第106話 貴族と平民
紅蓮の華の皆さんとシスイさんが加わってから一週間が経ちました。人数が増えたことで大樹の槍としての活動にネイナさんが加わりました。
最近は問題も起きることなく順調そのもの、怪我が治るまでは簡単な依頼しか許されませんでしたがパラケルさんのおかげで傷の治りも順調で既に痛みはなくなりました。
「傷はもう大丈夫みたいだね」
「はい、パラケルさんを紹介してもらったおかげです。ではこれで失礼します」
「また来ておくれ」
今日は休みなのでルルと街中を散歩中。
シーナさんのところで唐揚げを食べてからまた通りをぶらりと歩きます。ですが私は何かに巻き込まれるはずだとマクスウェルさんが言うのでネイナさんが監視役としてついて来てくれました。
「これからどうしますかにゃ?」
「昼食も済ませましたし、もう少しその辺りを散歩しましょうか」
「分かったにゃ」
大通りは沢山の人がいて賑やか、建国祭まであと一週間となり普段から多い人がさらに多くなって歩くのも大変です。建国祭ということで商王国の各地を治める貴族達も集まって来ているようで護衛に囲まれた馬車が中心街に向かっていくのを良く見かけるようになりました。
兄様に貴族には関わるなと注意を受けましたが流石の私も他国まで来て貴族に関わるなんて御免です。エデンスの領主であるゼストさんのように良い方ばかりではないでしょうから。特にこの国の貴族は利に聡いでしょうから一筋縄にはいかない方ばかりだと思います。
「お姉ちゃん、その子はお姉ちゃんのペット?」
通りを歩いているとルルに興味を持ったのか赤毛の可愛らしい女の子が話しかけて来ました。
「私の相棒なんです。小さいけど凄く強いんですよ」
「そうなの? すごいね」
「キュイ!」
褒められて気分を良くしたのかルルは逃げることなく女の子に撫でられています。
「マイン、行くよ」
「はーい! じゃあね」
近くの食料品店から出て来たお婆さんに声を掛けられた女の子は私達に手を振るとお婆さんの元に走っていきました。マインと呼ばれた女の子にどこか似ている優しそうなお婆さんが私達に頭を下げてくれたので私も頭を下げ、二人が人並みに消えて行くのを見送ってからまた通りを歩いて行きます。
危ないぞ!
すると前方から馬車が凄い速度でやって来ました。商人などが使う馬車ではなく豪華で、護衛の騎士も随行しているので貴族が乗っているに違いありません。通りには沢山の人がいるのに御構い無し、人々は悲鳴を上げながら慌てて道を開けて行きます。
私達もそれを見て直ぐに道を開けると一メートルもないぐらいの距離を馬車が猛スピードで通り過ぎて行きました。なんて危険な、やはりロクでもない貴族というのは何処にでもいるようです。
もし仮にあの馬車が人を轢いたとしてもそれは貴族の行く手を阻んだとして平民の責任にされしまうため常識ある貴族ならば人々に配慮するのが当然なのですがあの馬車に乗っている貴族は残念ながら良識を持たない方のようです。
「危ない馬車にゃ全く、さあ、行くにゃ」
「ええ、メアが料理を作ると言っていたからその手伝いでもしようかしら」
「……私はもう少し散歩がしたいにゃ」
「そうですか? ではそうしましょうか」
普段は散歩したいなんて言わないネイナさんがそういうなら私も付き合いましょう。屋台も増えて来てもう既にお祭りが始まっているかのようですからね。
——危ない!
貴族の乗る馬車を眺めてからまた歩き出すと背後から悲鳴と馬車が急停止する大きな音が聞こえてきました。辺りは騒然となり女の子の泣き声と怒鳴り声が聞こえてきました。
「あの声……」
聞こえてくる泣き声に先ほどのマインという女の子の姿が思い浮かんだので直ぐに声のする方向に走り出します。
「貴族相手は駄目にゃ! ああ、アレク様に怒られてしまうにゃ、待つにゃ!」
◇
「貴様! 平民の分際で名家の後継様がお乗りになる馬車の行く手を阻むとは許されぬぞ!」
「も、申し訳ありません。お許しを」
人波を縫うように全力で駆けるとそこには跪いて許しをこう先ほどのお婆さんとその横で泣くマインちゃんの姿がありました。護衛の騎士が剣を抜いてお婆さんに突き付けて今にも斬りつけそうな雰囲気です。周りの人達も悲痛な顔をしていますが相手はどうやら公爵家、王家に連なる血筋の者に平民が声を上げることなど出来るはずもありません。
頭に血が上り私が止めなければと一歩踏み出そうとしたところで誰かに手を掴まれました。振り向くとそこにはネイナさんの姿があり黙って首を横に振りました。
悔しそうな顔をしたネイナさんを見て自分には救うことが出来ないのだと理解しました。
相手は大貴族、私は平民、この場で彼女達を救うことが出来ても後で必ず罰を受けるでしょう。当然ながら私の身分も調べられ私と関わりのある人達にも害が及ぶ可能性が高いです。
「……分かりました」
