第五十話 孤高か孤立か
ハンナが戻った時、狩猟祭は既に終わっていた。
まだ制限時間は過ぎていないが、それでも終わっていた。
積み上げられた屍の山。
平原を染める血の海。
数多の死体を玉座代わりに座るのは、欠けた月。
そこには、狩猟祭の魔物を殲滅し、単独優勝を飾ったメルセデスの姿があった。
派閥も、そこに属する生徒の考えも因縁も、その全てを知らぬと踏み潰し、一緒くたに纏めて轢殺した。
道路を走る車が、その進路上に偶然いただけの虫に気付く事はない。
その虫がゴキブリだろうがアリだろうが蟷螂だろうが、知らぬと纏めて潰してしまう。
雷鳴だの螺旋だの鮮血だの濃霧だなどと、全てメルセデスにとってはどうでもいいお遊びだ。
故に同価値。纏めて眼中にない。
下らない派閥争いはこの日、メルセデスという存在が出た事によって終焉を迎えてしまったのだ。
(やはり、学園のイベントならばこんなものか。魔物の質が低い)
所詮は学生レベル。メルセデスの敵になる魔物はおらず、全てが雑魚だった。
それでもここまでやってみせたのは、派閥からの誘いがいい加減鬱陶しかったからである。
これでは学業に専念出来ないし、下らない派閥争いに巻き込まれて足を引っ張られるのは最悪だ。
出る杭は打たれる。
派閥間同士での足の引っ張り合いは決して珍しい事ではなく、目障りな相手を陥れるなど当たり前の事だ。
メルセデスはその能力故に、どこの派閥に属しても、あるいは属さなくても目障りと見られて打たれた事だろう。
――だから、差を見せつける事で黙らせる事にした。
出る杭は打たれる。だが出過ぎた杭を打つことは出来ない。
自分の背よりも遥か高く、木々よりも尚高く伸びた杭など打ちようがない。
この差を見て打てるものなら打ってみろ。その時潰されるのはお前達の方だ。
メルセデスは、この結果をもって派閥ごっこをしている全員にそう告げたのだ。
別に派閥ごっこを咎めるわけではない。それも貴族社会に出た時の為に必要な予行演習なのだろう。
だから止めない。やりたければ自分達だけでやっていてくれ。
そう語るまでもなく、この目に見えて分かる絶対的な差に全ての生徒が悟るしかなかった。
(メルちゃん……派閥争いに巻き込まれたくなかったのは分かる……分かるけど……。
これ、駄目だよ……駄目なやつだよ、これ……)
ハンナはメルセデスのやり方に、不安を覚えた。
これは駄目だ。駄目なやり方だ。
確かに派閥争いを避けるという点では効果的なのは間違いない。
だが、これはいけない。
こんな事をしては、周りから誰もいなくなってしまう。
吸血鬼は力の信奉者だ。力があれば平伏す者が大勢出る。
つまりここまで差を見せてしまった今、メルセデスの周囲には信奉者しか残らない。
対等の友が得られない。対等のライバルを得られない。
このやり方では支配者にしかなれないのだ。
誰が先に屈したわけでもなく、気付けば参加者の九割が屈していた。
策士を気取っていた者がいた。
道化を演じていた者がいた。
プライドの塊のような者がいた。
力だけしか能がない粗暴な者がいた。
その全てが、メルセデスから見れば平等に無価値だ。
この結果に客席のベルンハルトだけが満足して頷いている。彼はとてもご機嫌であった。
無意識のうちに跪く吸血鬼達の横を素通りし、メルセデスは袋を引きずって教師の前へと向かう。
袋の中身は狩った魔物の討伐部位が無理矢理押し込まれている。
顔色を青くした教師にそれを押し付け、メルセデスは控室へと向かう。
すると、彼女に道を開けるように生徒達は一斉に退いた。
欠けた月は満月にならない。
何故なら、自分を満たしてくれるものを自ら遠ざけてしまうから。
自分の周りに漂う有象無象が、必要なパーツなのか、それともただのゴミなのかが分からない。
だから一緒に纏めて遠ざけ、それでも欠けた部分を補うために全力で前進を続ける。
だが前進の邪魔だからと、必要なものごとゴミを薙ぎ払う。まさに負のサイクルだ。
そんな吸血鬼に近付く者などおらず、故にいつまでも欠けたままだ。
馬鹿は死んでも治らない。自力では治せない。
自らが破綻し、ズレている事を自覚しながらも前に進み続ける事しか出来ないのだ。
そう、自力では治せない。
「メルセデス!」
