第107話 予想外の反応
つい先ほど人を轢きかけたというのに貴族の後継を乗せた馬車は相も変わらず街中を物凄い速度で走らせる。外では人びとの悲鳴が飛び交っているが彼は笑みを浮かべて外を眺めていた。
彼の名はハセル、今回は体調を崩している当主に代わり建国祭に参加しにきていた。
お目付役として同行していたメルサルはそんな彼の様子を見て今度は何をするつもりだと心の中で訝しむ。
彼は後継としては問題の多い人物であった。先ほどもメルサルが止めなければ老婆と幼子の命を奪っていただろう。そんなハセルのお目付役としてメルサルは今回同行していた。
「如何致しましたかハセル様」
「メルサル、あの黒髪の女を見たか?」
「黒髪の女、で御座いますか?」
外に視線を向けたまま答えるハセル、黒髪の女という言葉を聞いたメルサルはあの場にいた一人の女性を思い浮かべる。
「先ほどの群衆の中に居たであろう? 反抗的な目で私のことを見ていた者が」
あの場にいたほぼ全ての者がどういった目で見ていたのかに気付かないハセルに内心呆れた。
だがそんなハセルでも気付いたようにあの場にいた民衆の中でも彼女はひときわ目立っていた。僅かな殺気を辿った先に彼女はいた。民衆から偽りの声援を受けるハセルを感情のない笑みを浮かべて見つめていた。冒険者と思わしき姿をした美しい女性だったがメルサルの感が彼女には何かあると言っていた。
「ハセル様が視線を送られたあの冒険者のような身なり者しょうか」
「流石だなメルサル、あの群衆にいた女に気付いていたか」
「彼女が如何されましたか?」
「あれは美しい女だったな」
「……黒髪の女には関わるなとお父上から聞かされているはずですが」
彼の家には黒髪の女には関わってはならないと伝えられていた。差別や排斥を行なっている訳ではないが直接的な関わりを持たないようにしていた。
「確かに義父上から何度も言われているが、それほど気にすることもあるまい。我が家が脅かされることがそう何度もあるものか」
「そうかも知れませぬが」
「あの者について知りたい」
「……かしこまりました」
出来ればあの黒髪の女性には関わって欲しくないと考えていたがハセルが一度興味を持ったら何を言っても聞かないだろうと心の中でため息をもらしながらメルサルはその命を聞き入れた。
◇
運良く助かった二つの命、彼女たちの助けになれなかった自分の無力を痛感しながら私は宿に戻りました。
「そんな暗い顔をしてどうしたんじゃ」
「実は、先ほど——」
広間でお茶を飲んでいたヨハンさんとロナさんに先ほどの出来事を話します。二人は「貴族の乗る馬車が」と言ったところで顔色を変えました。
「み、ミレイちゃんは大丈夫だったかい?」
「はい、私は何も」
私が何かされたと勘違いをして慌てた二人に私は何もされていませんと伝えると安心したように大きく息をはきました。二人が大声を出したのでメアも厨房から出て来ました。
「どうかしましたか?」
「ちょっと勘違いさせてしまって、お二人とも申し訳ありません」
勘違いさせたことを謝り話を続けます。貴族の後継が乗っていた馬車が街中を歩いていたお婆さんと小さな女の子を轢きそうになり、急停止した馬車から降りて来た彼が二人に手を掛けようとしたことを話します。
「……そうかい。そんなことがあったのかい」
「この国の嫌なところを見せてしまったのう」
二人は悲しそうな表情をしましたがお婆さんとマインちゃんの命が救われたと知って安堵していました。メアは怒っているのか口を開きません。
「商王国は人を活かして役立てる国だと聞いていたのですが、あんなに簡単に人の命を奪おうとするとは思いませんでした」
「国王陛下は活かそうとする方じゃ、しかし全ての貴族がそういった考えをしているわけではないんじゃ、残念だがのう」
「アキンドー侯爵は良い方でしたのに」
「あの方は国王陛下の信頼の厚き方じゃからのう」
「そうなんですか、どの国でも貴族というのは厄介な存在なのですね」
それでも私は無力、もし同じようなことが起こっても手を出すことは許されません。女性を巻き込んで怪我を負わせたことに怒って公爵家、引いては国と喧嘩したお母様は本当に凄い。
「少し休みますね」
部屋に戻りベッドに腰掛けて今後どうすれば良いのかを考えます。心配げに私を見るルルの頭を撫でてベッドに横になります。
