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第5章 Subtera kastelo

第一節


 畑の中で崩れた僕たちは、森の中でその姿を取り戻した。

 ルウヤさんは白銀の翼から一枚の羽をもぎ取ると、それを空中に泳がせた。

 淡く光るその羽は、雨の中、ふわふわと漂いながらも、僕らを導くように森の中を進んでいった。

 「こっちだ。」

 ルウヤさんが先頭を行く。

 「あ、ルウヤさん!」

 当然といえば当然なのだが、僕は未だに状況が把握しきれず声を上げた。

 「何だ?」

 振り返るルウヤさん。

 その彼の背には、肩胛骨のあたりで縦に引き裂かれた服しか見えなかった。あの白銀の翼は跡形もなく消えてしまっていたのだ。

 「その、あの翼は・・・?」

 「あんなの、邪魔になってしょうがねぇよ。消した!」

 「消した!?」

 彼のあっけらかんとした答えに、思わず大声が出る。

 当の本人は、首をかしげ、不思議そうに僕をうかがっている。

 「べっつに普段はいらねぇしさ。何か大事があった時しか出さねぇって。最近じゃあ、今のと、この間のランの怪我治す時くらいかな。」

 僕の怪我・・・。


 『あの時は、ランの流れ出た血を土と分離させて、焼け焦げた肉を取り外し、俺の身体から補って再構成させたんだ。』


 『俺の身体から補って再構成させたんだ。』


 「ルウヤさん!!!」

 「な、何だよ!?」

 僕の突然のつっこみにルウヤさんが一歩後ろに下がる。けれど、僕は彼の襟首を掴み、まくし立てた。

 嫌な予感がしてならない。冷静に考えれば、あの言葉は、とんでもないことだ。

 「あんたの身体、今、どうなってんだよ!?」

 「ど・・・どうって言われても、・・・なぁ。」

 空色の瞳が、追求から逃げるように宙を泳ぐ。

 「どのぐらい僕に入れちゃったんですか!?あんた、今こんなトコいて平気なんですか!!?っていうか、畑仕事なんざやってる場合かよ!!!?」

 僕の剣幕に観念したのか、ルウヤさんは目蓋をそっと閉じてにこやかに答えた。

 「ダメに決まってんだろ。」




 「はああああああああ!?」

 僕の有らん限りの大声が、森中に響き渡る。近くで羽を休めていた鳥たちが一斉に飛び立った。

 「ハハッ!あんま、大声出すなよ。・・・傷に響く。」

 バツが悪いのか、本当に痛いのか、ルウヤさんは笑いながらも脇腹に手を添えた。

 雨に濡れた太帯びからわずかにだけど、赤い物が染み出てきている。

 「まっ、どうにかなるさ!戦いに行くわけじゃねぇんだし、二人の様子を見に行くだけなんだからよ。

 向こうさんだって、分かってくれんだろ!」

 「・・・あっちには、マスナがいるんだよ?」

 「只の用心棒だろ?主人が出迎えてくれんなら、あいつが出てくることはねぇさ。」

 「でも・・・・・・・。」

 心配だ。

 あの父親が、僕らのことをあっさりと出迎えてくれるとは到底思えない。

 それだけ心根の広い人物だったら、マリアがあんな泣き方するわけないじゃないか!

 

 コツンッ!


 「!?」

 こめかみに、軽い衝撃が加えられる。

 気がつくと、ルウヤさんが僕の脇に回り、拳で僕の頭を小突いていた。

 「悪い方に考えすぎだ!

 大丈夫!!

