第31話 噂じゃなくて、気になってる
午後の授業が始まってしばらくした頃。
三年A組。
休み時間になった途端、陽翔が勢いよく教室へ戻ってきた。
「蓮司!」
机に突っ伏していた蓮司が、面倒そうに顔を上げる。
「うるせえ。何だよ」
「ちょっと、やばい」
「お前が?」
「違う! みおちゃんのこと!」
蓮司の顔が上がった。
反応が。
露骨に速い。
少し離れた席にいた真琴も、陽翔へ目を向けた。
「みおがどうしたの?」
陽翔は蓮司の机まで来ると、声を少し落とした。
「二年で、みおちゃんと一ノ瀬が付き合ってるって噂になってる」
「……は?」
蓮司の声が、一気に低くなった。
陽翔が思わず半歩引く。
「だから俺が言ってんじゃねえぞ!」
「誰がそんなこと言ってんだよ」
「知らねえよ。さっき二年の知り合いから聞いたんだよ。結構広がってるらしい」
蓮司はすぐに真琴を見る。
「桐谷」
「何」
「知ってた?」
「噂になってることなら、さっき結衣から聞いた」
「なんで言わねえんだよ」
「本人たちが付き合ってるって確認取れてないから」
真琴は平然としていた。
「ただの噂でしょ」
「……」
蓮司は黙る。
陽翔が続けた。
「で、今日の昼のことまで噂の材料になってるらしい」
「昼?」
「みおちゃんが、一ノ瀬の教室まで手作り弁当持ってったって」
蓮司の眉が動く。
「……教室まで?」
朝。
みおが弁当を二つ持っていたことは知っている。
一つは自分。
もう一つは一ノ瀬凌。
弁当を作った理由だって聞いた。
けれど。
わざわざ二年生の教室まで届けに行ったことまでは知らなかった。
「そうらしい」
陽翔が頷く。
「そのまま一ノ瀬もみおちゃんと一緒に一年の教室まで行って、昼飯食ったって」
「……一緒に?」
蓮司の声がさらに低くなる。
真琴が口を挟んだ。
「二人きりじゃないよ。みおの友達も一緒だったみたい」
「……」
蓮司の眉間に寄っていた皺が。
ほんの少しだけ浅くなる。
陽翔はすぐに気づいた。
「今、ちょっと安心した?」
「してねえ」
「絶対しただろ」
「してねえっつってんだろ!」
真琴が小さく笑う。
「分かりやすい」
「うるせえ」
陽翔は腕を組む。
「でもまあ、噂になる流れは分かるんだよな」
「何がだよ」
「金曜日に二人で帰ってた。一ノ瀬がみおちゃんの鞄持ってた」
それは。
昼休みに三人で話したばかりのこと。
蓮司も陽翔も、すでに知っている。
「で、今日はみおちゃんが弁当作って、わざわざ教室まで届けに行った」
「……」
「そのまま一緒に昼飯」
陽翔は指を折りながら数えていく。
「並べて聞いた奴が、勝手に付き合ってんじゃねえかって思ったんだろ」
「勝手すぎんだろ」
「学校の噂なんてそんなもんじゃん」
真琴が淡々と言う。
「だから黒瀬も鵜呑みにしないでね」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるっつってんだろ」
「白鷺の前科があるから」
「……」
綺麗に刺さった。
陽翔が吹き出す。
「今回はまだ本人に確認してねえもんな」
「お前まで言うな」
真琴は少しだけ表情を真面目なものへ変える。
「ただ」
蓮司が見る。
「何だよ」
「一ノ瀬とみおが仲良くなってるのは事実だと思う」
「……どういう意味だよ」
「そのまま」
真琴は指を折る。
「金曜日に一緒に帰って、今日は弁当を作ってもらって、一緒に昼食」
「……」
「それ以上の意味があるかは知らない。でも、距離が縮まってるのは確かでしょ」
蓮司は何も答えなかった。
付き合っている。
そこまで決めつけるつもりはない。
けれど。
自分の知らないところで。
一ノ瀬凌とみおが。
少しずつ仲良くなっている。
