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閑章 Frakasi viro

 世界はちぐはぐだ。

 いい加減な伝説や神話で人を丸め込んで、何かあれば神様にすがって魔神を呪う。

 こんな世界なんて大嫌いだ。

 僕は世界に溶け込まない。縛られてなんかやらない。

 戦ってやる。

 こんなどうしようもない世界と戦ってやる。

 一年前、僕は自分の部屋に閉じこもった。

 世界に干渉されないために。

 誰も中に入れてなんてやるもんか。

 なのに・・・。


 ―――それなのに―――


「なぁ、“終末”って知ってるか?」

 堅く閉ざした扉の奥から、ぶっきら棒な男の声がした。昨日やってきた旅人の男。この村なんかに滞在したいと言ってきたけったいな男だ。

 この男の申し出を受ける代わりに、長老から僕のことが引き合いに出されたらしい。

 『一年間、自室に入ったまま出ようとしない僕を村の生活に馴染ませること。』

 それが、この男が村で暮らす条件だということなんだそうだ。

 別にずっとこの部屋に居続けたわけじゃない。極力人と関わらないようにしていただけ。生きていればどうしようもなくお腹は空くし、喉も渇く。出るモノだって出る。だからこっそり部屋から出ては物を食べたり、便所に行ったりはしていた。

 でも、昨日から僕はこの部屋を一歩たりとも出られずにいた。

 

 この男が部屋の前にいるために。


 「・・・まだいたの?さっさと出て行ってよ。」

 顔にかかった邪魔くさい髪をかき上げる。

 この髪みたいにこの男を家から追いとばしてやりたい。

 「つれない事言うなよ。で、知ってるか?“終末”。」

 「そりゃ知ってるよ。ずっと昔に、神様に嫌われた天使がいて、同じように嫌われ封印された魔神を呼び覚ましたって伝説だろ?目覚めた魔神と天使は、神様が創ったこの世界を憎んで四つの呪いをかけたんだ。

 魔神の眷属である魔物を造る呪い。

 華やぐ人間たちの七つの都を滅ぼす呪い。

 人間たちの寿命を縮める呪い。

 人間の子供を生まれにくくする呪い。

 そうして、現在までその呪いが尾を引いて人間の数が減っているんだって、そういう話だろ?そんなの誰だって知ってるよ。」

 そう、物心付く前から語られ続けた昔話。この村の人は少なくとも全員知っているだろう当たり前の伝説。

 「お前さ、その話どう思う?」

 扉の向こうから、何ともつまんなそうな声がした。

 人が折角話したのに、失礼な男だ。

 「変だから嫌い。」

あえて素直に僕は答えた。

 すると、男が明け方だというのに豪快な声で爆笑しだした。

 まったくもって、変な男だ。

 僕は扉に目を向ける。

 木のかんぬきで堅く閉ざした扉。その向こうにあの変人がいる。

 どんな奴なんだろう。

 大体、来て早々の開口一番が「おい引きこもり、生きてるか?」だ。失礼にも程がある。はじめは無視していたけど、勝手に自己紹介を始めたかと思いきや延々と自分の身の上話をし続けたもんだから気が滅入ってしまって思わず「うるさい!!」って叫んでしまったんだ。

 そこからはもう、悪夢だ。

 男は出て来いってうるさいし、僕は出たくなんかないから、昨日から丸一日、扉を挟んでの攻防が続いてしまっている。今は日が替わったのか、仄かに窓から光が差し込んでいる。この明るさだと日はまだ出ていないから、夜は明けていないのだろうけれど。

 いい加減男もバテたのか、やっと大人しくなったかと思いきやこの馬鹿笑いだ。

 どうせ鼻から僕の事を馬鹿にしているんだ。自分だって大して知識があるわけでもないクセして、人を見下している。そっちの方が馬鹿だって気づかないで、優越感に浸っているんだ。この男は僕のことをさんざ馬鹿にして、適当にあしらえば僕をどうにか出来ると踏んでいるに決まってる。

 最初から、僕の事を知ろうとはしていないんだ。

 「お前、おっもしろいなぁー!!」

 「あんたは変な男だな。それに礼儀知らずだ。」

 僕の冷めた言葉に笑いを噛み殺しながらも「違いねぇや。」と男は肯定した。僕の言葉ぐらいではこの男は堪えやしないらしい。

 人の話を真に受けてない、いい証拠だ。

 「で?話は戻すけどよ、変な話ってどんなハナシ?」

 「どうせ笑うんだろ?だったら言う必要なんてないよ。」

 「面白けりゃ笑う。当然のことだぞ?」

 一体それの何が悪いと言わんがばかりの口ぶりを男はする。しかもこの変人、今度は笑うことについてのウンチクを言いはじめやがった。

 「~~~~~~!!変な話は変な話だよ!うるさいなあ!!」

 聞いてもどうしようもない話を聞き続けるのは、たまったもんじゃない。僕は男の言葉を無理やり遮った。

 でも、全然動じないのがこの男の厄介なところだ。

 「だからドコが変なのか言ってみろって。」

 飄々と男は再度質問を投げかける。こいつは答えを出さないと気のすまない種類の人間らしい。

 「・・・神様ってさ、万物を思いやって、その全てを愛し、慈しむ、すっごい善の塊のような人なんだろ?

