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第17話 休日の先輩たち

その週の土曜日。


午前十一時。


駅前の大型ショッピングモール、その正面入口で、みおはスマートフォンの時計を確認した。


「……ちょっと早かったかな」


待ち合わせは十一時半。家から近いこともあって余裕を持って出た結果、三十分ほど早く着いてしまった。


今日は制服ではない。


淡い色のブラウスにロングスカート。肩には小さめのショルダーバッグを掛けている。


休日に学校の先輩たちと出かける。


ただそれだけなのに、今朝はなぜか服を決めるのにいつもより時間がかかった。


当然、さきには気づかれた。


『黒瀬先輩いるから?』


そう聞かれたので、全力で否定して家を出てきたのだが。


「……普通だよね」


改めて自分の服を見下ろす。


「何が普通なんだよ」


「ひゃっ!」


真横から声がして、みおは肩を跳ねさせた。


「黒瀬先輩!」


いつの間にか蓮司が立っていた。


黒いシャツに細身のパンツ。以前みおの家へ来たときとは少し違う、落ち着いた私服姿だ。


「いつからいたんですか!」


「今」


「声かけてくださいよ!」


「かけただろ」


「急に真横から!」


蓮司はそんなみおを一度見て――ふと視線を止めた。


「……」


「何ですか?」


「いや」


「また『別に』ですか?」


「まだ言ってねえだろ」


「顔が言ってます」


「お前も真琴みたいになってきたな」


そう言ってから、蓮司はもう一度みおを見る。


「その服」


「え?」


「学校と雰囲気違うな」


みおの心臓が、ほんの少し跳ねた。


「……変ですか?」


「誰もそんなこと言ってねえだろ」


「じゃあ、どうなんですか?」


「……」


蓮司が一瞬だけ言葉に詰まる。


そして、わずかに目を逸らした。


「……似合ってんじゃねえの」


「……」


今度はみおが黙る番だった。


「何だよ」


「先輩が普通に褒めた……」


「あ?」


「いえ、ちょっとびっくりして」


「もう帰るぞ」


「なんでですか!」


蓮司が踵を返す。


「まだ始まってません!」


「うるせえ!」


「褒めただけで逃げないでください!」


「逃げてねえ!」


朝から何を言い合っているのだろう。


みおが笑いを堪えながら蓮司を追いかけようとした、そのとき。


「みおちゃーん!」


聞き覚えのある大声が響いた。


振り向けば、陽翔がこちらへ走ってくる。その少し後ろを、真琴がゆっくり歩いていた。


「おはようございます」


「おはよ!」


陽翔が元気よく片手を上げる。


真琴もみおを見るなり、少し目を細めた。


「佐倉さん、私服かわいいね」


「あ、ありがとうございます」


「ほら」


蓮司が横から言う。


「俺だけじゃねえだろ」


みおが笑う。


「先輩、まだ気にしてたんですか?」


「気にしてねえ」


「絶対気にしてます」


陽翔が二人を見比べる。


「何? 何の話?」


「黒瀬先輩が服を褒めてくれたんです」


「お前!」


蓮司が睨む。


陽翔の目が大きくなった。


「蓮司が!?」


「そんな驚くことですか?」


「めちゃくちゃ珍しい!」


「天野、黙れ」


陽翔はみおの服を改めて見る。


「でもほんと似合ってるよ。学校もかわいいけど、今日のほうが――」


一歩、みおへ近づく。


「天野」


「ん?」


蓮司が低い声で呼んだ。


「近え」


「……」


陽翔が止まる。


真琴も止まる。


みおだけが首を傾げた。


「?」


陽翔がゆっくり一歩下がる。


「はい」


「何で素直なんですか?」


「いや、なんとなく」


真琴が蓮司を見る。


「休日でもそれなんだ」


「何が」


「別に」


「その返事やめろ」


真琴の口元が少しだけ上がった。


◇ ◇ ◇


四人が揃ったところで、ショッピングモールの中へ入った。


今日の目的は、真琴の買い物に付き合うことだ。


「七瀬先輩の誕生日、もうすぐなんですよね?」


みおが尋ねると、真琴が頷く。


