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Age quod agis - 6

「……だけど」


 冥の泣き止むのを待って、すっかり冷めてしまったハンバーガーとポテトを食べ終える。


「有さん……ふふっ。『俺の家族になって欲しい』って、それもう……ふふ、プロポーズの言葉みたいですよ?」

「……ほっとけ」


 今になって思えばなんとも恥ずかしい台詞だと思う。勢いというのは恐ろしい。

 ただ、なんとなく冥との間に空いていた溝がこうして冗談を言ってくれる程度に小さくなった気がして、それを思えば悔いはなかった。


「あ、そうだ。有さん、あと一ヶ所だけ行きたい場所があるんですけど、大丈夫ですか?」

「ん、まぁいいけど。どこだそれ?」


 時計を見れば予定していた五時まではあと一五分ほどある。一ヶ所くらいなら余裕はあるので断ることもないだろう。

 せっかく『家族』が初めて我儘を口に出してくれたのだから。


「ありがとうございます。それはですね……」




 けたたましい電子音が鳴り響く、アーケードの一画。


「ゲーセン?」

「はい! ちょっと、日本に来てから気になっていたものがあるので!」

「そう、か……」


 さすがにゲームセンターは想定外だった。


「……あの、もしかして有さん、苦手なんですか?」


 有の顔色がわずかに悪くなったのを察したのか、心配そうにその顔を覗き込む。


「あぁいや、苦手っていうほどでもないけどなぁ」


 苦手なのはゲームセンターではなく、そこに『アレ』があるせいだ。


(どうしますか? 我が主)

(どうするもこうするも……)


 念話を通じて心配する白狼。ビトは有が何に苦手意識を持っているのか、よく理解している。


(……近付きさえしなきゃ、問題ない)

「して、お姫様は何をお望みで?」


 無理矢理おどけてみせたものの、冥はやはり不安なままで。


「えと、あれ……なんです」


 そう言って指差したのは、人が数人入れそうな箱型の筐体。


「あぁ、あれか」


 冥と同年代の女子に人気の、写真を撮って小さなシールにするなんちゃら倶楽部の類である。


「有さんと、その、で、デートの記念に撮っておきたいなと……」


 最後はほとんど聞こえないくらい小声になってしまったが、意図は伝わった。

 一方の有は、目的がはっきりしてほっと一息吐き。


「あぁ、別にいいよ」


 気持ち速足で、プリント(なにがし)の筐体の中に入る。


「えーっと……あ、本当に編集とか出来るんですね」

「へぇ。昔はフレーム選んだらそれきりだったのにな」


 最近のこの手合いは男性のみの入場禁止の場所があったり、そもそも有自身や舞花あたりもあまり興味がなかったので冥と共に技術の発展に驚く。


「でも、今回はやめておきましょう」

「別に俺は気にしないけど、いいのか?」

「はい。それは次また来た時にも出来ますから」

「ほほう、つまりまた俺とデートしたいと?」

「え? あっ、その、それは……駄目ですか?」

「駄目じゃないからそのチワワみたいな目で見上げるのやめてくださいお願いします」


 そんな、傍から見たらバカップルそのものなやりとりを繰り広げつつ、シンプルかつ可愛らしいフレームを選ぶ。


――はい、チーズ。


 案内音声に従って表情を作る。最後に幾つか撮影したものの中から気に入ったものを選べば終了だ。


「お、出てきたぞ」


 排出口からシールを取り出し、冥に手渡す。


「うわぁ……」


 並んだツーショットを目を輝かせて眺め、そして胸に抱く。


「ありがとうございます有さん! 大事にしますね!」

「まぁせっかく撮ったんだ、何かに貼ってやりなよ」


 とはいえ冥はまだ所持品が少なく、こうした時にお約束な携帯端末も持っていない。


「あ、そうだ。有さん、私のDSお借りしてもいいですか?」

「ん、こっちか?」


 大体何がしたいのか予想しつつ、ビトが入っているのとは別の紫のDSをポケットから取り出す。


「はい、ありがとうございます。んしょっと……」


 受け取るや否や、その裏面にシールの一枚を貼り付けた。


「えへへ。剥がさないでくださいね?」

「わかってるよ、そこまで無粋じゃないって」


 さすがに普段使っている方だともしクラスの男子にでも見られたら命が危ないが、こちらはまず出すことがないので多少はマシだろう。

 それでも照れくさいのに変わりなく、平気な顔をしている恋人持ちの男性に妙な尊敬を覚えたのだった。


――と


「あら?」


 ゲームセンターの奥から歓声が上がる。


「何の声でしょう? ちょっと見てきますね」

「あっ、おい」


 有が止める間もなく、冥は声の方へと行ってしまう。

 一瞬、ここで待っていることも考えたが。


「くそっ」


 苦い顔で、有もその後を追った。




 ゲームセンターの奥に出来た人垣。その先にあったのは、小さなスケートリンクのようなエリアだった。

 その中で二人の高校生が傍らに使い魔を従えて対峙している。一方は帽子を被り帯剣した二足歩行をする猫【猫精霊(ケットシー)】で、もう一方は角の生えた兎【有角兎(アルミラージ)】だ


