第十二話『吾輩、抱き締められたい』
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
刃を向けられた直後、一気に吾輩の体から光が抜けてしまった。
体が縮み、元の姿に戻ってしまった。
吾輩、絶体絶命の窮地である。
「えー……、小さくなった……?」
死はキョトンとした表情を浮かべて、吾輩を見ている。
吾輩、知ってる。こういう状況を蛇に睨まれた蛙というのである。
生きた心地がしない。体がふるふる震えるし、おしっこ漏らしてしまったのである。
「……すっごい怯えられてる? なんか、ショックなんだけど……」
「待ってー!!」
「待ってくだせぇ!!」
「剣聖様!!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「その子、違うんです!! 多分、わたし達の事を追いかけて来たんです!!」
「殺さねぇでくだせぇ!」
「そのオルグ、オレ達の命の恩人なんです!!」
ミゼラとヤザン、カリオスのトリオだ。三人は血相を変えながら駆け寄って来た。
「えーっと、君達は?」
「『イベリア』のミゼラです!」
「同じく、『イベリア』のヤザンです!」
「同じく、カリオスです!」
「……イベリア? ああ、パーティ名?」
「は、はい!」
死はミゼラ達に向き合い、刃を鞘に戻した。けれど、その状態であっても隙がない。
一歩でも動けば輪切りにされる。
吾輩、怖い。
「命の恩人って? この子、魔獣だよ?」
「そうなんですけど、本当に助けてくれたんです!」
「偶然、そういう感じになっただけじゃなくて?」
「はい! わたし達をメタルディザイアの攻撃から庇ってくれたんです!」
「体を横向きにして、盾になってくれたんです! あれは明らかにオレ達を庇ってくれていました! 本当です!」
「一緒に戦った後もオレ達に危害を加える様子を一切見せませんでした!」
「待って、メタルディザイア!?」
死は目を白黒させて叫んだ。
「えっ、メタルディザイアに遭遇したの!? それって、もしかして……、鳥型の奴?」
「は、はい!」
「そうです!」
「なんで、分かったんですか? 鳥型って……」
死はアチャーという顔をした。
「わたしが追い掛けてた奴だ、それ。被害が出る前に仕留めるつもりだったんだけど……って、なんで生きてるの!?」
「わ、わたし達も死を覚悟したんですけど、この子が助けてくれたんです!」
「あっ……、ああ! そういう事か! あぁ……、そっかぁ」
死が吾輩を見た。吾輩、またおしっこ漏らしちゃったのである。
「……尻拭いしてくれたとなると、斬るわけにもいかないか」
「斬らないでください!」
「オルグたんは天使なんでさ!」
「お、お前ら、剣聖さまに無礼が過ぎるぞ! 申し訳ございません!」
死はどうやら剣聖という名らしい。
「謝らなくていいよ。Dr.クラウンに聞いた性能が本当なら上級の冒険者でも太刀打ち出来なかったと思うし……」
そう言うと、剣聖は吾輩の前でしゃがみ込んだ。
「この子達を守ってくれたのね。ありがとう、ワンちゃん」
そう言うと、剣聖は吾輩に笑い掛けて来た。
気味が悪いのである。
「それにしても、人間を守る魔獣なんて聞いた事がないなぁ」
「本当なんです!」
「疑ってるわけじゃないよ。ただ、珍しいなーって」
剣聖は吾輩の頭をわしゃわしゃ撫でて来た。
その気になれば、吾輩の頭蓋を簡単に潰せる手が頭に乗っている。怖いのである。
「ベルーガーへの変身といい、本当に何者なのかな?」
「わぅ……」
吾輩は犬である。名前はポチという。
「……まあ、いっか! それより、メタルディザイアね。どこに飛んで行ったか分かる?」
「え? あの……、四散しました」
「え? それは……」