唇を噛み締め血の味を感じながら事の成り行きを見守ります。もしこの場をやり過ごすことが出来れば彼女達は生きられる。もしも私が助けたら確実に彼女達は殺されてしまう。私には何も出来ません。
「大きな声を出すなヨルゾイ」
お婆さんとマインちゃんを護衛の騎士が罵倒し続けていると馬車の扉が開き貴族らしい身なりをした若い男が出て来ました。
「申し訳ありません」
ヨルゾイと呼ばれた騎士はその場で跪いて謝罪の言葉を口にしました。
「何を声を荒げているのか、相手は老婆と幼子、恐怖を与えるのは可哀想ではないか、その剣を貸しなさい」
意外にも心ある貴族だったのか跪く二人に慈愛の目を向けた名家の後継は騎士から剣を取り上げました。周りで事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた人々からも安堵の息が漏れました。
「貴族たる者、慈悲の心を持たねばならぬ。だからこそひと思いに斬り捨てねばな」
貴族の後継はそう言うと笑みを浮かべて剣を振り上げました。
救われると思ったお婆さんは驚愕の表情を浮かべましたが直ぐにマインちゃんを抱き締めて目を瞑りました。そして誰しもが今度こそ二人の命が奪われると悲痛な表情になりました。
何故か分かりませんがこうなる気がしていました。自分の不甲斐なさを感じながら私は目を背けることなく事の成り行きを見守ります。
「——お待ち下さい!」
その時、馬車から誰かが降りてきて剣を振り下ろし二人の命を奪おうとしている名家の後継を止めました。
「……なぜ止める? 貴族の行く手を阻んだ者を斬り捨てるだけだ」
名家の後継は振り上げていた剣を下ろして振り返りました。彼は側近か何かでしょうか、五十代ほどに見える精悍な顔立ちの男性で整った身なりをしています。
「はい、ですが建国祭の前に血を流すことを国王陛下は何と思われるでしょうか? 生かして利を得るのが我が国の教え、ここは御心をお沈めになって下さいませ」
「……確かに、陛下の御心を乱すのは我の本意ではない。よくぞ申した。そなたらには慈悲を与えよう」
二人を殺す寸前だったにも関わらずまるで自分が慈悲を与えた聖人君子のような笑みを浮かべる名家の後継という男、すると彼は周囲の人々を見回しました。それに気付いた人々は口々に「流石は貴族様だ」と褒め称えました。異様な光景ですが彼等も不興を買わないため、そして二つの命を救うために必死なのでしょう。
「か、感謝いたします」
マインちゃんのお婆さんは地面に頭を擦り付けるようにしてマインちゃんにも頭を下げさせました。
それを満足そうに見て頷くとまた周囲を見回して偽の歓声に酔いしれたような表情をしました。
私はただ彼を見ていると周囲を見回していた彼と目が合った気がしました。視線をそらさずに心の中で睨み付けると彼は笑みを浮かべ馬車に戻って行きました。
そして付き人の男性がマインちゃんの頭を撫でると馬車の中に戻って行きました。
馬車が去っていくとこの場にいる全員が安堵の息はついて口々に良かったと抱き合う二人に声を掛けています。私も直ぐに二人の元に行って声を掛けます。
「お怪我はありませんか?」
「……お姉ちゃん」
マインちゃんは転んでしまったのか擦り傷が沢山出来ていて血が滲んでいます。お婆さんの様子も見ましたが怪我はしていないようです。
「ええ、大丈夫です。ご心配をかけして」
話を聞いてみればマインちゃんが馬車を避けようとして転んでしまい轢かれる寸前で馬車が止まったそうです。
あれだけの速度で人通りの多い通りを馬車で進めばそういったことも起きると分からないのかと怒りが込み上げてきます。
「今回は運が良かったです。大事な孫まで失うところでした」
「そうだ! この塗り薬をマインちゃんに使って下さい。傷も残らないと思いますよ」
「ご親切にありがとう御座います」
突然の怖い出来事にまだ泣き止まないマインちゃん、それを見てルルは慰めようと思ったのか頬を撫でるとマインちゃんは一瞬驚いた顔をして直ぐに笑みを浮かべました。
流石はルル、やってくれます。
落ち着きを取り戻ると二人は手を繋いでまた歩いていきました。今度は道の端を通って。
「あの貴族に手を出すかと思いましたにゃ」
「剣を振り上げた時に腕を斬り飛ばそうかと思いましたがそれは私の一人よがりですから」
「それが必要とあらば私がやりますにゃ」
「いえ、そろそろ甘さを捨てる時期なのかもしれません。見捨てる覚悟というのは辛いですね」
多くを救うために少数を見捨てなければならない決断というものは辛いものです。今回は二人の命が助かりましたがこういった選択をする時がこれから何度もあるでしょう。その時に自分の我を通せるくらい強くなりたいです。
更新が遅れて申し訳ないです。
ちょっと忙しくて手を付けられませんでした。おかしな所があったらすみませんm(_ _)m




