第五十一話 内通者
狩猟祭から季節は巡り、前期の終わりがやってきた。
これまでに学んだ事を筆記と実技に分けて試験するとあって、生徒達の間に緊張が高まるがメルセデスはリラックスしたものだ。
学業などというものは普段学んでいるものをしっかりと復習し、覚えてさえおけば誰でもいい点数が取れるように出来ている。頭の良し悪しは関係ない。
賢い者でも遊んでいれば悪い点数を取るし、馬鹿でもとりあえず学んでさえいればいい点数が取れる。
勿論記憶力の個人差などはあるし、本当にトップの点数ともなれば記憶力の高い者が上り詰めるのだから、最終的には頭の良し悪しも関わる。
だが馬鹿な秀才であっても、それなりの点数は取ろうと思えば取れてしまうのだ。
つまりは継続の問題だ。メルセデスの得意な事である。
実技の方は更に問題ない。
と、いうより免除されてしまった。
グスタフ曰く『試験官が自信を失うからもう合格でいいぞ』らしい。
何と適当な学園なのだろう。
しかしただ免除されたわけではなく、皆が試験を受けている間に学園長の部屋に行くように言われてしまった。
一人だけ成績が飛び抜けているので、これからの事も含めて一度話し合いたいと学園長が言っているらしい。場合によっては飛び級もあるようだ。
しかしメルセデスとしては順を追ってしっかり学びたいので飛び級は辞退しようと思っている。
学園長の部屋があるのは学園の最上階だ。
普段は教師以外滅多に立ち寄らない場所であり、ここまで来ると生徒の姿が見えなくなる。
扉の前には待機している教員がおり、メルセデスの姿を見ると通るように促した。
「失礼します」
「おお、来たか。さあ座っておくれ」
学園長――確か名前はフレデリックだったか。
彼はにこやかな笑みを浮かべてメルセデスを出迎えた。
まるで張り付けたような笑顔だな、とメルセデスは思う。
笑顔の裏に思惑を隠して近付き、相手をいいように操ろうとする者の顔だ。
前世で一番見てきた、そして一番嫌いな顔でもある。
フレデリックは机の上にメルセデスの成績表を出し、確認してから感心したように頷いた。
「筆記、実技共に堂々のトップ。狩猟祭も単独優勝。
大したものじゃ。あれから君への誘いが学園に相次いでおってのう。
あまりに数が多すぎるので、こちらで特に良いものを仕分けておる。いやはや人気者じゃな。
……一応聞くが、全部見たいかね?」
「いえ、どれも受ける気はありませんので任せます」
「ほっほ、欲がないのう。それとも逆に遥か先を見ておるが故にこんな小さな誘いには興味がないのかな?」
遥か先……と言われても分からないというのがメルセデスの答えだ。
何せ自分でも、自分がどこに行きたいのかが明確に分かっていない。
自分が辿り着くべき先が見えていない。
だからそれが近いのか、それとも遠いのかすら分からないのだ。
だが暫定の目標としてとりあえず、ダンジョンの制覇を考えている。
そういう意味で言えば、確かに先を見ているのかもしれない。
「優秀、優秀……まるで君の父君を思わせる優秀さじゃ」
そう話す学園長の言葉に一瞬、暗い何かが籠ったのをメルセデスは聞き逃さなかった。
表面上は穏やかに褒めているが……どうやら、あまりよくは思われていないらしい。
昔に父、あるいはハンナと何かあったのだろうか。
「さて、今回君を呼んだ理由はズバリ、飛び級をするか否かじゃ。
君の成績ならば一足先に上の学年に進んでも誰も文句は言わんじゃろう。
望むならば今すぐにでも試験をする事が出来る」
「折角の申し出ですが、辞退させて貰います。私はこの学園に基盤固めに来ています。
それを飛ばして早く卒業しても目的は達成出来ません」
基礎を固めずして応用は出来ない。
メルセデスは先を見ているが、しかし焦ってはいなかった。
目下最大の脅威は父であるベルンハルトだが、少なくとも奴の庇護下にあるうちは事を構える事はない。
ならばその期間を縮めるのはかえって悪手。下手を打てばまだ成長すら満足にしていないこの身体でぶつかる事になってしまう。
はっきり言って、この幼い身体は戦闘向きではない。
出来れば身長は160くらいは欲しいし、手足ももう少し長い方がいい。
いずれベルンハルトと戦う時を考えれば、一足飛びはかえって危険だ。
……不安要素は、不老期が早い段階で来てしまう事か。
こればかりは運だが、出来れば二十歳くらいで来て欲しいものだと思う。
ハンナのようになってしまっては目も当てられない。
「そうは言うがのう、メルセデスさんや。
君は天才が同じ学年にいる凡才の気持ちを考えた事はあるかね?