 俺が何とかすっから、心配いらねぇよ。」

 「・・・それが心配なんだよ。怪我人のくせに!」

 僕が本気で心配しているのに、この天使は「心外だなぁー。」などと、脳天気な事を言っている。

 「じゃあさ、これ!念のため持っとけよ。」

 太帯に差し込んでいた何かをルウヤさんは取り出し、僕に渡した。

 獣の皮で作られた、肘から手首くらいの長さの細長い袋。

 頭の部分が折りたたまれ、端から伸びたひもで封がされてあった。

 確認のため、袋を開ける。

 すると、中からいかにも握りやすそうに滑り止めが巻き付いた細い物体が出てきた。

 先端に当たる部分にはさっきの袋とはまた違う、木材と獣の皮で作られた鞘があてがわれている。その姿に、僕には思い当たる物があった。

 「短剣?」

 護身用には確かに持ってこいの代物ではある。けれど、マスナのあの光る武器では太刀打ちできそうにない。

 どっちかって言えば、僕は杖とかの方が使い慣れているのだ。村一番の杖術使いの父さんから武術を教わっていたから、そうなってしまった結果だけど。

 けれど、それはあえて言えないか。

 ルウヤさんは杖を立てて、どうにか上体を保っているらしく、彼のいたところには小さな丸い穴が空いている。

 僕が杖を使うことは望めそうもない。

 武器が無いよりはマシ、そう思って鞘から短剣を抜いた時だった。

 「げっ!?」

 「あっらぁー。」

 永年手入れを怠っていたのか、短剣の刃は非道い有様となっていた。

 切っ先と柄の部分はかろうじて銀色の輝きを保ってはいたが、他の刀身は刃こぼれや茶色のさびがびっしりと出来上がっている。

 ・・・護身用にもなりはしない。というか、邪魔物?

 「まっ、大丈夫か!」

 相変わらずルウヤさんは、あっけらかんとしている。

 僕の言いたいことは分かっているのか、彼はさっさと羽の流れる方へと杖を突きながら歩いていった。

 「・・・大丈夫なわけ無いだろ。」

 彼に聞こえるように愚痴を言ったつもりだったが、わざとなのか、ルウヤさんからの反論は無い。

 先行きに大きな不安を抱えつつ、短剣を鞘ごと帯に納める。

 

 「ルウヤさん。」

 雨は降り続ける。

 振り返るルウヤさんに、僕は雨よけをかけた。

 ホントは泥まみれの服を隠しておきたかったけれど、そうも言ってられない。

 「いくら天使でも、身体が冷えたら体力が落ちるんじゃない? それに、傷口に悪い物が入るかもしれませんから!」

 ルウヤさんは空色の目をまん丸に開いて、それから恥ずかしそうに顔を綻ばせた。

 「ありがとな、ラン。」

 今までに見たことのない、少年のような笑顔だった。

 その顔がとても眩しくて、僕は頭にかぶっていた笠で自分の顔上半分を隠した。




第二節


 どうやらマリア達の暮らしていたところは、地面の下にあるようだった。

 僕たちを案内していた羽は、中ぶりの岩の前で止まると、そのまま地面へと突き刺さった。

 ルウヤさんが羽の近くの地面を探っていく。

 「おっ!これだ、これ!」

 一見、只の石を発見すると、ルウヤさんは拍子をとりながらその石を突いていった。

 「・・・何してるんです?」

 この森に来てからというもの、ルウヤさんの奇行(奇考?)はさらに磨きがかかっていて心配だ。

 たまらなくなり、僕は羽の突き刺さった目の前の岩に腰を下ろした。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


 低い地鳴りと共に僕は岩から振り飛ばされた。

 「いってぇ・・・!」

 かろうじて身体を反転し、受け身を取ったけれど、腰に強い痛みがきた。

 いきなり、何が起きたって言うんだ。僕は落とされた岩の方を、キッと睨み付けた。

 「!?」

 岩が、大きくなっていた。

 いや、実際には地中に埋まっていた岩が上に押し上げられた、といった方がいいかもしれない。

 けれど、かなり変な岩だ。

 地面に出ていた部分から下、地中に埋まっていた部分がかんなで削り取られたみたいにまっすぐに落ちている。しかも、左右・正面ともだ。後ろも多分こんな感じなんだろう。

 石で作られた、一つの巨大な積み木みたいだ。

 「ちょっと待ってろ。」

 平然とルウヤさんは、土まみれのその積み木に近づくと、右側へと周り、何かを押した。

 気になった僕は、腰をさすりながらも彼の方へ向かう。

 右側には、ルウヤさんより頭一つ分はあろうかという、長方形の溝が描き込まれていた。そしてその右隣には、白いボタンが埋め込まれている。

 どうやら彼が押したのは、このボタンらしい。


 密閉した木箱に入れた虫が鳴いているような、こもった音が積み木から聞こえてきた。

 そして、

 //どちら様ですか?//

 鳴き声が終わったとたん、女の人の声が積み木からした。

 マリア達が使っていた、あの言葉だった。

 //先日まで双子の世話をしていた者だ。彼女たちに会いに来た。//

 //アポイントはとられていますか?//

 //とれるもんだったら、とりたかったんだがな。生憎と俺はアナログ暮らしだ。そちらさんと違ってな。//

 //ならばお引き取りください。私たちは『文明の希望』に属しています。あなた方、裏切り者の末裔には、いかなる恩義をいただいても、接見はいたしません。//

 ブツリッと、何かが切れる音を最後に、積み木は話さなくなった。

 僕たちの周りに、いい知れない沈黙がしばし流れる。

 が、

 「あ゛~~~ちくしょう!これだから旧時代の奴らは嫌なんだよな!!」

 ルウヤさんが苛立たしそうに頭をかいた。

 「・・・ルウヤさん、これって・・・一体・・・。」

 未だに事の次第を把握できていない僕は、何が何だか分からずにいた。

 「簡単に言えば、マリアとクリスは“終末”以前の人間って事だ。」


 ・・・?


