第八十四話 葬られた攻略者
胡散臭い。
まず、第一印象はとにかくその一言に尽きた。
いきなり尾行などという手段に出たのも胡散臭いし、数を揃えてこちらを囲むような事をしているのも胡散臭い。
挙句の果てに真の王とか言い出して、もうこれで安心しろというのが無理というものだ。
そんなメルセデスの考えに気付いているのか気付いていないのか……糸目の男はニコニコと笑いながら話し始めた。
「メルセデス様。貴女は王剣というものをご存知でしょうから、まずこの説明は省きます。
先に結論を言ってしまうならば、我等が真の王は最も新しき『攻略者』の血を引く正当なる王なのです」
「……ほう?」
メルセデスの知る限り、最も新しい攻略者は他でもないメルセデス本人である。
しかし相手側はそれを把握していないようだ。それはいいとして、攻略者の血筋とは興味を惹かれる。
まだ向こうの狙いや思想が見えてこないので様子見をするしかないが……ろくでもない輩だったならば好都合だ。
その時は何の遠慮もなくダンジョンを奪い取ってやれる。
とはいえ、まだそれが本当なのかどうかすら定かではない。攻略者の血筋を名乗っているだけのハッタリの可能性の方が高いくらいだ。
なのでメルセデスは口を挟まず、説明の続きを促した。
「知る者はほとんどいませんが、ダンジョンというのはただ宝を持ち帰れば攻略というわけではありません。本当の意味で手にするには試練を乗り越えねばならないのです」
「……初耳だな」
「でしょうね。これは一部の者しか知らぬ超極秘事項ですから」
メルセデスはすっとぼけながらも、この一団への評価を少しだけ上げていた。
どういう経緯かは知らないが、どうやらこの男達はダンジョンの秘密を知っているらしい。
ダンジョンは、金の扉を選んだ時点で記憶が消されて試練に挑む事が出来なくなる。
また、引き返す事も出来ない。それをやれば扉はどちらも、二度と開かなくなる。
故に攻略者以外にそれを知る事は出来ない。
ならばこの男が言う真の王は少なくとも、攻略者本人から話を聞いたという事になるだろう。
「ダンジョンの攻略は国の力を強め、周辺諸国への牽制にもなる。それ故に新たなダンジョンを攻略する事は王族にとっての悲願でもありました。
しかしダンジョンの攻略は腕利きの騎士百五十人で結成される一個中隊で挑んでも命を落とすほどに難しい……長年攻略者は現れませんでした」
そりゃそうだろ、とメルセデスは思った。
ダンジョンみたいな狭い場所に百五十人も入れれば動けなくなるだけだ。
道を通れる程度に整列しても今度は後ろの味方が邪魔になって退却すら出来ない。
後ろの兵士は前の兵士が邪魔で何も見えない。
そして中央の兵士は前後の味方が邪魔で何も出来ないと、何一つ利点がない。
「しかしある時、一人の騎士がやり遂げたのです。
そのお方の名は『クリストフ・ファイト』。多くの仲間を失い、自らも重傷を負いながら見事生還してダンジョンを持ち帰りました」
「それは凄いな」
その話が事実ならば大したものだ、とメルセデスは素直に賞賛した。
彼女は過去二回、ダンジョンの守護者と戦っているがどちらも容易い相手ではなかった。
