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  9-2

「僕、先輩から自立します!」

「な? 自立……?」

「はい。先輩には椎野さんという大事な人が居るんですから、僕がいては邪魔なはずです。だから」

「いーかげんにしろっ。

 てめーも彩子に吹き込まれたのかっ?」

「吹き込まれるなんて、そんな。彩子さん、メールを見てもいいって言ってくれて。それで」

 ……おんなじなんだよ、それがっ。

「僕、安心しました。

 先輩って、ルックスと喧嘩にしか興味のない単純な人かと思ってたけど、結構複雑だったんですね。

 いえ、彩子さんに対しては、屈折してるなーって、それはよくわかってましたよ。すっごく根が深いってのも。

 でも、椎野さんにまで、屈折してたなんて。これで先輩の好きなタイプの女性傾向と対策が判明しましたね」

 うんうんと、アナリスト気取りでうなずく隠岐。

「僕、先輩のこと椎野さんに譲ります」

「……いつから俺はお前のモノなんだよ……?」

 隠岐君、センパイのぼやきなど聞いちゃいなかった。

「先輩? 彩子さんの二の舞はよして下さいね。

 でも、あぶないよな。絶対頭あがんない……きききっ」

 首を締め上げられた小猿のような悲鳴が上がる。

 背後から首を吊るし上げられた隠岐は、手足をばたつかせるが、センパイは余裕だった。

「お前、そんなに俺にかわいがって欲しいんだな?」

「ひーっ。椎野さん、助けて下さいっ」

 隠岐と駿河のいちゃつきを、高みの見物していた椎野に、隠岐は手を伸ばす。

「私は知らないわよ」

「こいつは関係ないって言ってるだろ?」

「こいつって何よ?」

 椎野に睨まれ、駿河は明らかにうろたえた。

「そーじゃなくてさっ。今のは言葉のアヤだろ?」

「言い直してよ。失礼だわ」

「椎野っ、今はそういう話しじゃなくって」

「そういう話しじゃなくて、君っていつも失礼よね。

 呼び捨てにするし、扱いはぞんざいだし。私を何だと思ってるのよ」

 首に駿河の腕が撒き付いたままだが、注意が逸れてくれて、ほっとしながら隠岐が批評を加えた。

「もう自分の身内だと思ってるから、フランクな態度になるんじゃないんですか? 他人じゃないってゆーか」

「隠岐っっ!」

 焦りまくって、叱りつけるのが精一杯の駿河。

「一方的に既成事実を成立させないで欲しいわね」

「わーかってるよ。椎野サン。

 これでいーんだろ。赤の他人さんっ」

 隠岐は拳を握って力説した。

「先輩っ。どーしてそこで普通の男になっちゃうんですかっっ。引いてどうするんですっ。

 ここで一発、プレイボーイの真髄を……きゃ」

「隠岐っ。口は災いの元だぞっ」

 きゅうきゅうと、締め上げられる……。

「……黙っていれば伝わると思う方が考えものね」

 椎野の嫌味に、再び駿河の手が萎える。隠岐には百万の味方だ。

「そーでしょ、そーでしょっ。どーして先輩、大事な時に逃げちゃうんです?」

「…………。お前が邪魔なんだよっ」

 ポイと、隠岐は投げ捨てられた。

「うっ……。すぐに自立しますっ。椎野さん、どうか先輩にはお手柔らかに」

 涙声の隠岐にも、椎野は冷徹だった。

「君、ほんとに口が過ぎるわね」

 ぴーっ。泣く泣く、その場を逃げ出す隠岐克馬だった。



「ふうっ。一人だな……。

 彩子さんは騎道さんだし。先輩はアレだし」

 二人きりになれるよう、距離を置いているのだけど。

 隠岐の気遣いも空しく、駿河と椎野は擦れ違うばかり。

 あの二人が、一度は仲良くデートをしたなんて。想像もちかない情景だった。

 空しい気持ちを癒してくれるのは。最近お気に入りの、モバイルギアだ。

 窓側に乗せ、片手でキーを叩き、目当てのアドレスを呼び出すけど。

 ふうっと、年寄りじみた溜め息を隠岐は漏らした。

「数磨も音沙無しか……。騎道さん?」

 肩を叩かれ、隠岐は振り返った。

 騎道はパソコンの画面を一瞥し、向き直る隠岐を真正面から見返した。いつも通りに、物静かで真摯な視線。

 少し口元が、親密なふうに微笑んでいる。それが、人寂しい隠岐の気分を慰めてくれた。

「聞きたいことがあるんだ」

「先輩のことですか? 僕も努力してるんだけど、二人とも素直じゃなくて、前途多難みたいですよ」

「みんなが、相思相愛だと気付いているのにね」

 ……相思相愛。古い言葉だけれど、言い得ている。

「で、僕に何か」

「数磨君のことなんだ。最近、会ったかい?」

「僕も、それを騎道さんに聞こうと思っていたんです。

 あいつ、毎日メールを出すって約束したんです。なのに」

「連絡が、ないんだね」

 曇っていく騎道の表情に、隠岐も肩を落とした。

「約束破るような奴じゃないんです。かなり律儀で、頭の回転も早いし、しっかりしている所もあるんです。

