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宿敵との邂逅

 ヒューゲル将軍からしてみれば、この出会いは想定外にもほどがあった。

 ヨシノにクズ賢者カイン暗殺を依頼して一安心。

 このところカインのせいで弱っていた心身を休めるべく、マッサージを頼もうとした。


 そして――己の不運を呪う結果となった。


「それじゃあお姫様たちはごゆっくり! ふたりとも、もっときれいになっちゃうね!」

「ふふ、善処するよ」

「迷子になったら、ここのスタッフにわたくしの名前を出してくださいまし。すぐに迎えに行きますからね」

「わかった!」

「っっっっ!?!?!?」


 角を曲がった先にいたのは、グランシャール王国第一王位継承者のリリア姫、冒険者ギルドの統括長クーデリア、そして、よりにもよって――魔王の娘だった。


 慌てて身を隠したので、三人はこちらに気付かなかった。

 ヒューゲルのすぐそばを通り抜け、魔王の娘が走っていく。肝を冷やすというレベルではなかった。


(な、なぜ奴らがここに……!? まさか、クズ賢者カインも一緒なのか!?)


 角から顔を出してあたりを窺うが、カインの姿はない。

 ホッとひと息つくものの、すぐに顔面蒼白となる。


(そ、そういえば……ヨシノに魔王の娘を処分するよう頼むのを忘れていた!)


 あまりにカインのことを恐れすぎていて、肝心の魔王の娘を失念していた。

 ヨシノは依頼の取り消しや訂正は認めないと言っていたし、これはまずい。


「ひ、ひとまず様子をうかがうか……ひょっとすると世界征服の先駆けとして、何か企んでいるのやも知れぬし」


 まずは自分に害が及ぶかどうか、奴らの動向を探らねばならない。

 もしもカインと接触しそうになったら逃げればいい。

 そう考えて、ヒューゲルはごくりと喉を鳴らしてからこっそりと魔王の娘を尾行することにした。


 そして――彼はすぐにその目的を知り、絶大な恐怖を味わうこととなる。驚くべきことに、魔王の娘はこの宿で巨大なパイプ作りに励んでいたのだ。


「ははは! そんなことを言われるのは千年ぶりじゃよ。ありがとうねえ、フィオちゃん」

「えへへー」


 あるときは、ありとあらゆる竜族の頂点に立つとされる神祖竜オロチ夫妻と談笑し――。


「気遣い感謝する。いやはや、よく出来た子だ。親御さんも鼻が高いだろう」

「ありがとね、おねーちゃん」

「どういたしまして!」


 あるときは獣人大国の獅子王ハオに、王子を介して取り入って――。


「おねーちゃん、大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい。それより驚きました。お客様、魔法がお上手なんですねえ」

「ふふーん、パパが教えてくれたの! おねーちゃんも教えてもらえばいいよ!」


 はてにはヨシノの配下らに、カインの強さをアピールして軍門に下るように促したり――。


 とにかく魔王の娘は宿のあちこちで有力者ばかりを狙って話しかけ、彼らと繋がりを作っていった。


 幼い子供という立場を使ってターゲットに近付き、無邪気な笑みで警戒心を解く。

 軍部という伏魔殿でそれなりの地位を築いてきたヒューゲルの目から見ても、それは実に鮮やかな手際だった。


 一見すると偶然のような出会いばかりだったが、そんな超豪運は万に一つもあり得ないと思えた。


(ぐぐぐ……! たしかに各地の有力者が集まるこの宿は世界征服の足がけに申し分ない! やるな、魔王の娘……!)


 実際のところはただのハイパーミラクルラッキーだっただけだし、フィオは彼らがそんな大物だとはまったく知らず「いろんな人とおしゃべりできた!」とニコニコするだけだったが、ヒューゲルの胃はキリキリと痛んだ。


 やがて魔王の娘は中庭へとたどり着いた。そこは他の客が誰もおらず、見渡す限りに花畑が広がるだけで人の気配はまるでなかった。


(ひょっとすると……これはチャンスなのではないか)


 魔王の娘のあとを追いながら、ヒューゲルはごくりと喉を鳴らす。


 この場にいるのは魔王の娘とヒューゲルだけ。ターゲットの気は緩んでいる。だんだんヒューゲルが接近しつつあるにも関わらず、一切の反応を見せなかった。


 つまり――仕留めるなら今しかない。


(使うか、我が秘奥義……!)


 ヒューゲルは足音を立てぬよう注意しながら、ゆっくりと魔王の娘に近付いた。

 近年は前線に出ることもずいぶん減っていたが、ヒューゲルは何も根回し一つをもってして軍部でのし上がったわけではない。

 彼は特異な才を有していたのだ。


(出でよ、『亡剣』!)


 心の中でその名を叫ぶ。

 その瞬間、腰だめに構えた右手に銀に輝く刀剣が現れる。


 これこそがヒューゲルの奥の手だった。

 かつて名のあるエルフの刀匠が己が命をかけて鍛え上げたといわれる希代の名剣。


 使いこなすにはそれ相応の技量が必要にはなるものの、この剣に斬れないものは存在しない。世界で最も固いとされる魔鉱石オリハルコン製の鎧とて、真っ二つにできるのだ。


 この剣を持ってして、彼は多大な武勲を上げてきたのだ。

 魔王の娘は依然として花に見惚れたまま。ユカタから覗く首元はガラ空きだ。


 今なら――斬れる!


(死ね! 魔王の娘!)


 全身の筋肉に気を張り巡らせ、それをすべて剣に注いで一気に振り下ろした。

 魔王の娘は抵抗する間もなく斬り伏せられて、花畑を血に染め――なかった。


「へくちっ」

「っっ!?」


 魔王の娘はわずかな動きでその斬撃を回避した。

 ヒューゲルの剣は空を切り、ちょうどその場を飛んでいた虫を真っ二つにする。

 ぽとりと虫が落ちたあと、魔王の娘がゆっくりとこちらを振り返った。剣を構えたヒューゲルに目を瞬かせる。


「おじちゃん、だぁれ?」

「っ……!?」

続きはまた明日更新します。

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