表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/24

  10-1

「章浩、どうしてるかな、今頃」

「……メールになかったのか?」

「なかったわ。一人で我慢するとこ、全然変わってないね」

「もうここまできたら、バラしてもいいな……」

「何?」

「あいつの渡米の理由」

 朝。授業開始前に、騎道は他の新役員に呼び出され席を外していた。思い立ったように、ふらりと彩子が2Dに現れ、駿河を連れ出した。

 人気の無い図書館。教室からは離れている。

「まっとうなデカになりたいんだと。入学したのはポリス・アカデミーのジュニアだ。軍隊並に絞られてるらしいぜ。

 頭も体も私生活も」

「それって、父さんがつまんないことを言ったせい?

 身内には一人くらい警官がって。兄さんは弁護士になるって言ってるし、私には期待してないからって」

「そんなんじゃないよ。あいつの親父もデカだった。たしかSPだろ? その道を、見てみたいって、キザだよな」

「章浩らしいね。国内じゃ飽きたらなくて、本場に飛んでいっちゃうなんて」

「ん。あのカタイ性格だからな」

 言えないぜ。彩子は完璧に庇うためでもある、なんて……。

「夢を追い掛けたんだ……。そんなにロマンチストだったなんて、全然気付かなかった。

 私つて、本当は章浩のこと、何んにも知らなかったんだ。

 駿河はどうするの? 役者になる?」

「お袋の探偵事務所と、両方やるつもりだ」

「無茶ばっかり」

「お前は本当に、男の底力を知らんのさ」

 本気の籠もった一言に、彩子は黙って肩をすくめた。

「彩子は決まってんのか、進路」

「全然。いろんなことが、落ち着いてからじゃないと」

「……落ち着くのかよ?

 毎日毎日、目の前でベタついてくれて。少しは回りの目ってのも、気にしてもらいたいものだね」

「そんなこと言うの駿河だけよ? 堅いのね、意外と」

 ……。元プレイボーイは、口を噤んだ。

「あのね。あたしたち、時間があんまりないの」

 ちょっとした困難を思い出して、彩子は苦笑いを造った。

 といっても、彩子の幸福を土台から覆すものには、駿河は感じられなかった。ピリッとしたスパイスを味わうことで、彩子は手に入った幸せを再認しているふうだった。

 だが彩子の態度がどうであれ、時間がない、というのはおだやかではない。

「秀一は、騎道がちょっと変わっていることを、知っているんでしょう?」

 駿河はうなずいた。

「正確には知らないが」

「あたしは聞いたわ。そのせいで、騎道はここに長く居ることができないの」

「彩子! お前……!」

「騎道ね、すべてに決着がついたら、出ていくの。

 この街を」

 ついでのように言い継がれて、駿河は目をむいた。

「それでいいのかよ、お前は……!」

「私、駿河に叱られるために、この話をしてるんじゃないよ?」

 おっとりと返され、駿河は整った顔をしかめきった。

「叱るだと? 呆れてんだよ、お前ら二人にっ」

「頼みがあるの。秀一に」

「ああ、ああ。わかったよ。

 騎道を殴り倒して気を変えさせるんだな。身動きできないように縛ってお前ん家に放り込んでやるよ」

「やめてよ。体力の無駄よ、騎道にとってはね」

「……わかってるよ。んなこと」

「帰してあげなきゃいけないのよ。そういう人だから」

 引き止められない。縛り付けられない。

 諦めきって、別れるその日まで『恋人同士』をやる奴等に、どんな手を貸せっていうんだ? 怒るに怒れないとはこのことだ。彩子は、ちっとも不幸な顔をしていない。

「ごめんね、秀一。

 秀一のことも、隠岐のことも、みんな大好きだよ。

 でもね。今は、騎道が一番なの。

 騎道しか見えないの。誰よりも好きだから、騎道の思う通りにするの。

 それが、今の一番私らしい生き方なの。騎道を好きでいる私を、誇りにしたいの」

 ここには居ない騎道へ向ける微笑みで、彩子は言った。

「秀一には、見ていてほしい。

 全部承知で、見届けてほしいの……」

「……章浩の、代わりか……?」

「チ・ガ・ウ。幼馴染みだから。ねっ?」

 幼馴染みの面目を、彩子が建ててくれると、駿河はすべてを堪えた。



「実は、俺たちのバンド名がまだ決まってないんですよ」

 休憩時間に入って、浜実がメンバーに声をかけた。

「バンド名か……」と、松茂が唸る。

「アレでいいんじゃないの?」軽くいなすのは東海。

「アレかい?」和沢が思案する。

「えーっ。アレ、そのまま使うの?」

 浜実が、ひっくり返った声を出す。

「でもな。アレ以外、ぴったりくるのは無いよな」

 ゼネラル・マネージャーとして、友田は大方の意見をまとめにかかった。だが、三橋が席を外している以上、決定とは言い切れない。

 三橋は授業終了直後に、2Dの駿河に呼び出されていた。

 騎道は、三橋が居ないので、代わりに友田に尋ねた。

「アレって……何?」

「んだからバンドの名前だよ」

「あ、知らないんだ、騎道って」

 今更のように、浜実が膝を叩いた。

「そういえば、お前、転入生だったな」

「すっかり忘れてたぜ」

 松茂、東海までが、感心したように思い出す。

「アレって言ったらさぁ。学年中みーんな知ってるぜ」

 大きな目をクリクリさせて、得意気に浜実が言う。

 おおらかに除け者にされて、騎道は頭をかいた。

「……あたし、わかんない」

 ぶーたれてる彩子に、一同クラリとよろめく。

「あららっ」

「一番近くに居る奴が、一番知らないってのも、妙だな」

「そーゆーのを越えた所で、お友達なんでしょ?