 だったらなんで魔神や天使を嫌ったりしたんだよ。しかも、魔神は封印すらされていたんだよ?それってイジメじゃないか。何が万物を思いやるなの? 魔神が悪いことしたんだったら改心するまで説得するとかさ、他に方法が無かったわけ? 随分乱暴なことをしたとは思わない?

 神様の存在自体が既に変だよ。」

 「・・・」

 さっきまで小さく聞こえていた男の笑い声が完全に止まった。

 無理もないか。

 神様批判なんてバチあたりにも程がある。

 この一年間、僕のこの生活をどうにかしようと説得しに来たやつらは何人かいた。

 僕の両親。長老や村の大人たち。旅の僧侶。

 みんながみんな、「神様はこう言っておられる」とか言って説教する度に、僕はさっきのような考えを言ってのけた。

そうしたら今度は「神様を愚弄するな」とか、「なんて事を言うんだ、お前は!」とか、「生意気な奴め」とか、はたまた「あなたが信じている神様は神様ではありません」なんて言いのける奴までいた。

 どうせこの男も、今までの奴らと同じで僕を頭ごなしに否定するに決まってる。

 とりあえず、こいつの出方を覗ってみようか。

 「他には?」

 「まだ言っていいの?」

 「おぉ、言え言え。溜まった膿みは出すにかぎるかんな。どんどん言っちまえ。」

 膿みか・・・。

 要するに言いたい事を言わせた挙句に、僕の言い分を全部ねじ伏せようって、そういう魂胆か。

 面白い。受けてたとうじゃん。

 「天使だよ。どんな嫌われ方をされたのか知らないけどさ、天使だって神様に匹敵する位いい心の持ち主だったって言われてるんだ。そんな者が逆恨みよろしく人間たちに危害を与えるとは思えない。

 まぁ、魔神に関しては何で神様を封印しようとしたり、殺そうとしたりしなかったかってところかな。

 そもそも、天使も魔神も神様も僕は見た事が無い。

 最後は心を入れ替えて人間を守ろうとした天使が、置いていったと言われる魔物除けの宝珠。あれって、効果無いのかさ、夜になると魔物が出て来てろくに村の中も歩けたもんじゃないんだよ。この話に出てくるような天使や神様って、まずもってホントにいるって言えるわけ?あんたは見たことあんの?」

 本当に変な話だ。

 “終末”はいろんな所で伝えられている物語らしい。

 今日では森に入れば魔物が襲ってくるのは当たり前だ。

 遠い何処かの土地では“七つの都”の遺物も見つかっていると、旅商人が何年か前に言っていたっけ。

 もしかしたら、何かとてつもない事件があって、あの現実味の無い伝説が生まれてきたんだろう。長い年月をかけて伝えられていくうちに、その真実が変わっていったのかもしれない。

 「頭良いんだな、ラン。」

 「馬鹿にしてるの?」

 はじめて男が僕の名前を口にした。

 「何言ってんだ?俺は本気で言ってんだよ。

 ・・・でさ、ランはその変な部分、どう修正するよ?」



「は?」


 修正・・・?

 何を言ってるんだ、この男は。

 既に当たり前として定着している話を修正する?

 「な・・・なんで僕がそんなこと考えなきゃいけないんだよ。」

 「この伝説が変だって言ったのはランじゃねぇか。疑問を感じたからには、ラン自身が何か別の考えを持ち合わせているって証拠だぞ。だったらどうすれば変じゃなくなるのかを明かさなけりゃ意味がない。

 ただ嫌っているだけならそこら辺の獣にだって出来る。

 昔のお偉いさんはな、人の事を“考える葦”って喩えたんだ。

 どうせ部屋にこもったまんま、することもないだろ?考える時間だけなら山ほど有るんだからいいじゃん。ありったけ考えろ。」


 何なんだ、この男は?

 軽い口調で、無神経で、うるさい奴。

 どんどん僕の意見を引き出そうとしてくる。

 でも、僕の事を否定してこない。

 僕を正そうとしない。

 むしろ、僕を見ようとしている。

 わかろうとしている?


 こんな奴、はじめてだ。


 「勝手に当たり前として伝えられてる話なんざ、どっか尾ひれが付いてたり、肝心なトコが消されてたりしてんだ。ランがこれなら納得できる!って物語を考えるんだよ。

 実際、他の国や街なんかじゃ、旧時代の遺物と思われる道具や鋼の塊なんかが出てきてるんだ。実際に、“終末”そのものが起きた証拠じゃねぇの?

 その部分さえ踏んどきゃさ、いいじゃん。

 今更、新しい“終末”伝説が出来たところで何だってんだ。

 それに、その話を聞いてんのは俺とランだけだぜ?」

 何でだ?

 何でわかろうとするんだ?

 何でわざわざ僕が答えを出しやすいように話をのせていくんだ?

 あんたにとって、何の特にもならないんじゃないの?

 僕を正さなければ、あんたはこの村には住めないんだよ?