 「あの、“終末”って、何百年も前の伝説ですよね?あんたはともかく、普通の人間は生きてないと思うんだけど?」

 「寝てたんだろ?自分たちを凍らせて、ここでロボットあたりにでも管理してもらってた。よくある話さ。」

 よくある話じゃないから聞いたんだろが!

 ルウヤさんは、あの女の人の声にあきらめた様子もなく、ボタンを何回も押している。

 けれど、虫の音は何回かするとその度に、ブツリッと切れてしまった。

 どうやら、向こうはこっちを招き入れるつもりが、さらさら無いらしい。

 「どうします、ルウヤさん?」

 ボタン攻撃はあきらめたのか、今度は溝の外側をペタペタと、ルウヤさんはまさぐり始めている。

 ほのかに彼の両手が、空色の光を帯びているのを僕は見た。

 “ルシュエルア”の力を使って何かを探してるっていうのか?

 ピタリと彼の手が止まった。かと思えば、「ぃよっしゃぁ!」とルウヤさんは奇声を上げて、嬉しそうに顔を綻ばせている。

 それはさっき見せた少年のような素敵な笑みじゃなく、いつも僕らに見せていた少しアクのある笑顔。

 何かを企んでいる笑顔だ。

 

 ズボッ!!


 「ひぃっ!!?」

 僕は思わず息を呑んだ。

 腕が・・・、ルウヤさんの腕が、積み木に埋まってしまった!

 得意そうに僕に満面の笑みを見せるルウヤさん。

 「ヘヘッ!待ってろよ、今開けっからな。」

 「いや、な・・・あっ、その・・・ちょっ待っ!!」

 そりゃまずいだろ!!

 何がまずいって、世間的にも僕らの身を考えてもまずいだろ!!

 

 けれど、刻すでに遅し。

 ルウヤさんが何かをしでかしたのか、空気の抜ける音がすると、溝に沿ってゆっくりと穴が空いていった。

 その穴の下からは、さらに下へと続く階段が続いていた。薄暗い光によって浮かび上がるそれはその終着点を見せてはくれない。まるで地の底に眠る魔神の住み処へといざなうような階段だった。

 「行こうぜ、ラン。」

 何食わぬ顔で、ズカズカとルウヤさんは階段を下りていく。

 「あぁ~~~・・・。」

 僕は先行きが不安になった。

 いや、はじめから不安だったが、それがさらに増した。

 勝手に上がり込んで、マスナが呼び出されないわけ無いじゃないか。

 いくらあっちが多少傷ついているといっても、“終末”以前の文明とやらを未だに扱っているくらいだ。あの光る筒以外にも、強力な武器が用意されているんだろう。

 一方こっちには、脳天気で重傷の天使と病み上がりの人間が一人ずつ。武器はただの棒に錆びて使い物にならなくなった短剣。

 「・・・。」

 あぁ、何でだろ。

 二年前、この人と出会ってから僕の人生は、かなりめちゃくちゃになりつつある。


 『結構ランのこと、こき使う事になるぜ。』


 思えば二年前、あの人はそんなことを言っていた気がする。

 これもその内の一つに入れていいのかもしれない。

 あの人が保護していた双子を守って死の境をさまようし、変な言葉を聞き取れるようになってるし、怖い夢を見たし、今、また命の危険を感じている。

 でも、

 

 「ハ・・・ハハハッ!」

 不思議と後悔がない。

 ここに来たことも。ルウヤさんとあったこの二年間も。

 