それだけは。
どうやら事実らしい。
陽翔が口を開く。
「しかも一ノ瀬、かなりモテるんだろ?」
「らしいね」
真琴が答えた。
「背が高くて、顔もいい。落ち着いてて、女子にも人気」
陽翔は一つずつ指を折り。
最後に蓮司を見る。
「で、みおちゃん本人も格好いいって言ってる」
蓮司の眉間に、また皺が寄った。
「……言った」
真琴の眉が上がる。
「本人が?」
「ああ」
陽翔も改めて驚く。
「みおちゃん、本人の前で?」
「俺に言ったんだよ」
「ああ」
少し考えて。
陽翔が真顔になる。
「それ、結構強くね?」
「何が」
「一ノ瀬」
「だから何の話だ」
「ライバル」
「違え!」
即答。
けれど。
以前とは違った。
前なら。
『誰のライバルだよ』
そう笑い飛ばして終わっていたはずだ。
今日は。
声に明らかな苛立ちが混じっている。
陽翔がにやりとする。
「蓮司」
「何だよ」
「めちゃくちゃ気にしてんじゃん」
「……」
蓮司は返さなかった。
真琴が小さく息を吐く。
「黒瀬」
「何」
「噂は噂だから」
「分かってる」
「いきなりみおのところ行って、『一ノ瀬と付き合ってんのか』とか詰めるのやめなよ」
蓮司が真琴を見る。
「そこまで馬鹿じゃねえ」
「白鷺のときは?」
「……」
今日二度目。
「あれも、みおが倒れそうになったところを白鷺が支えただけなのに、勝手に勘違いして勝手に不機嫌になってたけど」
「……うるせえ」
「だから今回は、本人の話をちゃんと聞きな」
「分かってるよ」
真琴はそれ以上言わなかった。
陽翔も。
少しだけ真面目な顔になっている。
蓮司は机へ肘をつき。
窓の外を見る。
付き合っているという噂。
それは。
みお本人に聞けば分かる。
違うと言えば。
信じればいい。
けれど。
仮に噂が完全な間違いだったとしても。
一ノ瀬凌という男が。
みおの近くにいる事実は変わらない。
そして。
それこそが。
蓮司には一番引っかかっていた。
◇ ◇ ◇
一方。
一年B組。
みおは。
まだ、自分の周りで何が起きているのかよく分かっていなかった。
「みおちゃん」
「何?」
友人が、少し探るような顔で尋ねる。
「二年の一ノ瀬先輩ってさ」
みおが顔を上げた。
「うん」
「仲いいの?」
「最近ちょっと話すよ」
「どのくらい?」
「どのくらいって?」
友人たちが顔を見合わせる。
「……二人で帰るくらい?」
「ああ」
みおは特に疑うこともなく答えた。
「金曜日は途中まで一緒だったよ」
周囲が。
静かに反応する。
「……」
みおが気づいた。
「何?」
「いや……」
「絶対何かあるでしょ」
今度は別の女子が尋ねる。
「今日、お弁当渡した?」
「うん」
さらに。
空気が変わった。
「……だから何?」
さすがに不安になってきた。
友人の一人が、恐る恐る口を開く。
「みおちゃん」
「うん」
「一ノ瀬先輩と付き合ってる?」
「……」
みおが固まった。
「は?」
数秒。
意味を理解する。
「付き合ってないよ!?」
思わず声が大きくなった。
「やっぱ違うの?」
「なんで!?」
「なんか二年で噂になってるらしいよ」
「何の!?」
「だから、一ノ瀬先輩とみおちゃんが付き合ってるって」
「なんでそうなるの!?」
みおは机へ両手をついた。
「金曜日にちょっと一緒に帰っただけだよ!?」
「でも弁当」
「頼まれたから!」
「手作り?」
「手作りだけど!」
「ほら!」
「何が『ほら』なの!?」
教室のあちこちから笑いが漏れる。
別の女子が言った。
「でも、みおちゃん黒瀬先輩にも作ってるじゃん」
「黒瀬先輩は食生活が――」
そこで。
みおの口が止まった。
「……」
周囲の視線が集まる。
「黒瀬先輩は?」
「……」