 こいつら」

「でなかったら、三橋のガードに入り込むなんて無理だぜ」

「三橋のガードって?」

 またまた騎道が、まったく意味不明で聞き返す。

 彩子には、今度は意味が通じる。

「いーのよ、騎道君は。壁の無いオモトダチなんだから」

「そう? なら、いいんだけど」

 さっくりと、納得する騎道だった。

「ほんとに。俺たちなんかまだ、あいつの方向性が全然読めないんだぜ?」

「あいつが調子良く乗せてくれるのを待ってるって状態」

「よーくオトモダチできてるよな。お前ら」

「だから何よ? 早く名前、教えてちょうだいよ!」

 ニヤニヤ笑う残り4人に代わって、松茂が低く答えた。

「WIND・MILだよ」

「ウィンド・ミル……?」

「どういう意味なの?」

「風車、ですよ、彩子さん」

「アレそのものじゃ、露骨じゃないの?」

「ハリヤー・ミルってのは?」

「ま、三橋の意見を聞いてからだな」

「騎道は? 何がいい?」

「あ。僕は……」

「聞いても無駄よ、浜実。

 騎道は優柔不断の、オトモダチ主義だもの」

 全員に納得され、頭をかくしかない騎道だった。



 同じ頃。三橋は駿河に、寒風の吹く屋上に呼び出されていた。

 殺伐とした場所を選んだ駿河に、三橋は怪訝顔を向けた。

「お前にも共犯になってもらうぜ」

「何? 彩子ちゃんを二人で襲っちゃうわけ?

 よせよー。本気で騎道を怒らせると、マジで怖いぜ?

 物心ついた頃からの幼馴染だからっていう気持ち、なーんか実感無いけど、わからんでもないぜ?

 だからって、他の男に取られるくらいなら、俺が~ってのって、犯罪……。あれ……マジなの?」

「……そのお気楽な顔も、これで終わりだな」

「あんた、本気で騎道のこと恨んでんだ」

 三橋は目を細くして、無表情に聞いた。

「当たり前だっ。

 てめーだって、これから言うことを聞けば同じだよ」

 無表情でクールをかなぐり捨て、駿河は三橋に詰め寄った。

「あいつは、ケリがついたら出ていくんだよ、この街を」

 態度を逆転させて、三橋が冷淡に顔をしかめた。

「……すんちゃんさ。それを俺に止めてほしいわけ?

 だったら頭下げるくらいはすれば?」

「共犯だって言っただろ? 騎道とオレとお前で、彩子が傷付くのを黙って見てるんだよ!!」

「そ。頭は下げたくないわけね。俺や、騎道にも」

 透かしてくれる三橋に、駿河はますます苛立った。聞き取り不明の唸り声を上げる。

「おれ、信じないぜ。すんちゃん、俺にとっては他人だもんな。騎道は俺の友達で、バカがつくほど優しいわけ。

 あいつなら、んな真似しねーよ。……あいつは、気持ちを計れるよーな奴じゃない」

 三橋ののんびりに、怒り心頭至った駿河はもう、言葉も出す気になれなかった。

「すんちゃんさ、あんたに見せたかったぜ。

 すごかったんだから。あんたの敵討ち。

 あんたに手出しした奴全部に、報復する気だったんだぜ?

 あいつ、最初から命令した奴、わかってたのにさ。

 磯崎さんが死んだって聞かされて、磯崎さんをやった奴にも本気で怒って。

 ……マジで代行が居なかったら、あいつ、学園中を敵に回してでも、秋津を追っかけて、立ち回って……」

 瞳の色だけは本気で、暗く陰った。

「あいつ自身もめちゃくちゃになってたかもしれない。

 ……後悔で」

「聞いたよ。彩子から……。

 だからこっちも口裏合わせてやったんだろっ……!」

 それが敵討ちの礼代わりだった。

「騎道ってそういう奴なのよ。友達でも無い奴のためにも、本気を出せる」

「他人他人って、何度も言うなっ……。よくわかってるよ」

 駿河は吐き捨てた。

「すんちゃん。だってあいつのこと嫌いだろ?」

「ああ、大がつくほど嫌いだね」

「だったら、友達にはなれんよな」

「……」

「その騎道が見境無く好きになってる女を、これまでねって、イヌネコみたいに捨てられるわけないじゃん?

