第48話 忘れていた名前、記憶
「待て待て!俺が悪かった。だからそんな物騒な真似はやめてくれよ!」
剣を持った奴を裏拳で倒したところに弓を構えた奴が3人、矢を放ってくる。どうも連中は3人1組でチームを組んで動いているようだ。
持っている武器も剣・弓・槍と様々であった。武器適性がXの俺としてはうらやましい限りだ。
当たるわけにもいかないので放たれた矢のうち2本はよけ、1本は手で掴んだ。
「こ、こいつ素手で矢を掴みやがったぞ!」
「間違いない、こいつは相当やべぇ奴だ。」
むっ、失礼な。変な格好をしている集団にだけは言われたくない。
俺は受け止めた矢をへし折り捨てる。
「矢をへし折りやがった。アレ結構硬いんだぞ!?」
「やべぇ、増援だ。増援を呼べぇ!!」
おいおい、まだいるのか!?視界に入っているだけでも十数人いるんだが……
「小僧、まだ来るぞ!それもかなりの数だ!!」
敵の腕に食らいつき無茶苦茶に振り回し岩肌に叩きつけ倒したアカツキが叫ぶ。あれ、こいつがまともに働いてるの初めて見たなとか考えていると足音が群れる音が聞こえてきた。
それもさっきの比じゃない。見れば視線の先、凄まじい数のマスクをかぶった集団が各々武器を構え立っていた。軽く100人はいるんじゃないだろうか。
「マジかぁ、こんなに参加している大規模イベントだったかぁ。」
これはコミケ的な秘密のイベントだったのだろう。うん?コミケ?あれだよな、日本最大の同人即売会のアレ。
「そう言えば何か引っかかるな。俺、参加したことでもかあるのか?」
瞬間、その言葉をトリガーとして俺の脳裏にいくつかの言葉がよみがえった。
『君、これを理解してくれるんだ?へぇ……』
『ああ言う所は苦手なんだ。人が多いから、息が詰まっちゃう。●×△君はどうなのかな?』
女性の声。その声に心がざわつく。懐かしく、楽しく、悲しく、同時に怒り。そんな様々な感情が沸き上がってくる。
これは俺が元居た世界で出会ったある女性の声なのか?ノイズがかかっているのは俺の名前だろうか?
『君が言っていたアレさ、正義なんて大嫌いって思ってたけ意外にいけるじゃない。今度一緒に見ない?どう?』
キリキリと胸に痛みが走る。何だこれは……一見ほほえましい恋の始まりを告げるかのような……
だが何かが違う。甘酸っぱさの中に強烈な苦みが感じられる。この間思い出した記憶と同じく昏い何かがまだあるというのか?
俺は地面に膝をつき激しく体を震わせた。
「小僧!?これはマーナガルムに触れた時と同じ奴か?ええい、しっかりしろ!!」
何かが記憶の扉をこじ開けようとしている。だがいいのか?この扉を開けることが本当にいいのか?
『君も、あたしと同じだね。そっか、同じ人が居たんだね。あたし達はね、仲間なんだよ』
そうだ、これは名前だ。つい最近も耳にした名前。
「シラベ……イシダ……シラベ。」
あの時は何も感じなかった名前。だけど本当は俺の中に深く絡みついていた。
『ちょっと照れくさいな。そんな風に自分の名前を好きって思ったことなんてなかったからさ……』
ただ、あまりにも多くの記憶が抜け落ちていたから。今は違う。本当はその名前に聞き覚えがあったんだ。そうだ、俺はイシダ・シラベを知っている。
石田調、それが彼女の名前だ。綺麗な名前だ、と褒めたんだ。でもまだ多くの記憶が抜けている。
それでもこれだけは確かだ。俺は彼女を知っていて親しい間柄だった。もしかして恋人?でもそれならば怒りの理由は?
『何でこうなったんだろうね。君はこっち側の人間だって思っていたんだけどね……』
刹那。ジャージを着たボブカットの女性が恨めしそうな表情で睨んでいる姿が脳内でフラッシュバックした。そして、床に飛び散った大量の血。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ダムが決壊したかの如く口から絶叫が迸った。同時に電球の様なアイテムが俺の前に現れる。
「これは……」
俺が記憶を取り戻すと現れる謎のアイテム。触れると錆びた刀が眼前に現れ地面に突き刺さった。
「その刀は………小僧、その刀を我に投げろ!早くっ!!」
アカツキが叫ぶ。え?こんな錆びた奴を?