「何?」
「何でもない!」
みおは慌てて口を閉じる。
今。
自分から。
凌と蓮司を比べそうになった。
凌に弁当を作った理由。
食べたいと頼まれたから。
自分の料理を美味しいと言ってくれたから。
作ること自体も嫌ではなかった。
では。
蓮司に弁当を作る理由は。
最初は。
食生活があまりにも心配だったから。
それは間違いない。
でも。
今も。
本当にそれだけだろうか。
「……」
みおは小さく首を振った。
今はそれを考えるときではない。
「とにかく!」
少し強めの声を出す。
「一ノ瀬先輩とは付き合ってないから!」
「じゃあ仲いいだけ?」
「うん!」
答えてから。
少し考え直す。
「……仲いいっていうか、最近よく話すようになっただけ」
「でも格好いいでしょ?」
「それは格好いいと思うけど」
「ほら!」
「だから何!?」
また教室に笑い声が広がった。
みおは頬を膨らませながら自分の席へ座る。
けれど。
別のことが気になり始めていた。
「……」
この噂。
どこまで広がっているのだろう。
二年だけではない。
もう一年にも届いている。
なら。
三年にも。
「……」
そして。
もし。
蓮司の耳にも入っていたら。
なぜか。
そこを考えた瞬間だけ。
胸の奥がざわついた。
一ノ瀬凌と付き合っている。
蓮司に。
そう思われるのは。
「……嫌かも」
ほんの小さな声。
誰にも聞こえない。
みお自身。
なぜ蓮司にだけ。
こんなにも誤解されたくないと思うのか。
その答えは。
もう。
少しずつ分かり始めていた。
◇ ◇ ◇
放課後。
二年生の廊下。
凌が自分の教室を出たところで、同じクラスの男子に声をかけられた。
「一ノ瀬」
「何?」
男子が妙に笑っている。
「お前さ」
「うん」
「一年の佐倉さんと付き合ってんの?」
凌の足が止まった。
「付き合ってない」
即答だった。
「え、違うの?」
「違う」
「でも今日、弁当もらってたじゃん」
「作ってって頼んだ」
「お前が?」
「うん」
男子が明らかに驚く。
「一ノ瀬が女子にそんなこと頼むの、珍しくね?」
「そう?」
「そうだろ」
会話を聞いていた女子まで入ってくる。
「しかも金曜日、一緒に帰ってたんでしょ?」
「帰った」
「鞄も持ってた」
「持った」
「それで付き合ってないの?」
「うん」
凌は平然としていた。
女子が少しだけ意地悪そうに笑う。
「じゃあ」
「何?」
「好きなの?」
「……」
そこだけ。
凌の返事が。
一瞬遅れた。
「まだ分からない」
周囲が止まる。
「……まだ?」
凌自身も。
口にしてから少し考えた。
少し前までなら。
迷わず否定していただろう。
同じ学校に。
自分と少し似た背景を持つ一年生がいる。
話してみたい。
最初は。
本当にそれだけだった。
けれど。
話してみたら。
思っていたよりずっと面白かった。
人のことをよく見ていて。
誰かが困っていれば。
自分のことを後回しにしてでも手を伸ばす。
料理を褒めれば。
分かりやすく嬉しそうに笑う。
また話したいと思った。
一緒に帰りたいと思った。
弁当を作ってほしいと思った。
今日。
自分の教室まで弁当を持ってきたみおを見たとき。
素直に。
嬉しかった。
「……」
それを全部。
ただの親近感だと言い切る気には。
もうなれない。
凌は。
まっすぐ答えた。
「でも」
一度言葉を切る。
「気になってる」
女子の目が大きくなる。
「え」
男子も固まった。
「マジ?」
「うん」
隠す様子もない。
「待って待って」
今度は女子のほうが慌て始める。
「じゃあ噂、半分くらい当たってるじゃん!」
「付き合ってないなら外れてる」
「でも気になってる!」
「それはそう」
あまりにも淡々と認めるせいで。
