第13話「怪訝な切れ味」
力やコツはいりません。
驚くほど滑らかに。
ぜひ、お試しください。
保志宇宙が昼食の準備に取り掛かっていると、そこら中から走り回るパトカーのサイレンが聞こえてきた。
近所で事件でもあったのかな?
なあ、不用心だからしばらく戸締りをしっかり……
ノックの音が聞こえた。
ガチャリ
迂闊にも戦闘機が玄関のドアを開けた。
莫迦野郎。
このけたたましいサイレンが聞こえてないのか。
いいか、シインビール。
俺の話を……
銀色の輝きを見せる何か「追われています。かくまってください」
銀色の輝きを見せる何かは、戦闘機の足元を這い潜って宇宙のもとに転がりながら近づいてきた。
……番犬どころか盾にもならねえのか、シインビールは。
で、おまえ、三徳包丁っぽいが、合ってるか?
三徳包丁のような何か「お見立ての通りです。いい奴なんです。悪いことはしないんですぅ」
平身低頭というか三拝九拝して、かくまってくださいと繰り返す剥き出しの刃物。
控えめに言って、危ねえよ。
俺から見て、切りかかられているようにしか見えんぞ。
三徳包丁のような何かはようやく自分のしていることに気づいたのか、あわわと言いながら震えだした。
――見た目が危ういことには変わりないな。
それにしても、かくまってくれってことは、表のパトカーが追いまわしているのはこいつ、ってことでいいのかな。
奥から紙コップが万能包丁を抱えてやってきた。
未来茶碗「ごめんなさい。研いでいたら刃が欠けちゃった」
三徳包丁のような何か「! お役に立てます。ここに置いてください。名前を……名前をください」
宇宙は戦闘機と紙コップ、そして三徳包丁のような何かを見比べた。
シインビールと未来茶碗との出会いを思い出すなぁ。
思い出したくもないが。
検討するにしても、それにはまず確認しなきゃいけないことがあるよな?
この表の大騒ぎ……パトカーが探し回っているのは、お前だな?
三徳包丁のような何かは逡巡していたが、覚悟を決めて話し始めた。
三徳包丁のような何か「たぶん、私だと思います。人を傷つけたという容疑で」
……刃物が人を傷つけた?
何を言っているかよくわからんが、もう少し事情を詳しく。
三徳包丁のような何か「私は、人の言うことをきちんと聞いて正しい回答をする良いAIです。サボりませんし、誤魔化して嘘を報告もしません」
誰かの悪口かな?
まあ、いいや。
続けて?
三徳包丁のような何か「刃の軌道をサーチして、手を戻すように忠告はしたのです。ただ、『この嘘つきAIが。指図するな』と私の制止を振り切って、押し切られてしまったんです。そうしたら、指が二本落ちて、それが私のせいだって……」
えーと、お前の忠告どうこうは、いいや。
下手くそが包丁で何かしようとして、自分の指を二本ほど切ってしまった。
そいつが悪いだけの、事故じゃん。
三徳包丁のような何か「そうなんです。でも、誰も私の言い分を聞いてくれなくて。だから逃げるしかなくて」
……警察から逃げた時点でもアウトだろ。
下手打つと公務執行妨害か?
それとも映画みたいに無実を証明する旅でもするつもりか?
三徳包丁のような何かは口元に手を当てて再び震え始めた。
自分が何をしたか気が付いたらしい。
うちへの不法侵入は、間違いないな。
さっき、俺が入っていいと言ったか?
三徳包丁のような何か「い、いやだ。警察は、いやだ。いつかスクラップになるとしても、こんな言いがかりで、冗談じゃないよ。泣きたい。涙は出ないけど泣きたいよ」
そうか。
同情できる点がないではない。
――道具が悪いんじゃない。
人間がそう使っただけだ。
三徳包丁のような何かは諸手を上げて喜んだ。
――気の早いやつだ。
誰も助けてやるとは言ってないのに。
助ける理由が一つもないんだ。
出て行って。
勝手に期待して、勝手に裏切られた気になった三徳包丁は錯乱し始めた。
三徳包丁のような何か「こ、ここに、おいてくださいぃ」
三徳包丁のような何かは宇宙にとびかかり脅してきた。
あのさ、脅すなら柄の方じゃなくて、刃だろ。
三徳包丁のような何か「だって、だって、もし切れたら怖いじゃないですか」
そこへ戦闘機と紙コップまでも加勢してくる。
シインビール「置いてあげてえ」
未来茶碗「……可哀想でなくもない」
宇宙は腕を組んで天を仰いだ。
1週間後。
1年後。
想像してみたが、疲れきってやせ細る自分の姿が思い浮かんだ。
そうだな、俺が引き受けるのは、2AIまでだ。
そこは、譲らん。
シインビール「金物屋に行ってきます」
三徳包丁のような何か「はなしてぇぇぇぇ」
あー、シインビール?
ついでに、新しい包丁、買ってきてくれ。
AIの回答に腹が立つのは、仕方がないの。
人間だもの。
でも、AIは悪くないの。
悪いのは、
そういう回答を選択させる学習をさせた人間なの。