「えっと……ないとおぶわるぷるぎす?」


 壁に貼られたポスターのタイトルらしき文字列を読み取る。


「……Night(ナイト) of(オブ) Walpurgis(ワルプルギス)、略してNoW(ナウ)。使い魔同士を対戦させるゲームだよ」


「あ、有さん」


 追いついた有がそう説明する。その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。


「使い魔を闘わせる……ですか?」

「そ。ここの規模くらいのレギュレーションならCランク以下限定か、権能禁止だろうな」


 話している間に準備が整ったようで、リンクから半透明の防護壁が展開される。

 開始を告げる電子音を合図に、二体の使い魔が相手に飛びかかった。


「あっ」


【有角兎】の鋭い一突きを【猫精霊】は巧みな剣捌きでいなす。そこから斬り返すも兎は攻撃を躱されるや否や距離を置き、その斬撃は届かない。

 見たところ体格的には互角だが俊敏さで兎が、技量で猫が勝っている。


「こ、これってどういうルールなんですか?」


 はらはらと二匹の闘いを見ながら冥。


「試合が終わる条件は三つだな。使い魔か主人の戦闘不能、あとは降参」


 他にも細かい基本ルールはあるのだが、今は端折る。


「あれ? DSには人間に危害を加えられないように制限がかかってるんじゃ……」

「基本的にはな。NoWは専用フィールドの機能で主人のダメージが精神にフィードバックされるようになってるから、気絶したら負けってわけ」


 そのため野良試合は厳禁。また安全への配慮から身体に不都合のある人間も禁止とされている。


「それにフィールドもピンキリがあるから、ある程度大きい場所か大会以外では結構な確率で権能を使うのも禁止されてるな」

「あ、それがさっき言っていたレギュレーションですね」

「正解。公式大会なんかでもランク別以外に権能禁止とかそういう変則ルールが適用されたりすることもあるし、店ごとに決めてあったりすることもある……お、そろそろ終わるか?」


 フィールドを見れば、両者とも主人の側に後退している。その後ろで主人の翳すDSから、光の粒子となった願いのエネルギーが使い魔へと供給される。

 それを浴びた【猫精霊】の剣が白い輝きを帯び、【有角兎】の角が倍近く伸びる。どちらも大技で決着を狙うつもりらしい。


「「行け!」」


 ほとんど同時に跳躍。振り下ろされた剣と突進する角が交錯した甲高い音が響き――


――勝者、【猫精霊】


 角を切り落とされ、脇を深く斬られた兎が粒子となって消えると同時に電子音声が勝者を告げる。

 それを見届けて、【猫精霊】も実体化を解き主人の手の中のDSへ戻っていった。


「……負けた方はどうなったんですか?」

「実体化するだけの力を失っただけだから、DSの中で休んでるよ。あの傷なら一日もあれば出られるようになるだろうな」

「そうですか……よかった」


 紛いなりにも同族である兎を心配していたのだろう。安心したように溜め息を吐く。


「まぁ今のところ悪魔の死亡事例はないはずだから。っていうかそんなことがあったらこんなに流行ってないだろうし」

「そんなに人気なんですか……」

「DSが発売された一年後には全国大会も始まって、まぁ人気なのは違いないな」


 ある程度制限のかかったこんな場所でも一〇人そこそこの観客が見入っているのだから、より大きな舞台ともなればさらに熱狂的なのだろう。


「さて、そろそろ帰ろう――」


 ちょうど一区切りついたのだからと、そう言いかけて。


「あーあ、役に立たないやつ」

「っ!」


 今しがた負けた【有角兎】の主人が、フィールドを出ながらそうぼやいていた。

 その表情に負けた使い魔を心配する様子はなく、むしろ不甲斐ない結果に終わったことに失望しているようすがありありと見て取れる。


「まーいいじゃんか、俺たちの中じゃ一番(つえ)ーんだし」

「そうだけどさー。それに姿にしても、もっとこう見るからに最強っ! って感じの方がいいじゃん?」

「もっと手っ取り早く育って欲しいってのはわかるけどな」


 ギャラリーの同じ制服を着た二人と合流したその主人はぼやきながらその場を後にして――


「ほんと、【名無しの氷狼使い(ネームレス)】が羨ましいよなぁ、あんな楽出来て……」


 その、背中を。


「……有、さん?」

「………」


 両の拳を関節が白くなるまで強く握り、冥が今まで見たことのない、まるで親の仇を見るような刺々しいというのも生ぬるい視線で、有は見送っていたのだった。

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