一話 愛してやまない女の子
俺には、愛してやまないキャラがいる。
そのキャラは、数年前に一世を風靡した恋愛シミュレーションゲームに登場する。
『恋の行方とスクールライフ』
通称、『恋スク』
私立恋桜学園に通う主人公が、個性豊かなヒロインたちと出会い、学園生活を送りながら、やがて誰かと恋に落ちる王道ギャルゲーである。
メインヒロインは四人。
圧倒的美少女の転校生、いつも元気でピンク髪の幼馴染、毒舌な妹系同級生、金髪縦ロールの生徒会長。
いずれも、いかにもギャルゲーらしい派手なヒロインたちだ。
そんな華やかな彼女たちに、多くのプレイヤーが夢中になった。
だが。
俺が愛してやまないのは、彼女たちではない。
主人公と同じクラスにいる、ただの女子生徒だ。
佐藤 詠子。
いわゆるモブキャラで、ゲーム内での役回りは『クラスメイトA』。
一部のプレイヤーからは、親しみを込めて『A子』と呼ばれていた。
長い茶髪をポニーテールにまとめ、柔らかな目元と穏やかな笑みが魅力的なキャラだ。
可愛らしい顔立ちをしているが、ヒロインたちのような派手さはない。
『恋スク』における詠子の役割は、ゲーム進行を補助するか、背景を埋めることだけだった。
いなくなってしまったヒロインの居場所を教える。
物語に必要な噂話やヒントを、主人公の近くで友達と話す。
文化祭や体育祭のイベントCGで、メインヒロインたちの後ろに小さく映り込む。
もちろん、詠子には専用イベントや告白シーンなんてものも存在しない。
それでも俺は、詠子が登場するたびに、なぜかその姿を目で追ってしまっていた。
派手なヒロインたちとは対照的な、素朴な詠子。
だが、俺にはたまらなく魅力的に見えた。
いつしか俺は、イベントCGの隅に彼女を見つけるだけで嬉しくなり、詠子を探すために『恋スク』をプレイするようになっていた。
特定の選択肢を辿れば、隠しルートが解放されるかもしれない。
そんなことを、本気で考えていた。
そして俺は、『恋スク』を遊び尽くした。
すべてのヒロインルートを見た。
すべての選択肢を選んだ。
すべてのイベントCGとBGMを回収した。
しかし、どれだけ周回しても、詠子と親しくなる選択肢は現れなかった。
主人公は詠子に見向きもせず、決められたようにメインヒロインたちのイベントへ向かってしまう。
どのルートを進んでも、主人公と詠子が結ばれる未来は描かれなかった。
「また、駄目だった……」
何百回目かも分からないエンディングを見届けながら、俺は呟いた。
画面には、攻略したメインヒロインと主人公が寄り添う姿が映っている。
その後ろ。
卒業を祝う生徒たちの中に、詠子の姿があった。
友達と並び、いつものように穏やかに笑っている。
「どうして、A子のルートがないんだよ……」
派手な見た目も、物語の中心に立つような設定もない。
けれど、俺は『恋スク』に登場する誰よりも、佐藤詠子を攻略したい。
彼女のことをもっと知りたい。
何気ない話を交わしたい。
ゲームでは見られなかった、いろいろな表情を見たい。
そして、その笑顔を、自分に向けてもらいたい。
その時にはもう、認めざるを得なかった。
俺は、ただのモブキャラである佐藤詠子を、どうしようもなく愛してしまっていた。
だから俺は、今日も『恋スク』を起動した。
何百回目かも分からないタイトル画面。
聞き慣れたBGM。
見飽きたはずのメニュー画面。
俺は迷わず、ニューゲームを選択する。
今度こそ。
今度こそ、詠子のルートを見つける。
そんなルートが存在しないことは頭ではわかっていた。
それでも諦めきれず、画面に手を伸ばした瞬間——。
「……あれ?」
画面が止まった。
タイトルロゴも。
流れていたBGMも。
チョークの形をしたマウスカーソルも。
すべてが、凍りついたように動かなくなる。
「おい、嘘だろ……?」
俺は慌ててマウスを動かした。
反応はない。
キーボードを叩く。
それでも、画面は動かなかった。
「ふざけるなよ……」
思わず机に手をつく。
「俺はまだ……A子のことを何も知らないんだよ……!」
その瞬間。
視界が、白く弾けた。
「……は?」
次に目を開けた時、俺は見覚えのある教室の中にいた。
窓から差し込む朝の光。
黒板。
整然と並んだ机。
楽しげに話す生徒たちの声。
そして、どこかで聞いたことのあるチャイムの音。
「ここは……?」
「ゆうちゃん! 今日、帰りにどこか寄っていこうよ!」
聞き慣れた、明るく甘い声。
前の席から、ピンク髪の少女がこちらを振り返った。
そして、俺に向かって満面の笑みを浮かべている。
俺は息を呑んだ。
何度も見た。
何度も聞いたからわかる。
これは、『恋スク』の共通ルート冒頭。
ま、まさか俺はゲームの中に入り込んだのか⁉︎
だが、今はそんなことに驚いている場合じゃない!
俺は教室中を見回した。
「……ゆうちゃん?」
不思議そうに顔を覗き込んでくるピンク髪の少女の声を聞き流し、俺は教室の中を見渡した。
黒板の近く。
窓際から少し離れた、目立たない席。
そこには、数人の女子生徒と楽しそうに話す、一人の少女がいた。
長い茶髪をポニーテールにまとめている。
笑うたびに栗色の瞳が柔らかく細められる。
そして、口元に浮かぶ穏やかな笑み。
画面越しに、何度も何度も追い続けた姿。
俺が愛してやまないキャラ。
いや、
愛してやまない女の子。
佐藤詠子が——。
今、確かにそこにいた。




