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第四十九話 動かなかった男

 フェリックスの産まれの話題はメルセデスもハンナも、自然と避けるようになっていた。

 下手に深く探りを入れても、いい結果が出るとは思えなかったからだ。

 メルセデスとしてはフェリックスに家を継いでもらえれば一番楽だし、ハンナもフェリックスを無意味に追い詰めたいわけではない。

 なので、二人ともこの話題は出すべきではないと考えたのだ。


 それから何度か日が沈み、生徒達が待ち望んだ狩猟祭の日がやってきた。

 主な参加者は大体三学年以上で、全員がどこかしらの派閥に所属している。

 そうでないのはメルセデスとジークリンデくらいだろう。

 もっとも、ジークリンデは本人が望む望まないに関わらず既に周囲には何人かの生徒が寄ってきて、勝手に派閥のようなものを形成しているので個人参加とは言い難い。

 また、かつては女生徒中心だった親衛隊は何故か野郎中心と化していた。

 これはジークリンデの性別カミングアウトのせいだろう。

 高貴なお姫様の騎士は男の子の憧れだ。


「今年も、狩猟祭の季節がやってきた」


 生徒達は今、入学式でも使われた大ホールに集まって学園長の話を聞いていた。

 学園長は頭の禿げあがった老人で、常にヨロヨロとふらめいている。

 どうやら不老期がとんでもなく遅かったらしい。これでは不老期の意味がなく、彼はこれからの生涯をずっと老人として過ごさなければならないのだろう。

 そう思うと何だか哀れであった。


「フレデリック・ベッケンバウアー君っていうの。私の同級生だったんだよ。

でも不老期が90歳まで訪れなくて……」

「……運命とは不公平だな」


 学園長――フリデリックは何とハンナと同年代らしい。

 これは酷いとメルセデスは流石に同情した。

 片や子供にしか見えず全盛期前に成長が止まった永遠の合法ロリ。片や不老期の意味がほとんどない永遠のご老体。運命とはかくも不公平なものなのか。


「でも凄い努力家なんだよ。才能ゼロだったのに必死に頑張って学園長になったんだから」

「才能ゼロとか言ってやるな」


 才能ゼロの永遠の老人は壇上で長々と話をしている。

 自分が若かった頃はエネルギッシュだったとか、髪もフサフサだったとか、ハンサムだったとか。

 つまりは、狩猟祭に全く関係のない思い出話であった。

 やがて他の職員によって強制的に壇上から降ろされ、代わりにグスタフが説明を引き継いだ。


「狩猟祭のルールを説明しよう。

時間制限内に決められた範囲から出ず、魔物を倒して特定の部位を持ち帰れ。それだけだ。

持ち帰れる量ではないという泣き言は聞き入れん。駄獣を使うなりバックパックをあらかじめ用意するなり、いくらでもやり方はある。そこも本人の機転として評価される部分だ。