 ―――時間の無駄だよ。


 僕にかまっている暇があるんだったら、さっさと別の村か街に行ってしまえばいいじゃないか。

 その方が効率がいいに決まっている。

 「それこそ、神様と魔神が実は同一人物だったとかって話になったっていいんじゃね?」

 「はあああああああああ?何だよ、それ!」

 「喩えだよ、喩え!」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 前言撤回。(言ってないけど)この男、馬鹿だ。もしくは僕で遊んでる。

 どこの世界に自分を封印する神様がいるんだよ。

 「ホレ!ランも考えてみ?」

 とりあえず、この男のブッ飛んだ話だけは、どうしても叩きたくなってしまった。

 何だか上手く乗せられてしまったけれど、僕は伝説を考えてみることにした。

 男は僕の考えがまとまるのを黙って待ってくれていた。

 母さんが様子をうかがいに来たときも、男は信じられない位にこやかに追い返してくれたし、その後も静かなものだった。

 日が顔を出し、鳥のさえずりが聞こえても僕は考えを巡らせていた。

 眠っているでもなく、焦らすわけでもなく、ただじっと男は待つ。

 僕が答えを見つけ出すのを―――


 「・・・・・・・ねぇ、考えまとまったけど。」

 「お!?待ってました!!」

 僕の言葉に一気に男が食らいつく。

 僕は考えのまとまった、出来立ての物語を、話しはじめる。



 昔、心のきれいな天使がいた。

 天使は神様から愛され、とても幸せな日々をすごしていた。

 だけど、ある日天使は、ずっと前に神様から封印されてしまった魔神の話を聞いてしまう。

 神様に封印されてしまうということは、魔神は余程の悪いことをしてしまったのだろう。

 天使は魔神の事を哀れんだ。

 魔神の悪い心に同情した。

 そして、魔神の封印を解いてしまったんだ。


 誰にも―――もちろん神様にも気づかれないようにして、二人は出会うこととなる。

 魔神は泣いていた。人間を、世界を憎み、神様を恨んでいた。

 天使は醜い心を顕わにする魔神を救いたかった。

 天使は魔神を説得しようとした。そんなこと、考えてはいけないと。

 でも、ダメだった。

 魔神の強い負の感情を、天使は食い止めることが出来なかった。

 そして―――


 “終末”がおとずれた。


 魔神の心を具現するように、世界には魔物が現れた。

 彼らは人間たちの誇る七つの都を滅ぼした。

 都で花開いた高度な文明は音を立てて崩れ、それに寄りすがって生きてきた人間たちの寿命は縮まり、子供も生まれなくなってしまった。


 天使は泣いた。

 神様が創られた世界が、自らの行いによって不幸になっていく様を悔やんだ。

 魔神の心を救えなかったことを嘆いた。


 魔神はその時になってはじめて、天使の事を思った。

 神様の怒りを買うかもしれないのに、封印を解いてくれた天使の事を、

 醜い憎しみを抱く自分を哀れみ、救おうとしてくれた天使の事を、

 おもってしまったんだ。


 魔神は、天使のきれいな心を踏みにじってしまった事を後悔した。

 そして、もう二度と天使が魔神のことで涙を流すことがないように、もう二度と魔神が目覚めることがないように、そして、誰にも見つけられないようにと、世界の底の底に行き、自身に封印をほどこすのだった。


 天使も、世界に降り立った。

 世界に償いをするために、魔神が眠る世界に落ちた。

 その頃の世界では、人間と魔物とのあいだで争いが絶えなかった。

 天使は二つの種族が共に生きる方法を探した。

 そこで考え付いたのが、魔除けの宝珠と人除けの森だった。

 人間たちの村や街に魔物が入らないように天使は宝珠で結界をつくりあげた。

 人間たちがむやみに魔物を傷つけないように森をつくり、そこに魔物たちを住まわせた。

 それが、天使が出来る精一杯のことだった。

 力を使い果たした天使は、もう一度魔神に会う事を望みながら深い地の底へと落ちていった。



 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 考えるだけ考えた新しい伝説は、結局中途半端な終わりとなってしまった。