俺は慌てて刀を引き抜くとアカツキ目掛投げた。犬に刀を投げてどうなるかわからないが今は投げることが最善と思った。
アカツキは投げられた刀の柄を咥えキャッチする。
「やはりこれは我が愛刀『秋嵐』か!遠くヤマトの国に置いて来たが今、我が元に戻ってきてくれたか! なれば!!」
瞬間、アカツキの身体から眩い光が放たれた。そして光が晴れた後、白髪をしたインバネスコートに近い衣装を纏った男がそこに立っていた。
「おおっ………って誰だよ!?」
「フッ、この姿も久々よな。小僧、我のイケメンぶりに声も出ぬか。」
「まさか……アカツキなのか!?」
アカツキはフフッ、と不敵な笑みを作った。
「何だ、犬が人になったぞ?」
「怪しい奴らだ。生かしておくな!!」
「この人数差なら問題ない。しかも奴の獲物は錆びてるぞ。」
アカツキは錆びた愛刀、秋嵐とか言ったか。それに目をやり……
「可哀そうに。風雨にさらされこうなってしまったようだな。だが、安心せよ。」
アカツキが刀を撫でるとみるみる錆が剥がれ落ちていき煌めく刀身が姿を現した。それを確認するとアカツキは敵の集団へと向き。
「銀湾一刀流の剣、とくと味わうがいい。」
「ええい、やってしまえ!!」
号令で一斉に敵が動き出す。
「やれるものならやってみるがいい。うぉぉぉぉぉ!!!」
刀を構え、アカツキも敵目掛け走り出す。無茶だ!そう叫ぼうとした瞬間、アカツキと接触した何人かが宙を舞っていた。
「え?」
「ヤマト国元侍大将トヨタマ・"魔狼"アカツキ。皆々様、どうぞひと勝負よろしくお願い申し上げる!!」
声と共にアカツキは大きく沈み込み回転する。
吹き荒れる暴風のごとき攻撃に十数人が追加で空を飛んでいく。その光景に皆が脚を止める。
そこからは好き放題だった。戦場を駆け抜ける銀色の閃光が敵の武器を砕き、打ち据え、或いは蹴り飛ばし次々と薙ぎ払っていく。
4人の剣士が一斉にアカツキ目掛け剣を振り下ろすがそれを何なく受け止め弾き、一瞬で斬り捨てた。
そして……100人はいたであろう怪しい集団はたったひとりの剣士によって壊滅していた。
「安心しろ。全て峰打ちにしておいてやった。まあ、しばらくは動けんだろうな。」
「アカツキ……あんた、本当に侍だったんだな。」
「何だ、信じておらなんだか。まあ、昔ヤマトの国で色々あってな。普段は狼の姿になっているが力が溜まればこうやって元の姿に戻れるのだよ。」
アカツキは笑いながら刀を収めこちらに歩いてきた。
「力を溜める?それはどういう……」
瞬間、アカツキの背後に剣を持った髭の濃い男が現れ一閃。
「ぬぉっ!?」
背中から血が噴き出しアカツキが地面を転がる。同時に彼の姿はまた狼のものへと戻っていた。
俺は慌てて、アカツキの傍に駆け寄った。
「大丈夫か、アカツキ!?」
地面に血の染みが広がっていく。
「ぬぅ、格好の悪い所を見せてしまったようだな。まさかまだ敵が残っていたとは……」
「騒がしいから来てみれば……訓練生とは言えこの有様は何たることか!」
男はそう言うと足元に倒れる男の頭を踏み砕く。嫌な音と共に血飛沫が舞った。
「使えぬ奴らだ。こんな連中は生かしておく価値もない。後で始末しておくとして……名乗らせてもらおう。我が名はジャビ。ここを預かる将よ。小僧、貴様何を企んでいる?一体誰の差し金だ?」
「今はそれどころじゃない!早く止血しないと!!」
「そいつは俺に任せときな。」
言葉と共に現れた男が淡く光る包帯を取り出しアカツキの傷を覆う。
「ヒーリングバンテージだ。血も止まるし自己治癒力を高める効果もある。」
「あんたは、確かジョーカー!?」
「へっ、だからさっさと下山しろって言ったんだがな。あんた本当にトラブルメイカーだな。安心しろ、俺が来たからにはこいつは死なせねぇ。それよりもそこに居る木偶の棒を何とかしてくれ。」
何故ジョーカーがここに居るのか。こいつらは何なのか。そして石田調について。考えることは数多くある。
だがすべきことは決まっている。俺は立ち上がるとジャビと名乗った男の方へ歩みを勧めた。
「戦いに応じるか。そうでなくてはな。訓練ばかりでは身体がなまる。たまには実戦で血を浴びねばな。わかるぞ、あの剣士も強かったが貴様も相当の手練れと見た。」
黙れ。そう、静かに告げた。
「何だと?」
「お前は俺の仲間を傷つけた。そして命を粗末に踏み砕いた。」
「怒ったか。青臭い男だ。だがそれでも構わん。戦いが楽しめるというなら青臭かろうが何だろうが……」
瞬間、俺はジャビの顔面を思いっきり殴りつけた。
ジャビの身体は後ろに吹っ飛び岩肌に叩きつけられる。
「青臭くて結構。お前をぶっ潰すぜ!!」




