閑章 Nova vivo
後半戦突入だったりします
シュウレインから赤ちゃんが産まれた。
出産の時、とっても苦しそうで、とっても痛そうで、見ているこっちが辛くなった。
ここの人は、あんな思いをして子供を創り出すのね。
シュウレインから出てきた赤ちゃんは、とても小さかった。
大声を上げて、泣き叫ぶ小さな赤ちゃん。
クリスは抱き上げて赤ちゃんを丁寧に洗っていた。
醜い。
これが、人間だというの?
私たちはカプセルから産まれた。
お母さんなんて知らない。
赤ちゃんなんて、知らない。
私たちの周りには、私たちしかいなかったんだもの。
あとは、お父様と冷たい人形しかいなかった。
みんな喜んでる。
シュウレインも、とても疲れただろうに、キレイになった赤ちゃんを抱きしめて泣きながら笑っている。
“命”って、こうゆう事なのね。
とても、とうといもの。
これが、“愛”なのね。
「・・・マリアちゃん、どうぞ。」
「え・・・?」
突然シュウレインが赤ちゃんを私に差し出した。
「抱いてあげて・・・。まだだったでしょ?」
満面の笑みでシュウレインは話しかけた。
「あ・・・その・・・え・・・」
抱きしめる?
私が?
この小さな、とうとい、“愛”される“命”を・・・?
「どうぞ。」
シュウレインに進められるまま、おもむろに私は手を出す。
白い布にくるまれて、少し前のことが嘘のように大人しく眠る赤ちゃん。
ずしりと、重たい。
もっと軽いのかと思った。
これが、“命”の重さ。
未だ名前も持っていない小さな人間。
とうといもの・・・
「ありがとう、シュウレインさん。」
丁寧に私は、赤ちゃんをかえした。
私は今、どんな顔をしているのかしら。
赤ちゃんを再び抱いたシュウレインは心配そうな顔を私に見せている。彼女に、そんな顔をさせる表情を私はしているんだ。
それがどんな顔かなんて分からない。だって、鏡がないんだもの。けれど、これだけは言える。
私には、大きすぎる。
こんなにも愛されて、大切な人間を、私は知らない。
こんな宝物のような人間を、私は知らない。
私には、触れない。
たまらない。
おかしくなってしまう。
こんな所になんていたくない!!
★
気が付けば、私は外に出ていた。
夜は寒い。
それはそうだわ、まだ春になっていないんだもの。
コートも着ないで出てしまえば、寒いのは当たり前だわ。
でも、あの中には居たくない。
赤ちゃんを、シュウレインを見たくない。
もし、あのままあそこにいたら、私―――
赤ちゃんを殺してしまう。
//マリア?//
私と同じ声が後ろから聞こえた。
//クリス・・・?//
私の妹。
体の弱い、私の宝物。
私よりも、頭が良くて、強い人間。
//風邪、引いちゃうよ。中に入ろ?//
//・・・・・・・私は、いいわ。クリスこそ、中に入ってて。体が悪くなっちゃう。//
//平気。コート持ってきてるから。マリアの分もあるよ?//
クリスがこっちに来て、そっと温かいコートを掛けてくれた。
//ありがとう、クリス。//
クリスは私の横に置いてあった丸太に腰掛ける。
//・・・・・・つらいね。//
ポツリと、妹がつぶやく。
//私たち、あんな風には生まれていないもの。あんなに沢山の人たちに囲まれる事なんて、一度だって無かった。・・・マリアは、お母さんのこと、何か知ってる?//
//・・・お母さん・・・?//
お母さん。
私たちを苦しみながらもこの世に生み出してくれた女性。
ここの人は、知っていて当たり前の人。
私には、まるで縁の無い人。
//私は分からないわ。物心付いた時には、冷たいお人形さんが面倒を見てくれていたんだもの。お父様とは、数えるほどしか会っていないし・・・//
//・・・そっか・・・。あそこでは、私たち以外の人間は、いつも忙しそうにしているあの人だけだったものね。//
//うん・・・。とても聞ける雰囲気じゃなかったわ。//
私たちは黙ってしまった。
家の喧騒が、やけに耳についた。
あの中ではきっと、大人たちが嬉しさの余りにはしゃいでいるんだろう。
ルウヤも、あそこで楽しんでいるんだわ。
私たちの事を放っておいて・・・。
//・・・マリア?//
何だろう。何なんだろう。
とても苦しい。とても辛い。
胸の中でドロドロとした気持ちがうごめいている。
まるであそこに居た時の様な、嫌な感情。ずっと一人であの部屋にいた時に味わった言い表せない思い。
叫んでも、暴れても、誰も私を気に留めなかった、広い部屋の中の記憶。
ポタッ
//!!?//
目から、一滴の水がこぼれ落ちた。
涙?
