Age quod agis - 4
最寄り駅から四駅の場所にある、全国的に有名な大型ショッピングモール。
「うわぁ……」
一部では未だ春休みということもあり、買い物客で賑わうアーケードを見て冥は目を輝かせた。
「凄いです! こんなに人がたくさん!」
物珍しそうに居並ぶテナントをキョロキョロと眺める冥。
一方、ただでさえ男女問わず目を引く整った容姿の冥がそんな風に騒いでいるものだから、行きかう人々の視線を集めているのだが本人は気付いていない。
「はしゃぐなっての。五時くらいまでには終わらせる予定だからな」
今が一時半なので、目当ての店を巡って休憩する程度の余裕はあるだろう。
「とりあえず必要なのは生活雑貨が幾つかに……」
家を出る前に用意しておいたメモ書きをチェックする。あまりにも殺風景な冥の部屋のインテリアと日用品がメインだ。
「有さん、有さん」
「ん、どうした?」
呼ばれて見れば、冥の視線の先、吹き抜けになったアーケードの反対側で有たちとは別の学校の生徒が二人、並んで歩いている。
男女の取り合わせで、手を繋いで歩いているので、つまりはそういう関係なのだろう。
「じー……」
カップルが去っていくと、冥は自分の手を見、それから有の手も見る。
「あの、さっきの……」
「あぁうん。ごめん、俺もあの時はかなりテンパってた。痛くなかったか?」
「その、そっちは大丈夫です。です、けど……」
何か言いたげに口を動かす冥。
(……我が主)
ペット及び動物型使い魔入店禁止のため、DSの中で休んでいたビトに念話で名前を呼ばれる。がそれ以上は何もなく。
「……はぁ」
冥が何を望んでいるのか、ビトが何を言いたいのか。それが察せられないわけじゃない。ただ、衆人環視のど真ん中でそれをやるのが恥ずかしかっただけで。
それを、今日は自分の我儘で連れ出したのだからこれくらい付き合ってあげないのはいかがなものかと自分を納得させる。
「……ほら。手、繋ぐか?」
「あ……はい!」
差し出された左手に、冥が右手を重ねる。先程は互いにかなり強く握ってしまったので、今度は加減してほどよいポジションを探る。
「えへへ」
はにかんだ笑みを浮かべる冥。その顔を有は真っ直ぐに見ることが出来なくて。
「っ――ほら、あんまり時間かけてないで、行くぞ」
(やれやれ……)
白狼の溜息が有の頭に響いた。
「冥の場合、基本的なものからして何もないからな。となると、まずはここか」
「百均……? え、これ全部一〇〇円なんですか?」
「まぁ中には三〇〇円とか五〇〇円のもあったりするけど、ほとんどはそうだな。日用品なんかはだいたいここで済む」
「なるほどぉ。それはすごく便利ですね……あ、これ可愛い」
「こ、これ……小銭入れひとつで四〇〇〇円……!?」
「ははは、わかる。俺も最初そんな反応だったしな。それにもっといいブランドとかだとウン万とかしたりするんだなこれが」
「……なんだか、ちょっと眩暈が……」
「けど昔から言うんだよな、いい財布には金が入りやすいって」
「有さんも好きな本とかあるんですか?」
「俺? 最近はあんまり読まないけど、海外文学なんかは昔読み漁ったな。シェイクスピアとか」
「じゃあ、『ファウスト』も読みました?」
「読んだ読んだ。まぁ小学生向けなんかもかなり混ざってるから本物の読書家に怒られそうだけどな」
「あはは。私は……あ、これは読んだことあります」
「『モンテ・クリスト伯』……渋いな」
「うわぁ……可愛い……」
「冥は犬派? それとも猫派?」
「そうですね……うーん、猫ですね。あ、もちろん犬も好きですし、ビトさんも可愛いと思います」
「……ビトから伝言。『それは褒め言葉になってない』だそうだ。あとせっかくだし、ちょっと抱かせてもらうか?」
「えっ! だっこ出来るんですか!?」
「店員さんに頼んだらな。すみませーん」
「……あぁ、柔らかい……もふもふです……」
結局、気が付けば当初予定していた店以外にも、冥が興味を示した本屋やペットショップにも足を運んでいた。
昨日は渋っていた冥ではあるが、行く先々で目にする物に驚き、目を輝かせ、そして笑う様子は、本当にどこにでもいる女の子のそれで。