誰もが恐れ、道を開けるメルセデスの前に近付く者がいた。
それはジークリンデだ。
彼女は空気を読まず、周囲の反応を無視してメルセデスへと声をかけた。
「凄いじゃないか、優勝だぞ」
「ああ、そうだな」
「もっと嬉しそうにしたらどうだ?」
「別に嬉しいとは思わないかな」
メルセデスは相変わらずの冷たい対応である。
もうこれは、こういう性分なのだから仕方ないのかもしれない。
誰かによく思われたいという思考がない。
悪い意味でメルセデスは正直者なのだ。
だから誰が相手でも、まるで感情がないかのような態度を取ってしまう。
無論相手によって多少は変える。
そこらのチンピラと、マルギットのような家族に対して同列の扱いは流石にしない。
だがそれは、そうするべきだと思っているからしているだけで、本当はメルセデスの中でこの両者に大きな価値の違いなどないのだ。
自分は姉だから妹を守る義務がある。
良識ある者ならば妹を大事にするだろう。
家族は大切にするものだ。
全ては付加価値を見ての判断でしかなく、仮にチンピラとマルギットの付加価値が逆転したならば――メルセデスはきっと、マルギットを捨てるだろう。
『お前は人の心が分からない』……前世で散々言われた言葉である。
「それより、お前は平気なのか?」
「何がだ?」
「周囲の反応を見ろ。どうも私は引かれているらしい」
引かれている……というよりは、有象無象が鬱陶しかったから意図的に引かせた、という方が正しい。
出過ぎた杭を他者が避ける心理の働きがある事をメルセデスは知っていた。
頭一つ抜けた者は嫌われるが、頭一つどころか空まで飛んで行ったような者は嫌われすらせず、目を逸らされるのだ。
自分よりも大きい相手に嫉妬を抱く事はあっても、天高く聳える巨木に嫉妬する者などいない。
人は、競争相手ですらなくなった相手は一周してどうでもよくなってしまうのだ。
張り合うだけ無駄だし、アレに負けても恥じゃない。だからアレはもうどうでもいいや。
そう、思うようになるのだ。
「分からんな。凄いものは素直に凄い。それだけだろう?」
「……そういうものか?」
「うむ。私は凄いと思うぞ」
そのやりとりを聞いて、ハンナは思わず笑った。
なるほど、そう考える者もいるのか。
このジークリンデの反応はある種、普通ではない。
素直すぎるし、綺麗すぎる。吸血鬼の心は本来、そんな白くない。
しかし稀にいるのだ。どこか他とズレている人種というものが。
きっと元々善性に大きく偏っているのだろう。ある意味ではジークリンデも破綻者に片足を突っ込んでいる。
思えば、自分の暮らしを奪い影武者として教育を施したあの国王一家にすら彼女は怒りを見せなかった。哀れみすらした。
為政者としては失格もいいところだが……広告塔としてならこれほどの逸材はいない。
そして、そんな彼女だからこそメルセデスの前からいなくならない……のかもしれない。
(メルちゃんがベルンハルトと同じ道を歩むかと冷や冷やしてたけど……これは、もしかしたらもしかするかもねえ。
メルちゃん自身は学業に専念する為に面倒事を解決した程度の認識なんだろうけど、打算があろうと善行は善行。因果応報で巡って来る)
ハンナは腕を組んでうんうんと頷き、満足そうに笑った。
(ベルンハルト……貴方の娘は、貴方と違う道を歩むかもしれないわね)
ベルンハルトは、一人だった。
彼を理解する者はなく、ハンナですらベルンハルトと折り合いをつけて接する事が出来るようになったのは成人した後の事だ。
そして気付いた時にはもう手遅れで、ベルンハルトはああなっていた。
だがメルセデスはまだ間に合う。彼女の隣には、彼女自身がそう認識しておらずとも、確かに友と言える者がいるのだから。
何となくベルンハルトを見ると、物凄く不機嫌そうな顔で周囲を引かせていた。
こちらはこちらで、何かキャラが変わっている気がしないでもない。
ハンナ「ベルンハルト、最近結構感情が出るようになったよね……」
ベルンハルト「そんな事はない」
ハンナ「この前メルちゃんがベルンハルトの事、人格はともかく実力は凄いって褒めてたよ」
ベルンハルト「……そうか」
ハンナ「…………」
ベルンハルト「……」ニヤニヤ
ハンナ(分かりやすいなあ)