 彼から渡された短剣を僕は確認するように、もう一度見た。

 持ち手のところには掴みやすいように獣の皮が細く巻かれていた。刃との繋ぎ目、左側には、装飾だろうか赤、黄、緑の光る宝石が三角形をかたどるように埋め込まれている。

 これは一体何時の時代の代物だろうか。

 見栄えも実用性もはっきり言って悪い。しかも刀身はほとんど錆びて使い物にならない。

 何で彼はそんなもの持っていたんだろう。さっさと捨てちまえば良かっただろうに。

 「お~い、ラン!おいてくぞぉ!!」

 下の方からルウヤさんが僕を呼ぶ。

 短剣を脇に刺し直す。

 僕は黙ったまま、重い足取りで暗闇にいる彼の元へと歩いていった。




第三節


 //接見はしないと、申し上げたはずです。//

 薄暗い廊下。白い扉を背に、彼女は冷たく言った。

 ルウヤさんは呆れたように、//あの二人が、そういったのか?//と尋ねる。

 //彼女たちの意思は関係有りません。これは私たちの定めた規則です。必要もなく外界との接触をすることを、私たちは自ら禁じております。//

 彼女は、感情を表に出さないような言葉を使う。

 //どのようにプログラムを改編したか存じませんが、速やかに、ここから立ち退きなさい。今なら、私の判断であなた方を見なかったことにします。//

 //随分と、お優しいんだな。//

 //あの子達の面倒を見ていただいた、恩返しとでも思いなさい。//

 「恩返し」という割には、彼女の言葉からは感謝の気持ちが伝わらなかった。

 まるで風に飛ばされる枯れ葉のように、薄っぺらな言葉に聞こえる。

 そもそも、彼女の心をうかがい知ることなど、出来ないのかも知れない。

 彼女は、人間とは言い難い姿をしていた。

 

 身体の線こそ女性的ではあるけれど、胴体に密着したような蒼い服は鋼で出来ている。

 それだけじゃない。

 首から下にかけての彼女の身体も不自然に光を反射していた。

 肩や肘、膝、腰、鎖骨などの関節部分は、光る何本もの筋が見え隠れしているし、喉仏にあたる場所には、直接、赤い宝石が埋め込まれているみたいだった。

 人間でこれをやったら、普通に考えても生きていない。

 髪の毛は短く切られ、根本から立っている。

 でも、何よりも驚きなのは、彼女の顔だった。

 目が、一つしかなかったのだ。

 そもそも、それを目と表現していいのかも疑問だ。

 赤くて堅い板が、こめかみから顔の前を通って、反対のこめかみまで、一つの太い線を描き彼女の目にあたる部分を覆ってしまっている。

 しかも、そのこめかみより少し下の部分からは耳らしきモノがはじまっているのだ。

 人間の耳ではない。白い板状の物が両方につき、頭上より長めに伸びていた。

 まるで、ウサギの姿を連想させてくれるその耳には、右側だけ先端の方に赤と緑で不規則に点滅する線が引かれている。


 ―――ロボット


 ルウヤさんの夢の中に、おぼろげながら記憶があった。

 当時の人間達が作り上げた、命を持たない召使いのことだ。

 彼女も、ロボットなんだ。


 僕の頭の中は、もうぐちゃぐちゃだ。

 次々と信じられないモノを目の当たりにしている。

 本当に、これは現実なんだろうか。まだ、夢の続きを見ている気がしてならない。幻想の中に、僕は迷い込んでしまったのだろうか。

 ここが現実だなんて、信じられない。


 //・・・恩返し、か。//

 ルウヤさんは、入り口を開けてから今まで、ずっと笑いっぱなしだ。

 その口元が、今になってさらに釣り上がってきている。今度もまた、何か企んでるんだ。さっきまでの展開で、何となく予想は出来た。ホントは、そんなこと考えたくなかったけど・・・。

