第19話 老朽
試合は中断された。紫苑の視線の先には――穴。巨大というほどではないが、人一人が容易に通り抜けできる程度の穴。それも当然だろう。あそこには本来、金属製の扉があった。紫苑の放った砲弾によって変形した扉の残骸が薄っすらと外に見える。
体育館が破壊されるという異常事態に教員も混乱状態だ。そして、体育館中の視線が一挙に、破壊者――紫苑へと向けられる。
注目を一身に浴びている紫苑は自らの両手を見ていた。
(なんだ…………これは…………?)
自分に身に覚えのない力を紫苑は実感していた。筋トレなどほとんどしたことが無く、これほどの筋力があるとは思えない。ましてや――
(扉が壊れるなんて…………)
ただのボールごときであれほどの破壊を生み出せるとは紫苑自身、到底思えなかった。紫苑が狼狽している間に近づいてくる一人の影。
「紫苑! あんた殺す気!?」
理心が紫苑のそばにやってきた。その顔は本気で怒ってるように見える。彼女が怒るのも無理ないだろう。紫苑のボールは途中ですっぽ抜けたことでコントロールを外れ、奇跡的に誰にも当たることがなかったが、本来は人に向かって投げられるボールだった。
「横で扉が吹っ飛んだときは死を覚悟したわ……」
どうやら理心は破壊された扉の近くにいたようで、間近であれを体験したようだ。
「紫苑! すげぇな!」
漣夜は嬉しそうに紫苑と肩を組む。その顔にはネガティブな感情が一切見えず、純粋に紫苑を称賛しているようだ。
「すげぇな、じゃないわよ!? あんなのが人に当たったらどうすんのよ!?」
理心の言葉に漣夜は怪訝そうな顔をする。
「俺にはあの女と同じくらいの玉に見えたけどな?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ!? 現に吹き飛んでるんだから!!」
「ヒルデはどう思う?」
漣夜は紫苑と肩を組みながら、ヒルデに問う。ヒルデは首を振り、肩を竦めた。
「どちらとも、ただこの建物は少し――」
「こんにちは」
ヒルデの言葉を遮り、冷たい声音が響き渡った。その声は辺りを凍り付かせ、四人を静寂が包み込む。四人はそれぞれ声の主を見る。そこには例の美女が立っていた。美女は凍てついた表情で紫苑を睨みながら、口を開く。
「昼、食堂裏で待っています」
それだけを言うと、その美しい髪を翻し、去っていく。
美女が離れてから、少しして、漣夜がようやく口を開く。
「怖えーー。相当怒ってたぞ。あれ」
漣夜は顔を引きつらせながら、冷や汗を流している。理心は紫苑の肩に手を置くと、
「頑張って」
紫苑の顔から血の気が引いていく。
「人違いじゃ…………」
「いえ、確実に紫苑ですね」
ヒルデの無慈悲な宣告に紫苑の口から魂が漏れ出た。
紫苑は憂鬱な気分で、体育館の外に整列している。建物に穴があいてしまったので、ドッジボールは中止となった。それに対して、紫苑は申し訳ないと思いつつも、呼び出しの件で戦々恐々していた。
整列していた生徒が立ち上がる。紫苑もそれに倣い、顔を上げ、立ち上がる。
(え……?)
紫苑の視界に偶然、入った体育館の外壁。ひどく汚れている。というよりは――
(古い……)
最初入るとき、体育館の横を見る機会が無かったが、ここまで酷い状態とは紫苑も予想していなかった。
列が歩き出した。それに続いて、紫苑も歩き出す。去り際に紫苑は入口を見た。
――は……?
紫苑は制服姿で自分の席に座っていた。既に多くの生徒が着替え終わっているが、担任が一向に来る気配がない。故に、クラス内は休み時間の様相だ。しかし、紫苑の表情は浮かない。
「どうした? 紫苑?」
漣夜が心配そうに紫苑を見ている。
「なんでもない……」
「あんま、気にすんなよ!」
どうやら、漣夜は穴の件で紫苑が悩んでいると思ったらしい。紫苑はそれに対して、曖昧な笑みを返した。そんな二人のもとに理心とヒルデがやってくる。
「先生、遅いわね」
「ほんとにな」
「浮かない顔ですね? 紫苑」
「穴のことでしょ? 紫苑、凄い怪力ね!!」
「あー、理心、そのことなんですが…………」
ヒルデは何か言いづらそうにしている。
「何?」
「えっと、気づきませんでしたか? あの建物、変じゃなかったですか?」
漣夜はヒルデの言葉に何か思いだしたようで、ハッとした顔になった。
「滅茶苦茶、汚かったぜ!!」
「いや…………、まあ、でも新築でしょ?」
理心は漣夜の言い分に反論しようと何とか捻りだした。第二体育館は入学式で使われた第一体育館よりも後に建設されたという説明がなされている。しかし――
「第一と第二、どっちの方が古く見えました?」
「…………、第二」
理心は渋々と言いづらそうに答えた。ヒルデはその答えに満足したのか。
「どうやら、新築を騙っていたようですね。扉が吹っ飛んだのは相当、老朽化していたんでしょう」
「やっぱりな! まあ、それでも紫苑がすげぇのは変わりないけどな!」
漣夜は誇らしげな顔をしている一方、理心は申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめん。紫苑のせいにして……」
「いや、壊してはいるから……」
紫苑は苦笑いをしている。老朽化が原因とはいえ、結果的に扉を破壊したのは紫苑であるという事実は変わらない。だが、紫苑は頭の片隅でどこか違和感を感じていた。紫苑が最初に見た入り口は新築に違わぬものだった。しかし――
(正面すら汚れているのはどういうことなんだ……?)




