第八十五話 幼い飾り
バジルの言う真の王とやらを見る為に同行する事を決めたメルセデスが連れていかれたのは、路地裏にある安宿であった。
一階は酒場になっており、意外と繁盛しているが場所が場所なので客の質はよくない。
バジルはその厨房に入ると、床に敷かれた布をどけて手をかけた。
すると床の一部が開き、下へ続く階段が現れる。
「こちらです」
彼に案内されるままに階段を降りていく。
するとそこにあったのは、倉庫だ。
店で使うのだろう様々な食材が備蓄してあり、そしてそれ以外に何もない。
五畳半ほどの小さな個室の中に所狭しと食料が敷き詰められているだけで、こんな場所はどこの宿屋にもあるだろう。
バジルはその一角にあった棚をどける。
すると、またしても地下へ続く階段が姿を見せた。
どれだけ下に潜らせる気だろう。モグラにでもなれというのか。
バジルに同行していた護衛のうちの一人は倉庫に残り、メルセデス達が階段を降りると同時に棚が元に戻される。
更に下に降りる事数十秒……やがてメルセデスは、地下とは思えない開けた空間へと出た。
「……広いな」
広い。まず感想はその一言に尽きる。
その場所は地下とは思えないほどに密閉感がなく、小学校の体育館程度の面積はあるだろう。
更に驚いたのは壁一面には鎧の兵士らしき者達がいて、微動だにせず待機している事だ。
一瞬飾りかとも思ったが、彼等はメルセデスを見ると一斉に剣を手にした。
それをバジルが何かの合図で諫めると、寸分違わぬ動作で待機姿勢へと戻る。
なるほど、招かれざる客にはあれらが全て襲い掛かるわけか。
この広い空間は兵士達が存分に戦う為の場であり、同時に侵入者を処刑する場でもある、という事だろう。
そして広間の奥には地下には場違いなほどに大きな屋敷があり、その周囲は特に兵士の数が多い。
ここまで見れば、この空間が何なのかは流石に分かる。
間違いない、ここは……。
「ダンジョンか。一区画を解放して拠点として使っているな」
「もう見抜かれましたか。流石です」
流石と言いつつ、バジルの声に驚きはない。
この場所を見せた時点で、少しダンジョンの事を知っていれば正体に気付く。
だからこその兵士達なのだろう。
つまり招かれざる者がここを見た時点で、生きて帰す気はないという事だ。
同時に、メルセデスにここを見せたという事は、この時点で既に選択を迫っているという事である。
察しのいい者ならばこの空間を見た時点で、ここがどういう場所なのかは分かる。
隠す気のない広間に、唯一の出口である階段の先には見張りがいて塞がれている。
本当にそこまでやるかどうかはともかく、『ここを見た以上仲間にならなければ生きて帰さない』という無言の圧力をかけられるわけだ。
……まあ、本当にそういう手段に踏み切ったならば、その時はむしろ好都合なだけだが。
メルセデスは無暗やたらと、敵意もない相手を問答無用で攻撃する事はない。それは人として正しくないからだ。
しかし敵意をもって襲い掛かってくれるならば話は別。それはいくら叩き潰しても正当防衛になる。
バジルはメルセデスを閉じ込めて圧力をかけた気でいるのだろう。
だがそうではない。彼は今、猛獣を家の中に入れてしまったのだ。
「こちらです。どうぞ」
屋敷の中に招かれながらメルセデスは兵士達を観察していた。
兵士達からはまるで生気というものが感じられず、微動だにしなすぎる。
恐らくこれも何らかの魔物なのだろう。
そう考えてツヴェルフへ聞いてみると、すぐに答えが返って来た。
『製造№799。正式名称Pー001。現地識別名、ゲーエンパンツァー。
司る属性は“鉄”単一。
パンツァー種の中では最も戦力に劣りますが他の種に比べて防御力に秀でています。
Pタイプの先行試作体であり、Pタイプ全ての基本となっています。
特殊な能力は有しませんがコスト面に優れており、主に集団での戦闘を想定して製造されました。
戦闘能力は鎧を装着した兵士一人分であり、これは平均的な吸血鬼の成人男子の六割ほどの戦力です。
ゼリー種同様に鎧の中に核が存在し、その核を破壊するか、四肢を破壊されるまで活動を止めません』
以前よりも少し情報が増えている気がした。
製造ナンバーだの、正式名称だのは恐らく人間が付けた名前だろう。
現地識別名は吸血鬼が付けた名前で、恐らく別の国に行けば名前も違うはずだ。
メルセデスのダンジョンの中では鍛えすぎたワルイ・ゼリーが『プルプル、武具に頼るとは軟弱な奴』とかほざいている。うるさい黙れ。お前ムキムキすぎてもうプルプルしてないんだよ。
もういっそ、キタエスギタ・ゼリーに改名して別種として登録し直してやろうか。
通された屋敷の中は、グリューネヴァルト邸には多少見劣りするものの貴族として恥じないほどに広く、整っていた。
屋敷の中にもやはり鎧がおり、しかし外にいた物とは色が違う。
外にいたのは錆色だったが、こちらは輝く銀色だ。
恐らく同じ系統の上位種なのだろう。
他には何人かの召使いと、貴族らしき人物が見える。
バジルは屋敷の中を進んでいき、やがて一つのドアの前で止まった。
「この先におられます。どうか失礼なきようお願いします」
「善処しよう」
メルセデスの返事を聞き、バジルがドアを開けた。
部屋の中は赤い絨毯が敷き詰められ、天井にはシャンデリアが吊り下げられている。
床は途中から少し高くなっており、入り口から離れた場所に玉座を思わせる豪華な椅子がある。
恐らく城の玉座の間をイメージした造りになっているのだろう。
そして玉座には、メルセデスと同じくらいの……つまりは外見年齢12歳ほどの少年がちんまりと座っていた。
まさかあれが真の王なのだろうか……?