惨めなものじゃぞ、あれは。何をしても見劣りして、決して敵わない事を思い知らされる……。
君は同級生にそんな思いをさせたいのかね?」
「させたいとは思いません。しかし、させたくないとも思いません。
それに、私がどこに行こうがそういう輩は出るでしょう。気にしていては何も出来ません」
「…………」
メルセデスにとって他人というのは、どうでもいいものだ。
妬むなら勝手に妬めばいいし、足を引っ張るようなら潰すだけだ。
目的があってここに来たのだ。なのに七年間しか付き合わない相手の事など考慮して目的を果たせなければ本末転倒である。
目的の為ならば七年間、同級生から嫌悪の視線で見られるくらいは甘んじて受けてやろう。
どうせ、有象無象に嫌われたところで何とも思わないのだから。
「これは失礼した。君に強要するような言い方をしてしまったのう。許してくれんか?」
「構いません」
許すも何もない。向こうは教師として他の生徒の事を考えて大を優先して小を捨てようとした。それだけだ。
主観的に見れば理不尽な物言いだったが、客観的に見れば至って真っ当な判断である。
異常なもの、理解できないものを排除しようとするのは生物として当然の働きだからだ。
だからメルセデスは学園長に対し、特に何も思ってはいなかった。
ただ、『こいつは私を排除したいんだな』と認識しただけだ。
「話は以上ですか?」
「うむ。各方面からの君への誘いの手紙は後日纏めてお送りする。もう下がってよろしい」
「では失礼しました」
メルセデスは一礼し、そのまま学園長室から出て行った。
◆
「……本当に、父と似ているのう」
メルセデスがいなくなった後に、フレデリックは一人呟いた。
その声色は決して好意的なものではない。
忌々しいものを思い出すような、腹の底から絞り出したような声だ。
彼が思い出すのは自分の若き日の事だ。
彼の前にはいつもグリューネヴァルトがいた。
同級生のハンナに追い付けず、同期だというのに彼女の若々しさに嫉妬を抱いた。
下級生のベルンハルトは同じ男爵家だったのに、気付けば雲の上の大貴族だ。
先の戦争でも自分は必死に戦い手柄を立てたのに、ベルンハルトの活躍の前では霞んでしまった。
それでも必死にやってきたのだ。
才能に恵まれず、体格に恵まれず、不老期にすら恵まれず……凡才以下の非才の身で足掻き続け、ようやく学園長の座にまで上り詰めた。
天才には分からない。自分がどれだけ苦労したのかなど分からない。
どれだけこの地位に執着しているかなど絶対に分からない。
だがこのままでは、折角手にした学園長の座まで学園ごと失ってしまう。
ベアトリクス帝国との戦争が起これば……あるいは次にどこかの種族と戦争になれば、オルクスはきっと蹂躙されてしまうだろう。
自分が生涯をかけて手に入れたこの地位も、天才達の至極どうでもいい、糞のように下らない戦争の巻き添えで消えてしまうだろう。
だからそうならないように、手を回したのに。
だというのに、またグリューネヴァルトが立ち塞がる。
また邪魔をする。
貴族の誇りだの何だの……そんなものはどうでもいいのに。
そんなものより、国を守るべきなのだ。
その為ならば、支配されてもいいとすら思う。王がベアトリクス女王に変わるだけで、それで民が保護されるのならば、そうするべきではないか。
属国化大いに結構。そうするだけで王剣を二本携えた最強の女王の庇護に入れるのに、何故それを良しと思わない。
自分は間違えてなどいない。間違えているのは他の貴族共だ。
彼はそう、心から思っている。
「儂の学園じゃ……儂の地位じゃ……儂の、儂の全てじゃ……」
それを守る為ならば――王女の一人くらい、差し出してもいいではないか。
狂気の老人はゆっくりと。だが手遅れなほどに暴走を始めていた。
フレデリック「たとえ裏切り者の汚名を着ようとも――この学園は儂が守る!」
こう書くと何だかいい人に見える不思議。
というわけで、内通者判明回でした。
まあ、敵キャラっていうのはハンナみたいに『敵か味方か』ってやるのも楽しいのですけど、ストレートに『こいつが敵です』ってやるのも面白いと私は思います。
このじいさんに関しては特に捻りません。直球で投げます。敵です。
メルセデスは割と天才型で割と様々な面に恵まれていますが、逆に彼は非才で全てに恵まれなかった男です。
多分メルセデスと仲良くはなれません。
でもフェリックスとなら意気投合しそうな気も……。