気が付けば、最初は緊張していた有も自然とこのデートを楽しんでいた。
「ふむ、ここなんかちょうどいいかもな」
「洋服屋さん、ですか?」
そのテナントは比較的大きく場所を取った、若い女性向けの洋装店だった。
「でも、私にとって服は身体の一部みたいなものですから、わざわざ買う必要は……」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
とはいえ、今まで冥の服装といえば、召喚された時の簡素なものと制服、あとはまぁ、下着姿くらいのもので、バリエーションがあるわけでもないらしい。
それに、家具同様に服も一着も持たないというのも、本人はどう思っているかはともかく知ってしまった今となっては有が落ち着かない。
「なんか参考になるかもしれないし、ちょっと見るだけでも、な」
「あっ、とと」
「いらっしゃいませー。あらぁ、可愛い彼女さんで!」
半ば強引に連れ込むと、二〇代半ばくらいの女性店員がすぐに声をかけてきた。
「この子に似合いそうな服を適当に見繕って欲しいんですけど、お願いできます?」
そう言われた店員は、「ふーむ……」としばらく冥を眺め。
「あ、あの……」
「……わかりました。少々お待ちください」
そう言って店の奥に下がっていった。
「どうしたんでしょう……?」
やがて、数着の衣装を持って戻ってきた店員は、冥に組み合わせを説明しながら試着室へ案内した。
「いやぁ、本当に可愛い彼女さんですねぇ」
着替えを待つ間に、そう話しかけられた。
「彼女、じゃないんですけどね。可愛いのは同意しますけど」
「それじゃあ妹さんとかですか?」
「……まぁ、似たようなものです」
「なるほど。でもあんなに可愛いとこちらとしても中々……負けてしまわないように厳選するのに苦労しましたよ」
「はは、無茶振りしてすみません」
「いえいえ、それが仕事ですので」
そんな話をしているうちに、着替えが済んだようで。
「あの……これで大丈夫でしょうか?」
試着室のカーテンから顔だけを出す冥。その顔はやや朱が差している。
「とりあえず見せてみなって」
「うぅ、はい……」
カーテンが開かれ、そこに立っていたのは――
「まぁ……」
「………」
店員は感嘆の溜め息を漏らし、有に至っては言葉が出なかった。
いわゆるクラシカルロリータというやつだろうか。落ち着いた濃い臙脂色のジャンパードレスに同色のケープ。フリルの少ない淡いクリーム色のブラウスは袖口がふわりと広がって、派手すぎず地味すぎず冥の魅力を損なうことなく自然に調和している。
髪もバレッタで留めているため、より清楚な雰囲気が増している。
「あと、これに……」
続いて着て見せたのは、今度は華ロリというやつか。裾が三層になった濃紺のスカートに、パフスリーブで裾にアクセントとして唐草模様が入った白い上着。あまり華美ではなく、普段着として使っても問題なさそうな落ち着いたデザインだ。
シニョンにこそしてないがツーサイドアップの髪型も『らしい』雰囲気が出ている。
「最後がこれ、です」
締めはなんちゃって制服風。薄水色のワイシャツの上から肩口が大きく開いたサマーセーターを被り、やや短めのサーキュラースカートはネクタイと同じ灰地のタータンチェック。
長い髪をシュシュで束ね、前に流しているので普段とはまた違った印象を受ける。
三着とも、違う方向から冥の魅力にアプローチしていた。
「……あの、有さん? 変だったりしなかったですか?」
「――いや、どれも良かったよ。嘘じゃない」
ちょっとしたファッションショーが行われる間、ただただ茫然と眺めていた有だが、冥に問われて短くそう答えた。
それで安心したのか、ほっと一息吐いてから冥はカーテンを閉め、元の制服姿に戻った。
「はぁ……この仕事選んで良かった……」
隣で恍惚としている店員、しかし冥が着替え終わったと気付き、慌てて襟を正した。
「っとと、いけないいけない。ではお客様、こちらお買い上げなさいますか?」
「あー……」
「えと……」
さすがにここで冷やかしとは言えず、かといって一着選ぶにしてもどれも似合いすぎていて。
結局ひとつに絞ることも出来ず、オプションも含め全て購入することにしたのだった。