いや、まあ、吸血鬼は外見で年齢を判断するのが難しいのでああ見えて実は二十を過ぎている可能性もあるわけだが、どちらにせよ威厳はあまり感じない。
「マックス様、メルセデス・グリューネヴァルト様をお連れしました」
「うむ」
バジルが一礼をするがメルセデスは下げない。
まだこちらに付くと決めたわけではないし、というかむしろ付く気がない。
そしてこれでも一応こちらも公爵家であって、家の格ではむしろ王族以外には勝っているのだから安易に頭を下げるのはただ舐められるだけだ。
ここで頭を下げる事を強要してくれば、そんなのは向こうが礼儀知らずなだけで、その時は即見限って帰ってしまおうと考えていた。
「よくぞ来た、メルセデスよ。私はマックス・フォン・オルクス・ファイト。
最も新しき攻略者の正当なる血筋にして、いずれこのオルクスを統治する者である」
酷い名前だ。素直にそう思った。
この国での貴族の名前は半端にドイツ風で少々長ったらしい上に微妙にドイツと違う。
恐らく元となった文化はドイツのものなのだろうが、それが不完全な状態で伝わってしまったのだろう。
基本的には『名前』+『接続詞』+『治める土地』+『家名』で構成され、ベルンハルトならば『ベルンハルト・フォン・ブルート・グリューネヴァルト』となる。
この接続詞である『フォン』は正式に家名を継いだ者が継承する事になっており、メルセデスにはない。
そしてこの少年が名乗った名前は『マックス・フォン・オルクス・ファイト』。これはハッキリ言って貴族に喧嘩を売っているレベルの名前だ。
マックスはいい。名前なのだから問題はない。
フォンもまだ分かる。彼しか跡継ぎがいないならば彼に名乗る権利があるだろう。
ファイトも問題ない。ただの家名だ。
だがオルクス、てめーは駄目だ。名前に国の名前を冠しているとはもう王様気取りか。もうオルクスを治めた気でいるのか。
これは、気の短い貴族に聞かせたらその場で斬りかかられても文句は言えない名前である。
確かに攻略者の血筋ではあるだろうし、本当に王になれる可能性もあるだろう。
だがまだ成していない。そんな状態でオルクスの名を冠するのは余りに考え無しだ。
メルセデスが僅かに目を細めてマックスを睨むと、彼はビクリと肩を震わせた。
「う、うぬ……? 何を怒っているのだ?
バ、バジル、私は何か間違えてしまったのか?」
怒ってはいない。ただ呆れているのだ。
しかしそれを怒りと感じたらしい彼は、途端に弱気になってバジルに助言を求めだした。
一瞬で弱気な正面の顔を覗かせて不安そうにする様はますます王の威厳からは程遠い。
こいつ本当に大丈夫だろうか。
「怒らないで欲しいのだ。わ、私が何か怒らせる事をしたなら直すから、遠慮なく言って欲しい」
じゃあそのふざけた名前を直せ。
とは流石に言えずに、膝を突いているバジルを睨んだ。
彼もこちらを咎めるように見ているが、メルセデスが少し怒気を強めて更に強く睨むと冷や汗を流した。
さて、どう判断したものか。
このマックスという少年からは邪気を感じない。
そもそも自分が一体何をしているのか、どれだけ危うい名前を名乗っているのかすら自覚していないように見える。
となれば、やはり問題はバジルの方か。
やはり糸目の優男にロクな輩はいない。メルセデスは改めてそう思った。
【キタエスギタ・ゼリー】
元々ワルイ・ゼリーだったものが鍛えすぎて原型を見失った姿。
身長は2m近くまで伸び、筋肉ならぬ筋ゼリーがありすぎて一見すると肥満にも見える。
尻と見間違えるほどの胸ゼリーに10パックに割れた腹ゼリー。
丸太のような手足に、存在しないはずの血管のような何かが浮き出てピクピクしている。
ゼリーのくせに全然プルプルしていない。むしろクッソ硬い。
魔物名は一応今でもワルイ・ゼリーのままだが、これもう別種扱いでいいだろうとメルセデスは思っている。