「来週」


「何買うか決めてんの?」


陽翔が聞く。


「決めてないから呼んだんだけど」


「俺ら必要?」


「一人で見てると迷う」


「結衣ちゃんが欲しいって言ってたものとかないの?」


「聞いた」


「お、何て?」


真琴は少しだけ間を置いた。


「『真琴先輩が選んでくれるなら何でも嬉しいです』って」


「…………」


陽翔が胸を押さえた。


「強い」


「何が」


「彼女力」


「意味分かんない」


「羨ましい!」


心の底からの叫びだった。


蓮司が面倒そうに横目を向ける。


「朝から騒ぐな」


「お前には分からない! 彼女持ちと彼女なしの格差が!」


「俺もいねえよ」


「なのに余裕あるの腹立つ!」


「知らねえよ」


蓮司の隣で、みおはほんの少しだけ視線を逸らした。


なぜ逸らしたのか。


自分でも分からない。


ただ、その小さな反応を真琴だけは見逃さなかった。


けれど何も言わず、そのまま最初の店へ入っていった。


◇ ◇ ◇


アクセサリー。


香水。


小物。


ハンドクリーム。


雑貨店の中には、贈り物にできそうなものがいくらでも並んでいる。


そのせいで、真琴は完全に迷っていた。


「これ、結衣っぽいかな」


手に取ったのは、淡い色をした小さなアクセサリーケースだった。


みおが隣から覗き込む。


「かわいいです」


「でも家に似たようなのありそうなんだよね」


「じゃあ……これは?」


みおが指したのは、小さなネックレスだった。


装飾は控えめで、細いチェーンの先に小ぶりな石が一つだけ付いている。


真琴は手に取り、しばらく眺めた。


「……結衣、こういうの好き」


「じゃあ、いいんじゃないですか?」


「でも服に合わせやすいかな」


「シンプルだから大丈夫だと思います」


「だよね」


二人はすっかり真剣だった。


一方。


少し離れた場所では、陽翔と蓮司が所在なさそうに立っている。


「俺ら完全に要らなくない?」


「ああ」


「なんで呼ばれたんだろ」


「荷物持ち」


「悲しい」


そこへ真琴が振り返った。


「黒瀬」


「あ?」


ネックレスと別のアクセサリーを両手に持ち、見せる。


「これとこれ、どっちがいいと思う?」


「俺に聞くなよ」


「男目線」


蓮司が真顔で返した。


「結衣に男目線いるか?」


「確かに」


「聞いといて納得すんな」


「じゃあ俺!」


陽翔が勢いよく手を挙げた。


「俺は?」


「天野はセンス信用してない」


「なんで!」


みおが吹き出す。


「天野先輩、今日何しに来たんですか?」


「ほんとそれ!」


「お前が言うな」


蓮司にまで突っ込まれ、陽翔は肩を落とした。


そんなやり取りを挟みながら、一時間以上。


いくつもの店を見て回った末に、真琴は最初の店へ戻り、小さなネックレスと、それを入れるアクセサリーケースを買った。


会計を終え、紙袋を手にした真琴が少しだけ満足そうに眺める。


「これなら使ってくれそう」


陽翔が笑う。


「めちゃくちゃ悩んでたな」


「一年に一回なんだからいいでしょ」


「七瀬先輩、絶対喜びますよ」


みおが言うと、真琴は紙袋を見たまま答えた。


「ならいいけど」


素っ気ない返事。


けれど、その顔は明らかに嬉しそうだった。


◇ ◇ ◇


買い物を終えた頃には、午後一時を過ぎていた。


四人はフードコートで軽く昼食を取り、さて次はどうするかと話していた。


陽翔が映画館の案内板を見つける。


「あ、映画でも見る?」


「急だな」


蓮司が言う。


「いいじゃん。今日、このあと特に予定ないだろ?」


真琴も上映一覧を見る。


「時間ちょうどいいのあるね」


「何ですか?」


みおも横から覗き込んだ。


アクション。


ホラー。


恋愛映画。


アニメ。


いくつもの作品が上映されている。


陽翔がすぐ一つを指差した。


「これ! アクション!」


「またそういうのかよ」


「いいじゃん!」


蓮司は別の作品を見る。


「こっちのほうがマシ」


「えー」


その横で、真琴の視線がある作品で止まった。


