第73話 新たな火種
――サートス村・ナナシとアンジェラの家――
◇リゼット視点◇
軽い事後処理の後、ボク達はお兄さんとアンジェラの家に招かれた。
二人が住んでいる家……小さいけどとても温かい雰囲気の家だった。
「それじゃあ改めて……メイシー、それに……リゼット。久しぶりだな」
お兄さんは確かにそう言った。
忘れていた僕たちの名前を……口にしてくれた。
「久しぶり、お兄さん……ボク達の事、思い出してくれたんだね」
「ああ。それに俺の過去について新しく思い出したこともある」
それってさっきの淡い光の影響かな。
一体何を思い出したのだろう?
「思い出すのはいいですけどしばらくしたら更に忘れるとか洒落にならないことはしないで欲しいですね」
いや、縁起でもない。
お兄さんの場合はやりかねないから本当に。
「メイシー。あんた縁起でもない事言わないでよ。あたしとの結婚生活忘れられたら本気で困るんですけど」
「大丈夫だ。アンの尻の素晴らしい感触とか、色々と絶対に忘れやしない」
「そうね……ってあなたは何を宣言しているの!?いや、確かにやたらお尻を触りたがるから好きなんだろうとは思っていたけど……って何を言わせてるのよ……もう、恥ずかしい……」
アンジェラが顔を真っ赤にして手で覆う。
大丈夫。聞いているこっちも恥ずかしいから。
ていうかお兄さんお尻好きだよね?
「それでお兄さん、思い出したことって?」
「うむ……俺の名前だ」
「「「!?」」」
これには全員驚きを隠せなかった。
お兄さんの本当の名前……ずっとお兄さんが探していた『自分』。
「みんなも知っているだろうが俺はダルガルマ族などではなく異世界から来た人間だ」
お兄さんが異世界から来た人であることは二人を探す旅の中でメイシーに伝えている。
アンジェラもどうやらこの数年間でお兄さんから聞いている様子であった。
「俺の本名だが……七枝良哉と言う」
は?
ななし?
何が変わったの?
あー、いやそういう事か。
「えーとつまり、お兄さんはファミリーネームが『ナナシ』で名前が『リョウヤ』って事?」
「そうなるな」
「ややこしいですね……つまりあたし達は今までナナシさんをファミリーネームで呼んでいた、という事ですか」
確かナナシという名前の由来ってお兄さんが言っていた『ナナシノゴンベイ』だったよね。
「じゃあお兄さんの言っていた『ナナシノゴンベイ』って?」
「あれは俺の世界の言葉で名前がわからない人の事を指す俗語だ。それをリゼットが聞いて『ナナシ』って名をつけてくれた」
ああ、そうだった。
とりあえず名前が無いと不便だからそういう風につけたっけ。
「じゃあ、当たらずとも遠からずって事だったわけね。どうする?これからはあなたをリョウヤさんって呼べばいいの?」
「いや。今まで通りナナシでいい。七枝良哉という人物についてだが一度死んでいる様だしな。今の俺はアンの夫、レム・ナナシだ」
真っすぐな瞳で紡いだお兄さんの言葉にアンジェラが「おふっ」と奇声を上げて悶絶している。
何だか二人の間の空気がものすごく熱い。メイシーなんか手で仰ぐ仕草をしている。
そうか。お兄さんは記憶を取り戻すと共に先へ進む生き方を見つけることが出来たんだね。
「あの、ナナシさん。その……騙す形になってごめんなさい。本当はあなたと最初に出会ったのはリゼットだったのに……それに前から知っていた事だって黙っていて」
アンジェラはバツが悪そうに目を伏せていた。
「薄々気づいていたよ。アンとは初めましてじゃあないだろうなって。俺を守るために、アンは気を使ってくれていたんだ。まだ戻っていない記憶もあるが、俺はこの世界に骨を埋める気でいる。ずっと君の傍に居るさ」
うわー、無茶苦茶お熱い空気だよ。メイシーがさらに仰ぐ速度早めているし。
「それじゃあ次はボクの番だね。あの、お兄さん、アンジェラ、それにメイシー。その、ボクがずっとだましていたせいで大変な事に巻きこんでしまって本当にごめん。ボクの本当の名前はイリシア・リーゼロッテ。イリス王国の第5王女です」
「えっとメイシー、イリス王国ってどこだっけ?」
アンジェラがそっとメイシーに耳打ちして聞いている。
「隣の大陸にある大国ですよ。あなた一応教師になったのでしょう?」
「いやそうは言っても地理は専門外だし外国の事なんてよく知らないよ」
「イリス王国はダモクレア大陸にある女王を頂点とする絶対君主制国家だよ。広大な大陸の3分の1を領土にしていて強大な軍事力を持っている。それがボクの生まれた国」
「第5王女という事は女王になる可能性があるってことなのか?」
「一応はあるけど第5王女くらいになると王位を継承する可能性はかなり低いよ。だから誰かが王位を継いだ後は属領の領主を務めていく感じかな」
それからボクはお兄さんと出会うことになった経緯を話した。
ボクが『ヴァッサゴーの瞳』の能力者であること。国の滅亡を救う為に家庭教師だったディギモと出奔したこと、など……
「なるほど。リゼットの故郷は滅亡の危機に瀕しているってことなのか」
「それがなんだけど……最近その関係の予知が出てこなくなったから恐らく何らかの形でその要因が無くなったのだと思う」
つまり国の滅亡については回避され、ボクは目的を失ってしまったというわけだ。
◇アンジェラ視点◇
リゼットから告白である程度の事情は分かった。
彼女は彼女なりに悩んでいたのだ、と。
「本当にごめん。みんなを騙していた……」
「構わないさ。俺だって自分が異世界人だという事を隠していたからな」
「あたしもナナシさんにリゼットやメイシーの事を黙っていたのだしみんなお互い様、ね」
これって結局仲直り出来たってことでいいよね?