 でも。なにかに押さえつけられてるみたいに、いつも萎縮してて、不安で一杯な顔をして」

「隠岐君と一緒にいる時は、楽しそうにしていたね」

「僕もあいつと話してると楽しいんです。話しが合うし。

 あいつ、子供みたいに嬉しそうな顔するから、こっちまで嬉しくなって」

「弟って感じかな?」

 見透かされて、隠岐は肩をすくめた。

「最初のうちは。

 でも、僕より詳しいこともあるから、今は」

「友達になったんだ」

「……はい。僕はそう思ってます」

「数磨君も、きっと同じだよ。学年は違うけど、同い年だものね。君達は」

 隠岐は、真顔で騎道を見上げた。

「騎道さん。先輩、僕には何も教えてくれないけど、あいつ何かあるんですか?

 騎道さんが、あいつを気にかけるって、何かありそうで」

「敵だと思ってはいないよ。最初に断っておくけど。

 ただ、僕が追いかけている布陣の事件。彩子さんに降り懸かっている困難。その二つの鍵が、数磨君なんだ」

「まさか、数磨……」

「敵ではないと言っただろ? 彼は、操られているんだ。

 何か重大な、僕らにとっては好ましくない企みのために、拉致された可能性が高い」

「……」

「僕が、いろいろなことに気付いたから。本当の敵が用心に彼を隠したんだ。

 向こうが警戒するほど、企みが明らかになる日が近い」

「僕、あいつの為に何ができるんですか?」

 微かに騎道が目を見張ったことに、隠岐は気付かなかった。誰かの為に……。いつも駿河の後を追いかけているだけだった隠岐の変化に、騎道は対等な信頼を抱いた。



 学園祭絡みの職員会議を顔に出し、凄雀が学園長室に戻ったのは、午後5時を回っていた。

 夏休み明けに就任した凄雀の目には、日の短くなったこの頃の、早くも闇に溶けようとしている校舎の風景は新鮮でもあった。

 古いモダンな建築のこの棟は、夕方になると彫りの深い陰影を際立たせてゆく。郷愁をかき立てる設計は、おそらく日照の変化も計算されているのだろう。

 今や、職員専用となった二階建ては、忙しい生徒の目に触れることなく、静かな歴史の中に眠っているようだった。

「! 飛鷹……?」

 ドアを開けると、明りの点る室内中央に、飛鷹彩子が横顔を見せ佇んでいた。

「お邪魔しています」

 丁寧に断って、彩子はまた、壁に向いた。背後にあるソファのことも忘れ、立ち尽くしている。

 不審な想いで、凄雀はドアを閉じ彼女を背後から見守った。彩子が見上げる壁には、絵が浮かんでいる。

 凄雀のデスク上のカード・スイッチ。あれを操作したのだろう。

「この人ですね。騎道が大切にしている女神様は。

 学園長代行も、愛していらっしゃる。

 本気で。心の底から……。助手席はその人の指定席ね。

 もしかして、片想いなんですか? こういう物を、持ってくるってことは……」

「大人をからかうものじゃない」

「騎道に対しては、ちっとも大人の態度じゃありませんよ。

 もしかしてこの人にも、意地悪をしてるんじゃないんですか? だからこんなに悲しい目を……」

「……私を脅して、何を聞き出したいんだ?」

 睨むように目を怖くして、彩子のお喋りを遮った。

 ……今日の彩子は口が軽すぎる。いつまで続くかしれないほどだ。

「いいえ。何も。私も、この人が好きです。

 どんなことからも、守ってあげたい気がします」

「緑舞姫は、お前自身か?」

 凄雀の底意地の悪い問い掛けに、彩子は頬を堅くした。

 ただ同じ男に守られようとしているというだけで、絵の中の少女と同等だなんて、彩子も自惚れてはいない。

 そのつもりなのに、凄雀は彩子の心を抉った。

 凄雀には当然の権利かもしれない。彼にとっては、彩子は騎道の心を乱す邪魔者なのだ。

「私、騎道のことを信じます。

 それ以外には、何もできない。私には何もないんです」

「それだけの口が叩ければ十分だ。いい女になったな」

 一転して褒められて、彩子は大袈裟で幸せな笑みを見せた。その笑みが尋ねる。

「騎道は、いつ行ってしまうんですか?」

「……」

「? 聞こえませんでした?」

「……聞きたくない質問だな。答えれば、騎道に恨まれる」

 表情の読み取れない凄雀が、迷惑な顔をした。

「私は、感謝しますよ? その為に、お待ちしてたんです。

 どちらを選びます? 騎道と私」

「どちらも無用だ。とっとと立ち去れ」

 悪戯っぽい彩子の笑みを、片手で追い払う凄雀。

「……また来ます。

 そのキー・カード、隠さないで下さいね」

 軽い足取りで、彩子は出ていった。

 これだから女は理解できない。頭を振る凄雀が、一人残された。

 彩子が出ていったドアと、絵の少女を見比べる。

 女という生き物の謎は、凄雀でも解けそうになかった。





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