私、泣いている。
悲しいの?
違う。
口惜しい。
あの赤ちゃんは、産まれる前から大切にされている。
愛されている。
今日までのシュウレインたちを見ていればわかるもの。
何をしなくても、求めたりしなくても、与えられる“愛”。
私がどんなに願っても手にすることの出来なかったものを、あの赤ちゃんは持っている。
当然のように、手にしている。
それがとても口惜しいんだ。
//お父様・・・私のこと、・・・どう、思って・・・・たのかしら。//
抱きしめられた記憶なんて無い。
笑ってもらった記憶なんて無い。
愛されたと言える記憶なんて無い。
あの瞳が怖かった。
会う度に見下ろされる瞳が、とても、とても、冷たかった。
私のこと、人間だとすら思っていないあの瞳がとても辛かった。
//クリス・・・私たち、人間だよね?//
//え・・・?//
//私、お母さんのことなんて知らない。気が付けばもう、・・・カプセルの中にいたんだもの。//
最初に覚えているのは黄色の世界。
全身を漬け込む培養液で満たされたカプセルの中。
透明なガラスの向こう側から私を観察していた、お父様の姿。
//うん。//
静かに、クリスはうなずいてくれた。
きっと、彼女も同じような記憶しか無いのだわ。
//あの中で、私は大きくなったわ。・・・この体が、外に出ても問題ないって分かって、・・・私だけがカプセルから出ることが、許されたの。
でも、それだけ。
お父様は、私のこと見向きもしてくれなかったわ。
今になって・・・今だから、思い知らされるの。
・・・私は、愛されずにつくられたんだって・・・ただ、お父様の研究の為に必要だったから・・・だから、私がいただけ・・・それだけだって・・・わかっちゃったの!
そんなの、人間だといえるの?
この村の人たちにとっては当たり前のことが、私たちにとっての当たり前でない!
私たちは、何なの?
何も知らない・・・言葉も、考え方も、全部が違っている私たちって、一体・・・・・・何なの?//
//マリア・・・。//
涙が止まらない。
どんどん嫌な気持ちが私を汚していく。
もう、何もかもがおかしくなってしまいそうだ。
赤ちゃんが産まれて、村の人たちの笑顔を見て、その全てに嫌な気持ちが込み上げてくる。
奪ってしまいたい。
消してしまいたい。
壊してしまいたい。
殺してしまいたい!!
//マリアも、私も、人間だわ。//
私の話を聞いていたクリスが、ゆっくりと口を開いた。
色んな事を考えているのかもしれない。
一言、一言が、とてもゆっくりと、話し始めた。
//マリアは私のこと、大切にしてくれる。それは、マリアが、私の事を人間だと思ってくれる確かな証拠だわ。
ルウヤはマリアや私を大切にしてくれる。それは、ルウヤが私たちの事を人間だと思ってくれる確かな証拠だわ。
ランは、どう?
リンは、どう?
・・・今まで、私たちはあの人しか知らなかった。マリアがいても、私はマリアや他の子と関係を繋ぐ事は許されなかった。
でも、マリアは、私を一人きりのカプセルから出してくれた。
一緒にここにいてくれる。
マリアのおかげなのよ?
私たち、以前は人間じゃなかったかもしれない。あの人の研究の為の道具でしかなかったかもしれない。でも、こうして、沢山の人と関係を繋ぐ事で人間になっている。ならばきっと、私たちはどんなに他の人たちと違っても人間だわ。
そうでしょ?ルウヤ。//
//え!?//
全然気付かなかった。
けれど、顔を上げたその先には、大きなバックと、植物の葉でくるまれた包みを下げたルウヤがいた。
ほっぺを指で軽く掻いて、折角のキレイな顔を面白い形に伸ばしている。
//まぁ・・・そうだな。//
どうして、ここに彼がいるの。
さっきまで中で他の人たちと一緒に喜んでいたはずなのに。
//赤ちゃんは、もういいの?みんな喜んでいる中に、入っていなくて・・・いいの?//
どうして・・・?
