第八十三話 変わる者、変わらぬ者
ベアトリクスのダンジョンを奪い取ってから、早いもので五年の月日が流れた。
メルセデスも十七歳となり、学園卒業まであと一年を残すのみだ。
ジークリンデは去年に不老期が訪れ、少女と大人の女性の境目という一番いい場所で外見が固定されている。
昔から年の割には大きかった胸は今や歩くたびにユサユサと揺れるほどで、胸にメロンを二つぶらさげているような有様だ。
彼女が歩く度に周囲の男子生徒の目が釘付けとなっている。
そんなに揺らして平気なのかと思うが、中世レベルの文明である吸血鬼の国にブラジャーはない。
胸を支える下着はあるのだが、現代日本ほどしっかりしたものではないのだ。
というのも、吸血鬼の胸が垂れる事は基本的に無いからである。
クーパー靭帯が頑丈に出来ているし、仮に切れても再生してしまう。
なのでジークリンデの胸は今日も揺れていた。
フェリックスは二十歳で不老期に入り、ほぼ肉体全盛期で固定された。男としては理想的な不老期だろう。
少しフレデリックと似た部分があったので不老期が訪れない可能性も危惧していたのだが、無事に若者のまま時間が停まってくれたようだ。
今では学園を卒業し、グリューネヴァルト邸で跡継ぎになるべく猛勉強をしているが、相変わらずベルンハルトに見向きもしてもらえない。
しかし女帝ベアトリクス(影武者)から友人として扱われている事でベルンハルトからも利用価値があると思われているのか、まだ捨てられてはいなかった。
十六歳になったモニカとマルギットは学園に入学以降は順調に成績を伸ばし、外見的にも将来が楽しみな美人に成長している。
昔はおどおどしていたマルギットは物静かなお嬢様といった姿に成長しており、男子生徒の中には隠れファンが多い。
ジークリンデほどではないが胸が大きいのもモテる理由の一つだろう。
モニカはスレンダー系美人であり、昔から変わらぬ縦ロールがチャームポイントだ。
今ではメルセデスより大きくなってしまった二人だが、今でもメルセデスを姉として慕っている。
そしてメルセデス――変化なし。
変化なしである。一切変わっていない。
昔から変わらずのストンペタンである。
嫌な予感はしていたのだが、見事に的中してしまった。
メルセデスは十二歳で不老期に入ってしまい、あれから全くと言っていい程に外見が変化していない。
今やクラスの中でハンナと並んで二人だけ子供が交じっているような悲しい絵になってしまっている。
ハンナは『仲間だねメルちゃん!』などと言いながら前より馴れ馴れしくなり、好感度が上がってしまった。
どうやら同族と見なされたようだ。
昔から変わらず主席であり、狩猟祭や武芸祭でもトップを独走するメルセデスを馬鹿にする輩はいないが、たまに微笑ましいものを見るような目を向けられるのが納得いかない。
メルセデスとしてはフェリックスのように二十まで普通に成長してから不老になるのが理想だったのだが、現実はそこまで彼女に優しくなかった。
戦う上で身長や体重、手足の長さは決して小さな要素ではない。
基本的に生物というのはでかくて重い方が強いのだ。
しかしいくら望めど身体は成長せず、メルセデスは我が身を呪う他なかった。
それとフレデリックがいなくなった学園は、別に閉校したりはせずに何事もなかったかのように今日も続いている。
ただ別の教師が学園長の座を引き継いだだけで、何も変わらなかった。
あえて言うなら、引き継ぎや混乱の収拾、騎士団からの事情聴取などで二週間ほど休校になっただけだろうか。
フレデリックにとって学園はなくてはならないものであっただろう。
だが学園にとってフレデリックは、別にいなくても困らない程度のものでしかなかったのだ。
そもそもエーデルロート学園は王立であり、本当の長は王……つまり今は、ジークリンデである。
学園長などは、所詮役職の一つに過ぎない。
だというのに国を裏切り、ジークリンデを売るような真似をしては、それこそ学園の存続は出来なかっただろう。
つまりフレデリックの計画は最初から破綻していたのだ。
また、帝国側は学園を存続させる約束はしていたものの、その扱いは女子生徒全員を引き抜いての隔離場のようなものを予定していたという。
これはベアトリクス本人に確認を取ったので間違いない。
そんなわけで学園は、悲しいほどに平常運転を続けていた。
◆
その日の学園の授業が終わり、メルセデスは王都内を歩いていた。
これから向かうのはダンジョンで、つまりはシーカーとしての仕事だ。
あれから五年が経った今、メルセデスのシーカーランクはBにまで上昇していた。
これでも一応自重して、最低限の仕事に留めているのだがそれでも上がるものだ。
