14. ボクの考えた理想の『 』
夕陽が沈む直前、昼と夜が逆転する時間。
視界も最も悪くなり事故が多くなることから逢魔が刻などとも呼ばれる。
そして、その時間に起きた悲惨な事故。
その事故現場にひっそりと立つ少女がいた。
彼女はなにをするでもなく、行きかう車を眺めているだけだった。
「ケメコ」
「修一さん、どうしてここに?」
久しぶりという言葉もなく、あいかわらずのマイペースっぷりであった。
「なんだよ、記憶のこってるじゃないか」
ケメコの視線はボクの隣に立つ委員長に移る。
ここでケメコの姿をときおり見ていたという委員長の話から、ここまでやってきた。
「ひさしぶり、圭子」
ケメコは沈黙を保ったまま委員長に視線を向ける。しかし、そこにはこれといった表情は浮かんでいなかった。
手ごわい―――もしかしたらと期待していたのだけれど。
「圭子」
委員長が再び声をかける。その声は不安でかすかに震えたものだった。
「どうして……、どうして、自分をアンドロイドだなんていったの?」
人工の明りに照らされた白い肌は、人形のように無機質めいて見えた。
「わたしは、あの事故で人間に必要な部品をなくしました」
視線がケメコの両腕に向くが、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「わかりません。カウンセリングの先生は時間がたてば見つかるとおっしゃっています。それまでは、人間になりそこなったままです」
ケメコは溝をつくるようにはっきりと言葉にする。
今までのボクだったら、諦めたようにただ見ているだけだったろう。
でも、今日は逃げるのはいやだった。
「部品か……、それはここにはのってないか?」
恋人設定ノートをとりだし開いてみせる。
このノートは完成していない。最後のページ、『アンドロイドである』という文の上に横線が引かれその上にはまだなにも書いていない。
「アンドロイドは高校に行きたがったりしないし、ごはんをおいしそうに食べたりしない。おまえと一緒に考えた設定もたくさんある。だから、ここになんて書くか、ボクひとりじゃ決められないんだ!」
「圭子、わたしも伝えたいことがあって今日は来たの。あのときは逃げてごめんなさい。……また友達になってくれる?」
ケメコの表情に変化が現れた。
「友達」とつぶやき、記憶をたどるようにゆっくりと息を吸い、目をつぶる。
飴をなめるように、もういちど「友達」とつぶやき時間をかけてまばたきをした。
「鷺宮さんにとってわたしは友達、です」
「う、うん?」
確認作業のように話しかけられた委員長は、戸惑ったようにうなずき返す。続いて「修一さん」と呼びかけられ、委員長の戸惑いが伝染する。
「レンタルサービス中の『恋人』という設定を変更。あなたにとって、わたしという存在を決めてください」
予想外の質問に答えに詰まった。
そもそも、ボクはどうしてケメコに会おうとしていたんだ。
思い出すのはケメコと過ごした一週間。
秘密を共有し、恋人ごっこというバカみたいな行為に対して二人で知恵を出し合った。無表情なのにどこか楽しそうに見えるケメコを見ていると、どきどきした。
「おまえと一緒にいると楽しかったんだ。もう一度あんな時間を一緒に過ごしたかった。だから、ボクにとっておまえは……」
次の言葉を捜していると、意味ありげな視線を向ける委員長と目が合う。
「友達だ」
その後、「どうして、そこでその答えなのよ」と委員長にスネを蹴られ、ケメコは不思議そうにボクたちのやりとりを見ていた。
次の日の学校で、村田に話しかけると怪訝な顔をされた。
「なんかいやにスッキリした顔してるけどどうしたんだ?」
「いやさ、おかしくって。なあ、もしも、ケメ……姫宮……あー、もうケメコでいいや。彼女がアンドロイドだっていったらどう思う?」
「なんだよ藪から棒に? 姫宮さんが人形みたいにかわいいっていうアピールか」
確認。ケメコをアンドロイドだと思っているのはボクだけだっていうことを……。
自分がおかしくて、口から笑いがもれてくる。
「元気がないと思ったら、今度は笑い出して本当にだいじょうぶか?」
「うん、たぶんここがおかしかったんだよ」
人差し指で頭をとんとんと叩くと、なんだそりゃと村田が苦笑をうかべる。
恋人がいるなんてウソをついてから、頭がどこかおかしくなっていたんだろうな。
そして、冬が過ぎ春がやってきた。
図書館の日の当たる席にいると、眠気を感じてしまう。
時計を見ると10時3分前だった。
ケメコはまだやってこない。いつでも一秒の遅れもなくぴったりにやってくる。この癖だけは変わらない。
ケメコは当面の目標として高卒認定をとることにして、土日はひじをつき合わせて勉強していた。
先生役を買って出た委員長がケメコを待つ間、教科書を開いている。
「委員長、文系クラスってどんな感じなの?」
「うーん、地歴公民の授業が増えたかな。暗記ばっかりでちょっとうんざりかも」
「委員長ってどっちかっていうと理系タイプだと思ってたよ。理詰めで物事を効率的にこなしてそうだし」
高校二年になり、ボクは理系へ、委員長は文系クラスで別となった。
「あのさぁ……、もうクラスは別だし委員長でもなんでもないんだけど」
半眼で見つめられ、慌てて彼女の名字を思い出そうとする。スマホに登録している名前も『委員長』にしてままだ。
「もしかして、わたしの名前忘れてる?」
「え、いやだなぁ」
誤魔化すように笑いながら、ケメコは委員長のことを『ツルちゃん』と呼んでいたことを思い出す。
「鶴子だったよね」
「い、いきなり名前で呼ばないでよ」
「じゃあ、やっぱり委員長で」
思えば委員長との関係もずいぶんと変わった。彼女に感じていた固いイメージも変わり、けっこうしょうもない冗談で笑うことも知った。
「ところで、そのノートに何書いてるの?」
委員長がボクの手元のノートを覗き込もうとするので、慌てて隠そうとする。
彼女の手が届かないように目一杯腕を伸ばして、ノートを退避させようとしたが、手からその重さが消えた。
「ケメコ、ナイス!」
振り向くと、そこにはノートを手に持ったケメコが立っていた。
後から知ったことだが、中学のころのあだ名はケメコだったらしく、仲直りした委員長はそのあだ名で呼んでいた。
「えー、なになに、『これはとあるポンコツメイドロボを参考にした新たなモデルの設計である。コンセプトは失敗するアンドロイド、一見非合理と思えるがそれが人たらしめ愛着を生むだろう』、ふうん……」
委員長と一緒にノートの中身を見ていたケメコが、「修一さん」とボクの名前を口にしてじっと視線を向けてくる。
いつもどおりの笑顔だったが、その笑顔が怖い……。
「将来やってみたいこと書いてみただけだよ。決して他意はない」
苦しい言い訳をしながらノートを取り返す。
カバンにしまったノートの表紙には
“ボクの考えた理想の―――”
と書かれていた。
それは一体、理想のなにになるのだろうかと、今のボクにはわからない。