それを攻略したというのなら、クリストフとやらは確かに王の器かもしれない。
「しかし当時の王……今のジークリンデ王女の祖父に当たるアウグスト・アーベントロートは、自らの地位が脅かされる事を恐れて、あろう事かクリストフ様を暗殺したのです」
ジークリンデの祖父……というと確かあれだ。
男児に恵まれずにイザークとかいう無能を王にして、国を大混乱させた無能王だ。
むしろキングオブ無能と言っていいかもしれない。
もうこの世にいないのだろうが、どうやらまだやらかしていたらしい。
更に今のオルクスの上層部の腐敗具合も元を正せばこの男がしっかりしていなかったからだ。
一体この男、いくつの負債をジークリンデに残しているのだろうか。
「当時クリストフ様には二人の娘がいました。
一人は逃げる途中で追っ手に捕まり……もう生きてはいないでしょう。
しかし、もう一人は生き延びて父の無念を晴らすべく再起の時を待っていたのです」
「……では、そいつがお前の言う真の王か?」
「いえ。残念ながらその方も長い逃亡生活の中で疲れ果ててしまい、もうこの世にはおられません。
しかしその方の血を引くお方がいます。その方こそが正当なる攻略者の血筋……真の王です」
硬いパンを噛み砕きながらメルセデスは、『真の王』は大体自分達と同世代くらいかと考えた。
一応……話は通っている。
今の王族というのは元々攻略者の血筋であり、つまりダンジョン所有者は王になる資格がある。
というよりダンジョンそのものが一国に等しいのだ。
ならばクリストフとやらは、確かに王になれる資格があったのだろう。
ならばその男をジークリンデの母と結婚させれば全てが丸く収まったはずだ。
しかし、ジークリンデの祖父であるアウグストはそう思わなかった。
王家の名がアーベントロートから変わってしまうのが嫌だったのか……ただ自らの失墜を恐れただけか。
彼はクリストフを暗殺し、挙句にイザークなどという無能に娘を与えて、それが後のジークリンデ母娘の苦難へ繋がった。
ならばクリストフを慕う者達が、彼こそ正当な王と考えるのはおかしな事ではない。
「……お前の話が事実だとしてだ。今の王女であるジークリンデをどうする気だ?」
「憎きアウグストの血を引くとはいえ、彼女に罪はありません。
それに旧き王家を慕う者もいるので、急な改革は反発を招くだけでしょう。
なので、我等が王の奥方になって頂くのが妥当な落とし所かと」
「本人の意思は?」
「無論、我等が王を好いていただけるよう最大限の努力をします」
あ、拒否権なしかこれ。
最大限の努力はすると言っているが、本人の意思を尊重するとは言っていない。
つまり『好いてもらえれば一番いいが、それが駄目でも嫁になれ』である。
「ふむ……話は分かった。
ところで肝心のお前の事を聞いていなかったな?」
「これは失礼致しました。私はファイト家執事のバジル・サーモンと申します」
……何だか美味しそうな名前だな。
メルセデスは何となく、バジルを添えられたサーモンの刺身を連想してしまった。
それはともかく、バジルと名乗った糸目の男を改めて観察する。
緑色の髪は肩まで伸びて、耳は完全に隠れている。
柔和に微笑む口元には牙が見えないが……折れたのだろうか?