 別に僕は詩人や語り部ではないので、最後まで上手くまとめる必要なんてない。扉の向こうの男がそこら辺を突っ込んできたら、それまでの下らない男だと僕は判断してやる。

 男はしばらく黙っていた。

 何かを考えているのか、ぼりぼりと頭を掻く音が扉を挟んで聞こえてくる。

 僕は扉に寄りかかり腰をついた。

 正直、これだけ色々考えたのって久しぶりかもしれない。

 最近では誰も僕のところへ来なくなっていた。いつも一人で時間を持て余していることもあったかもしれない。

 世界と戦うといっても、何をすればいいのかわからなかったんだ。

 ただ、村の常識には、世界の常識には従いたくなんてなかった。

 だから、一人でいる事を僕は選んだんだ。

 「言いたいこと、あるんだったら言えば?」

 僕らはさっきとはまるで逆の立場になっている。

 相変わらず、男は堪えていない感が否めないのが少々癪に障るけど。

 「・・・う~ん・・・・・・。うん?う、うん・・・・・・・・・・・。」

 呻きにも似た生返事を男は繰り返す。

 早く男のはっきりした返事を聞きたかった。

 でも、ここで急かしても大したことが聞けないだろう。僕は敢え無く、逸る気持ちを押さえ込むことにした。


 待つことって、結構しんどいことなんだな・・・。

 男もこんな事を思いながら、僕の話がはじまるのを待っていたのだろうか。

 「何だろな・・・・・・。ランって、もしかしてスッゲエいい奴?」

 余りにも唐突な感想を男は漏らした。

 「・・・ん?」

 男の言わんとしている意味がまるで分からず、僕は間抜けな返事になってしまった。

 「性善説っての?人は生まれながらにしていい心を持っているって言うことを説いたものがあるんだけどさ、ランが考えたこの話に、当てはまってる気がする。

 魔神がさ、もともとはいい奴だったんだって、そう思えるような話の持っていきかたをしてるじゃん。

 普通に考えれば魔神なんて、善の一欠けらもない悪の権化みたいな表現をされるからな。」

 「・・・そういえば、・・・そうだね・・・」

 あんまり、そこら辺は考えていなかった。

 天使が何で魔神の封印を解いてしまったのかってところに結構考えを巡らせていたもんだから。

 無意識のうちにそこら辺は決まっていた。

 魔神にも、悪いことをする理由があって悪くなってしまっただけなんだってそう勝手に思っていた。

 「なぁ、ランがそんな風になっているのって、やっぱ一年前のことを根に持ってるからなんか?」

 「!!?」

 「後悔、してるのか・・・?ラン。」

 いきなり男が一年前の事件のことを匂わせてきた。

 この男は知っているのか? この村で、何があったのか。

 「あ・・・あんたには関係ないでしょ?」

 胸を抉られたみたいで息が急に苦しくなる。血の気が引くように寒気が襲ってくる。

 何で、こいつは無神経に人の心を掻き乱してくるんだ。

 触れられたくない部分に土足で平然と上がりこんでくるんだ。

 「まぁ、俺は当事者じゃないからな。・・・けどよ、もしあの事件がランの引きこもりに関係してくるんだったら、俺にも否応なしに関わってくるんだよ。

 はじめにも言っただろ?俺はこの村に住みに来てんだ。そのためにも、お前をどうにかしなけりゃならねぇんだよ。」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 何だよ。

 結局は自分自身のためかよ。

 あんたも僕のことを見ようとはしていないんだね。

 いい加減な世界に、僕を引きずり込もうとするんだね。


 がっかりだよ。

 あんただけは、ほんの少しだけ、あんただけは他の奴らと違うと思っていた。

 「だったら、さっさと他の村を当たるんだね。僕の気は絶対に変わらないんだ。僕は絶対、こんないい加減な世界に勝ってやるんだから。」

 「・・・・・こんな世界って、どんな世界だ?」

 「また質問!?いちいちうるさいんだよ、あんた!!

 さっさと出て行ってよ!!!!!!」


 出て行け!

 出て行っちまえ!!

 あんたなんかいなくなってしまえ!


 「ん~~~~だぁ~~~~~~~もう!!!このままじゃ、ラチあかねぇよ!!

 ・・・なぁ、ラン!そっち入ってもいいか!?」

とうとう痺れをきらしたのか、男が声を荒げる。感情がむき出しの野蛮な声。

 「出て行け!!」

 「ラン!!!」

 これがこの男の本性なんだ。

 こんな奴なんだ。

 他人を自分のために利用することしか考えていない男なんだ。


 「・・・ラン・・・・・・・・。わかったよ。」

 我に返ったのか、男はしおらしくなる。どうやら僕のことを諦めたみたいだ。

 これでやっと、この男もいなくなる。

 これでやっと、静かになる。

 この男に・・・世界に僕は勝ったんだ。

 そう思った矢先だった。


 「それじゃあ仕方ないか。」


 割り切ったような、あっけらかんとした男の言葉を聞き終わるのとほぼ同時に、耳を劈く轟音が響いた。

 「うわ!!?」

 扉が強い衝撃をもって振動する。

 そこに寄りかかっていた僕は、その衝撃によって前に弾き飛ばされてしまった。

 業を煮やした男が、扉に攻撃を仕掛けてきたんだ。

 バラバラと壁や天井から、煤と埃が落ちてくる。

 「あっ、あんた、何がわかっただよ!何が仕方ないかだよ!!この家壊す気か!!?」

 諦めたんじゃないのかよ?

 というか、どこまで自己中心的な男なんだ!?

 僕が叫んでも男からの返事はない。代わりにもう一発、扉から爆音が響く。

 扉だけじゃない。この部屋だけじゃない。

 木造二階建のこの家全体が揺れている!?

 誰も気づかないのか?家がこんな目にあっているというのに、誰も二階へ上がってこないのかよ!?