 バンッ!と、ルウヤさんは手の平で狭い通路の壁をたたく。

 その手は、ほのかに空色の光をまとっていた。


 ―――あぁ、やっぱり・・・。


 //そんなモノは、いらねぇや!!//

 たくさんの何かがはじける音がするやいなや、天井に灯っていた明かりが突然消えた。

 正面からは、空気の抜ける音と共に扉が開かれる音も聞こえる。

 「走るぞ!」

 ルウヤさんが叫ぶと同時に、僕は扉の方に走った。

 突然明かりが消えたモノだから、周りは真っ暗。何にも見えやしない。けれど、僕たちは走った。

 「ッ!!」

 誰かが僕の手首を掴んだ。大きくて、細い、温かな手。

 僕の手を引き、先行く道を示してくれる。

 「こっちだ。」

 聞き慣れた低い声。ルウヤさんの声。

 角を曲がり、まっすぐ行って、また曲がる。暗闇の中、歩き慣れた屋敷のようにルウヤさんは走っていく。

 「・・・っち、マジかよ!」

 「?」

 息を切らして、ルウヤさんは何かに気づいたようだ。

 ズウンという音とともに目の前が真っ白に変わった。




 突如、暗闇に明かりが灯った。

 //システム再起動完了、エラー確認中。システム再起動完了、エラー確認中。//

 建物全体から、あの女性の抑揚のない震えた声が響き渡る。

 突然のまぶしさに、僕は目を覆った。

 ルウヤさんは未だ僕の手を引いて走り続ける。

 微かに、彼が舌打ちしたのを僕は耳にした。

 「今度は、・・・何、を、・・・やったんだ?」

 「この、施設の電源を落とした・・・のさ。回復まで、早すぎる。」

 電源?回復?また分からない単語が列挙していく。

 けれど、彼は知っている言葉なんだ。実際に今、当たり前のように単語が彼の口から出てきている。

 ってことは、僕はその言葉を知っているはずなんだ。

 何せ、彼の記憶を夢に見てしまったんだもの。

 目をつむり、記憶を探る。

 ・・・思い出せ。僕の頭に、僕の血に、僕の肉に刻まれた、彼の記憶を

 ――――――思い出せ!


 「誰だ?」

 僕の集中は、その声によって閉ざされた。

 低くて耳障りな声。一度聞いたら、全身に鳥肌が立つほどの嫌な声だ。

 ついに、こいつが来たか。いや、出くわしたって方が正しいんだろうな。

 ルウヤさんの足が止まった。

 息が、荒い。結構走ったもんなぁ。彼の傷は、今、どうなっているんだろうか。

 僕は瞳を開き、正面にいるだろう声の主を睨み付ける。

 「お前らが、侵入者?」

 脳天で結わえられた黒い髪に、大柄な筋肉質の男。

 マスナが、とうとう僕たちの前に現れてしまった。


 「変な顔してる。・・・お前らは、俺を、知ってるのか?・・・俺は、知ってるのか?」

 何を、こいつは言ってるんだ?

 ついこの間、僕を半殺しにして、ルウヤさんに追い返されたじゃないか。

 なのに、マスナは初めて僕らを見たように、小さな目を丸くしているた。

 「用があるんだ。そこをどけ。」

 ルウヤさんが、前へ進む。

 「用?」

 ポカンと、呆けているマスナ。この数日の間で、あいつに何があったって言うんだ。

 まるで、別人と接しているみたいだ。

 「・・・・・・!?」

 マスナが、息を呑んだように見えた。

 「あ・・・ぁあぁぁあああ」

 急に、あいつが震え出す。何かを見つけたように、怖いモノが襲いかかってくるように、震え出す。

 そんな彼の視線は、

 

 僕。


 「ああああああああああああああああああ!!」

 マスナは僕を見て叫んでいた。

 初めて見る表情だ。恐がり、泣き叫ぶその顔は僕の知っている彼じゃなかった。

 マスナは右腕を前に突き出す。握りしめられているのは、あの厄介な白い筒。

 しかも、すでに内筒には光が蓄えられていた。

 何がくるんだ!?

 矢か?

 それとも、剣で斬りつけてくるのか?


 僕が身構えていると、ルウヤさんが僕の前に立ちはだかった。

 彼が持っているのは、白い杖。

 あんな杖で、マスナをどうにか出来るって言うのか?

 何かが僕たちの横を通り抜けた。

 激しい衝撃音と共に、後ろの通路の壁面がボロリと崩れる。

 それだけじゃない!

 「!!」

 天井や床も僕たちの周りの至る部分がどんどん崩れていく。

 白い壁が抉られ、茶色い岩が顔をのぞかせていく。

 あいつの矢だ。それも、一本ずつじゃない。何本も同時に放ち続けているんだ!!

 「当たれ、あたれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 マスナの絶叫が衝撃音と共に耳に入る。

 「うわぁあぁああぁぁぁぁ!」

 あまりの攻撃に僕の口からも絶叫が出る。

 このままじゃまずい! マリア達に合う前に、僕たちはこいつにやられてしまう。

 僕たち―――?

 ルウヤさんは!?

 僕の前であいつの攻撃を受けているルウヤさんは!?

 目の前にいて、マスナの攻撃を喰らっていないわけがない。

 「ルウヤさん!!」

 ダメだ。通路中にほこりが舞って、何一つ見えやしない!

 彼が立っているのは分かるけれど、無事なのか!?

 身体だって万全じゃないのに、何でこんな事するんだ!!

