賢者の娘、お礼ができる
温泉にゆっくり浸かり、アイスを食べたあと。うら若き女性が向かう場所といえばひとつしかない。もちろんエステだ。
エステ専用館の前で、クーデリアは眉を寄せる。
「フィオちゃん、本当にひとりで大丈夫ですの?」
「うん、へーき! 探検して、パパを探してくるよ!」
心配そうな彼女をよそに、フィオは自分の胸をどんっと叩く。それにリリアがふっと微笑んでみせた。
「まあ、この宿の中なら安全じゃろう。探検してみるのも悪くはない。じゃがフィオよ、山には決して入るでないぞ」
「お山? なんで?」
「ここの山は特別でな。宿の主人の結界が張られておるのじゃ」
リリアはしゃがみこみ、フィオと目線を合わせて続ける。
「ここの主人は敵が多い。それゆえ宿を守るため、山には数々の罠が仕掛けられておるのじゃ」
「へえー。罠ってどんなの?」
「落とし穴のようなオーソドックスなものから、踏めば強力な呪いがかかるようなものまで……まあ、バリエーション豊かに作られておるらしい」
「あの方も家族想いで有名ですからねえ。客と家族を守るためには容赦なしですの」
クーデリアも頰に手を当ててため息をこぼす。
「そのくせ表に伝わるのは掃除屋としての悪評ばかり。カイン様と似たようなお方ですわ」
「ああ、訂正せぬのも敢えてらしいのう。その方が悪人が寄ってきて成敗しやすくなるからだとか」
「カイン様もあれくらい開き直ってくだされば……まあともかく、山には入らないように。分かりましたね、フィオちゃん」
「はーい!」
フィオは元気よく片手を上げて歩き出す。ふたりに手を振ることも忘れなかった。
「それじゃあお姫様たちはごゆっくり! ふたりとも、もっときれいになっちゃうね!」
「ふふ、善処するよ」
「迷子になったら、ここのスタッフにわたくしの名前を出してくださいまし。すぐに迎えに行きますからね」
「わかった!」
ふたりに見送られ、フィオの探検が始まった。
「たーんけん、たーんけん、たーのしーいなー♪」
他の客がいる離れや厨房などは立ち入り禁止だったが、それ以外にも楽しい場所はいくらでもあった。
端が見えないほどに巨大な宴会場や、色とりどりの魚が泳ぐ池、お菓子やぬいぐるみがたくさん並ぶお土産物コーナー……などなど。
特にお土産ものコーナーは魅力的だった。
試食のおまんじゅうはほっぺたが落ちそうなほどに甘く、フィオは一発で気に入った。
「おいしい! これ、マリアちゃんもよろこぶと思うの! あとでパパに買ってもらうね!」
「ありがとうねえ、お嬢ちゃん。よかったらこっちもお食べ」
「わあ、ありがとうございます!」
土産物コーナーのスタッフがあれこれお菓子を食べさせてくれたし、そこを通りかかったお客の老人御一行と一緒にお茶を飲んだりもした。
「いやはや可愛いのう。うちの息子らも、ついこの前までフィオちゃんくらい小さかったのに……今ではあんなに可愛げがなくなって!」
「いやですねえ、おじいさん。あの子たちが小さかったころなんて、何百年前だと思ってるんですか」
「おばあちゃんもおじいちゃんもすっごく長生きなんだね。もっともーっと、元気に長生きしてね!」
「ははは! そんなことを言われるのは千年ぶりじゃよ。ありがとうねえ、フィオちゃん」
「えへへー」
彼らと別れた後は、迷子になって泣く獣人の子に両親を探してあげたり――。
「気遣い感謝する。いやはや、よく出来た子だ。親御さんも鼻が高いだろう」
「ありがとね、おねーちゃん」
「どういたしまして!」
転んで皿を割りそうになったスタッフを魔法で助けたり――。
「おねーちゃん、大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい。それより驚きました。お客様、魔法がお上手なんですねえ」
「ふふーん、パパが教えてくれたの! おねーちゃんも教えてもらえばいいよ!」
騒がしくも楽しい探検を続けた末、フィオはその中庭へとたどり着いた。
やや起伏のある地面が見渡す限りに続き、様々な花が咲き乱れている。
「フィオ探検隊! お花畑を発見しました!」
ビシッと指差し確認することも隊長の仕事だ。お花畑の周りをゆっくりと歩く。
「ふふーん、こんなお花畑が見つけられるんだから、フィオってば探検の天才かも……あっ」
そこでふと足を止める。紫色の大きな花と、白い小さな花が並ぶ一角を見つけたのだ。紫色はどちらかといえば黒に近く――。
「パパとフィオみたい!」
しばらく花に顔を近付けてぽーっと見ていると、ふと名案を思い付く。
「そうだ! パパにも見せてあげて……へくちっ」
そこでくしゃみが出てしまった。花に近付きすぎたせいで鼻がむずむずしたのだ。そこに――。
ヒュッ!
「うん?」
すぐ背後で風を切る音がした。
何かと思って振り返れば、そこには見知らぬ男が立っている。
「なっ……あ……!?」
カインよりも年上の、人間の男だ。
けっこう渋めの威厳ある顔立ちだが、なぜか顔面蒼白でフィオのことを見下ろしている。おまけに手には物騒な剣を握っていた。
「おじちゃん、だぁれ?」
「っ……!?」
フィオがこてんと小首をかしげてたずねても、男はますます顔を青ざめさせるだけで何も言わない。
しばしふたりは無言のままで見つめ合うことになった。子供のフィオでも分かる気まずさが場に満ちる。
「えーっと、うーんと……あれ?」
ふと足元に目をやって、フィオはハッとする。そこには真っ二つになった蜂が転がっていたのだ。
先ほど聞いた風の音。
剣を手にしたおかしな男。
真っ二つになった蜂。
その三つのヒントをもとにフィオは考える。その末に出た結論は――。
(ひょっとしてこのおじちゃん……ハチさんからフィオのことを助けてくれたの?)
つまり、この男は――。
(いい人だ!)
そうと分かれば、フィオのすべきことはひとつだけだった。人に親切にしてもらったらどうするべきなのか、カインにしっかり教わっていた。
フィオは満面の笑みを浮かべ、男にぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、おじちゃん!」
「っっっっ!?!?」
フィオがお礼を言うと、男の体は雷に撃たれたように震えた。
その反応に不思議なものを覚えたものの、フィオはすぐに納得する。
(フィオがお礼のできるいい子だから驚いてるんだね! えっへん!)
まさか相手が例の悪い将軍で、フィオのことを殺そうとしたのだなんて思いもしなかった。
続きはまた明日更新します。
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