第9話 女剣士の心配事とフルボッコ
◇サーシャ視点◇
昨日、ギルドに併設された食堂で食事をしていたら噂好きのセドリックが新しいネタを持ってきて披露していた。
噂好きの男って好きになれないわね……
とか冷めた気持ちでいたらネタの内容に度肝を抜かれてしまった。
リゼットちゃんが森で男を拾って家に連れ込んだそう。
何それ!?
あのリゼットちゃんが!?
何かの間違いだろう。あの子は引っ込み思案な子だ。
そんな森で男を拾うなんて考えられない。
まさか、実は借金をしていてその返済代わりに男の人を家に招いてあんなことやこんなことを……あまつさえリゼットちゃんをどこかへ売り飛ばそうとしているのかも。
そう考えると腹の底から怒りが沸き上がってきた。
「こんのド畜生め、叩き斬ってくれるわ!!」
自分でもわかる程の形相で火を噴く。
いや、比喩だけれども……
「釣りはいりませんっ!!」
代金を叩きつけると店員の女の子がヒッと呻き腰を抜かした。
悪いことをしたと思いつつも今はフォローしている余裕はない。
一刻も早くリゼットちゃんを悪漢の魔の手から救い出さねば。
私はリゼットちゃんの家へ目掛け風を切り駆け抜けた。
よくもあの可愛いリゼットちゃんを!!
男を叩き斬って私がリゼットちゃんを養ってやる!!
意気込んで家の前まで来たが妙なことに気づく。
家の中からいい臭いがしてくるではないか。
どういうことだ?
気配を消し窓から中を伺う。
そこには男の人と楽しそうに食事をするリゼットちゃんがいた。
男の人に褒められ恥ずかしがり、テーブルに突っ伏し、何か呟いている。
やだ何、あのかわいい生き物は!
どう見ても借金取りとのやり取りとは思えない。
どうやら取り越し苦労だったようだ。
それにしてもあんなかわいいリゼットちゃんは初めて見た。
彼女はいつもどこか人との関わりを恐れて一歩引いているところがある。
この街に来たときも人から隠れるようにしていた。
事情は話してくれないが過去に何かあったのだろう。
何にせよ、あのかわいさは反則だ。
「それにしても……あの男、一体どういう人かしら?」
二人がこの後どうなるか興味は尽きない。
普通ならこの後ちょっとアレなことがアレでこうなるかもしれないのだがこの二人は大丈夫な気がした。
これ以上は発見されるかもしれないと思いその場を去ることにした。
何より、リゼットちゃんのかわいさに鼻血が出ているから何とかしないといけない。
そして翌日。
私は二人をギルドで待ち構えた。
朝一番から両腕を組んで待ち構えている姿に来る人来る人何事かという視線を投げかけていた。
終いにはギルドの職員が心配してやってくるが「何もない。立っているだけで何か?」と追い返した。
そして待つこと3時間。リゼットちゃんとあの男がやって来た。
偶然を装い近づき、男を値踏みする。
あれ、この人……強い?
