第17話 指輪騒動
静寂が訪れた病室。
俺とリゼットは互いに沈黙していた。
いや、待て。何かお互い悪いことをしたわけでもない。
なのに何故妙な空気が流れてるんだろうか。
何故最初の一言に詰まっているのだ。
「えっと、お兄さんおはよう……って待って、今は昼じゃないか!あーっ、ボクの馬鹿っ!」
先に口火を切ったのはリゼットだった。だったのだが見事に空ぶったようで自分で額をぴちっと叩いていた。
おかげでかいつもの調子に持っていけそうだ。
「まあ、ある意味おはよう、だな。聞くところによると俺は3日ほど寝ていたようじゃないか」
「そう、それだよお兄さん。ボク達、凄く心配したんだよ! 全く、戦いの後で急に眠っちゃうなんてどうしたんだよ」
「うむ、拳聖と会っていた」
「は? お兄さん、もしかして熱もである?ていうかアンジェラじゃないけど説明が雑いよ!」
リゼットは近づいてくると俺の額に手を当てる。
待て、ちょっと近いぞ。ドキドキするでは無いか。
急な接近に少し戸惑う。待て待て、何故動揺してるのだ俺。
「いやいや、夢の中で拳聖コウ殿に薫陶を受けていたのさ」
「これは精密検査が必要かな……あの戦闘で頭とか打ってたっけ?」
おいおい、随分と酷い言われようだな。
「いやいや、本当に夢の中に出てきてだね、色々と道を示してくれたんだ。失われた記憶を探すことが重要だと。。『ヴァッサゴーの瞳』がどうとか」
瞬間、リゼットの顔に驚きが生まれ、顔色が変わる。
「リゼット?」
「お、お兄さん今、『ヴァッサゴーの瞳』って……」
「それについては拳聖殿も適当に流したからよくはわからないんだ……それでまあ、少し言いにくいんだが……」
周囲を見渡し少し小声で伝える。
「それによるとアンジェラはあの森で命を落とすはずだったらしいんだ。そんな馬鹿な事と思うかもしれないがそういう運命を俺が変えたということらしい。」
「そ、そうなんだ……」
リゼットが不安げな表情で俺から視線を反らす。
いかん、変人と思われてしまったかもしれない。
それはそうだよな。いきなり親友が死ぬ運命だったとか言われたらいい気はしない。
これはかなりの悪手を打ったかもしれない。
下手したら嫌われたかもしれない。
場合によっては家を追い出されるかもしれん。
「と、まあ変な夢だったんだ。どうかしてるな……済まない」
「うぇっ? いやいや、ちょっとびっくりしたけど変だなんて思ってないよ? むしろお兄さんならそれくらいやらかしそうな感じがするもん。うん、その夢、ボクは信じるよ」
慌ててフォローが入る。
「あ、あのさ。夢の中で拳聖さんは他に何か言っていた?」
「え? ああ。後はまずマーナガルムを探せとか言っていたな。さっきアンジェラとセドリックに聞いたら伝説の狼の名を冠する大楯が存在したらしいんでそれなのかなと踏んでいる」
「マーナガルムかぁ。うーん……そんな話聞いたことあるけどボクも詳しくは知らないなぁ」
「俺は冒険者の仕事をしながらそいつを探してみようと思う。あ、そう言えばここの診療所の代金……」
そうだ。3日間も入院していたのならお金がかかったはずだ。
はっきり言って俺は無一文。誰かに建て替えてもらうとしてそこはきっちり働いて返さねば。
「あー、それなんだけどね。お兄さん、ジャグロックを捕まえるのに貢献したよね? その報酬みたいなものだけどガルマージさんがジャグロックにかかっていた懸賞金を3割ほどこっちに回してくれたんで勝手ながら入院代はそれで払ってます」
「そう言えば、賞金首だったな。あいつどれくらいの賞金首だったんだ?」
「うーん、とりあえず3割でここの入院費を半年分くらいは賄えるくらいかな。お兄さん、3日で目が覚めたからまだかなり残ってるよ。後で渡すね」
懸賞金って凄いな……
「あの、それなら残りはリゼットが取っておいてくれ」
「ええっ!いやいや、あれはお兄さんが稼いだお金だし」
「いや、何と言うかそれを間借りさせてもらってる家賃替わりにお願いしたいんだ」
どれくらい金があるかは知らない。
だが今の話を聞けば旅に出ても当分生活していけそうではある。
町中で別に拠点を見つけるのもいいだろう。だが……
「リゼットが迷惑でないなら、なんだがな。君の家、結構落ち着くというか、まあ、良ければなんだがまだ置いて欲しいって言うか。リゼットの料理美味いし」
いや待て、何を言っているんだ俺は。
「ほわっ?え、えっと……うぇへへ……お兄さんにそう言われたら悪い気はしないんだけど。えっと……事故物件だけどいいの?」
「ああ、あそこがいい。」
「うぇへへ……そ、それじゃああのお金は家賃としてもらっておくね。そ、それじゃあこれからもよろしくお願いします」
何だこのかわいい生き物は。
そして何をプロポーズみたいなことを言っているんだ。
とりあえず自制せねば。勢いで抱き着いたりしたら大変だ。
折角、落ち着ける場所だというのに『やっぱりお兄さん怖い。ボクそんなつもりなかったのに』とか嫌われたら元も子もない。
思いあがってはいけない。リゼットは仲間だ。そう、仲間。
「うおおお」
気づけば雑念を取り払うためにベッドから降り壁に頭を打ち付けていた。
「うぇぇぇっ!? お、お兄さん何やってるの。落ち着いて、落ち着いてぇぇぇ。」
数十分後、頭に包帯を巻いた俺は診療所を追い出され……否、退院した。
頭を打った患者を追い出すとはどういう診療所だろう。
「流石お兄さん。復活早々飛ばしてるなぁ。あっ、そうだ。実はお兄さんの部屋を掃除中にベッドの下にこんなものを見つけたんだけど。」
リゼットは紫色をした電球の様なものを取り出した。
「これ多分、お兄さんのじゃないかな?」
え、俺の?
