第六十三話 女帝ベアトリクス
フェリックス達を乗せた馬車は国境を越え、途中で兵士達と合流してベアトリクス帝国首都へと到着していた。
白装束は最初、フェリックスを降ろす気でいたがその暇はもうない。
周囲は完全に兵士に囲まれ、今そんな事をすれば白装束の方こそ裏切り者として処分されてしまうだろう。
許せ坊主……俺も自分の命が惜しい。
内心でそう詫びながら白装束隊長は馬車を進ませる。
やがて城の前に到着し、馬車を停止させた。
「出ろ、ジークリンデ王女」
兵士達を纏める兵士長が馬車へと声をかけた。
この国の兵士は全員が女性で構成され、神聖な色とされる黒の鎧に身を包んでいる。
吸血鬼にとって黒は夜の色で神聖なものとされ、逆に白は忌まわしき朝の色としていいイメージを持たれない。
そんな白装束を、それこそ目立ちすぎる夜に着る事を強要されている事からもこの国の男の立場の低さが分かるというものだ。
その長を務める女性は血のように赤い髪を腰までなびかせた凛々しい女性だ。名をローゼという。
目鼻立ちはすっと整い、身体の均整も取れている。
その立ち振る舞いからは高貴さが伺え、オーク以外にならば無双してくれそうな頼もしさがあった。
彼女はジークリンデを閉じ込めていた馬車のドアを開き、中を見る。
そこには報告通りに白銀の髪の少女がいる。
何だか聞いていたより小さい気もするが、まあ12歳ならばこんなものだろう。
そしてその隣には金髪の――中性的だが美しい少女が顔を俯かせて座っていた。
「ふむ。王女と……もう一人いるな。こちらの娘は?」
(あっるええええ!? あれ、確かに男だったよな!? あれえ、俺見間違えてた!?)
白装束隊長は混乱していた。
自分が捕まえた時は確かに男だったはずだ。うん、間違いなく男だった。
しかし今現実に見えているのは女である。
確かに顔立ちは元々中性的だったと思うが、それでも男と女を見間違えるほどボケたつもりはない。
「そ、その者は……王女を捕まえる際に邪魔をしてきた生徒です」
「ほう、なるほど、勇敢なのだな。うむ、敵国の者ではあるがその勇気は素晴らしい」
「それと……確か、男……だったはず……」
「貴様は馬鹿か!」
ローゼは白装束隊長を怒鳴り、それから少女(?)を指さす。
「この可憐な少女のどこが男に見えるというのだ! 貴様の眼は節穴か!
いくら中性的とはいえ、男と間違えるなど、そんな無礼があるか!」
「い、いえ、その……失礼しました!」
白装束隊長にも言い分はあるが、これ以上何を言っても言い訳としか取られないだろう。
それを察した彼はこれ以上言及するのを諦めた。
この国では男の発言力は低い。兵士長であるローゼが黒と言えば黒で、自分達にそれを覆す事は出来ないのだ。
事実、今も他の兵士達から軽蔑の眼差しを向けられている。
かつて白装束が使い捨てにされていた事からも分かるように彼等の命は安い。
それこそ、ローゼがこの場で彼等を斬り捨てても無罪放免されてしまうレベルの安さだ。
なので白装束隊長は己の過ちを認めて謝罪する事でこの場を逃れるしかなかった。
「うむ、もう下がってよいぞ」
「はっ!」
白装束達はすごすごと退散した。
その背中が煤けているのはきっと気のせいではあるまい。
ローゼは少女(?)へ微笑み、安心させるように言う。
「そう恐れる事はない、勇敢な娘よ。我等は勇気ある者を尊敬する。
すぐに国に帰してやるわけにはいかんが……その代わり、手荒い真似はしないと約束しよう」
俯いている娘が恐怖で震えていると思い、ローゼは優しく語り掛ける。
しかし彼女には誤解があった。
少女(?)は恐怖で震えているのではない。
……羞恥で震えているのだ。
遡る事数時間。
フェリックスを逃がすタイミングを見失ってしまったハンナは小声で宣言した。
「こうなったらプランBだよ、フェリックス君」
「は、はあ……」
「あの人達も言ってたけど、このままじゃフェリックス君は向こうに着くと同時に処刑されてしまいます。
ベアトリクス帝国は女尊男卑なので野郎に人権がありません。
捕虜の扱いも滅茶苦茶で女の子なら丁重に扱うけど、男は捕虜扱いせずに殺します」
ひどい国だ。
フェリックスは本心からそう思った。
「なので、フェリックス君には女の子になってもらいます」
「…………はい?」
ハンナが得意顔で何かおかしな言葉を口にしたが、フェリックスにはその意味がすぐに理解出来なかった。
女の子? 誰が? 僕が?