 ―――いや、違う。僕らを除いてこのあたりには誰もいないんだ。

 みんな畑仕事や花蜜虫の世話をしに少し遠くに行ってしまっている。

 要するに、男が何をしようとそれを咎める奴なんて、ここにはいないんだ。

 まずいことをしでかしたって、元々が旅人。すぐにトンズラしてしまえばどうってこともないと考えたのか。

 部屋の閂が悲鳴をきしめかせながら縦に裂け目を入れている。

 一人の男が出来る技じゃない。

 どんな屈強な男でさえ、たった二発でこんなことが出来るわけがない。

 見た事が無い位、がたいが大きくて、肉が盛り上がっていて、それこそ筋とかが平気で浮き上がっているような、魔物のような男なんだ。

 きっと、あいつのような―――。

 凶悪な男なんだ。


 母さんが二、三度様子を伺いに来ていた時だってこの男にご機嫌を取っているようだった。あれは僕のことを気遣っていたからとばっかり思っていたけれど、僕の考え違いだ。

 息子を心配するそぶりを見せながらも、自分の身に危害が及ばないように、諂っていただけだったんだ。

 そうに違いない!


 殺される。


 この男に殺される。そうでなくても、力ずくで、暴力で僕のことをねじ伏せに来る。

 どれだけ殴られるんだろう。

 どれだけ蹴られるんだろう。

 結局人間は暴力で物を語って終わらせるんだ。


 ―――絶望だ―――


 どうして僕は人間なんだろう。

 どうして僕は生きてるんだろう。

 どうして僕はこの男と向かい合わなくちゃいけなかったんだろう。

 どうして僕は、

 この世界にいるんだろう・・・・・・・・・・。


 全身から力が抜ける。

 おぼつかない足取りで僕は寝台の上に腰をうずめる。

 何もかもお終いだ。

 あと一、二回で扉は壊れてしまうだろう。

 僕の一年間の戦いは暴力によって幕を閉じるんだ。

 小さな窓から見える景色が嫌いだった。

 あんな事件があったことを忘れてしまったように日常が繰り返される世界が嫌いだった。

 寝床と衣装箪笥のあるこの小さな部屋が僕の生きる場所と決めたのに、誰からも干渉されないでいようと決めたのに、それすら壊されてしまうのか。

 大切な人を奪った日常に。

 膝を縦にして、僕は顔をうずめる。僕に残されたモノは僕自身だ。僕は僕の中でしか、もう世界と戦えない。

 景色なんて、いらない。日常なんて、いらない。

 僕は目をつむる。

 何も、見たくない。

 真っ暗なセカイに僕は、一人、思うのは、アノヒトノコト・・・・・。


 撃音が轟いた。

 耳を塞いだって、どうせ聞こえてきてしまうんだ。だったら、このままでいいか。

 閂が無残な音をたてて床に打ちつけられる。

 とうとう、入ってくるのか。

 埃が宙を舞って、息苦しい。

 ぎし、ぎし、と男がこっちに来る。足音が聞こえる。

 僕の部屋に入ってくる。

 

 男は僕と同じように寝台に腰掛けたようだ。ご丁寧に靴を脱ぐ音まで聞こえる。

 「ふうっ・・・。」

 男は壁にもたれかかると、一息ついた。

 「なぁ、こっち向けよ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 聞きたくもないのに、男の声が聞こえる。

 僕の右横に、すぐ近くに男がいる。

 「ラン―――――――――――。」

 何で、わかってしまうんだろう。聞こえてしまうんだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 そんなの、イヤだよ。


★ 


 僕らはずっと黙っていた。

 時折男は僕の様子を覗き込んでいるのか、布団のずれる音が耳に入ってくる。

 昼の笛も、随分と前に鳴っていたっけ。

 この部屋に入ってきて、男は何もしてこなかった。

 ただ隣りに座って僕のことを見ているだけ。

 てっきり、ボコボコにされるとばっかり思っていたから内心、拍子抜けだ。

 でも、油断なんて出来ない。

 この男は、そういう男なんだから。

 「そのままでいると、歩けなくなるぞ。」


 「・・・・・・・・・・は?」


 意表を突かれた!

 マズイ!!

 思わず反応しちゃったじゃないか!

 何でいつもこの変人は僕の考えつかない、遥かかけ離れたことを言ってくるんだよ!

 「上半身の体重によって臀部でんぶ・・・尻の部分の血行が圧迫されて血流が弱まり酸素と栄養が末端まで行き渡らなくなるんだ。

 ランさ、もう足の感覚が麻痺してねぇか?

 あとついでにだな、褥瘡じょくそうって言って尻の部分が圧迫され続けると赤く腫れて傷んじまう。最終的にはそこの部分が腐っちまって全身にまで広がってしまうんだがな。

 まぁそうなる前に、筋肉が衰えて動くことがままならなくなるか。背中も丸まったまんま固まっちまってじいさんみたいになるぞ。」

 歩けない?

 身体が腐る?

 じいさん?


 わずかに恐怖を感じて僕は立ち上がった。

 ゴキッと背中と膝から骨のきしむ音が響く。

 目眩がする。頭から血の気が急に引いて行く感じだ。

 何で?