「……」


口元が、ほんの少しだけ上がる。


嫌な予感がした。


みおは、その顔を知っている。


「これにしない?」


真琴が指した作品を、三人が見る。


ポスターには男性二人が大きく描かれていた。


青春恋愛映画。


「……」


みおが固まる。


陽翔がタイトルを見る。


「これ何?」


真琴は何でもないことのように答えた。


「BL」


「え?」


みおが勢いよく真琴を見る。


「桐谷先輩!?」


「何?」


「何でそれ選ぶんですか!」


「最近、興味ある人がいるみたいだから」


「誰のことですか!」


真琴がみおを見る。


「誰だろ」


「絶対私じゃないですか!」


陽翔が思い出したように爆笑した。


「例の本!」


「忘れてください!」


横でポスターを見ていた蓮司が口を開く。


「これが、この前言ってたやつ?」


「そう」


真琴が答える。


蓮司は数秒ポスターを眺めた。


「別にいいけど」


「えっ」


今度はみおが蓮司を振り返った。


「いいんですか!?」


「映画だろ」


「そうですけど!」


「何でお前が一番焦ってんだよ」


「焦ってません!」


「焦ってるだろ」


陽翔も腕を組んでポスターを見る。


「俺もこういうの見たことないな」


「いい機会じゃん」


真琴が言う。


「まあ、四人ならいいか」


「えっ、天野先輩まで!?」


一対三。


みおは最後の抵抗を試みる。


「アクションとかでも……」


真琴が笑った。


「嫌?」


「嫌じゃないですけど!」


「じゃあ決まり」


「絶対面白がってますよね!?」


「半分くらい」


「半分も!」


結局。


四人でBL映画を見ることになった。


◇ ◇ ◇


上映開始まで、あと三十分。


休日の映画館はかなり混雑していた。


チケットを買った四人がロビーへ移動すると、陽翔がすぐポップコーン売り場を見つける。


「買おうぜ」


蓮司が呆れた顔をした。


「お前、昼食ったばっかだろ」


「映画とポップコーンは別腹」


「便利な腹だな」


「みおちゃんも食う?」


「少しなら」


「じゃあ、でかいやつ一個買ってみんなで――」


「あれ?」


みおの視線が止まった。


真琴が見る。


「何?」


「あそこ」


みおはロビーの向こうを指差した。


「白鷺先輩じゃないですか?」


三人もそちらを見る。


「……」


いた。


白鷺怜央。


休日なので当然制服ではない。


落ち着いた色のシャツにジャケットという、同年代にしてはずいぶん大人びた服装だった。


けれど。


四人が注目したのは怜央ではなかった。


その隣。


一人の女性がいる。


長い髪。


すらりとした体型。


派手ではない、落ち着いた服装。


それでも自然に目を引くほど整った顔立ちで、何より雰囲気が大人っぽい。


高校生には、まず見えなかった。


「……綺麗な人」


みおが思わず呟く。


真琴も少し驚いている。


「大人っぽいね」


陽翔が声を潜めた。


「大学生……?」


蓮司は二人をじっと見る。


怜央と女性は並んでチケットを確認していた。


女性が何か話す。


怜央が答える。


その表情は、学校で見る怜央より明らかに柔らかい。


「……あいつ」


蓮司の眉が上がる。


真琴も同じことを考えたらしい。


「もしかして」


四人の頭に、同じ可能性が浮かんだ。


陽翔が蓮司を見る。


「なあ」


「何だよ」


「白鷺って、彼女いるって言ってなかった?」


「ああ」


蓮司は以前の会話を思い出す。


本人からはっきり聞いた。


――俺、彼女いるし。


しかも、この学校ではない。


「いるっつってた」


「じゃあ、あの人……?」


みおが女性を見る。


「彼女なんじゃないですか?」


「いや、でもみおちゃん」


「はい?」


陽翔が真剣な顔をする。


「あの人、高校生に見える?」


みおはもう一度見る。


女性は、隣にいる怜央より明らかに大人びて見えた。


「……見えません」


「だろ?」


「お姉さんって可能性もあるけど」


