間話 異世界の年末
今回は年末という事でシーズンもののエピソード。
この異世界における年末の少し方について書いてみました。
――ベリアーノ市第3区レム屋敷――
年末のある日の朝。
朝食を食べ終えた俺は居間のソファでくつろいでいた。
横では洗濯物を干し終えたメイシーが俺にもたれかかりながら可愛らしい寝息を立てていた。
ちょっと鼻をつまんでみたいという悪戯心が沸くが熟慮の末、断念した。
昨日は夜遅くまで寝室で話をしていたからな。
彼女は話好きで一緒に過ごす時は色々話題を振ってくれ気づくといい時間になっている事も少なくない。
昨日も元居た世界のグルメ話から盛り上がって色々話をし続け気づけば日付が変わっていた。
最終的に俺が不意を突いて唇を塞ぐ事でおしゃべりタイムは終わったがまあ、お互い寝不足気味だ。
俺もこのままうたた寝しようかな。
そんな事を考えながら壁にかけられた暦に目をやる。
今年も残すところあと僅か。
本当に色々あった1年だった。
さて、やり残した事は無いだろうか……
「そうだ。年賀状!」
不意に年末の大きな仕事のひとつを思い出し声を上げた。
「ななな、何ですか一体!?」
俺の声にメイシーが飛び上がる。
「す、すまんメイ。驚かすつもりは無かったけどつい」
「あの、ナナシさん。ネンガージョって何ですか?」
あ、これは知らない単語を変な聞き間違いする異世界あるある現象だな?
「違うよメイシー、お兄さんはエンガチョー!って言って…えっと、何それ?」
皿洗いをしていたリゼットが手を拭きながらやってくる。
残念ながらどちらも違う。
「転生前に居た国では新年の挨拶をする為、人に贈るものがあるんだ。何ていうかな……こっちだと何が近いかな」
「グリーティングカードみたいなものね?」
少し離れたところで話を聞いていたアンジェラのナイスフォローで丁度良い例えが見つかった。
「それだよ!年賀状っていうのはそれを更に堅苦しくしたやつでたくさん出すんだ……だけどこの反応からするとそういう文化は無いみたいだな」
「あー、イリス王国には似たようなのあるよ」
「おっ、そうなのか?」
「年の終わりに家臣を労う言葉と共に今後の領地経営などの継続を任せるかどうかの辞令を発布するよ」
「少しかすってる部分あるけど何か違う気もする。今年はお世話になりましたってお礼と来年もよろしくお願いしますっていう挨拶を兼ねていてその年の動物が描かれるものなんだ」
「その年の動物?不思議なワードね?」
「干支っていってネズミとか牛とか12体いる。毎年代表が変わっていくんだ」
「ネズミや牛……」
アンジェラが何やら考え込んでいる。
「そう言えばこの国の月暦の名前は干支とリンクしているな」
「やっぱりそうだよね。ボクもそれ思った」
例えば俺がリゼットやアンジェラと出会った7月は『紅馬の節』。
メイシーと出会ったのは8月で『蒼羊の節』。
年末である12月は『碧猪の節』という具合になっている。
「まあ、所変われば常識も変わるもの、だな」
両親が居た時は友達から年賀状を貰ったり送ったりが楽しみのひとつだった。
だが後ろ指を指されるようになってからは年賀状どころじゃなかったし何ならいたずらで酷い内容のものが送られてきたりもした。
最も、やはり幸せだったころの記憶が残っているのだろうな。
「あっ、そろそろ新年料理作らないと。メイシー手伝ってくれる?」
「リゼット、それならあたしが」
「あっ、私手伝うからアンジェラさんは休んでいてください」
慌ててメイシーが立ち上がりリゼットと一緒にキッチンへと。
その後ろ姿を眺めながら『うん、いい尻だな』と感動していると納得いかない表情のアンジェラが隣に腰を下ろす。
「あたしだって出来るのに……」
まあ、爆発は起きなくなったので料理スキルは多少上がっているのだろうがね……
「そう言えばアン、新年料理って?」
「ん。この国では新年を迎えるにあたって縁起のいい料理を用意して皆で食べる風習があるの」
何だかおせちみたいだな。
「ほら、サートス村でも豆の煮込みとか作っていたでしょう?ああいうのよ」
え、何か不思議なポン菓子みたいなブロック状の物体は出されたことあるけどあれって煮物だったのか?
得意料理だと言っていたがもしかしてリゼット達が作ると別の形になるのでは?
「ファバベスって料理だけど『まめに働く』って意味があるの」
あれ?
どこかで聞いた事があるぞ?
「えーと、他にもそういうものってある?」
「大髭エビは腰が曲がるまで長生きするって意味でしょ?魚の卵塩漬けにした料理は子宝に恵まれて子孫が反映するって思いが込められているの。これは我が家には必須よね?こんな感じの料理を用意して食べる風習がね……ってあれ、変な顔してどうしたの?」
それ、ほぼおせちじゃん。
もしかしてこれ、俺みたいな異世界人、それも日本人が昔に伝えたものだったりしないだろうか。
「……ぷっ、あははは」
思わず吹き出してしまった。
文化のギャップに戸惑うこともあるが思わぬところで元居た世界を思い出すこともある。
これはこれで楽しい。
何よりも、形は少し変わっているが大切な人達と新しい年を迎え祝うことが出来る。
かつては考えることも出来ず諦めていた幸せ。
「どうしたのよ急に!?」
「よし、俺も手伝うかな」
腕をまくって手伝いに行こうとするが……
「お兄さんはアンジェラを見ていて」
「そうですね。とても重要な役割ですよ」
あっさり断られた。
「何よ。あたしを混ぜてくれたっていいじゃない」
「ははっ。それじゃあ2人で家の中でも掃除するか」
「いいけど……何か妙に嬉しそうね?いい事あったの?」
そうだな、最高に良い事だ。
これからもっといい日々が来るだろう。
その日々を1秒1秒、噛みしめながら生きていきたい。
素晴らしい出会いをくれたこの世界で。




