クズ賢者、平和を堪能する
春も終わりにさしかかり、夏の気配が現れるころ。
その日もライラックの町は実に平和そのものだった。
まばゆい日差しが照りつける中、人々はのんびりと買い物を済ませたり、和気藹々と仕事に追われていたりする。あちこちから聞こえる声はとても明るい。
町の一角にたたずむトラトロク商店にもまた、ゆったり平和な空気に満ちていた。
「わあ、フィオちゃんお上手ですね」
「えへへー。マリアちゃんには負けるよー」
商品机の一角を借りて、フィオとマリアが画用紙を広げて仲良くお絵かきに興じていた。
先日の一件以来すっかり仲良くなって、毎日のようにこうして遊んでいる。
マリアの母も順調に回復して、食堂を再開する目処が立ったという。港町だけあって魚料理が絶品だという評判だし、カインは今から通い詰めるのを楽しみにしていた。
「いやあ、平和だなあ……」
カウンターで買ったばかりのサイダーをぐいっと飲み、カインはしみじみとこぼす。
爽やかな甘さと炭酸が喉を駆け抜けて気分爽快。
おまけにすぐ目の前で愛娘とその友達が楽しそうにしているので、なおのこと気分が良かった。
「ほんとにこの町は静かでいいな。近くに住めてラッキーだったぜ」
「ふふ、そう言っていただけると私も嬉しいですね」
店の奥から木箱を抱えて、トーカが顔を出す。
ひとまず木箱をカインの足下に置いてから、困惑気味のため息をこぼしてみせた。
「でも……この前は大変だったみたいですよ、変な人が町をうろついていたとかで」
「なに、そりゃ本当か」
「ええ。なんでも、町の人たちが一致団結して追い出したとか」
「ならいいが……あんまり無茶するなよ、何かあったらすぐ俺様を呼べ」
「はい、皆さんにはそう伝えておきますね」
トーカはカインと会話をしながらも、てきぱきと奥から木箱を運んでくる。
計五つ分のそれらを示し、にっこりと笑いかけた。
「では、今回はこちらです。お願いいたします」
「へいへい。《フリージング》」
カインがぱちんと指を鳴らすと、青い光が木箱を包んだ。
その蓋を開けて、トーカが中身を確認する。中にはぎっしりと瓶ジュースが詰め込まれていて、外気に触れて大粒の汗をかき始めた。お気に召したのか、トーカはにっこりと笑う。
「ありがとうございます。やっぱりカインさんの魔法は持続時間が段違いなんですよねえ」
「まあ、市販の魔石なら一日一個は消費するだろうしなあ」
魔法を封じ込めることのできる石――魔石。
どんな素人でも簡単に魔法が使える便利な品だが、ひと夏ずっとジュースを冷やそうと思えばけっこうなコストになる。そこでカインを頼ったというわけだ。
「でも……魔王を倒せるようなすごいお力を、こんなことに使ってもいいんですか?」
「はっ、むしろ願ったり叶ったりだ」
カインはサイダーに口を付け、ニヤリと笑う。
「荒事で駆り出されるより、こっちの方がずっと気が楽だ。俺様もいい思いをさせてもらえるしな」
「ふふ……そうですか。でしたら今後も遠慮なく頼らせていただきますね」
トーカは冗談めかして言う。
そこでフィオがこちらを見て、あっと声を上げた。
「ずるーい! パパがひとりでジュース飲んでる! フィオにもちょーだい!」
「一本だけな。そら、マリアも好きなの選べよ」
「い、いいんですか?」
「おう、俺様は顔パスで好きなだけ飲めるんだ」
「一日三本までですよ。それ以上はお代金をいただきますからね」
トーカがにっこりと釘を刺す。ジュースを冷やすバイト代がこれである。
現金でもらってもよかったのだが、先日知り合った行商人に護衛の仕事をいくつか任せてもらったため、懐にずいぶん余裕ができたのだ。
それゆえ選んだ現物支給だが……暑くなりつつあるこの季節、冷たくて甘い物がとても沁みた。
(いやー……マジで平和だなあ……)
王都から無実の疑惑で追放処分を受けた身だということもすっかり忘れ、カインは平穏を噛みしめていた。
ちょっと書き溜めができてきたので、本章は週二回更新でのんびり更新していきます。たぶん全部で十から十五話くらい。次回は木曜日か金曜日。
おかげさまで5000ブクマ突破です!ありがとうございます。こんな時期ですし、すこしでもお暇つぶしになれば光栄です。





