第62話 湖畔の街
◇メイシー視点◇
やれやれ、困ったものです。
ひと眠りして目が覚めたら知らない土地に連れてこられていた。何を言っているのか、自分でも最初は状況が全く理解できなかったけれどもこれは現実に起きたこと。
どうやら私はナナシさんに背負われた状態で転移魔法の影響でなんやかんやあって知らない土地に連れてこられてしまった様子。
「思いだした。ここはオーガスの街だね。ナダ共和国内では比較的北西の方にあるリレッジ地域の街。」
新しく到着した湖畔の街に到着したリゼットさんがぽんっと手を打った。
ああ、ゴルガ峡谷を挟んでアスコーナの北にあるちょっと寒い地方か。
「北西ってことは目的地と逆方向に来てしまっているじゃあないか。」
そう言えばこの人、ストローンに行くとか言っていましたね。それにしても面倒くさい。せっかく家でゆっくり引きこもれると思っていたのにこんな所に連れてこられてしまうとは……
「リゼットさん、この街を知っているのですか?」
「あ、うん。ちょっと旅をしていた時に立ち寄ったことがあるんだ。」
「旅を?」
「あれ、言ってなかった?リゼットは元々コランチェの街の人間じゃないのよ。旅をしていてコランチェが気に入って住人になったのよね?」
アンジェラの言葉にリゼットさんが頷く。
いや、この人わかっているのでしょうか?ゴルガという危険地帯のせいもあってアスコーナに住んでいる人間の殆どは訪れることが無いという地域だったりします。その逆もしかり。何せこの地域からアスコーナに行くにはゴルガを抜ける以外には大陸を東に大回りにしなければなりません。何でそんな面倒くさいルートを通ってコランチェにたどり着いたのだか……まあ、細かいことは考えないでおきましょう。面倒です。
「なぁ、リゼット。この街にもギルドはあるのか?ある程度たくわえはあるが旅をするにあたって貯えや拠点は必要だ。」
「同じ国内だからギルドならここにもあるよ。拠点は少しお金かかるけど宿屋にしようか。いい穴場を知っているよ。『銀のかぼちゃ亭』ってところが街の東側にあるからそこにしようか。」
宿屋があるのは助かります。とりあえずは引きこもりたい。
「あの、すいません。ちょっとお聞きしたいのですが迷ってしまって……」
黒のコートにシルクハットという出で立ちの若い男が話しかけてきた。一
「あっ!」
リゼットさんが小さく声を上げる。知り合いでしょうか?
「酒場を探していて、『アイエムエイ』という名前なのですが知りませんか?」
「あ、済まない。俺達もこの街に来たばかりでちょっと……」
「ああ、そうでしたか。それはすみません。」
男はそう言うと軽く会釈して立ち去った。リゼットさんを見ると表情が硬い。
やはり知り合いなのでしょうか?
「とりあえず『銀のかぼちゃ亭』とやらを探そうか。」
こうして私たちは宿屋『『銀のかぼちゃ亭』へと向かう事となった。
◇ナナシ視点◇
銀のかぼちゃ亭は街の中心から少し離れた小さな宿屋だった。
とりあえず目的地からは離れてしまったがここで態勢を立て直し最終的にはストローンへ行くことになるだろう。
ちなみにこの宿では女性3人と俺は別の部屋。まあ、異性なのだから当然だ。アンジェラが『あたしはナナシさんと~』とか言ってメイシーにうざがられていたが……そんなに俺の傷が心配なのだろうか。心配性だな。
「あれ、リゼットは?」
荷物を置いて一息ついた後、ギルドに行こうと女性部屋を訪ねるとリゼットの姿が無かった。
「リゼットなら『久しぶりだから独りで街を散歩してくる』って出ていきましたよ。」
「そうか。ギルドに行こうと思ったのだけどな……」
「…………」
メイシーが何やら考え事をしている。
「どうした?」
「いえ、別に……」
「ていうかあんた、宿来たら速攻で眠るかと思ったのに意外よね。」
「私だって常に寝ているわけではありません。引きこもりだからと言って眠ってばかりとは心外です。起きている間も本を読んだり鍛錬をしてみたり色々です。ただ外へ出たくないだけなのです。」
寝るのはその延長線上という事だな。
「それじゃあギルドには俺とアンジェラで行くか。メイシーは……」
「私も行きましょう。」
「はぁ!?ちょ、せっかくナナシさんとふたりきりで街を……」
「いいではないですか。湖畔の美しい街。少し興味があるのです。」
これはもしかしてメイシーが外の世界に興味を持ってきたという事だろうか。それはいい事なのじゃあないだろうか。
「そうだな。それじゃあ3人で行こうか。」
「ぐーたら貴族ぅーーー」
何やらアンジェラが膨れているがどうしたのだろう?
◇リゼット視点◇
荷物を置いたボクは『銀のかぼちゃ亭』とは逆方向にある寂れた酒場『アイエムエイ』に来ていた。
顔見知りの店主に目配せをすると奥のテーブルへと案内された。待っていたのはタキシードの男。
「お酒って飲めば飲むほど強くなるというじゃあないですか。あれって嘘でむしろ急性中毒になる危険があるんですよね。」
男はミルクを飲みながらつぶやく。
「お久しぶりですね。リーゼロッテ様」
「ディギモ……その名前で呼ぶのはやめて欲しい。ボクは今、リゼットって名乗っている。」
「気を付けるとしましょう。それにしても驚きましたね。ストローンに向かうと連絡があったかと思えば逆方向のオーガスに現れるとは……もしかして『早まった』のですか?」
「こっちに来たのはちょっとしたトラブルだよ。残念ながらお兄さんは僕たちが求める『水準』には達していない。」
ディギモは顎をポリポリと搔きながら嘆息。
「そもそも、本当にあの男で合っているのですか?あなたが『ヴァッサーゴの目』で視た『異世界からの英雄』とやらは。」
ボクは知っている。お兄さんが本当は幻の部族、ダルガルマなんかじゃあないことを。本当はこことは違う異世界から転生してきた人であることを。
「うん……お兄さんで間違いない。」
「だが彼は未だに『目覚めて』はいない。そろそろ見切りをつけるべきでは?」
「ディギモ。ボクのいう事は間違いだと?」
睨みつけられ、ディギモは肩をすくめた。
「失礼。あなたを信用してないわけじゃあない。ただ、少しじれったくてね。忘れては、いないですよね?あの『約束』。」
確認する様に言葉が紡がれる。
約束……そう、ボクはこの男と約束をしている。ボクの目的を知り協力を申し出てくれた彼と。宮廷付きの召喚士であった彼と。
「……わかっているよ。君と一緒に目的を達成することが出来たその時には……ボクは君の妻になる。」