真琴が言う。


「でも、だったら白鷺先輩ってお姉さんいたんですか?」


「知らない」


「俺も知らねえ」


蓮司が答える。


陽翔は二人を見ながら首を傾げた。


「それに姉弟なら、あの距離感か?」


「距離感って何ですか」


「なんかこう……」


陽翔が身振りで説明しようとする。


「近いような、近すぎないような」


「分かりません」


「俺も自分で言ってて分かんなくなった」


「じゃあ言わないでください」


そんなことをしているうちに、女性が何かを言った。


怜央が頷き、一人でこちら側へ歩き出す。


向かった先は男子トイレ。


陽翔の目が光った。


「チャンス」


真琴が即座に嫌そうな顔をする。


「何の」


「聞く」


「やめなよ。デートだったら邪魔じゃん」


「だから今、一人になっただろ」


「そういう問題?」


蓮司まで立ち上がる。


「まあ、聞くだけならいいだろ」


真琴が呆れた。


「何で男子ってこういうときだけ妙に団結するの」


そう言いながら。


真琴も立つ。


みおが見る。


「桐谷先輩も行くんですか?」


「……ここで一人待ってるのも変でしょ」


「絶対ちょっと気になってますよね?」


「別に」


「その『別に』ずるいです」


結局。


四人全員で、男子トイレの少し離れた場所まで移動した。


そして。


並んで入口を見る。


「……」


みおは数秒してから、冷静になった。


「これ、すごく怪しくないですか?」


真琴が即答する。


「今さら?」


「だって四人で男子トイレの前見てるんですよ?」


陽翔が小声で言う。


「張り込み」


「やめてください!」


「しーっ」


「誰のせいですか!」


蓮司が呆れたように二人を見る。


「出てきたら普通に聞きゃいいだろ」


みおが蓮司を見る。


「何て聞くんですか?」


「誰なんだって」


「直球!」


「回りくどく聞く必要ねえだろ」


「前に白鷺先輩、彼女いるって言ってたんですよね?」


「ああ」


「じゃあ、彼女なんじゃないですか?」


「俺もそう思うけど」


陽翔が首を振る。


「でも高校生じゃなさそうなんだよな」


真琴も女性のほうへちらりと視線を向ける。


彼女は少し離れた場所でスマートフォンを見ながら待っている。


時折、男子トイレの方向へ目を向けていた。


「お姉さんって可能性もまだある」


「でもなあ」


陽翔が納得できない顔をする。


みおが小さくため息をついた。


「そんなに気になることですか?」


「気になる!」


「即答……」


そのとき。


男子トイレの扉が開いた。


怜央が出てくる。


そして。


四人と目が合った。


「……」


足が止まる。


「……何をしている」


当然の疑問だった。


男子トイレの前。


蓮司、陽翔、真琴、みお。


四人並んで待ち構えている。


陽翔が最初に一歩出た。


「白鷺」


「何だ」


蓮司も腕を組む。


「ちょっと聞きてえことがある」


怜央の目がわずかに細くなった。


どうやらもう、嫌な予感がしているらしい。


「……断る」


「まだ何も言ってねえだろ」


真琴が、少し離れた場所で待つ女性へ視線を向ける。


「白鷺」


「何だ」


「一緒にいる人」


怜央の目が、ほんの少しだけ動いた。


そこへ陽翔が続ける。


「誰?」


「……」


怜央は四人を見る。


蓮司。


陽翔。


真琴。


そして。


なぜか自分まで事情聴取に参加してしまったことを申し訳なく思い始めているみお。


数秒の沈黙。


怜央は眼鏡を軽く押し上げた。


「お前たち」


落ち着いた声で言う。


「人の休日まで風紀委員会の事情聴取みたいなことをするな」


蓮司の口元が少し歪んだ。


「今日はお前がされる側だ」


「意味が分からない」


「で?」


陽翔が身を乗り出す。


「あのめちゃくちゃ美人な人、誰?」


「……」


怜央は。


深く、深く息を吐いた。


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