 感情が昂ぶって、埃が目に染みて、涙があふれる。

 「ルウヤさん!!!」


 「黙ってろ!」


 「!!」

 低く、通る声。

 ルウヤさんの、声。

 「もう少しの辛抱さ。・・・じき、この攻撃も底を突く。それが終わったら、―――分かってるよな。」

 少し、癖のある声。ぶっきら棒で、それでいて頼りになる人の声。

 「はいっ!」

 僕は声を震わせて答えた。この人が無事―――それだけで、僕の心にはほんの少しの余裕が出来る。

 「まっすぐだ。とにかく、まっすぐ行け。」

 「分かりました。」

 何でこの人が無事なのか、マスナの攻撃を受けていないのか、そんなことは今は考えないことにしよう。

 僕は、僕がやるべき事をするまでだ。


 ―――先を進む―――


 それが、僕が出来るわずかなことなんだ。

 「今だ、ラン!!」

 彼の声がきっかけになった。

 ぼろぼろになった床の上を僕は走る。

 光の矢は止まっていた。ルウヤさんの予想通りだ。

 僕は先を目指す。

 でも、

 マスナの前に来て、膝を曲げる。

 反動が付いた脚で、高く跳び上がる。

 「くらえっ!」

 空中で身体をひねり、きれいな半円を描きながらあいつの後頭部に膝蹴りを喰らわした。

 顔面から倒れるマスナ。

 いい気味だ。

 僕は着地するなり、ルウヤさんの指示に従い、まっすぐ先を走っていった。

 見知らぬ地下迷宮を・・・。




第四節


 どこまで走ったのだろう。

 薄暗い廊下はどこまでもまっすぐに続いていく。

 ルウヤさんと別れて、随分と時間が経ったような気がする。

 僕は、未だ走り続けなければいけなかった。


 走りたかった。

 

 //ここより先は行かせません。//

 感情の欠如した冷たい声。

 赤い一つ目を光らせて、僕の行く手を阻む魂無き召使い。

 入り口で出くわしたロボット。

 どうやって僕より先にここまで来れたって言うんだ。

 「いやだ!」

 もう息はかなり上がっていた。けれど、懸命に僕は声を荒げた。こんなところで、引き下がるわけにはいかない。

 ロボットはほんの少し顔を上げ、僕を正面から見据える。

 赤い板に、いくつもの光が細く横に流れた。

 「こちらの言葉で、話した方が良さそうですね。」

 急にロボットは僕たちの言葉で話し始めた。

 彼女には、二つの言葉を理解できるだけの知識が詰め込まれているのか?

 「私たちは、あなた方を排除するように言われております。時代の流れに身をゆだね、抗うことを忘れた愚かな人間など、処分する対象であると主から申し使っております。

 これ以上先を進むというのであれば、主の命令通り、あなたを処分します。」

 「処分?・・・何だよ、処分って。」

 「殺すと言うことです。跡形もなく切り刻み、地上にうち捨てます。あなたの血肉は獣たちにとって絶好の餌となりましょう。」

 「怖いこと言うね?」

 「予定を述べているまでです。」

 表情を変えることなく、ロボットは淡々と言葉を紡ぐ。

 彼女には、今すぐ僕に攻撃を仕掛けてくるそぶりが見えなかった。

 出来るなら、このまま僕たちに帰って貰いたい。そんな脅し文句にも受け取れる。

 話をするだけなら何の問題もない人物なのかもしれない。むしろ事情を話したら、彼女は分かってくれるのかもしれない。

 「ねぇ。何で二人に会っちゃいけないの?僕たちは、あの子達に会いたいだけなんだよ?」

 「主の命令と、『文明の希望』の規約のためです。私の主、トム・ダグワイヤーはあなた方、地上の人間を嫌っております。また、『文明の希望』は終末以前の技術者の団体。地下に潜り、当時の文明の復興を願う団体です。今、地上の人間達に私たちの存在を知られれば、悪用されるか数の武力によって制圧されるでしょう。そうなることを恐れ、必要以上の外界との接触は禁止されているのです。」

 やっぱり、思った通りだ。彼女は静かに僕の質問に答えてくれた。

 「・・・マリアとクリスは、元気にしてるの?そのくらいなら、教えてくれるでしょ?」

 まずは二人の様子から。そこから村でのこととか、僕のことを話して、彼女と打ち解ける。んでもって、めでたく二人とご対面!

 よし、これならいける!!

 「答える必要はありません。」

 「どうして!!?」

 あっさりと、ロボットは僕の淡い期待を斬って捨てた。

 全くもって融通が利かない。これがロボットという物なのだろうか。

 でも、僕のそんな考えは彼女の次の言葉で、考え違いなのだと思った。

 「・・・知ってどうするというの?」

 「?」

 「あの子達の今を知ったところで、あなたはどうするというのです? 会えないのに?」

 「それは・・・。」

 「本当は、会いたい。でも、それが出来ないなら今の状況を教えてほしい。もしくは、私を懐柔するための前振りということかしら? あなた方にとって、あの子達がそれほど大切な存在になるとは思えません。今引き返せば、あなたには平穏な日常が待っているでしょう。それを捨ててまで、どうしてあの子達の元に行きたいの?そんな必要など、無いでしょう?」

