます頼もしいな」
カインは破顔してからからと笑う。
魔物と同列にされてしまったが、それくらい物怖じしない相手の方がやりやすいので良しとする。
するとシャロンはわずかに目を丸くした。表情の薄い彼女が初めて見せた驚きだった。
「領主様がクズ賢者と噂のあなたを推薦されたと聞いたときは、よもやご乱心かと思ったのですが。実際のあなたは世間一般のイメージとずいぶん違うんですね」
「まあうん……ひょっとして、まだ嫌な噂が広まってたりするのか?」
「はい。気に入らない将軍を罠に嵌めて廃人にしたとか、鬼神と手を組み国を脅かそうとしているとか」
「まるっきり嘘でもないのが厄介だなあ……」
ヒューゲルを失脚させたのは事実だし、あの一件で鬼神ヨシノとは文を交換し合う仲になった。だが、国家転覆は完全な冤罪だ。
がっくり肩を落としつつ誤解だと説明するも、シャロンの表情はほとんど変わらなかった。どうやら半信半疑らしい。
それでも彼女はごほんと咳払いして、じっとカインのことを見据えた。その目はガラス玉のように無機質だったが、奥には何か小さな炎のようなものが揺れているように感じられた。
「あなたのような破天荒な方が、今のこの学院には必要なのかもしれませんね。わたくしは歓迎いたしますよ」
「はあ、どうも?」
認めてくれたような、それとも試しているような口ぶりだ。カインは愛想笑いを浮かべつつ思案する。
(ちなみにこの人はどっち派なんだろうな。旧派閥か新派閥か)
後者なら一応、ギルベルト側の人間ということになる。だからといって味方とは限らないが……スタンスを確認しておくのは大事だ。
「それではついてきてください。道すがら採用試験についてご説明いたします」
「ああ、ありがとう。その前にひとつ――」
質問しようとした矢先のことだ。
「クズ賢者じゃと!?」
しわがれた悲鳴が響き渡る。
振り返ってみてみれば、そこには背の曲がった老人がいた。
真っ黒のローブをその身にまとい、あごには豊かなヒゲを蓄えている。鉤鼻と鷹のように鋭い目があいまって、いかにも童話に出てくる悪い魔法使いといった出で立ちだ。
老人はカインに人差し指を向け、シャロンをギンっと睨め付ける。
「これはどういうことじゃ、ミーディアム教授! なぜこんな危険人物が我が校の敷居をまたいでいる!」
「領主様より直々に、彼を臨時講師に推薦いただきまして。その採用試験を行うところです」
「はあ!? 新体制のバカどもはいったい何を考えているのじゃ! 王家に弓引くような罪人を招き入れるなど正気の沙汰ではない!」
「お言葉ですが、ブラックモア教授。彼は単に王都を追放されただけの身です。つまり、地方都市に過ぎないワグテイルにそんな話は無関係では?」
「詭弁じゃ! そんな理屈が通るものか!」
毅然としたシャロンに反し、老人は唾を飛ばして吼える。
どうやら彼が、クラウス王子の後ろ盾を有するという旧体制と呼ばれる勢力らしい。
シャロンはそれにぶつかる新体制。領主側の人間ということになる。
これでおおまかな勢力図が掴めたものの――。
(すっげーギスギスしてんなあ……)
シャロンと老人は言わずもがな。
周囲の生徒たちも騒ぎに気付いて、遠巻きに不安げな視線を投げかけてくる。
「えっ、クズ賢者ってまさかあの……?」
「そんなのが一体なんでうちの学院に……」
「はっ、新派閥の差し金だろ。厄介ごとを持ち込むのはいつもあいつらだ」
「はあ? それはこっちのセリフだ。我が校の伝統を汚すのはそちらの方だろう」
カインに向ける恐れのようなもの、シャロンや老人に対する敵愾心などが四方八方から突き刺さった。
もちろん空気はひどく悪い。
陽光の降り注ぐ屋外だというのに、息が詰まるような錯覚を覚えた。
カインはこっそりとため息をこぼす。
(こりゃ、フィオを置いてきて正解だったなあ。教育に悪いってもんじゃねえ)
フィオはギルベルトの屋敷で預かってもらっている。
ワークや自由研究などを家から持ってきたので、今ごろフレッドと夏休みの宿題を片付けていることだろう。奥方の覚えもいいため、きっと可愛がってもらえるはずだ。
勉強に励む愛娘を想像し、場違いにもほのぼのとしたカインだったが――。
「こらー!」
「は……?」
突然、聞き覚えのある怒声が飛んだ。
声のする方をハッとして見れば、そこには愛娘本人が目をつり上げて立っていて――シャロンと老人にびしっと人差し指を向ける。
「学校でケンカしちゃダメなんだよ! みんな仲よく!」
「フィオ!?」
続きは明日更新。
明日でストックが切れるので、以降はまた不定期更新になります。