制限時間を過ぎても獲物を狩る者、範囲外へ出る者はその場で失格となる。

また、他の生徒への攻撃も同様に禁止だ。発見次第退場してもらう」


 今回、狩猟祭の舞台となるのは以前も授業で使われた平原だ。

 だがそれに加えて近くの森や丘なども移動可能区域として開放されていた。

 上空では魔物に乗った教師がスタンバイしており、緊急の事態に備えている。


「説明は以上だ。各々の力を存分に示せ」


 そう言い、グスタフはマスケット銃を空へ向けて発砲した。

 狩猟祭開始の合図だ。

 生徒達は一斉に、弾かれたように飛び出した。



 生徒達を送り出した後、グスタフは学園内にある教員用の部屋へと向かった。

 この祭りにおける教師の役割は見張りと得点の集計だが、グスタフはそれらを他の教師に任せてフリーとなっている。

 別にサボっているわけではない。むしろ有事の際にすぐ動けるようにフリーの人材を残しておく事は重要な事だ。

 教員室へ入ると、そこにはグスタフ以外に先客がいた。

 教員ではないが、生徒とも言い難い。立場上は生徒という事になっているが、実際は百歳を超えている事をグスタフは知っている。


「……ハンナ先輩(・・)か」

「やっほ、グスタフ君」


 英雄グスタフ・バルトはベルンハルトの同年代であり、そしてハンナにとっては後輩に当たる。

 だからこそハンナはグスタフの事をよく知っていた。

 ジークリンデが学園で狙われていた事……何度か襲撃されていた事……そして学園に潜んでいた敵国の間者達。

 グスタフはそれに気付かない男では断じてない。

 だが彼は今回の一件において、驚くほどに何のリアクションも取らなかった。

 まるで知らん顔をしているように、徹頭徹尾ただの教師で在り続けた。

 それがハンナには不思議でならなかった。


「何で、動かなかったの?」

「…………」

「質問の意味、分からない?」

「いや」


 グスタフはハンナの問いに、至極どうでもよさそうな態度を見せた。

 それから周囲を見るが、不思議と他の教員が来る気配はない。

 どうやらハンナが人払いをしたようだ、と察した。


「帝国が王女の身柄を狙っている事は知っていた。イザークを悪役に仕立てて彼女を王座に就けることで操ろうとしている事もな」

「……直接聞いたの?」

「そうだ。わざわざ俺の前に現れ、邪魔をするなと釘を刺して行った」


 なるほど、とハンナは思った。

 確かに帝国からすれば、学園で一番厄介だったのはグスタフだ。

 だから先に釘を刺すのは正しい選択だろう。

 下手に暗殺など試みようものなら、返り討ちになるのが目に見えているしグスタフを完全に敵に回してしまう。

 だが関わるなと言われて、はいそうですかと従うのもまた、おかしな話だ。


「それで本当に邪魔しなかった……っていうのも、ちょっとおかしくない?」

「俺にとってはどちらでもよかっただけだ。

帝国の策が上手く行けば、この国は実質上の帝国傘下となっただろうが、同時に帝国という後ろ盾を得る事にもなる。

対等の敵から上下が分かれた味方になるのはベルンハルトのような者からすれば面白くないのだろうが、俺のような戦うしか能のない男にとっては、何も変わらない。

むしろ敵対していた吸血鬼の国同士が形はどうあれ、手を結ぶという点では利ですらある」

「生徒を守ろうとか思わなかったの?」

「奴等の目的が暗殺ならば、俺が奴等を殺していた」


 大層な自信であった。

 しかしその自信に見合うだけの実力の持ち主でもある。

 だからこそ帝国も、先に彼には全てを明かして敵対しないようにしたのだ。

 そして実際の所、大局的に見るならば帝国に吸収されるのはそう悪い事ではない。

 いがみ合い、バラバラの状態にある吸血鬼の大国が形はどうあれ手を結ぶならば、それは国力の増強に繋がるし互いの平和を守るという点において大きな力となる。

 つまり、貴族にとっては面白くないが一般市民から見れば利の方が大きいくらいなのだ。

 支配者が代わろうが市民はいちいち気になどしない。自分達の生活さえ守ってくれるなら誰が王でもいいのだ。


「獣共は先の大戦に学び、種族統一を果たそうとしている。

鳥公どもも着実に統一に向けて動き出し、エルフェに至っては既に統一国家化しているといっても間違いではない。

吸血鬼(おれたち)だけが出遅れているのが現状だ。

お前ならば分かるだろう。次に種族間での世界大戦が起これば……負けるのは俺達の方だ」


 グスタフの言葉にハンナはすぐには言い返せなかった。

 彼の言葉にも一理あったからだ。

 八十年前に吸血鬼は獣人と戦争をし、かろうじて勝利している。

 だがこの戦争は酷いもので、吸血鬼の国同士の連携が全く取れていなかった。

 裏切りや騙し討ちすら当たり前だった。

 それでも勝てたのは、相手も同じようなものだったからだ。

 しかし敗戦から獣人は学んだ。

 次があれば、負けるのは吸血鬼の方だ。


「だから帝国に支配されるべきだと?」

「言っただろう。どちらでもいいと。

俺のような能無しが考えた所で事態はよくならん。なるようになれだ」

「それは……無責任じゃないかな」

「責任感に突き動かされ、無駄に自分で考えて被害を増やす無能こそ救いようがない。

俺はお前やベルンハルトのように頭が切れる方ではないのでな……馬鹿が自分で判断すれば味方を死なせるだけだと、八十年前に悟ったんだよ」


 神話に記された神の言葉にこのようなものがある。

 有能な怠け者は司令官にせよ。

 有能な働き者は参謀に向いている。

 無能な怠け者も連絡将校か下級兵士くらいは務まる。

 ――無能な働き者は銃殺するしかない。

 自分で考えて動くのはなるほど、立派な事だ。

 だがそれが無能で、己を無能と自覚せずに動き回れば被害を増やすだけだ。

 グスタフは、自分の事を無能であると断じている。


「俺はお前達のように生きられん男だ。お前達のように有能ではない」

「英雄の言葉とは思えないね」

「何が英雄なものか。俺は祭り上げられただけの錆びた剣に過ぎん。

味方の血で染まったどうしようもない屑鉄だ」


 ただの剣であればいい。

 使い手()の望むままに使われる剣であればいい。

 剣が自ら考えて動き、敵を斬ればそれはただの不良品だ。

 グスタフはそう考えるが故に、考える事を放棄していた。


「グスタフ君……やっぱり、まだあの事を……」

「話は終わりだ。安心しろ、俺は帝国の配下などではない、ただ誰も使っていないだけの古びた剣だ」


 剣は自分で動かない。自分で考えない。

 何が正しくて正解なのかは、上の連中が考えるべき事だ。

 賢い連中があれこれ考えるからいい未来に繋がるのであって、それを馬鹿が自分の判断や責任感で台無しにしては暗い未来にしかならない。

 グスタフはその事を嫌というほど思い知っていた。


「一つだけ教えておいてやる。もう俺のクラスに(・・・・・・)内通者などいない」


 それだけを言い、グスタフは出て行った。

 教室で取り残されたハンナは、下唇を噛んでドアを睨む。


「……古びた剣ねえ。じゃあ、何で……教師なんて職についてるのよ……。

自分の間違いを繰り返させたくないからじゃないの?」



 ハンナのその言葉は、グスタフには届かなかった。

学園長「今は若くてエネルギーに溢れていても、不老期が遅いと悲惨じゃぞー。

腰は痛いしすぐに息は切れるし、何より同年代が若い頃と変わらぬ姿で青春を謳歌している中自分だけ爺になってそれを見てるんじゃ……惨めなものじゃぞー」

生徒達「」ガクガク……

教師「学園長! 毎年生徒を怖がらせるの止めて下さい!」

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