剣聖がミゼラ達を指差すと、ミゼラ達は首をぶんぶんと横に振り、吾輩の方へ指先を移動させた。
「ワンちゃん、メタルディザイアを倒したの?」
「ワン」
倒したのである。
「へー……、へー! メタルディザイアを倒したんだ! へー!」
吾輩、致命的なミスを犯した気がするのである。
剣聖の眼がギラギラと輝きだした。おしっこどころか、うんちを漏らしそうである。
「ますます興味が湧いて来たよ。ちょっと聞いてみるかな」
そう言うと、剣聖は鋼の板を取り出した。ご主人やカイトくんが持っていたスマホに似ている。
「もしもーし、ドクター?」
『なんじゃ? ハバキリは見つかったのか?』
「見つけてないけど、そっちは大丈夫そう。それより、ちょっと面白い子を見つけたのよ。ベルーガーに変身するオルグ」
『見つけてないのに大丈夫って、どういう事じゃ??』
「そっちはもう討伐済みだったの!」
『お主よりも先にわしのハバキリを討った者がおるのか!?』
「そう! しかも、オルグが!」
『……そこにおるのか?』
「うん!」
『ほぅ……、ちょっと見せてみぃ!』
「どうやって?」
『端末の端っこにレンズがあるじゃろう? それをオルグに向けるのじゃ』
「はーい」
剣聖は端末のレンズを吾輩に向けた。すると、端末の向こうから聞こえてくる声は咳き込みだした。
『な、なんで、バーニーズ・マウンテン・ドッグがそこにおるんじゃ!?』
「バニ……、え? なに?」
『バーニーズ・マウンテン・ドッグじゃ。まさか……、いや……、ううむ』
「ちょっと、ドクター! この子の事を知ってるの?」
『わしが知っとるのは犬種がバーニーズ・マウンテン・ドッグという牧畜犬という事だけじゃよ。ただ、変身については心当たりがあるのう』
「けんしゅ? っていうか、心当たりって?」
『エヴォルクじゃ』
「エヴォルク?」
『古代種だとか、先祖返りだとか呼ばれておるタイプの魔獣が持つ能力じゃよ。この世界ではまずあり得ない事じゃが、魔力に染まらずに生まれた獣が後天的に魔力を得ると、その種が持つ可能性を一時的に引き出す事が出来るようになるのじゃ』
「……どゆこと?」
『要するに、本来ならば何十何百と世代を重ねる事で環境に適合していく進化を一時的に代を重ねずに行うスキルのようなものじゃ』
「しんか……?」
『お前さん、もうちーっとばかり剣だけじゃなくて、勉強にも時間を割いた方がいいと思うぞ……』
「ちゃ、ちゃんと勉強もしてるよ! キャロの入学に備えて、勉強を教えてあげる為に頑張ったんだから!」
『ほうほう、効果はあったのかのう?』
「……グスン」
『今度、子供用の学習教材を用意してやるから泣くでない……』
剣聖は端末を仕舞い込んだ。そして、吾輩を持ち上げた。
「モフモフ……」
「ワゥ……」
「持って帰る」
「ワゥ!?」
「剣聖様!?」
「オルグたんはオレ達のものです!!」
「返してください!」
「ヤダ!」
剣聖に持ち上げられたまま、吾輩はベリオスの門を潜った。
その後ろではミゼラとヤザンが剣聖に吾輩を返せと叫び続けている。
もう、何が何だか分からない状態である。
《『スキル:スニッフ・サーチ』発動。対象:祠堂戒人。失敗。サーチ範囲内に祠堂戒人はいませんでした》
とにもかくにも、カイトくんを探すのである。
《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:祠堂戒人。失敗。サーチ範囲内に祠堂戒人の痕跡は残っていませんでした》
この街には居ないようである。
カイトくんが恋しい。吾輩、生きて彼に会えるのであろうか?
「今日はこの子を抱いて寝よう!」
「それ、わたしがやりたい事なんですけど!?」
「オレがやりたい事!!」
「……それ、オレもちょっとやりたいかも」
吾輩、カイトくんに抱き締められたいのである。