そして逆に仕事をしなければランクは下がっていくので、定期的に何か仕事を取らなければならない。
しかしメルセデスはプラクティスダンジョンに行くのはあまり乗り気ではなかった。
というのも、以前は十五階層までしかなかったはずなのに、二回目以降は十八階層まで増えていたからだ。
かといって、ダンジョンの階層が増えたならばもっと話題になっていいはずなのに誰もその話を出さないし、さり気なく聞いても『プラクティスダンジョンは十五階層だろう』という答えが返ってくるのみだ。
つまり……メルセデスのみに対して階層が解放されているという事であり、これにメルセデスは警戒心を抱いた。
あのダンジョンの持ち主は、父でほぼ確定だ。
そこで戦うという事はこちらの手札を見せるという事であり、弱い魔物ならばともかく強い魔物相手ならばこちらも札を切らざるを得なくなる。
恐らく父はそれを狙って階層を広げ、こちらの札を見ようとしているのではないだろうか。
そう考えてからは、なるべくダンジョンに潜る頻度を減らし、深く入らないようにした。
メルセデスが未だにB止まりなのはそれが理由だ。
しかしプラクティスダンジョンへの突入は向こうの所有する魔物を見る好機でもある。
なのでこちらにメリットがないわけではない。
なるべくこちらの札は見せずに、向こうの札だけを見る。
その為にメルセデスはダンジョンへと向かっていた。
しかし、今日はどうやら予定変更をしなければならないようだ。
(……尾けられているな)
何者かがメルセデスの後を尾行していた。
最初は偶然向かう先が同じだけかとも思っていたが、明らかに自分の後を尾行している輩が三人ほどいる。
姿は見えないが、他にも数人隠れているだろう。
わざと普段は通らないような道も通ってみたが、彼等はそれでもいなくならないので確定と考えていい。
待ち伏せして潰すのは容易だが……現状ではまだ敵か味方か分からない。
以前のハンナの例もあるし、まずは話を聞いておくべきか。
なのでメルセデスは近くの宿屋へと入り、一階の酒場で適当にパンとワインを注文して奥の席へと座った。
この国で外食をしようと思うならば、宿屋に行くしかない。
宿屋は大体酒場とセットになっていて、そこで簡単な食事を頼む事が出来る。
提供されるのは大体パンと水(あるいは水で割ったワイン)だけで、おかずや血液は別料金を取られる。
この国には飲食店というものは存在しない……というより、食事だけを提供する店、という概念がそもそもないのだ。
メルセデスがしばらく待っていると五人の男が近くまでやってきて、リーダー格と思われる優男が声をかけてきた。
「すみません。相席よろしいですか?」
「ああ」
メルセデスの対面側に座ったその男を軽く観察する。
身長は170ほどで、顔立ちは悪くない。
視力はよくないのか、細められていてまるで糸のような目になっている。
口元は柔和に微笑んでいるが、それがかえって胡散臭い。
ファンタジーにおける糸目の優男の悪人率は150%だ。油断は出来ない。
悪党の確率が100%で、改心したと思わせてまた裏切る可能性が50%、合計150%である。
勿論こんな統計はない。メルセデスの偏見である。
周囲の取り巻きはそれぞれ優男の両脇に座り、残る二人は座らずにメルセデスの両側をガードするように立っている。
逃走防止だろうか? まあ、その気になればいつでも殺せるし、むしろ手の届く位置に盾候補兼、人質候補がいてくれるのは好都合である。
いざとなればどちらか片方を使おう、とメルセデスは考えていた。
「で……何のようだ? ずっと私を尾行していたようだが」
「おや、バレていましたか。流石ですね」
「わざと気付かせていたように思えるが」
話しながらパンを噛み切った。
硬い。やはりこの国のパンは基本的にスープがないと食べられたものではなかった。
なので客は自動的に別料金でスープを頼み、店は潤う。
「メルセデス・グリューネヴァルト様。この国の真の王が貴方の才覚を必要としています。
どうか我々の同志になって頂きたい」
「…………」
メルセデスは返事をせず、無言でワインを飲んだ。
話を聞かない事には肯定も否定も出来ない。
しかしどうやら……また面倒な事になりそうだ、と思い溜息を吐きたくなった。
シュフ「食事だけを提供する店……? その手があったか!」ガタッ
・シュフ、何かに気付く。
ジークリンデ「おーいメルセデス―」ブルンバルン
男子生徒 (でけえ……)
男子B (ゴクリ)
男子C(乳テント……)
男子D (………………)男子Dは無言で拝んでいる
・ジークリンデの支持率が上昇しました。