聞いている側のほうがついていけない。
「一ノ瀬って、そういうの普通に言うんだ……」
「隠す理由ある?」
「ないけど!」
凌は鞄を肩へ掛ける。
そして。
少しだけ声を落とした。
「でも、本人にはまだ言わないで」
女子が目を丸くする。
「恥ずかしいから?」
「違う」
「じゃあ何」
凌は少し考えた。
「まだ佐倉が俺をどう見てるか分からないから」
「……」
「勝手な噂で困らせたくない」
その言葉に。
さっきまで騒いでいた女子たちも少し黙る。
凌は続けた。
「付き合ってるって噂は否定しといて」
「……分かった」
「ありがと」
それだけ言って。
凌は廊下を歩いていった。
残された数人が、その背中を見送る。
数秒。
女子の一人が。
ぽつり。
「……逆に尊いんだけど」
男子が即座に返す。
「お前らもう黙っとけ」
◇ ◇ ◇
昇降口。
みおは靴を履き替えながら。
少しだけ落ち着かない気持ちで辺りを見ていた。
今日は。
いつも通りなら蓮司と帰る。
朝に約束したわけではない。
けれど。
帰る時間が合えば。
自然に二人で帰る。
いつの間にか。
それが当たり前になっていた。
問題は。
今日知った噂。
自分から説明するべきなのか。
何も言わなくていいのか。
そもそも。
蓮司は知っているのか。
「佐倉」
背後から。
低い声がした。
みおが振り返る。
「黒瀬先輩」
蓮司だった。
「帰るぞ」
「……はい」
少なくとも。
表面上は。
いつも通り。
二人で昇降口を出て、校門を抜ける。
「……」
「……」
数十メートル。
会話がなかった。
みおが、ちらりと横を見る。
蓮司は前を向いたままだ。
「……」
やっぱり。
何か違う。
「先輩」
「何」
「機嫌悪いですか?」
「別に」
みおは即座に言った。
「悪いときの『別に』」
「なんだよそれ」
「最近分かります」
「……」
蓮司が少し黙る。
みおは迷った。
けれど。
このまま家まで気まずいほうが嫌だった。
「あの」
「何」
「一ノ瀬先輩のこと」
蓮司の歩幅が。
ほんの少しだけ遅くなった。
「……何」
分かりやすい。
みおは確信した。
「噂、聞きました?」
「……」
「聞いたんですね」
蓮司は諦めたように答えた。
「付き合ってるって言われてるらしいな」
みおは。
ほとんど被せるように言った。
「違いますからね」
蓮司が横を見る。
「……」
みお自身も驚くくらい。
言葉が次々に出てきた。
「一ノ瀬先輩とは付き合ってません」
「ああ」
「お弁当も、朝言った通り、前に食べたいって頼まれたから作っただけです」
「ああ」
「二年の教室まで持っていったのも、お昼の約束してたからで」
「……」
「一緒に食べたっていっても、私の友達もいましたからね」
「それも聞いた」
「あと金曜日に一緒に帰ったのも、途中まで来てくれただけです」
「ああ」
「鞄持ってもらったのも、一ノ瀬先輩が勝手に――」
「分かった」
蓮司が遮った。
みおの口が止まる。
「……」
二人も。
道の途中で足を止めた。
蓮司は少しだけ。
口元を緩める。
「何でそんな必死に説明すんだよ」
「……え」
みおが固まった。
噂が間違っているから。
訂正したかった。
もちろん。
それもある。
でも。
それだけなら。
友人たちへ説明したときと同じでいいはずだ。
なのに。
蓮司には。
絶対に誤解されたくなかった。
「……先輩が」
「俺が?」
「……」
みおは困ったように視線を逸らした。
それから。
小さな声で答える。
「……また勝手に勘違いして、機嫌悪くなったら嫌だから」
「……」
今度は。
蓮司が固まった。
白鷺怜央。
あの一件が。
綺麗に刺さる。
「……あれは」
「桐谷先輩から聞きました」
