閑章 Elekto tempo
きらびやかな、夢の舞台。
幼い頃から夢を見て、大きくなって捨てた、夢の舞台。
望んでいなかった昔の夢が、運命のいたずらで叶ってしまった。
唄う事は大好きだった。
詩をつくる事も大好きだった。
大きくなったら、歌手になるんだって、そう信じて疑わなかった。
満員のコンサートホールで、思う存分詩を唄う事が小さい頃の夢だった。
けれど、それ以上の夢を私は見つけてしまった。
先進遺伝子生態学。
百数十年前に解明されたヒトゲノムに他の遺伝子を組み込むことによって現状では解明できない奇病を研究、治療していく最先端の医療分野。
興味を持ち始めたのはミドルスクールの頃。
それから進級を繰り返し、十代中盤にはカレッジを卒業するまでに至っていた。
院に進学しようとした矢先だった。
突然舞い込んだ芸能プロダクションからのスカウト。
カレッジのフェスタで友人と遊び半分で組んだセッションが、彼らの目にとまった。
私の与り知らぬところでデビューの話は進んでいき、私は唄う事となった。
幼い頃に夢見た願いが、叶ってしまった。
・・・どうして。
たまらなかった。
だって、その夢は私が捨てたものだった。
私には新しい夢があるのに、やっと掴みかけた夢があるのに、何故、私にその夢を選ばせてはくれないの?
私の気持ちを置き去りにして、マスメディアは囃し立てた。
『天才歌手は十五歳で大学卒業!!』
『天使の歌声』
『今世紀最大の発掘!?カレッジで見つけた神秘の歌姫、ついにデビュー!!』
経歴も左右したのだろう。
曲がネットワークに配信されるとアクセス数が飛躍的に伸び上がった。
ライブイベントも、デビュー当時から満員御礼。
会社からは新曲の催促や、おびただしいスケジュールが無理矢理組まれ、せっかく進もうとした院は辞めざるをえなかった。
私の夢は、壊れてしまった。
くだかれてしまった。
そう思った時からだった。
胸の辺りが疼くようになった。
変なプレッシャーによるストレスだと、最初は思った。
慣れれば、こんな疼きもそのうちに治まるだろうと信じていた。
けれど、それは間違いだった。
マスメディアが囃し立てる度に、プロダクションの人間と顔をあわせるごとに胸の疼きが酷くなった。
それだけじゃない。
改善が見られなかったから、病院で検査をして分かった事があった。
内蔵機能が徐々に低下していたのだ。
デストロピレー症候群と、診断された。
原因は不明。年々肉体の代謝機能が低下していき、最後には死へと繋がる奇病。
治療方法は、見つかっていない、不治の病。
壊れていく身体で私は唄い続けた。
そして、唄う事で、私は壊れた。
いつものように満員のコンサートホール。
その年のツアーの千秋楽を締めくくる、それなりに記念の日だった。
カレッジ時代から親交のある男性も見に来る、私にとっても記念の日。
身体は限界だった。
けれど、彼が忙しい合間を縫って来てくれる滅多にない日。
だから、唄った。
彼のために、幕が下りきるまで唄い切った。
気がつけば病院のベッドの上。いくつもの機械とチューブで接続された醜い姿となっていた。
もう、立つ事も出来ない身体だと、医師に言われた。
内蔵機能が、ほとんど止まっているとも。
最初はプロダクション関係者の見舞いや、ファンからのメールがひっきりなしにあった。
それも一年、二年と経つうちに無くなっていった。
わずかにプロダクションから事務的なことでの面会が少しあるだけの日々。
彼は、私の担当医になった。
カレッジで医学部に所属していた彼は、最初は研修医として、そして、時が過ぎると主治医として私の治療に当たってくれた。
でも、私の身体が良くなる事はなかった。
意識すら薄れていった。
「だから・・・・・・もう少しだけ・・・」
最後に覚えているのは、悲痛に語りかける彼の声。
醜く、衰えていく私を彼はいつも笑って接してくれた。
まるで自分の無力さを責めているように私には思えてならなかった。
そんな・・・辛い笑顔。
本人は、きっと気付かなかったかもしれない。
私が知っている、彼の姿。
「生きていてくれ・・・。」
とても哀しかった。