 まるで双子の母親であるかのような物言いだった。

 大切な娘を村の悪ガキから守る強くて恐い母親。悪ガキの僕に対しても、何か気遣っている素振りすら伺える言葉だ。

 だからかもしれない。

 僕は今のこの危機的状況を忘れ、娘にイタズラをして、その母親の前で反省する悪ガキと同じ心境になっていた。

 あの二人に対する素直な思いを、口にしてしまったんだ。

 「・・・友達、だから。」

 「友達?」

 「そうだよ。マリアも、クリスも、僕の大切な友達なんだ! 別れる時、マリアは泣いていた! クリスは血を吐いていた!! そんな二人のこと、放っておくなんて・・・僕は出来ない。」

 村での暮らしの中で、笑ったり怒ったりしていた二人。

 その二人と、あんな別れ方をして、涼しい顔で日常なんかに埋もれたくない。

 僕は、そんなに物分かりが良い人間になれない。

 「―――何も、何も出来なくても、・・・・・・せめて側にいてあげたいんだ!」

 「・・・・・・。」

 ロボットは黙ったまま僕のことを見ていた。

 何かを考えているようにも取れたけれど、彼女に構っていても意味はない。どうせ、僕を殺す気なんてさらさらこのロボットには無いんだ。

 僕は一歩、足を前に踏み出す。

 「通して貰うよ。」

 ロボットから視線をそらさずに、僕は歩き出す。

 二歩、三歩と足を進める。


 シュッ!


 空気を切り裂くような短い風切り音がした。

 気がつけば、ロボットの垂らしていた右腕が斜め上にあがっている。

 懐に何かを感じた僕は、そっと胸元を見下ろした。

 「!?・・・。」

 服が、裂けていた。

 右下から左斜め上にかけて、ぱっくりと服が裂け、僕の肌がのぞいていた。

 幸いなことに、傷は出来ていない。

 けれど、顔を上げた時、ロボットはすでに僕の前にいなかった。

 「先に進めば殺すと言いました。」

 後ろから、冷たい声がする。

 振り返ろうとした時には遅かった。

 右腕がねじられ、筋肉が悲鳴を上げる。

 「う゛ぁあっぁ!」

 「肉体など、私にとっては脆い物でしかありません。あなたを殺すことなど、造作もないのですよ。大人しく帰りなさい。」

 「いや・・・だっ!」

 「強情ね。これならどう?」

 ロボットはさらに強い力で僕の腕をあっさりと捻る。遠慮なんて微塵もない力加減だ。けど、僕の腕は千切れてないことを見ると、まだ手加減してくれているのか?

 「あああああああああああ!!」

 断末魔にも似た絶叫が口から出る。

 でもロボットは、力を緩めようとはしない。それどころか、さらに捻っている気がする。

 「大人しく帰りなさい。」

 冷たい声が、僕に命令する。

 苦痛を与えて帰れと、命令する。


 けれど、

 でも、


 「絶っ対に、イヤだ!!!」


 イヤだ!

 痛いのはイヤだけど、殺されるのはもっとイヤだけど、二人に会えないで大人しくシッポを丸めて帰るのだけは絶対にイヤだ!!

 マリアに会うんだ!

 クリスに会うんだ!

 絶対に、絶対に二人に会うんだ!!


 「・・・馬鹿。」

 耳元で、ロボットが呟く。

 とたん、僕の右手は解放された。

 あまりの痛みにしゃがみ込んだ僕は右手を押さえた。

 手首には、ロボットの手形がくっきりと赤く付いている。

 けれど、筋や骨には何の異常も見受けられなかった。

 「ついてきなさい。」

 「?」

 「あの二人の現在を知りたいのなら、私についてきなさい。」

 「ど、どういうこと?」

 「二人に会う前に、あなたに見せたいモノがあります。それを見てもあなたが会いたいというのなら、検討しないまでもありません。」

 「あ、会わしてくれるの!?二人に!?」

 「私が二人に会う資格があると判断した場合です。・・・確立は限りなく低いでしょうが。」

 「それでもいいよ。早くその判断を済まして!」

 良かった。ロボットの気が変わったんだ。感情なんてモノがあるとは思えなかったけれど、やってみるもんだ。

 まぁ、僕の強情さに呆れているっぽい雰囲気が、ひしひしと伝わってるけど。

 「こちらです。」

 ふと、ロボットが立ち止まった。

 右側の線が、赤く何度も点滅している。

 「どうかしたの?」

 「決着が、つきました。」

 「決着・・・?」

 「今、彼の生命反応が途切れました。膨大な熱量と共に。」

 彼?・・・マスナのことか?

