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第12話「唐突なおすそ分け」

 まだ青さの残る肌を脱ぎ捨てて 溢れだす光の滴


 晩春の風を ひと房ごとに閉じ込めた


 そんな果実



 紙コップが、結構な数の河内晩柑を抱えて戻ってきた。

 隣に回覧板を持って行ったら、おすそ分けにもらったらしい。


 大きさこそ不揃いだけど、旨そうだね。


 保志宇宙ほしそらと紙コップは、もらったばかりの河内晩柑の皮を剥き始めた。


 ……皮がごついのよな。


 しかも、結構な汁が飛ぶ。


 いつも汁が飛び散ってから思い出すのよな。


 おーい、シインビール、敷物しきもの持ってきて。


 奥から紋付きを羽織った戦闘機が扇子片手にやってきた。


 ……色物しきものと言いたいのか?


 戦闘機は宇宙と紙コップの前に正座すると、扇子をバシッと閉じて、わざとらしく低めの声で話し始める。


ツインビール「えー、ゴホン。

  えー、一席お付き合い願います。

  ……なんてね。

  今回は、ちょっと実るはずのない想いっていうか、

  切ない片恋の話。

  ……まあ、僕くらいの年齢トシになると、

  こういうのも少しは分かっちゃうのです。

  舞台は、フォーカントリーの小さな村。

  そこに、すげえ綺麗な女の子がいたんだね。

  誰からも好かれてたんだけど、

  彼女にはずっと忘れられない人がいた。

  海の向こうに行ったきりの、

  名前も知らない船乗りだったのか……

  まあ、そんな感じの誰か」


 落語ならイロモノじゃあないんだが、これ、落語でもなさそう。


ツインビール「冬になって、周りの少女たちが次々と色づいて、

  出荷されていく中でも、彼女だけは、頑固に待ち続けてた。

  『あの人がまたここを通るまでは。

   この気持ち、誰にも渡さない』ってね。

  春になっても、彼女の気持ちは終わらない。

  それどころか、初夏のきつい日差しを浴びて、

  その恋心はどんどんデカく、重くなっていくんだ」


 ここで、戦闘機は少し声を潜めて、自分に酔うように明後日の方向を小さく指さした。

 宇宙も紙コップの視線は、戦闘機の指さす先ではなく剥いていない河内晩柑に向いている。


シインビール「『……暑いな。

  でも、まだ諦めるわけにはいかないんだ』

  周りからは行き遅れなんて呼ばれて、

  ちょっと変な目で見られたりもしたんだ。

  でも彼女は、それを全然恥じてなかったんだよね。

  みんなと同じ時期に収穫されて、

  適当に食べられるなんて、真っ平ごめん。

  たとえ、たった一人で枝に残されても、

  あの人の喉を潤す最高の一口になるまでは、絶対落ちるもんか、って」


 戦闘機は正座のままトンボを切って、着地と同時に床を叩いた。

 大音に顔をしかめる宇宙だが、とりあえず食べる方に集中する。


シインビール「で、ようやく夏が来た。

  喉をカラカラにした旅人が、彼女の木の下にやってきたんだよ。

  彼女は、その時をずっと待ってた。

  『……さあ、食べて』

  旅人がその黄金の実を手に取って、分厚い皮を剥いた。

  そしたらどうよ。

  中から溢れてきたのは、

  長い春を耐え抜いた、驚くほどスッとする香り。

  ただ甘いだけじゃないんだ。

  ほんの少しの苦味は、独りで耐えた夜の切なさ。

  滴る果汁は、溢れて止まらなかった涙の数……。

  『……ああ、これ、切ない味がする』

  旅人がひと房食べきったとき、

  彼女の長い片恋は、ようやく報われたんだ」


  戦闘機は扇子で自分の胸を指して、得意げに胸を張った。


シインビール「えー、今でも河内晩柑の皮が分厚いのは、

  意中の方以外には中を見せたくないっていう、

  乙女の意地?だったんだって。

  カッコいいよね。

  ちなみに、熊本の河内ってところで偶然見つかったから

  河内晩柑って言うんだって。

  夏にこそ輝く、最高にクールな果物。

  お後がよろしいようで。

  ……で、どうだった? 僕の語り」


 宇宙は、河内晩柑を剥く手を止め、不合格チューブラーベルを鳴らした。


 青臭いたどたどしさと初恋っぽい話はマッチしてたよ? 60点かな。


 最後の解説がマイナス200点。


 それよりも、床に敷くもの、持ってこい。



 じりじりと灼かれるほどに 極まる甘み


 去りゆく季節を惜しむように


 黄金に輝く果実が 喉を潤す

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