ナナシさんの記憶が戻った際に何か起きるのではないかと心配していたけれど取り越し苦労だったみたい。
彼は記憶が戻ってもレム・ナナシのままだったのだから。
一方、メイシーだけは何だか不満そうな表情だ。何を考えているのだろうか?
「あの、私だけ皆さんに黙っていた事とか謝る事が無いのですが……」
え?
そこを気にしていたの……
「いや、謝る事が無いならそれはそれでいいと思うけど?むしろリゼットと一緒にあたし達を探しにここまで来てくれて感謝よ。ありがとう、メイシー」
その言葉でメイシーの顔に喜ばしさが生き生きと動いているのがわかる。
あのぐーたらが変わったものね……
――ベリアーノ市・第2区首相官邸――
「イリス王国第1王子イリスタリア・ラムアジン名誉外交特使です」
突如訪問を申し出て来たイリス王国の王子さまの第1印象は『小物』であった。
30手前の冴えない男前。それがラムアジン王子だ。
「首相のグロスター・アシュリーです」
第1王子という肩書をわざわざ強調して名乗るあたりが何とも……
それから彼が言った事は一言で言えばイリス王国からの輸出品に関する関税の軽減についてであった。
一応議会で話し合うというは旨は伝えたが彼としては既に確約を得たつもりの様子であった。うん、バカだこの若者は。
「ところで本日はもうひとつ、内密でお願いしたいことがありましてね。実は私には行方不明になっている年の離れた妹が居まして」
「妹君が?ほうそれはまた……」
「第5王女のリーゼロッテというものですが、その彼女が近年この国で目撃されたという情報がありましてね」
「なるほど。兄として捜索の協力を依頼したい、と」
「見つけ次第我が国に引き渡していただきたい」
おや。少しキナ臭くなってきた。
「リーゼロッテは我が国の重要な機密を持ち出した可能性がある。引き渡しが完了すればわが国で処刑する」
「あなた方との国にそう言った引き渡し条約は設定されていません」
そもそも処刑が確定しているとか、もう少し隠してほしいものだ。
イリス王国は跡目競争の最中らしい。
要するに何らかの理由で国を離れた妹をこの男は犯罪者として処刑し、跡目争いのライバルを減らそうとしているわけだ。
そんな事に加担させてもらっては困る。そしておそらくこの男に王位が回ってくることはなさそうである。正直、器ではない。
もし回ってきたとしてもそれはおそらく飾り物としての王位だ。
「なら今から条約を作ってもらおうか」
「無理難題を言う……そんなものが私の一存で制定できるわけがない」
「第1王子から要請だぞ?」
「我が国はそちらの属国ではない。くだらない話はそろそろ終わりにさせてもらいたい」
バカ王子は屈辱で顔を歪めていた。
「女!この私を侮辱して。後悔する事になるぞ!!」
「今のは聞かなかったことにしてあげようか坊や。だがそれ以上は国際問題になるぞ。ご自分の立場を考えれば聡明なあなたであればどうすればいいかわかるでしょう?」
「チッ……覚えていろ」
バカ王子は舌打ちをして安っぽい捨て台詞を放つと部屋から出ていった。
「小物が……それにしても行方不明の王女か……ジータ。少し探ってくれ」
呼びかけるとカーテンの一部が少し揺れ、『かしこまりました』と女性の声で小さな返事が返って来た。
第5王女リーゼロッテ。果たして何らかの火種になるか否か。
「それと、ご報告ですが。サートス村に四角魔獣クアドラトロンが出現したと団員から連絡が」
「そうか……『あの子』は当然無事なのだろうな」
「はい。ただ、魔獣を討伐したのはアンジェラ殿の夫、ナナシ氏です」
「何ッ!?」
ナナシという男にはあの子が住む場所を探して私を頼ってきた時に初めて出会った。
旅の途中で知り合った男で結婚を考えていると紹介されていた。
アンジェラは私が冒険者だったころの仲間ライラの娘だ。
私自身も幼い頃に子育てに携わったので娘みたいな存在である。
最初は驚き直属の諜報機関、『虹鱗騎士団』に探らせたところ彼の脛に傷は無い。
私は以前住んでいたサートス村に持っていた一軒家を彼女らに貸すことにした。
それにしても普通の男だと思っていたが中級のモンスターを討伐できるほどの実力があったのか。
「また、かつて一緒に旅をしたという女性冒険者二人がこの戦いに参加。現在はレム家に滞在しているようです」
「そうか、昔の仲間、か……」
そう言えばライラはどうしているだろう。アンジェラによると『あの男』を探して旅に出たということだが……
また会いたいものだ。ライラと、あともうひとり。セシリーに。
「ご苦労だった。引き続きアンジェラを見守る様に。後、最近魔獣の動きが活発になっている。警備隊に警戒を促しておけ」
「了解です」
小さな返事と共にジータの気配が部屋から消えた。