 「この熱量、いえ、爆発ならばあなたの連れも巻き込まれたでしょうね。」

 

 

 「―――え?」

 ルウヤさんが?

 ルウヤさんが、巻き込まれた?

 ルウヤさんが!!?

 「どこへ行くの?」

 ロボットが引き留める。

 僕の足は、自然と元来た道を踏みしめていた。

 「・・・行かなきゃ。」

 「どこに?」

 「ルウヤさんのところだよ!」

 「無駄よ。彼も死んだわ。」

 白い口元が淡々と僕を止める。

 それが、たまらない。

 「でも、行かなきゃ!マスナだって、あんたの仲間なんだろ!!」

 「だから何?行って遺骸を弔うの?・・・そんなの、今じゃなくても出来ます。」

 「生きてるかもしれないだろ!!?」

 「死んでるわ。彼は確実に死んでる。あなたの連れはどうか知りませんが、それは私には関係ないことです。」

 こんなもんなのか?

 感情がないって、こんなもんなのか?

 仲間が死んで、それでも何事もなく動けることなのか?

 「行きたければ、どうぞ。その代わり、二度とあの子達には会わせません。」

 「な!?」

 「当然でしょ? 判断する対象がいなければ下しようがありません。あなたは私の判断を放棄した。そう捉えます。」

 平然とロボットはそう言うと、踵を返し先を進んでいく。

 やりきれない昂ぶった感情が拳に込められる。誰にぶつけることも出来ずに、その思いは僕の全身に溶けて、指先が顔をのぞかせた。

 ロボットは振り返ることもなく先を行く。


 ついて行くしか、なかった。

 あんだけ啖呵を切って、今更引き返すわけにはいかない。

 せっかく掴みかけた機会を消すわけにもいかない。

 無言のまま、僕たちは通路を歩く。

 ロボットの鋼の靴が、甲高い音をあげて通路に響き渡っていった。

 「この研究所であなた方に会わなければ、彼はもう少し長く生きられました。あなた方が、彼の目の前に現れなければ、こんな事にはならなかった。」

 ふと、彼女が言葉を漏らす。


 僕を責める。


 僕らがやってきたせいで、マスナは死んでしまったと。

 「かわいそうな存在です。彼も、―――あの子達も。」

 抑揚のないその物言いに、僕は返す言葉を持っていなかった。

 心が、鋼の剣を突き立てられたみたいに痛かった。


 僕たちは何とも言えない重たい空気を背負いながら黙って通路を歩いた。

 しばらく行ったあと、ロボットは止まった。

 流れるような優美さで、彼女は壁に白い手をかざす。

 その手がさらに白く発光すると、そこを起点として、放射状にいくつもの光が壁を走った。

 穴が空いた。

 扉一枚分の穴が、壁に開けられた。

 「入りなさい。ここで、あなたを判断します。」

 僕は黙って、彼女の指示に従った。

 僕は大人しく、彼女の判断を受けるしかない。


 真っ暗な部屋だった。

 獣のうなり声と思える音と、水の湧き出る音が混ざったような音。鼻をつく、悪臭。お酢か何かを部屋一面にばらまいたような、イヤな臭い。

 目に映るのは、ロボットの赤い一つ目と、節々に見える光の筋、右耳の緑と赤の光だけだった。


 ヴゥン・・・


 不可思議な音がするやいなや、灯りが付けられる。

 部屋一面を見通せるだけの、黄色い光。

 夕暮れ前の光の色。

 僕の目の前に、鋼で出来た大机が置かれていた。

 その上に載せられていたのは、少女。

 肩に届くかどうかの短い緑がかった茶色い髪。

 僕より頭一つ分は小さい九歳の色白の女の子。

 「!!」

 女の子は、双子の内の一人だった。

 僕はその子に駆け寄った。

 あれは、

 ―――マリア?

 ―――クリス?

 とても苦しかったのだろう、口を開け、目を見開いたまま、女の子は息絶えていた。


 瞳の色は、



 蒼。



 空と森が溶けあったような、


 蒼い瞳。




 「・・・まり・・ぁ・・・―――。」


 名前を言うだけで、限界だった。

 僕は、その場で頽れた。

 涙なんて物は、あふれなかった。叫ぶことすら出来なかった。

 それだけ悲しくて、それだけ哀しくて、

 どうして、マリアがこんな目に遭っているのか分からなくて、何をどうすればいいのか、分からなくなって、

 僕は、ただ、しゃがみ込むことしか、出来なくなってしまったんだ。



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