彼がさらに自身を責めているように感じてならなかったから。
私の事は、仕方のない事だと、この人は分かっていない。
理性では分かっていても、本性ではやり切れない思いで満ちあふれている。
どうか、哀しまないで。
苦しまないで。
私がこんな風になってしまったのは、あなたのせいじゃないの。
私の運命なのよ。
あなたに会えて、私はとても幸せだったわ。
あなただけは、私を見捨てないでくれた。
もてはやされた時も、あなたは、あなたのままでいてくれた。
みんなが私を羨望し、嫉んでいく中で、あなたは昔のままでいてくれた。
それは、とても、とても、幸せな事。
だからどうか、
私のことなんかで哀しまないで。
私のことなんかで苦しまないで。
私はいつの間にか、笑っていた。
ぼやけた視界の中で、引きつった頬を使って、口元を引っ張っていた。
彼のために、私が出来るのは、もう、これだけしかなかったから。
赤いものが視界の端に映った。
きっと、バラの花だ。
私の好きな花。
たった一度しか言ったこと無かったのに、彼は覚えていてくれたのね。
やっぱり、この人に出会えて良かった。
私は、何て幸せ者なのかしら。
★
「あなた、・・・だれ?」
漂うような、夢の中のような、曖昧な意識の中で、私は彼女と対峙していた。
以前彼女は、私の姉と言っていた。
私は彼女の妹として、彼女に接していた。
彼女は何も知らない。
そして、私も何も知らなかった。
つい、さっきまでは・・・。
//いつまでも白を切れると思うなよ。お前は誰だ?//
以前ルウヤが言っていたことが、やっと分かった。
私は、ただの子供ではなかったんだ。
以前の記憶を失い、外見の幼さ故にその欠如も分からずに、少女の振る舞いをしていた。
私は知らない内に、みんなをだましていた。
ルウヤはそれに気がついていた。それでも、私をもう一人の子と同じように優しく接してくれていた。
思い出したくなんてなかった。
彼女との関係を、崩したくなかった。
ほんの数ヶ月のふれあい。
今の私にとっては、かけがえのない記憶の一つ。
でも、それもここでお終いね。
「私は、マリア。」
私は、自身の名前を告げた。
彼女は目を見開いた。
「ホント?・・・私も、マリアって言うの。」
大きな蒼い瞳を輝かせて、彼女は私に近寄ってきた。
私は近づく幼い少女の小さな両肩に手を置き、その動きを止めた。
手が、伸びていた。
ほんの少し前まで、彼女と同じ幼い少女の姿を私もしていた。
けれど、私の両腕は細く、しなやかに伸び、大人の腕そのものだった。
「・・・・・・どうしたの?」
無垢な少女は、私に問いかける。
「マリアは、私だけなのよ。」
真実を、告げなければいけない。
私が知っている、真実を。
「・・・何、言ってるの?」
この子は分かっていない。
私が誰なのか。
私が何なのか。
彼女は何も知らずに、私として育てられてきたのだ。
彼の手によって。
彼が何を考えているか、今の私には想像が付いた。
「私は、あなたがクリスと言っていた少女よ。・・・私はあなたのオリジナル。マリア・ベルリーニ・ヨハンセン。トム・ダグワイヤーの恋人よ、―――Kris。」
少女のあどけない顔が固まった。
凍り付いた。
「あなたは、私が生きるために、私として育てられたの。・・・あなたは、私の救世主―――クリストになるために、生かされた只の器なのよ。」
私たちが、今、この場で出会ったと言うことは、今が選択の刻なのだ。
彼の望み通り、私がこの子の身体に入るか、
彼女が私を拒絶するか。
どちらに転んでも、この少女に軍配はあがらない。
彼女が今までの私の身体に入ったとしても、寿命がすぐに尽きてしまう。
また、万が一私を拒み自身を確立したとしても、私が入るまで実験を続けるか、処分されることとなる。
「あなたは、私と入れ替わる運命にあるのよ。クリス。」
救いの手は、どこにあるというの?
あまりにも残酷だ。
どうして、この少女は私を放っておいてくれなかったのだろう。
何も知らなければ、私は本能のままにこの少女の器に縋っただろうに・・・。
この少女のことを知って、それでも、私は生きたいと願ってしまう。
彼女をこの手にかけてでも・・・。