私は僅かながら相手のオーラを見ることができる。
「ねぇ、あなたは何級の冒険者かしら?」
言いながら軽く限定的に殺気をぶつけてみた。
これである程度の実力が図れる。失禁でもしてくれればリゼットちゃんは幻滅するかもしれない。
それはそれでいいかもしれない。
しかし予想は裏切られた。
彼は全く動じることなく話を続けていたのだ。
何てこと、これは相当な使い手に違いないわ。
剣士として長年やって来た私の殺気をここまであっさり受け流すとは……
刀の適性はB+。まだまだ修行が足りないがそれなりに誇れるレベルだ。
「それじゃあね、私は今から台地の方へ行くから。」
敗北感を覚えながら私はギルドを後にする。
彼なら問題なく試験を突破するだろう。
それにしてもリゼットちゃんと彼の出会いが大いに気になる。
今度ゆっくり聞いてみよう。
というかさっさと依頼を終わらせてリゼットちゃんに聞いてみよう。
それがいい。
待ってなさい、魔鳥カラドーリィ。さっさと叩き斬って戻ってきてやる。
セルビリム・サーシャ
性別:女性
年齢:18歳
クラス:マーセナリー(剣士系基本職)
ランク:4等中級冒険者
適性:剣D 短剣D 刀B+ 槍E 弓E+ 斧E 杖E 魔E+
武器:刀「曙雲」
好きなもの:かわいい女の子、肉
◇ナナシ視点◇
リゼットに案内してもらい書類に必要事項を書き込む。
まあ、生年月日とか殆ど空欄なんだがそれについては…
「基本的に名前と性別が書いてあれば書類としては問題ないらしいから。」
いい加減なことだな。偽名で登録する悪者がいたらどうするんだろう。
そして意外なことが判明した。
俺はこの世界の文字が分かる。
明らかに日本語とは別体系だが理解ができるのだ。
最初はリゼットに代筆を頼まねばと思っていたが必要はなさそうだ。
どういう事だろうか……?
「えっと……今日の日付は……」
「紅馬の節、15日だよ。」
言われた通り記入する。
この世界にも1月から12月までの暦があり数字で表されることもあるがもっぱらこの国では別名で表すことが多いらしい。
ちなみに紅馬の節は7月に当たる。
書類を提出すると受付の女性職員が軽くチェックをして頷く。
「はい、結構です。」
いいのかよ。
ゆるいなぁ審査。
まあ、その方が助かるんだが……
「試験日ですが後日と当日どちらがいいですか?」
出来る限り早く登録したい。
そうすれば冒険に出られる。
ともかく食費くらいは払えるようにならねば。
「当日で頼む。」
「かしこまりました。それですと試験官は……えっとアロスさんは出張だしそうなると……」
「当ギルドの秘密兵器、この漆黒のセドリックの出番というわけですな。」
カウンターの奥から見た顔が覗く。
受付の職員は深いため息をつく。
「出来れば秘密扱いであってほしかったです……永遠に!」
あれ、こいつ扱い悪いな。
「あんたは……セドリック。」
「漆黒のセドリックです。そうですか、冒険者を志すのですな。ならばこの漆黒のセドリックの出す課題に……」
ゆっくりと同じ調子でしゃべるセドリックだったが不意に身を乗り出したリゼットに襟を掴まれるとカウンターの外側へ引きずり出された。
そのままリゼットはセドリックにマウントポジションを取ると顔面に何発も拳を叩きこんでいた。
それも無言で。
時折、「ゆるひて」とか「ごめんなひゃい」とか情けない謝罪が聞こえてくる。
「あの、あれいいのか?一応暴行になるんだけど……」
念のため、受付の職員に確認する。
職員は肩をすくめて言った。
「まあ、完全にセドリックさんが悪いんで仕方ないです。それでは試験官はセドリックさんにお願いしますね……もし生きてたらですが。」
死ぬ可能性があるのか。そしてこの感じだと死んでもいいのか?
本当に扱い悪いな。多分に「漆黒の~」とか名乗ってる辺りに理由がありそうだが。
それにしてもリゼット怖い。怒らせないようにしないと……
しばらくして落ち着いたのかリゼットが立ちあがりこっちへ向いた。
「それじゃあお兄さん、試験頑張ってね。ボクは依頼の報告してくるよ。」
笑顔だった。
うん、本当に怖いわ。
「し、失礼ひました……そ、それでは試験の説明を……」
顔面血まみれのセドリックがよろよろと起き上がる。
よし、説明の前にまずは医務室へ連れて行くとしよう。
この後、セドリックは無茶苦茶泣きながら治療を受け、ついでに医務室へ連れて行ってくれたいい人だと俺になついた。
いや、大の男になつかれても困るんだがな……




