第21話 恋人
「まさか、あの子とは別に紫苑に恋人ができるとはね」
理心は飲み物を飲みながら、呟く。あの女子生徒の握手は和解の意味合いでは決してなかった。紫苑が丁度、後方に気を取られている間に放たれた言葉。三人によると――
『私のものになりなさい』
そう言っていたらしい。ほぼ、初対面の相手に何を言っているのだろうか。紫苑は困惑を隠せない。
「あの人が如月零花。噂に違わぬって感じね」
どうやら、理心は彼女のことを知っていたらしい。
「風紀委員長にして剣道部の主将。孤高にして高嶺の花。数え切れぬほど告白され、その全てを冷たく、無情に切り捨てた。その凍てついた表情と相まって、付けられた二つ名は “零下の女王”」
何やら、前口上のようなものを理心は淡々と語る。他人の受け売りだろうか。
「必要な時、以外ほとんど話さないみたいで、友人は一人もいないらしいわ」
(友人……)
紫苑は違和感を覚えた。あの廊下でぶつかった時、親しそうに彼女を呼んでいた金髪の少女がいたはずだ。
「いえ、確か、一人いましたよ」
「え、マジ?」
「はい。名はキアラ・モンテヴェルデ。二年次の最後の方に編入してきて、仲良くなったらしいです」
「へえ~。ヒルデ、よくそんなこと知ってたわね?」
「まあ、知ってることは知ってるというだけですよ」
ヒルデは苦虫を噛み潰した表情をした後、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「リコモ、モノシリデスネー!!」
「先輩とは別れるよ……」
「まあ、騙し討ちみたいなもんだしな」
「あの子のためでしょ? 横から取られるなんて流石にかわいそうよ」
漣夜と理心の言葉に紫苑は首を振る。
「違う……。そもそもが何かの間違いなんだ。僕なんかを好きになるのは……」
「間違いなんかじゃねえよ」
漣夜は紫苑の額を軽く、叩く。額を突然、叩かれ、紫苑は驚いた。
「お前はすげえ奴だ!!」
大きな声で漣夜はそう言った。
「もっと、胸を張れ、紫苑!! お前はすごい!!!」
漣夜の言葉に紫苑は目を見開いた。何か心に温かいものが湧き上がってくるようなそんな感覚を覚えた。
「すごい……か」
「紫苑は少し、暗いのよ。もっと明るくなりなさい! まあ、この馬鹿ほどとは言わないけど…………」
「おい、誰が馬鹿だ?」
理心の言葉に、漣夜が反応する。いつものじゃれ合いが始まった。そんな二人を尻目にヒルデは真剣な表情で言った。
「他者からの好意を無下にするのは傲慢ですよ、紫苑。害がないなら、快く受け止めるべきです。まあ、それでも選択は伴いますが…………」
ヒルデからの忠告、少し難解だが、紫苑は何となく言いたいことを理解した。
「それと、別れるなら慎重に」
「わかってる。言葉は選ぶよ」
「ええ、そうした方がいいですね。
――――――彼女からは、母と同じような気配がするので…………」
時間はあっという間に過ぎていく。四人はカフェでただ、雑談をしていただけにもかかわらず、外はすっかり赤くなっている。
「もう、こんな時間か」
漣夜はポツリと呟く。紫苑は窓から、外を見る。もう夕暮れだ。ヒルデは立ち上がる。彼女はこの町から少し離れた所に住んでいる。もう帰らないといけないのだろう。
「サヨナラデース!!」
元気な声でヒルデは店を出て行った。紫苑以外の他の二人も立ち上がる。解散の雰囲気だ。紫苑は名残惜しくなり、二人と途中まで一緒に付き添うことにした。
三人は夕日で照らされた住宅街を歩く。特に何か話すわけでもなく、一緒にいる空気を静かに楽しむ。夕方の空気はどこか澄んでいて、心地いいと紫苑は思った。だからこそ、その落差は――本当に恐ろしい。
「何だよ、アレ!?」
漣夜が突然、大声を出した。なんとなく足元を眺めていた紫苑は顔を上げる。
「――ッ!?」
余りの恐怖に声すら出なかった。紫苑の視線の先、電柱の影に何者かが佇んでいる。体のほとんどを隠しながら、首を傾け、三人を見ている。その頭の位置は住宅の塀を優に超えており、人の身長のそれではない。
しかし、そいつの長く伸ばした黒髪とその隙間から見える血走った眼に、紫苑は見覚えがあった。それは――
(図書館の……!?)
あの日、見た怪物に非常に酷似している。もう一体はいないようだが――
(外に、出てこれたのか……!)
奴らは、あの場所に住み着いていると勝手に想像していた。あれ以来、色々な事情が重なり、図書館には全く、訪れてはいなかったが――
(追ってきやがった…………!!)
紫苑は逃走を図ろうと、一歩、後ろに下がる。しかし――
「あ…………あ…………」
理心の様子がおかしい。頭を抑え、掻きむしっている。
「最悪だ……!!」
漣夜の重苦しい声音。その深刻そうな表情から、何かを知っているようだ。
「あ……………………あ……………………
アアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!」




