匣は「仮構」を描く
「ふむ──悪くない設定だが、切り口がよくないな」
開口一番、友人はそう断じた。彼の手には数ヶ月前に僕が書き上げた作品をプリントアウトしたものが握られており、目線はその作品に落とされている。
「現代伝奇的な世界観は可もなく不可もなく、と言ったところだが、その上で動くキャラクターがどこか淡々としている。どこか当事者意識がないというか、動かされているというか、そういう印象が抜けない作品ではあるな」
「返す言葉もない」
僕はそう返事をし、机の上に置かれているコーヒーを啜った。
「次に進んでいいか?」
「どうぞ」
僕の返事を聞くと、彼は原稿の束を脇へ寄せ、次の束を取り出した。
「まあこっちについても大体同じような感想だな。まあ尤も、こっちはファンタジーなのかホラーなのかまるでわからない点がマイナスだ」
「やっぱりダメか」
「お前、ホラーそんなに好きじゃないだろ。というか、少なくともこれを書く段階では、一作品も観てないんじゃないのか?」
「……鋭いな」
返し、僕は目を伏せた。本当に、返す言葉もない。
「あとユーモアセンスないなお前。絶対ギャグは書くなよ、これからも」
「……慎みとかないのか、お前」
僕の返しにも、彼は真顔だった。本当に僕にはユーモアセンスがないのだろう。
「んで次。発想は悪くねー。ただ世界観の作り込みが甘いな。夢の物語としてはそれなりに成立しちゃいるが、夢のディティールがなきゃ、しょせんアマチュア止まりの作品に落ち着く」
「…………」
「ただ筋はまあまあいいな。程よい表現と無秩序がある」
「ありがたいな。こんな作品にも褒めるところがあるとは」
「罵倒だけじゃ読んでる奴も書いてる奴も浮かばれないからな」
そして友人が取り出したのは、最後の作品の束だった。
「これはなんというか──訳の分からない作品、という感想しか湧いてこないが。ユーモアもそうだが、向いてない作品をなんとか書こうとするのは極力控えた方がいいんじゃないか? ムードだけで成立する作品は、技量のある作家がやるから成立するのであって、何の人生経験もないお前がやっても、空転して終わるだけだと思うな」
「それに関しても、返す言葉がないね」
「……会話が広がらねーな。ホントに作家志望か、お前」
「真っ当な作品ならもっと広がるように言葉を紡ぐさ。こんな断章に凝った表現は不要だ」
「その意識の低さが作品の質を落とすんじゃねぇの?」
言いつつ、彼はすべての作品の束を脇に避け、一つ、大きく、しかしどこかチープなデザインの匣を取り出した。
「で、どうするよ、これ?」
「閉じるよ」
僕は間髪入れずに答えた。
その匣に蓋はなかった。むき出しになったその匣の穴からは、無数の虚構の残骸が顔を覗かせている。
「もうちょっと続けてみてもいいんじゃないか?」
「いや、そういう態度こそ作品の質を落とす。この匣はこれで終わりだ。始末をつけて──別のものを作ることにするよ。それが最善だ」
「……お前がそう言うなら止めやしねぇけど、なんつーか、もったいないような気はするな」
「感傷か? らしくないな」
「思い出のない者は獣だよ」
「過去に囚われているのは亡霊だぜ」
「……ホントにやるんだな」
「……ああ」
決然と答え、僕は匣を閉じた。