 身体が大きく前に傾く。

 足を出さなきゃ・・・。

 片足を前に出す。そのときだった。

「!!!!!!」

 足の裏から強烈な痺れが駆け巡るのと同時に、ふくらはぎの筋肉からも激痛がほとばしった。

 あまりの痛みに膝が折れる。

 ヤバイ!

 倒れる!!

 このまま倒れたら、僕の身体はベッドからはみ出して床に正面から叩きつけられる。

 無意識に目を開く。

 その先には、折れて砕けた閂の残骸が見えた。

 あれに当たったら、大怪我を負う。神様に祈って、治してもらわないといけないんだ。

 でも、神様なんてホントにいるの?

 一度だって神様を見たことなんかないのに、いるって言えるの?

 だって、毎日真剣に祈りを捧げていた彼女の命を助けてくれなかったじゃないか。

 神様は奇跡を行うことでしかその存在を証明するすべは無いのに、彼女を救ってくれなかったじゃないか。

 それって、いないのと同じことだよ。

 どれだけ苦しかったんだろう。

 これから、僕もあれだけ苦しんで、死んでしまうんだ。

 

 神様なんていないんだもの。



 がしりと、胸に軽い痛みとともに何かが当たった。

 少し太めで、かたい何か・・・。

 「おい、平気か?」

 男の声。

 背中から腹にかけても、僕の身体はその何かで支えられ、傾いたまま宙に止まっている。

 これは、何?

 黒い布で覆われた物体・・・腕?


 男の腕?


 「うるさい!!」

 込み上がる足の痛みに堪えながら僕は男の腕を振り解こうともがくが、どうにも力が入らない。

 「ちょっ、まっ・・・待てって、落ち着けって!!今下ろすから!!!」

 暴れる僕を男はしっかりと抑えながら寝台に座らせる。

 あんなに細い腕のどこに、そんな力があるっていうんだ。

 男は再び僕の後ろ、壁のほうに腰をおとす。

 あまりの痛みに足をさする僕に男はあきれたように口にする。

 「勢いづいて立つからいけないんだよ。ろくに食うもん食ってなくて、まったく動いてなかったのにいきなり動くから、身体が驚いて固まっちまうんだ。

 固まったふくらはぎは足首をゆっくり動かしてやると少しはマシになるぞ。あと、よく揉み解しておきゃ大分よくなるかんな。」

 「余計なお世話だよ。・・・!?」

 さすろうと思って手を添えたふくらはぎは、信じられないくらい硬くなっていた。まるで石のようだ。

 人間の身体って、こんな風になることもあるんだ。この男、何でそんなに人の身体のことが分かるんだろう。

 悪態をつきながらも、僕はとりあえず男の言うことに従った。

 「そうは言ってもなぁ・・・。俺としちゃぁ放っとくわけにもいかないからな。」

 「僕の機嫌取ってまで、この村に住みたいのかよ。」

 僕の言葉に男は一瞬の間を空けた。

 が、すぐに豪快な笑い声が返ってきた。何がおかしいのかまるで分からない。

 「ひひっ・・・。違う違う!あっははははは!!!

 ・・・・・・まあ、まあな、そう思えるか・・・はははっ。ハハハハハハハ!!

 ランってさ、頭の回転、回りすぎ!!

 俺が人間に頭を下げたりさ、媚びる様な奴だと思うか?」

 思えない。

 たった一晩だけど、この男の言動を考えてみれば本当に尊敬する人にしか従わないような気がする。ある程度の社会常識は備わっているようだけど、かなり自分勝手に、傍若無人に生きてきた男だと思う。

 思うけれど、あくまでそれがそう振舞っているだけかもしれないと、言い切れないだろ?

 人なんて、そんな簡単に見分けがつくもんじゃない。

 「俺自身の生き様として放っとけねぇって、そう言いたかったんだ。」

 「・・・なんだよ、ソレ?」

 「ツグナイってコトになるかなぁ。ランは知らなくていいことさ。」

 「・・・・・・・。」

 やっぱり、この男も何かをしでかしたんだ。

 でなければ商人でもないのに旅人をする必要なんて無い。自分の住んでいる所を追い出されたんだ。

 あいつみたいに、事件を・・・厄災をもたらしたんだ。

 こんな男によくも長老たちは村に置ける条件を出したものだ。

 それとも、僕が絶対にこいつの話になんか耳を貸さないと踏んだからその条件を出したのだろうか。

 「あんたさ・・・なんで、この村に住もうと考えたの?森を抜ければ旅人だって暮らしやすい村や街があるって、商人が言っていたよ?

 長老たちは、はなっから僕があんたの言うことを聞かないと思ってあの条件を出したんだ。

 あんた、騙されてるんだよ。」

 「騙されたかどうかは、ランをどうにかした後じゃねぇと分からんぞ。俺、まだランのこと諦めてねぇし。」

 「だったら諦めてよ。」

 「ヤダ。」

 あ~~もうこの男は!どこまで頑固なんだ。

 「この分からずや!!余所者が住んだって、ここじゃろくなもんじゃないんだよ!!

 散々村の奴らに馬鹿にされて、こき使われて、最後には追い出されるんだよ!!