肌はやけに白く、ジークリンデと同じパターンで実は女かとも思ったが、体つきはしっかり男のそれなので男装した女という事はなさそうだ。
というか声は意外と低いし、喉ぼとけもあるので男で確定だろう。
「それで、いかがでしたか? 私の話は」
「興味深い話ではある。しかし私に声をかけた理由が分からんな」
「それは簡単な話です。敵に回したくないからですよ。
先の愚王……イザークを玉座から引きずり下ろした際の貴女と父君の活躍は存じております。
それほどの力を持ち、王とも並ぶ発言力を持つグリューネヴァルト家を敵に回すのは賢い事とは思えません。
ですから貴女方には、こちらに付いて欲しいと思っているのです。
貴女方が味方になって下されば、まさに万軍を得たも同じ事。勿論真の王がこの国の玉座に就いた後も、貴女方の立場は保証しましょう」
なるほど。狙いは自分よりもむしろ父の方か、とメルセデスは考えた。
しかしここでフェリックスにいかずこちらに来る辺り、それなりに調べてはいるらしい。
将を射んとせばまず馬を射よと言うが、フェリックスではその馬にすらならないと把握しているのだ。
とはいえ、だからといって自分が一緒に来てほしいと言ったところで在り方を変える父ではないだろう。
メルセデスは想像の中で自分が父におねだりする姿を想像してみたが、父に一蹴される未来しか見えなかった。
ついでに想像の中の自分が気持ち悪いので、想像の中にもう一人自分を登場させておねだりしていた自分を蹴り飛ばした。
「私が断ったら?」
「その時は残念ながら、引き下がるしかありませんね。
しかし出来れば一度、我らが王に会って頂けないでしょうか」
ワインを飲み、少し考える。
こいつらの味方をする気は最初からないが、話の真偽くらいは確かめた方がいいだろう。
もし一切の偽りなく、攻略者の血を引いているならばそれはかなり厄介な事だからだ。
今、国民の王家への信頼は薄い。
ジークリンデは一部……主に男からは絶大な人気を獲得しているが、それは残念ながら王としてのカリスマ性ではないだろう。
そこに攻略者の血筋などが現れてしまえば、最悪、国が割れる。
いつ獣人が戦争を仕掛けてくるか分からない現状で、それは流石に不味いだろう。
「わかった、一度見ておこうか。
お前達の話が本当かどうか知るには、それが一番手っ取り早い」
だからここは、とりあえずこの連中についていく事にした。
【少しややこしいので王関連でおさらい】
・アウグスト・アーベントロート
ジークリンデの祖父。男児に恵まれずにイザークを娘の婿として迎えた人を見る目のない男。
今回新たに、攻略者を暗殺していた事が明らかになった。
大体こいつの無能から全てが始まっている。
・エルフリーデ・アーベントロート
ジークリンデの母。影の薄い人。
イザークの妻であったが、ジークリンデを産んだ後に死んだことにされて幽閉されていた。
人を信じすぎる性格。
・イザーク・アーベントロート
ジークリンデの父。エルフリーデの夫となる事で国王になった。
実はエルフリーデと結婚する前から妻がいて、しかも子供までいた。
エルフリーデがジークリンデを産んだ後に彼女を幽閉して死んだことにし、妻と子供達を城に連れてきた。
その際に子供達はエルフリーデの子という事にして王家を乗っ取ったが、ベルンハルトによって一族揃って皆殺しにされた。
実はベアトリクスの傀儡に過ぎなかった。
・ジークリンデ・アーベントロート
( ゜∀゜)o彡゜
正当な王家の後継者。
自分が王女である事を知らずに男装して、偽の王子の影武者をしていたというややこしい経緯の持ち主。
昔から年齢不相応にでかかったが、成長してもっとでかくなった。
もう男装は出来ない。
昔は短かった髪も長くなり、男から絶大な人気を誇るが王としてのカリスマ性はない。
動く度に揺れる、弾む、そして垂れないという男の夢を具現化したような存在。
・ベアトリクス
長らく続いた帝国陰謀編の黒幕。大体こいつのせい。
ガチレズで女が大好き。
作中では語られていないが実はマザコンでシスコンでロリコンでオバコンという役満状態。
イザークやフレデリックを裏で操っていたのもこいつ。
ちなみにエルフリーデ監禁の件は、心身ともに弱りきった彼女を自分が手厚く看病()する事で自分の物にしようとしていたらしい。
目的の為ならば手段を選ばない外道だが、メルセデスの出現を予想出来ずに捕まってしまった。
しかし本人的には吸血鬼を一つに纏める事の出来る強い女王がいれば誰でもいいので、これはこれで嬉しい誤算である。
・メルセデス・グリューネヴァルト
一応主人公。昔はそうではなかったが、自分以外が成長してしまった事で自動的にロリ枠になってしまった。
ダンジョンを二つ攻略しているので、バレたら王ルートまっしぐら。
ぶっちゃけ作中で最も王としての資格を得ているのはこいつである。