あの貴族の後継、彼を止めるのは簡単でしょう。彼自身には大したチカラは感じませんでした。彼を守っていた兵士たちにも負ける気はしません。しかし不用意に貴族に手を出せば国が動きます。今回のようなことが起きた場合に怪我をさせずに彼を止めたとしても犯罪者という扱いになり、私たちに関わった人たちにも影響がある可能性が高いです。
「ルル、どうすれば良いんでしょうか?」
「……キュウ」
お手上げというポーズをするルル、無意味に同じ種族の者たちを危険に晒す私たちのことが分かるわけがありませんよね。動物のリーダーの方が同じ種族のことを大事にするような気がします。
ふう、答えが出ません。
「ミレイ、夕食の時間ですよ」
私の部屋のドアをノックする音が聞こえて目を覚ましました。メアが声を掛けに来てくれたようです。
「ん……ああ、寝てしまったようですね。ルル、夕食の時間になったようです。行きましょう」
「キュイ」
一階に降りると兄様たちが帰ってきていました。昼間の話を聞いていたのか私を気遣うような表情をしています。
そんな中でマクスウェルさんだけがニコニコと笑みを浮かべています。
「馬鹿貴族の後継をやろうとしたんだって?」
「……我慢しました」
「昔はお荷物だったが、今なら俺も役に立つから我慢出来なかったらやってもいいぞ」
手を出しても構わないという言葉に唖然としてしまいました。お荷物だったとはお母様がこの国と喧嘩をした時のことを言っているのでしょう。その当時は既にマクスウェルさんも一緒に行動していたそうですから、ですが戦っても良いというのは我を通すことが出来るチカラがある人の言葉ですね。残念ながら私には無理です。
「マク兄、流石に国を相手にするのは困る」
兄様がマクスウェルさんを注意しました。
まだ出来たばかりの村があるんですから、国を相手にして良いなんて簡単に言ってはいけません。
「後五年は欲しいところだな」
しかし兄様の言葉は私の予想とは大きく違ったものでした。後五年あれば国を相手にしても構わないと言っているように聞こえます。マクスウェルさんもそれを聞いてそのぐらいは仕方ないかと納得しています。そもそも国を相手にすると簡単に口にしていますがそんな簡単には……お母様の例があるので何とも言えないですね。
おそらくこの国の貴族にとってお母様は思い出したくない存在のはず。個人が国と戦って生き残るなど統治者にとってあってはならないことですから。
「アッハッハ、なんて会話だよ」
そんな私たちの会話を聞いていたレイラさんはお腹を抱えて笑い出しました。マグナスさん達は冗談にならないと思っているのか黙り込んでいます。
ヨハンさんもお母様の件は知っているはずですが「馬鹿者は一度痛い目に遭っただけでは分からんからな」とレイラさんと一緒に笑っています。
ですがロナさんに滅多なことを言うもんじゃないと怒られてしまいペコペコと頭を下げて謝っています。それを見た皆さんがまた笑いました。
はあ、笑い話になるような話をしたつもりはないのですが、さきほど私が悩んでいたことは一体何だったのでしょうか。やはり私はまだまだ未熟みたいです。
「それにしてもどこの貴族様だろうね? こんな化け物連中のお姫様を怒らせたのは」
「兄様と同年代の方だと思いますが、家名は名乗っていませんでしたね」
「……調べますか?」
シスイさんが先ほどの貴族について調べるかと兄様に聞きました。
「いや、あまり貴族に関わりたくはない。変な情報を握っても仕方がないからな」
「何にせようちの姫さんが我慢出来なかったらやるだけだろ。俺らの村はそう簡単には見つからんだろうしな」
そんな物騒な発言を再びするマクスウェルさん、今度はヨハンさん、ロナさん、マグナスさん達を除く全員が頷きました。
どうもマクスウェルさんは私が国と問題を起こすことを期待しているように感じます。普段あまりやる気を感じないのですがやはりこの国には遺恨が残っているのでしょう。
出来るだけ早く村に帰った方が良いのかもしれません。ネイナさんも依頼を手伝ってくれるようになったのだから早くCランクに上がらないと。
これからの展開に悩んでしまい更新が遅くなりました。申し訳ありません。閑話の前に一話追加した関係で106話にも多少手を加えてあります。