 あんた、それでもいいのかよ!!」

 「・・・・・・・ラン、もしかして俺のコト、心配してくれてる?」

 「!!・・・・・・・そんなんじゃない!!」

 否定はしたけど、ある意味図星だった。

 気が動転して僕は男のほうに振り向く。

 倒れそうになったとき以外はずっと目を瞑っていたり、男を見ないようにしていたから、 変な話、これが男を見る最初の機会となってしまった。


 ――――― そらいろ ―――――


 印象的な瞳がまっすぐに目に入った。冬の朝空のように透き通った薄い青色。初めて見る瞳の色。

 クセのあるつややかな黒髪に、整った穏やかな顔立ち。歳は僕より五、六歳は上だろうか。

 抱き止められた時から思っていたけれど、身体は随分と華奢だ。色白だからかもしれないけれど、普通の大人の男の人よりもひ弱そうな印象を抱かせる。

 こんな身体で部屋の扉と閂を破壊したというのか?

 「どした?鳩が豆鉄砲を食らった顔してんぞ?」

 「べ・・・別に!」

 慌てて僕は再び男に背を向けて足を揉みはじめる。

 男の言ったとおり大分痛みが引いてきた。

 石のようになった足も柔らかさを取り戻している。

 「・・・何となくだ。最初はな。」

 「?」

 「この村に住みたい理由。ランの言うようにさ、別のところに行くんでもよかったんだ。

 まぁ、今はそんな考え持ってねぇけど。」

 「どうして?」

 前にいて見えなかったけれど、男が笑ったような気がした。


 そう思った瞬間、軽い衝撃とともに僕の視界は一変した。

 壁だったところが、気が付けば天井になっている。

 倒された?仰向けに?

 それに、男が僕の上に乗っかってくる。

 両手が、押さえつけられる。足も、男の腰が乗って動けない。

 身動きがとれない!?

 空色の瞳が、僕を見つめる。

 まるで、包み込むように、暖かく、優しく、見つめる。

 目をそらす事すら出来ない僕に、さらに男は顔を近づけて言った。

 「ランがいるからさ。」

 ・・・・・・・・・・・・・?

!!

 「はあああああああああああああああ!!!!????」

 最悪だ!!

 またこの男は変なことを言い出した。

 なんか変な欲情まで入っているんじゃないのか!?

 下世話な話、僕は今自分の命と同じくらい大切なモノをこいつに奪われることを覚悟した。

 僕は男を睨みつける。

 男は無邪気な笑みをたたえていた。

 まるでいたずらを思いついた子供の顔だ。

 「正直、ランみたいなひねくれ者久しぶりだ。物事の不釣合いを感じ取って疑問を抱けるような奴。

 最近じゃあどんな事でも神様の思し召すままって変な悟りを啓いちまうのばっかでつまんなかったんだ。」

 「・・・?」

 「なぁ、ラン。俺と手を組まねぇか?」

 「もう組まされてるんだけど。」

 「・・・そういう意味じゃねぇよ。俺が言いたいのは、二人でこの村の奴らに一泡吹かせてやらねぇか、ってこと。俺の力を使ってな。」

 チカラ・・・。

 「力は涙を流すだけだよ。人を傷つけ、死を引き寄せる。あんたもあいつと同じことしようっての?」

 「あいつの力は暴力だろ。暴力は力の全てじゃねぇぞ。

 俺の力は傷をふさぐ力。病を弱める力。

 ・・・死を、遠ざける力だ。」

 

 死を遠ざける力・・・?

 

 そんな事言っているのは、この村にもいる。

 「あんた、旅の僧侶かなんか?祈祷師の真似事でもしてんの?」

 村の一切の厄災を、神様への祈りによって退かせる祈祷師。

 見習いや修行を積むために、各地を旅する者もいると聞いたことがあった。そう考えればこの男が旅人なのもうなずける。かなり性格に問題があると思うけど。

 だが、男はあっさりとそれを否定する。

 「いんや。そんな奇跡頼みのまじないなんかじゃねぇよ。遠いところで使われている“薬”ってのを使うんだ。人の内に巣食う病魔なんかを祓うモノとでも考えると分かりやすいか?