混乱する彼の前でハンナは何処からか化粧道具と裁縫道具を取り出し、フェリックスへ詰め寄る。
「私、前からフェリックス君は女装映えすると思ってたんだよね。
大丈夫大丈夫、私に任せなさい」
「え、あの、その……」
「さ、時間もないしとりあえず、ちゃちゃっと終わらせようか。
制服は男物のままだと疑われるから、そっちも改造しちゃおうね」
それからハンナは嫌がるフェリックスから無理矢理服とズボンを剥ぎ取り、切ったり縫ったりして女物の服に改造してしまった。
更に化粧を施し、驚くほど手慣れた様子でフェリックスを女装させる。
かくして出来上がったのは、凛々しい顔立ちの誰もが振り返るような美しい少女であった。
騎士の恰好をさせたらさぞ似合うだろう。
女騎士ソムリエのオークも太鼓判を押す出来栄えであった。
そして現在。フェリックスは謁見の間へと通されていた。
無論妙な抵抗をしないように縛られているが、それが妙に扇情的だ。
女兵士の何人かはフェリックスを見てほう、と息を吐いており嫌な悪寒が背中を駆け抜ける。
屈辱であった。とんでもない恥辱であった。
フェリックスはグリューネヴァルト家の長男である事に誇りを持っている。
男として常に紳士たれと心がけている。
しかし今の彼はどうだ。女性の恰好をさせられ、それを女性から眺められた挙句欲情を抱かれているではないか。
何かもうフェリックスは泣きたい気持ちで一杯であった。
「お前がジークリンデ王女か。面を上げよ」
この国の女帝であるベアトリクス17世は桃色の髪を腰まで伸ばした女性であった。
女にしては身長が高く、180はあるだろうか。
瞳の色は青く、顔立ちに幼さは感じられない。
目は鋭く、鼻は高く、幼さを完全に捨てた大人ならではの色香を放っている。
胸元が大きく開いたドレスを着こなし、手には他国から取り寄せた扇を持っていた。
「このような真似をして……貴方達は何をしているのか分かっているのか! これは国際問題だぞ!」
ジークリンデに変装したハンナは、普段のぽやぽやした雰囲気を完全に捨ててジークリンデに成り切っていた。
内心では国際問題を恐れるような奴はこんな事をそもそもやらないと理解しているし、これが愚問である事も承知している。
しかしあえてハンナはその愚問を口にした。
その方が現実をよく分かっていない十二歳の王女っぽいからだ。
「若いな、王女よ。無論承知の上だとも。
私はあの腐った国を叩き潰すつもりで事を起こしているのだ。
国際問題などという段階はとうに過ぎている」
(ま、腐ってるのは否定出来ないけどね)
ベアトリクスの言葉は一部正論であった。
オルクスは確かに腐っている。それは暗部に生きるハンナだからこそ同意出来る内容だ。
国の上層部はどいつもこいつも汚職塗れ。
先代の王は他者を見る目の無い阿呆で、既に処刑された今代は売国奴。
ジークリンデはまっとうな性格をしているが、まっとうすぎて先代と同じ道に入りかねない。
これで帝国が偏った女尊男卑でさえなければ、あるいは統一もよかったかもしれないとすら考えている。
去年の一掃で少しはマシになったが、それでもまだまだ膿は出続ける。
その点で言えばベアトリクスは有能だ。
ダンジョンを後ろ盾に上下社会を築き、自身の息がかかった者だけで国を機能させている。
民主制は腐った君主による独裁を防ぎ、それが長く居座る事を阻止出来るが反面、民が無能では同レベルのトップしか生まれない。
平等と言えば聞こえはいいが、方向性の統一が出来ずに迷走し続ける。
君主制は意思の統一を図り、目的へ最短で進む事が出来る。
だが君主が無能だった時、国は一気に瓦解してしまう。
逆に言えば君主が有能ならば君主制は民主制に勝るだろう。
ならばその君主制で帝国を纏めている彼女は、紛れもない有能だという事になる。
ただし――その思想を除いて。
「ところでそちらの娘……どうだ? 私の愛人にならんか? 可愛がってやるぞ」
「ふ、ふざけるな!」
「そう怯える事はない、私はテクニシャンだ。天国に連れて行ってやるぞ」
「冗談じゃない! そんな屈辱を受けるくらいなら死を選ぶ!」
「ふふふ、愛い奴め。その頑なな心を溶かすのも一興よ」
ハンナはげんなりし、呆れたような視線をベアトリクスへ向けた。
ベアトリクスは獲物を品定めするように舌なめずりをし、フェリックスを凝視している。
悲しい事にフェリックスは彼女のお眼鏡に適ってしまったらしい。
(うわあガチだあ……この人ガチだよう)
ハンナは、メルセデスが早くウサちゃんと合流して救助隊がこちらに来る事を強く願った。
これは思っていたよりも時間がないかもしれない。
具体的にはフェリックスの貞操的な意味で。
とにかく今は、フェリックスが【くっ殺せ!】されてしまう前に助けが来るのを願うばかりだ。
最悪の場合は、調査出来なくなるのを覚悟の上で自分がフェリックスを連れて逃げるしかない。
オーク「一目見てビビッときましたね、ええ。
私はこれでも女騎士ソムリエを始めて20年ほど経ちますが、あれほどに【くっ殺せ!】が似合いそうな娘はそういません。
あれで男というのが残念です」




