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第十一話 銀の組織


(ヤダ、なによこれ……)


 右手の甲に浮かんだ刻印を見て、アカネの顔が引きつる。


 指先で触れても消えない。


 擦(こす)っても、もちろん落ちない。


 皮膚の表面に描かれたというより、もっと深いところから滲み出てきたみたいだった。


(なんで? どうして!?)


 パニックになる頭の中で、ふと昨夜の事が頭をよぎる。


 自分の部屋で継承器、黄金のデリンジャーを握った時、一瞬だけ刻印が光ったように見えた。


 気のせいだと思いたかったあの違和感。


(まさか、あの時!?)


 継承が始まったというのは、あの瞬間の事だったのかもしれない。


 そう思った途端、全身がぞくりと震えた。


 違う、そんなの、絶対に違う。


 認めたくない。


 私は選ばれたいわけじゃない。


 継ぎたいわけでもない。


 そんなもの、欲しくない。


 でも、繋がってしまう。


 昨夜の異変。


 朝、手の甲に出来た薄い痕(あと)。


 そして今、はっきりと現れた紋章の刻印。


 何から何まで全部、ひとつに繋がってしまう。


 アカネが右手を見つめている間に、黒服たちの空気がわずかに変わる。


 どこか様子見だったものが、静かに確信へ変わったのがわかった。


 前に立つ背の高い男が低い声でポツリと呟く。


「刻印を確認」


 その一言だけで、アカネの全身に冷たいものが走る。


(確認された!)


 もう気のせいとも言えない。


 これは継承の反応なのだと、他人の口で断定された。


 男はアカネの右手から目を離さず、淡々と続ける。


「前任者の空位に、証が新たな適合者を見つけた」


 空位。


 適合者。


 言葉の意味はわかる。


 わかるのに、まるで自分の事じゃないみたいだった。


 いや、そう思いたいだけかもしれない。


 現実から目を逸らしたいだけ。


「対象を確保する」


 アカネの思考が凍りつく。


 確保。


 保護よりも、ずっとはっきりしていた。


 逃がさない、連れていく。


 そういう意味にしか聞こえない。


 黒服の男たちが一歩、こちらへ近づいた。


 男たちは静かに、急がず、けれど絶対に逃がさないみたいにアカネを取り囲む。


 背後には壁、先程の女性のように逃げ場がない。


(……嫌……ダメ、来ないで!)


 その言葉が胸の奥ではっきり形になる。


 でも喉が詰まって、声が出ない。


 アカネは目を閉じると反射的に鞄を抱え込み、その鞄口へ右手を差し入れた。


 何でこんな事をしたのか、自分でもわからない。


 何か考えがあったわけでもない。


 ただ、それに触れれば、この恐怖が少しでも和らぐ気がした。


 指先が黒いケースに触れる。


 半端に開いた内側、その奥にある冷たくて異様な感触。


 触れた瞬間、手の甲の刻印がジリッと熱を帯びる。


 アカネは無我夢中でそれを、黄金のデリンジャーを握った。


 瞬間、路地の空気が、また少しだけ張りつめた気がした。


 その変化に気づいて、アカネは震えるまぶたをわずかに上げた。


 黒服の男たちは、ピタリと足を止めている。


(まただ……さっき不良を追い払った)


 アカネは鞄の中のデリンジャーを握ったまま、息を止めていた。


 冷たい、なのに、その冷たさはただの温度じゃなかった。


 触れた指先から、何か異質なモノがじわじわと伝わってくる。


 握っているだけなのに、鞄の中にある黄金のデリンジャーがアカネの鼓動に合わせて微かに脈打っているような気さえした。


 離したほうが良い、絶対そのほうが良いはずなのに、指がうまく言う事をきかない。


 怖いのに、まるで縋(すが)るみたいに黄金のデリンジャーを握ってしまう。


 黒服の男たちは、アカネのその動きを見て誰も動かない。


 路地に、ひどく張った沈黙が落ちる。


 誰も声を荒げない。


 それなのに、今にも何かが起こりそうな気配だけが膨らんでいく。


 黒服のひとりがジャリッと靴音を鳴らし一歩擦り寄った。


「……! 来ないでっ!」


 こんなものを出したら、もう後戻りできない。


 それでも近づかれる恐怖の方が強かった。


 アカネは反射的に、黄金のデリンジャーを鞄から引き抜いた。


 パンッ!


 銃撃音と共に銀色の閃光が弾けた。


 冷たく、鋭く、金属の刃みたいに研ぎ澄まされた銀色の光。


 その瞬間、空気が裂けたような感覚が走る。


 近づこうとした黒服の肩口を銀の光がかすめ、男の体勢が大きく崩れた。


(撃った……わたし……人を……)


 アカネは肩を強張らせたまま、呼吸を浅くする。


 いや、撃っていない。


 黄金のデリンジャーは沈黙したままだ。


 黒服のひとりが、顔を上げ叫ぶ。


「上だ!」


 短い怒声が路地に響いた。


 アカネも反射的に見上げる。


 建物の上、路地を見下ろす暗い縁に、細い影が立っていた。


 夜空の月を背にした銀色の髪。


 かすかな光を受けて、輪郭だけが冷たく浮かび上がる。


 見間違えるはずがない。


 教室で見たあの横顔。


 同級生に囲まれていても、どこかひとりだけ温度の違った、あの転校生。


 ルナ=シルヴァ。


(どうして、彼女がここに?)


 そう思った瞬間、背筋(せすじ)が凍る。


 建物の上のルナは、氷のような冷たい目で真っ直ぐに、こちらを見下ろしていた。


 距離があるはずなのに、その視線だけは妙にはっきりわかる。


 見られていると感じた瞬間、アカネの右手の甲がジリッと熱を持った。


 黒服たちの空気が一変する。


 さっきまでの抑えた態度が消え、鋭い緊張が路地を満たした。


「銀の組織か」


 黒服の誰かが低く吐き捨てる。


 その声で、現実がさらに重くなった。


(本当に……本当に、あっち側なんだ)


 ルナの手には銃が握られていた。


 銀色に輝く、銀のデリンジャーが。


 それがこちらへ向けられたものだと理解した瞬間、アカネの思考は真っ白になった。


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