 しかもその効果は客観的に観察されて、長い歴史の中で調べられ実証されているものもあれば、まだまだこれからってのもあるんだ。

 そこら辺を調べ上げればさらに多くの病魔を祓うことが出来るんだぜ。

 調べるには相応の発想と根気強さを持つ奴がむいてたりするんだ。

 疑い深くて、ひねくれ者で、頑固者のランみたいな奴には、持って来いだと思わねぇか?」

 「・・・・・・」

 余計な言葉があるけれど、確かにこの村の人間は“薬”なんて物を知らない。

 傷ついたら、病にかかったら、神様に祈ることでしか治らないと、そう信じられてきた。

 僕はいつもそこに疑問を持っていた。大人たちや、それこそ祈祷師にも面と向かって訴えたこともあった。

 きっと、他にも方法があるんだと・・・

 でも、僕が子供だから、治し方を見つけられなかったから、彼らは耳を傾けてはくれなかったんだ。


 そして、一年前に事件が起きた。

 あいつのせいで多くの村人が傷ついた。

 命を落としてしまった人も何人かいた。

 僕の友達も、その中の一人だった。

 彼女たちを祈祷師は「信仰心が足りない者だったから助からなかったんだ」と言って切捨てた。

 あんなに毎日神様に祈りを捧げて、あんなに一生懸命に働いていた人たちの信心が足りなかったなんて絶対にない。

 助けられる方法が、あった筈なんだ。

 救えたかもしれないんだ。


 セメテ、カノジョダケデモ・・・。


 あの時、もし僕がその方法を知っていたら、

 もし、この男が言う“薬”の知恵があったら、

 救えたかもしれない命。


 何で・・・今更になってこんな奴が僕の前に現れるんだよ。

 彼女はもう死んでしまったじゃないか。

 僕は彼女を―――チュジャンを救えなかったじゃないか!



 『きっとそれはランの歩く道なんだよ。

 ランにしか見つけられない、ランだけが示せる道なんだよ。

 あたし、応援する。

 みんなが痛くならない方法をランが見つけられるように、応援するよ。』


 『がんばってね、ラン』



 事件が起こる少し前に彼女は笑顔でそう言ってくれた。

 何よりも、うれしかった。

 誰よりも、大切に思えた。


 なのに―――

 あの日、僕は何も出来なかった。

 怖くて、震えて、動けなかった僕をかばって、チュジャンはあいつの手にかかってしまった。

 それなのに、最期まで、彼女は僕に笑顔で応えてくれた。

 がんばってねと・・・。


 「・・・信じて、いいの?」

 彼女は、まだ応援してくれているのか?

 君を助けられなかった僕なんかを、まだ、応援してくれているの?

 答えを見つけられない僕に、君がこの男を連れてきてくれたの?

 祈祷師や僧侶とはまったく違う、別の方法を示してくれる人を導いてくれたというの?

 「あんたの・・・その・・・言葉・・・・・・本当に、・・・信じて・・・・・・・いいの?」

 顔が熱い。

 声が上ずって、上手くしゃべれない。

 視界がぼやけて、男の顔が見えなくなる。

 僕は―――泣いているのか?


 「もちろんだ。」


 男の声が響いた。

 見えなくても分かる。信じられる。

 静かだけど、とても真剣な声だもの。

 僕を掴む手の力が少し強くなっているもの。


 この男は、本気だ。

 本気で僕と、この村をどうにかしようとしてくれている。

 それで充分だ。


 もう、限界だった。




 「うわぁぁぁああああああああああああああ!!!!」



 生まれて初めて僕は大泣きした。

 声の限りに、大声で赤ん坊のように気の済むまで泣きじゃくった。

 男は身体をどかし、僕の頭をそっと撫でてくれていた。

 どれだけ泣いたんだろう。

 気が付けば、自然と涙が治まっていた。

 胸につっかえていた何かが外れたような気分になっていた。


 「ねぇ、あんたの名前・・・何ていうの?」

 落ち着いた僕は上体を起こして男と向かい合っていた。

 男は面食らったのか、切れ長の目をこれでもかと丸くして僕を見る。

 それもそうだ。

 こいつは昨晩のうちに僕の気持ちなどお構いなく、勝手に自己紹介を済ませてしまっているんだ。

 「・・・その、っさ、・・・あんたの話、昨日ほとんど無視してたもんだからさ。・・・大して聞いてなかったんだよね。」

 「・・・・・・。」

 「えっと、・・・ゴメンなさい・・・。」

 謝ることが恥ずかしくて、また僕の顔は熱を覚えた。

 男はそんな僕をにこやかに見つめて言ってくれた。

 「ルシュエルア=フェザーロス。ルウヤって呼んでくれ。」

 「ルウヤさんか。あははっ、ルウヤさんか!不思議な名前だ。」

 「異国の名前だかんな。仕方がねぇよ。・・・で、どうだ?俺の話には乗ってくれるか?

 結構ランのこと、こき使う事になるぜ。」

 ルウヤさんは少し遠慮がちに言った。

 この人では珍しい物言いだ。きっと、相当な目に遭うのだろう。

 ただでさえ余所者と行動を共にして、村で強い権力を持つ祈祷師にケンカを売るようなことをしでかすんだ。

 楽なものではない。

 でも、それでも―――

 「うん、いいよ。ここの大人たちには目にモノ見せてやりたいんだ。」

 彼女が応援してくれたことに僕は応えたい。

 今度こそ、僕は自分の道を歩みたい。

 「決まりだな。」

 細く、それでいて大きな手をルウヤさんは広げて僕の前に出した。

 たしか、遠い国で行われている挨拶だ。

 僕も彼に倣って右手を差し出す。

 がっしりと、力強く握られた右手は痛かったけれど、僕の心は決意に溢れていた。

 どんな困難が待っていても、乗り越える強さを持たなきゃいけないんだと。

 今はもういない、彼女のためにも。

 僕を守ってくれた、彼女のためにも。


 僕は、この人との出会いを忘れない。

 絶対に忘れない。


 僕の示す道を、生きる道を導いてくれた、ルウヤさんとチュジャンのことを。


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