正直なところ身に覚えがない。
見た目は完全に電球だが……
「どうだろう。ちなみにこういったものを今まで余所で見かけたことはあるか?」
「無いよ。こんな形のもの見たことないよ。だからお兄さんのだって思ったんだけど。」
そう、この世界の灯はもっぱらカンテラだ。
なのでこういうものはおのずと俺由来であるはず。
しかし何で電球なんか……
手を伸ばし受け取った瞬間、電球が解けるように消える。
「うぇっ!?」
脳裏にはこの世界での初めての夜、夢の中で見たどこかのアパートでの光景が再度フラッシュバックする。
何だ、今のは俺の記憶……だよな。
「お兄さん、手、手の中!」
リゼットに言われて手を見るとそこには銀色の装飾品が2つ、あった。
ひとつはネックレスの様なもので何かの布を丸めたような装飾がついている。
もう1つはリストウォッチの様な形の指輪だった。
「え、ナニコレ?」
「魔道具みたいだね。魔力を籠めると効果が発動するやつ」
魔道具か。確かアンジェラが使っていたな。
どんな効果があるのだろうか?
「リゼット、君はこれ使えないかな。俺はほら、適性がな」
確か魔道具の適性もXだった。
それくらいおまけで使用できてもいいじゃないかなとも思うのだが何せ俺には使えない。
「うーん、これねぇ。ランクC以上の魔道具ぽいからボクは使えないや。ボク、適性はD+だからさ。」
「じゃあ、ランクC以上の適性がないといけないのか……」
「魔道具って扱いが難しいんだ。武器型の魔道具とかは余計にね。同ランク帯の武器より強力な反面、魔道具とその武器種それぞれで適性が求められるんだ」
あれ、それなら1人使えそうな子を知ってるぞ。
彼女は確かランクCの杖型魔道具を使えていたじゃあないか。
「まあ、アンジェラなら使えるかもしれないね」
あ、やっぱりそうか。
そうと決まれば善は急げだ
それからさらにしばらくして。
俺達は二人でアンジェラの家を訪れていた。
「あれれ、どうしたの二人とも?」
「実は君に渡したいものがあってね。これを受け取って欲しい」
言って、俺はふたつの魔道具を差し出す。
「え、これって指輪……え? え? ええっ!? 何この状況? ええっ!?」
「ちょ、お兄さん!?まず説明しないといきなりそんなことしたら……」
あれ、何かやらかしたかコレ?
アンジェラの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
まさか熱があるのか?
それなのに無理して俺の見舞いに来てくれていたのか。
何て心が優しい娘なんだ!
「大丈夫か?ベッドに連れて行こうか?」
アンジェラの額に手を当てる。
おや、どうやら熱はないようだが……
「えええっ、ベベベ、ベッドてちょっと待ってください。あたし、まだ心の準備が……ってそうじゃなくてリゼット同伴で指輪を……何が、ええええええっ!?」
盛大なパニックの後、アンジェラは白目を剥いて気を失った。
「リゼット大変だ!気絶したぞ!?余程悪いらしい」
「お兄さんっ! 本当にもう何やってるんだよ。悪いのはお兄さんだよ!うぇぇっ、アンジェラが色々と大変なことに!!」
この後、リゼットにこってりと絞られました。
レム・アンジェリーナ(愛称:アンジェラ)
性別:女性
年齢:17歳
クラス:マジシャン(魔法系基本職)
ランク:5等初級冒険者
適性:剣E+ 短剣E 刀D 槍E 弓E 斧D 杖C 魔C+
武器:杖「ヴォジャノーイ」 ※但し魔道具も兼ねている。
得意属性:水、風
好きなもの:お菓子、掃除・洗濯
苦手なもの:料理※本人に自覚はないが不得意