//俺のやるべきことはもうやったからな。後は他の大人たちが面倒見てくれるさ。//
ルウヤは包みを私に渡した。
生暖かい、それでいて甘い匂いが鼻をくすぐった。
//今日の戦利品。他にもちょっと貰ったけどな。マリアの好物、蜜団子!さっさと帰えんねぇと、冷めちまうや。//
//行こう、マリア!//
//あ、クリス・・・//
クリスがルウヤのバックを持った腕にしがみつく。
ルウヤは笑って私に手を差し出す。
私のよりもずっと大きな、彼の硬い手に私は手を乗せた。
//きゃっ!//
手を握った瞬間、ぶんぶんルウヤが腕を振って歩き出した。
//ちょっ、ルウヤ! 何するのよ!!//
//ははっ! 怒った、怒った! そっちの方がマリアらしいや!!//
//ハハハハハッ!いつものマリアだ。//
//クリスまで!? ちょっとそれって無いでしょ!!?//
//ありだろ?いっつもお前、リンと家で楽しそうに騒いでるだろが。//
//そうそう、あの時のマリアすっごく輝いてるわ。//
//あれは・・・リンが、その、まぁ・・・つ、突っ掛かって来るから相手にしてるだけよ!あんな子供に負けるわけにいかないじゃない!!//
//本当に?//
クリスが悪戯っぽく笑う。彼女はこういうところ、ちょっと意地が悪いのよ。
//ホントよ!・・・彼のこと、嫌いじゃないけど。//
ホントはリンに会えて毎日が面白い。
何だかんだいっても、二人で森に入って、グリフたちと遊ぶこともあったし、ケンカしても次の日には探検や、畑仕事の手伝いをやったりしてた。
またすぐに、ちょっとしたことで、取っ組み合いにはなったけど。
//そ、そんなことどうでもいいでしょ!?・・・ねえ、ルウヤは・・・自分が生まれてきた時のこと、覚えているの?//
ルウヤも、あの赤ちゃんみたいに、周りの大人たちに囲まれて、望まれて生まれてきたのだろうか。
//いんや、全然。//
//・・・え?//
//そんなもんだぞ。ほとんどの奴がさ、自分が生まれた時のことなんざ覚えてない。今日生まれた子も、きっとそうだろうさ。ある程度大きくなったら、両親からどんな感じで生まれたのかとかは聞けるんだろうけどな。//
//ルウヤも、お父様やお母様から聞いた? 生まれた時のこと。//
//おお、まあな。//
//あの赤ちゃんみたいに、ルウヤは、みんなから喜ばれて生まれたの?//
//・・・・・・。//
突然ルウヤは黙ってしまった。
優しそうな笑顔をしているけれど、固まったその顔はまるでお人形のようになっていた。
気持ちを誰にも教えてくれない顔。
//・・・ルウヤ?//
けれど、それはほんの一瞬だった。
すぐにいつものルウヤに戻ってくれた。
でも、彼の口から出た言葉に私はとても辛くなった。
//同情してたよ。みんな、俺のコト、可哀想な子供だって。//
//かわいそう?//
//両親が、奴隷だったからな。//
//どれい・・・//
聞いたことがある。
何もかも、言われるがままに働かされる人のことだわ。
口答えも出来ずに、ただ、主となる人間に使われる道具のような人だって。
//生まれてすぐに引き離されて、運命の悪戯ってやつで再会した時にさ、二人そろって生んだことを謝ってたよ。『こんなものから産んでしまってごめん』って・・・。
俺が何も言えないまま、あの人たちは死んじまったけど。//
ルウヤの手が少し痛かった。
いつも落ち着いて、私たちに笑顔を見せて、ちょっかいを出してくるルウヤがそこにはいるけれど、それでも、普段の彼とは違う人がいるみたいだった。
それ以上は、何も聞けなかった。
ルウヤにも私に似た、嫌な気持ちが渦巻いているんだと、思ってしまったから。
//でもよ、肝心なのはこれからだろ?生まれた時がどうだったかとか、もう、そんな事は終わっちまったことだしな。
今をどうしようとか、将来何やろうとか、誰かに対して思う気持ちとか、そっちのことが大切だと思うぞ。
ただ闇雲に過去を振り返っても、キツイだけだしな。//
ルウヤは強い人だ。
でもそれは、沢山の嫌な事を乗り越えてきたからなのね。
私も、乗り越えなくちゃいけないんだわ。
いつか、あの赤ちゃんに心からの笑顔を見せられるように―――