 信じねーから」



「飛鷹先輩。後は私たちがやりますから」

 まだ窓の外は明るい。学園祭直前の実行委員が、帰っていい時間ではなかった。

「え? でも」

「勿論、今日だけですよ?」

「???」

 二人の一年生女子に、廊下に連れ出され、揃って目配せされる。

「早く、教室に戻って下さいね」

「何? どうかしたの? 教えてもらえないなら、あなたたちの好意を受けられないな」

 二人は困った顔を見合わせて、諦めた。

「……三橋先輩に頼まれたんです。

 今日だけでいいから、早く帰してくれないかって」

「三橋が?」

 彩子はなんとなく悟った。

 彼女たちに礼を言って、教室へと取って返した。思った通り、誰もいない室内に騎道が一人、居た。

「一年の役員たちに頭を下げられたんだ。今日だけはって」

「それも三橋ね。どういうつもりなのかしら」

 思案する彩子に、騎道は白いコートを手渡した。

「折角、三橋がお膳立てしてくれたんだ。

 どこかに行きましょうか?」



「街中がクリスマスの飾りで一杯ね」

「ずっと学校と家の往復だったから」

「あ。あのサンタクロースのマネキン、かわいいっ」

「あー、よかった。その隣のサテン・ブルーのワンピースのこと、言われるのかと思った」

「なあに? プレゼントしてくれるのかなっ?」

「いいですよ。5分間の見学時間を進呈しましょう」

「5分間?」

「それが、僕の精一杯です。

 あんなに人通りのある場所に、二人きりで並んで眺めてるだけって、かなり恥ずかしいでしょ?」

 街は、中心部の繁華街すべてが、クリスマスの装いを纏っていた。まだ、11月の半ばにも届かないというのに。

 気が早いのは街だけではなかった。ぶらぶらと暇を持て余す学生たちや、少女たちだけの集団、二人きりの世界をつくる恋人たち、積極的すぎる少女たちに気後れしている連れ立った少年たち。

 クリスマスという特別な一夜を心に秘めて、それぞれの思惑と心は浮き足立っていた。

「ねえ、あれを見て。田崎君」

「え、なんですか? 佐倉さん」

 背の高い田崎に爪先立つようにして、耳打ちする佐倉。

 田崎は、そっと示された、六車線の道路を挟んだ歩道を見透かした。条件反射のように、嫌になるくらい目に飛び込んでくる、整った顔立ちに黒縁眼鏡の少年。

 田崎は刺々しい気分で顔をしかめた。勿論、佐倉には悟られないよう気をつけて。騎道と並んで歩く彩子の姿に、ほんの少しだけ安心感が生まれたほどだ。

「あの二人、ほんとにお似合いよね」

 うっとりと呟く佐倉に、田崎は不思議な気がした。嫉妬とかを、感じたりはしないのだろうか。田崎は今でも、猫が相手を威嚇するような総毛立つ気分を、騎道を見掛ける度、感じるのに。

「騎道さんって、彩子さんにだけは、一番の笑顔を見せるんだもの。なんだか羨ましいわ」

 田崎は慌てた。

「さ、佐倉さんっ? もしかして、まだあいつのこと」

「だって、騎道さんって素敵なんですもの。視線が引きつけられるのよね。

 彩子さんも、とっても綺麗。恋をすると女の人は変わるっていうけど、ほんとうなのね。

 ね、彩子さんって、美人だと思わない?」

「……だって、素敵なんですものって……。

 佐倉さん、僕のこと……。僕はっ……」

 長い腕を振り上げ、必死で自己アピールする田崎。

「あら、田崎くんは別よ」

「別って……そんなっ……」

 絶望に、貧血を起こしそうになる。

「誰にも譲れない、私の一番大切な人でしょ?」

 ジーンと、爪先から頭の天辺まで、感動が昇ってくる。

「……佐倉さん……俺っ……幸せですっ」

「田崎くん。もう、その呼び方無しにしましょう?

 私も、臨さんって呼ぶから」

「ち、ち……」

 舌を噛む。慣れないことはするものじゃない。

「そうだ。これ、三橋さんから、今日貰ったの。

 どうする? 臨さん」

 佐倉は学生カバンから、一通の封筒を取り出した。

「の、臨さんって……。シアワセだぜっ」

 田崎、聞いちゃいない。

「やっぱり、こういう日は、二人きりがいいわよね……」

「こういうって」

 受け取った封筒は、クリスマス・パーティーの招待状だった。場所は、三橋の私邸。三橋財閥でのパーティーなら、学生だけの内輪なものでも、優雅な内装の屋敷に入れるだけでも出向く価値はある。

 佐倉でも心引かれる招待ではあった。

「……ふ、二人きりって……」

 鈍すぎる反応が、田崎に妄想を促した。

「あとで私から、三橋さんにお断りするわね」

 三橋……。

『都合ついたら、お前らも来いよ?』

 軽い口調でそう言いながら、目の奥が寂しい色に陰った。

 二人のクラスメイトの名前を告げた瞬間。

「それと、このこと騎道さんと彩子さんには内緒にって言われてるの。

 臨さんもね? ねぇ? 聞いている?」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