「何を!?」
「詳しくは教えてくれませんでしたけど」
みおは少し笑った。
「先輩が勝手に何か勘違いして、勝手に不機嫌になってたって」
「……」
蓮司は顔を逸らした。
「……もうしねえよ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
みおが吹き出す。
それを見て。
蓮司の表情も少しだけ戻った。
「でも」
蓮司が口を開く。
「一ノ瀬とは」
「はい?」
「仲いいんだろ」
みおは少し考える。
「最近は」
「……そう」
「話しやすいです」
「……」
蓮司の顔が。
また、わずかに険しくなった。
みおが即座に指を差す。
「ほら!」
「何が!」
「また機嫌悪くなった!」
「なってねえ!」
「なってます!」
「普通だ!」
「絶対違う!」
二人の声が。
夕方の住宅街に響く。
少しだけ。
いつもの調子に戻った。
けれど。
蓮司の中には。
一ノ瀬凌。
その名前が。
はっきり残っていた。
付き合っている。
その噂は。
もうどうでもいい。
みお本人が。
違うと言った。
そこは信じる。
けれど。
仲がいい。
話しやすい。
格好いいと思っている。
一緒に帰る。
弁当を作る。
そして。
凌もトランスジェンダーである。
みおとは別の人間だ。
経験も考え方も。
当然すべて同じではない。
それでも。
二人だから話せること。
いちいち一から説明しなくても分かり合えることは、きっとある。
それは。
蓮司にはない共通点だった。
「……」
けれど。
そこでふと思う。
――だから何だ。
自分に分からないことがあるなら。
聞けばいい。
みおが話したくないなら。
無理に聞かなければいい。
全部同じ経験をしていなければ。
みおのそばにいられないわけじゃない。
蓮司が本当に気に入らないのは。
そこではなかった。
もっと。
単純だ。
一ノ瀬凌という男が。
みおの近くにいる。
みおが。
その男と一緒にいることを楽しんでいる。
そして。
自分以外の男にも。
あんなふうに笑っている。
「……」
それが。
気に入らない。
そこまで考えて。
蓮司は眉を寄せる。
もう。
理由は。
薄々分かっていた。
◇ ◇ ◇
その頃。
二年生の廊下。
結衣は。
友人から、新しい話を聞いていた。
「一ノ瀬君、付き合ってるって噂、否定したらしいよ」
「やっぱり」
結衣は少し安心する。
「でも」
「何?」
友人が声を潜めた。
「佐倉さんのこと、気になってるって言ったらしい」
「……」
結衣が固まる。
「本人が?」
「うん」
「一ノ瀬君が?」
「そう」
結衣の目が。
少しずつ大きくなった。
金曜日。
真琴と話した。
――一ノ瀬君のほうは、どうなんでしょうね。
そして今日。
答えが出た。
少なくとも。
凌の側には。
もう。
はっきりとした興味がある。
「……」
結衣はスマートフォンを取り出す。
真琴とのトーク画面を開いた。
『真琴先輩』
送信。
すぐ既読。
『何』
結衣は少し迷ってから入力する。
『一ノ瀬君、佐倉さんのこと気になってるらしいです』
既読。
五秒。
十秒。
返事が来た。
『…………マジ?』
結衣は思わず笑う。
真琴でも。
今回は驚いたらしい。
続けて、もう一通。
『本人が言ったみたいです』
少し間があって。
『黒瀬、のんびりしてる場合じゃないかも』
結衣は画面を見ながら。
小さく呟いた。
「本当にライバルになっちゃった……」
噂から始まった。
一ノ瀬凌と佐倉みお。
二人は。
まだ何も始まっていない。
みお自身も。
凌を恋愛対象として見ているわけではない。
けれど。
一ノ瀬凌の気持ちは。
確実に。
「ただ気になる後輩」より。
もう少し先へ。
進み始めていた。




