SIDE悠介5
店に着いた時、ちょうどミキが店の中から外に出てきたところだった。店内から、冷気がやってきて、悠樹が気持ちよさそうに目を細める。
「おかえり! 悠樹くん、今日はうちに泊まっていけるんだよね。嬉しい! 何食べようか? あ、今、部屋にお花がないから、悠樹くん、好きな花決めて。一緒に飾ろう」
嬉しそうにはしゃぐミキと手をつないで、悠樹は店内に入っていく。何か2人で話している姿を見ていたら、悠樹の顔がどんどん明るくなる。しばらくしてから悠樹がやってきて、
「お父さんの言った通りだった! 決めたら、大丈夫だった!!」
照れくさそうに笑う悠樹がまぶしい。「素直が一番だよなあ。偉そうに言っておいて、できてないのは俺だわ」悠介は、ぼそっとつぶやいた。
「悠樹が寝相悪いの、困ったなあ。去年みたいにミキがソファに寝るのは、さすがに心配だし」
「一日くらいなら、ソファでいいよ。悠樹くん来るって張り切っていたからかなあ、なんか、いきなりスイッチが切れた……」
ミキは気だるそうな声でソファに横たわった。ここ数日、家ではこんな感じ。店では今のところ具合は悪くないみたいだけれど、気が緩むとつわりが出てくるようだ。
「ミキ、大丈夫? お水飲む?」
「あー、なんかオレンジジュースが飲みたい」
渡したオレンジジュースを勢いよく飲み干すと、ローテーブルにコップを置いて、ソファの横にしゃがんでいた悠介の首に手を回す。ミキは悠介の頬にキスをする。あまりに不意で悠介はミキをマジマジと見つめた。
「悠ちゃん、忘れてる」
「え、何を?」
「ほら、一番新しい約束、したでしょ?」
悠介は、ようやく気づいた。そして、少し照れくさくなって意味もなく笑う。
『ね、悠ちゃん。私、いいこと考えた。2人の約束、増やしても、いい?』
『……いいけど、どんな約束?』
『自分が言ってほしい時に、好きだよって言ってほしいの』
『ずいぶん、唐突だね。ミキが言ってほしい時って、俺、わかるのかな』
『そうか、タイミングが違ってお互いに不満になるのは、嫌だな……じゃあ、こうしよう。好きって言ってほしい人が、ほっぺたにキスをするっていうのはどう?』
うちのカミさんは悶絶するほどあざとかわいいんだけど。40になっても学生の頃みたいにドキドキできるもんなんだな……、恥ずかしいから焦っているのは気づかれませんように。頭の中でとりとめもなく考えながら、小さくて形の良い耳元に顔を近づけた。
「ミキ、好きだよ」
「私も、悠ちゃん大好き! ヤバイね、この約束、めっちゃ照れるね! 破壊力がヤバイ。語彙力が崩壊する。だるかったのに一気に元気出ちゃった」
ミキがクッションを抱えながら足をバタバタさせる。ミキの大好きという言葉でさらにくすぐったくあたたかくなる。
「これ、俺もすごく照れる。でも、すごくいいね。照れなくなるまで、何度もしたらいいね」
「それはそれでトキメキが薄まるから困るなあ。……となるとあんまり頻繁に使えないかも」
「なんだそれ」
「私、色々こじらせていますから……でも、そんな私を悠ちゃんは大好きだもんね」
「もちろん。なんか、ミキ、迷いがなくなったね」
「思い出したの。悠ちゃんがどっちを選んでも幸せになれるってまず決めることが大事だって言ってくれたこと。過去の悠ちゃんはなかなかいいことを言ってくれたよ」
ホントだね、悠介は笑う。ミキは不思議な人だ。いつまでもぐるぐる頑固にこだわっていたと思えば、気づくとはるか遠くを歩いていたりする。だから俺は、ミキからいつだって目を離せないんだ―――
テーブルの上に悠樹が選んだキキョウの花が咲いていた。なんだか一部始終を見られていたようで照れくさくて、思わず目をそらした。
Fin
長い間、お読みいただきありがとうございました。この話で『こじらせヨメに花束を』は完結です。2024年5月13日から新作『爪紅庵の色仕事』と連載します。こちらは、月・水・金の更新予定です。こちらは現代ファンタジーになります。引き続き、お読みいただけたら嬉しいです。
赤羽かなえ