第四十六話 濃霧派
メルセデスへの勧誘は続いた。
『雷鳴』、『螺旋』に続き接触を図ってきたのは『濃霧』派閥だ。
授業の合間の休憩時間に復習をしていると上級生から呼び出しを受けたのだ。
非常に鬱陶しいし、邪魔しないで欲しいのだが無視すると更に鬱陶しくなるだろう。
なので断る為にメルセデスは一度だけ誘いに応じる事にした。
呼び出された場所は、この時間は誰も使っていない空き教室だ。
中に入ると、まず目についたのは大柄な二人の男だ。
二人共に青いコートを羽織り、サングラスで素顔を隠している。
そしてその中央にいるのは、メルセデスとそう変わらない年齢に見える少年であった。
桜色の髪は艶があり、顔立ちも一見すると少女と勘違いしてしまいそうなものだ。
身体つきも華奢で、本当に女のような男だ。
……というか、本当に女の子なのかもしれない。正直見分けが全くつかないのだ。
「よく来たね、メルセデス・グリューネヴァルト」
あ、男だ。
少年の声を聞いた事でメルセデスは彼の性別を確信した。
見た目に反して声が低いのだ。
彼の服装はこの学園指定の制服であり、これを着られるのは一部の成績上位者のみである。
つまりこの時点で、彼の学力はある程度保証されていた。
まあ、学力だけが高い馬鹿の可能性もあるわけだが。
「僕はハルトマン・ハルトマン。『濃霧』派閥の長にして、西方の大都市ネーベルバンクをいずれ統治する者だ」
名前と家名が同じとは、覚えやすいなとメルセデスは場違いな感想を抱いた。
それにしてもネーベルバンクという名前は何処かで聞き覚えがある気がする。
はて、どこで聞いた名前だったか。
「両脇にいるこいつ等は僕の護衛だ。
王家に古くから仕える裏の重鎮とも言える一族がいてね。この二人はその当主の血を引く者達さ。
更に彼等の母は王家直属の隠密部隊の隊長でもあり、僕の家庭教師でもある。
ああ、脅しているわけではないよ。ただ事実を教えているだけさ」
随分とお喋りかつ、自慢したがりな性格らしい。
この時点で既に三下感が漂っているが、メルセデスはあえて指摘せず言葉を聞いていた。
本人の能力はさておき、とりあえずコネという点ではかなり優れているらしい。
「単刀直入に言おう。僕らの派閥に加わるがいい。君にはその資格がある」
「断る」
誘われたので、とりあえず断っておいた。
下らない派閥ごっこなど彼等だけでやっていればいい。
そんな事よりメルセデスは学業に打ち込み、知識と技術を磨きたいのだ。
メルセデスの敵は彼等ではない。
家を出て行く際にいずれ立ち塞がるだろう父、ベルンハルトだ。
そしてこの世界の真実を探す上で必ず衝突するいくつものダンジョンや、ダンジョン所有者こそがメルセデスの見据える仮想敵である。
派閥だの何だの、そんな小さなものは最初から眼中にないのである。
「ふ……どうやら君は勘違いしているようだ。
これはお願いではない。ハルトマン家次期当主たる僕が命令しているんだよ」
ハルトマンがそう言うと、護衛の木偶の坊二人が前に出た。
やはりこうなったか、と内心うんざりしながらも無言で拳を握る。
来るというなら仕方ない。骨の十本や二十本は覚悟してもらおう。
しかしまさに両者がぶつかる寸前で、突然何者かがドアを開けて乱入してきた。
「はい、そこまで!」
飛び込んできたのはハンナであった。
隣には彼女のペットであるウサちゃんもおり、手には銃剣を構えている。
待て、その銃はどこから持ってきた。
「は? 一体誰だい、僕の邪魔を…………」
ハルトマンは鬱陶しそうに乱入者へ目を向けたが、言葉が終わる前に顔を青褪めさせてしまった。
ダラダラと冷や汗をかいており、その顔には『何故?』という疑問がありありと浮かんでいる。
護衛の二人もそれは同様で、ガクガクと震えてすらいた。
「……ハ、ハンナ……先生……?」
「はーい。貴方の家庭教師のハンナでーす」
「…………あの、何故学園に? り、臨時教師ですか?」
「王女様の護衛よ。生徒として潜入してるの」
「あの……貴女、生徒って年齢じゃ……」
「んー? 聞こえないなあ?」
どうやらハルトマンの言っていた家庭教師とはハンナの事だったらしい。
王家直属の隠密部隊の隊長というのも彼女の事であり、更にハンナの夫が王家直属の裏幹部である事までこれで判明してしまった。
ハンナ自身は商人の子とか言っていたが……恐らく、バーガー家の表の立場が商人なのだろう。
「……マ、ママン……」
「ど、どうしてママがここに……」
更に驚くべき単語が護衛二人の口から飛び出した。
ママってお前。その図体でママって。
いやそれより、つまりはあれだ。このデカブツ二人はどうもハンナの息子だったらしい。
正直全然似ていないし、子供にしか見えないハンナからどうやってこんなデカいのが産まれたのか全然分からないが、彼等の反応を見る限り嘘はなさそうだ。
……養子とかならばまだ納得は出来なくもない。
「さて。話は聞かせてもらいました。
貴方達は一体いつから、他人を脅すような悪い子になっちゃったんですか? 私はとても悲しいです」
「あ、いや、その、それは、えっと、言葉のあやというか……ほ、本当にやる気なんてなかったというか……なあ?」
ハルトマンが護衛二人に慌てて話を振ると、二人は勢いよく首を縦に振った。
どうやらかなり恐れられているようだ。
しかしハンナは笑顔を浮かべつつも、発する気配は剣呑さを増している。
「実行の有無に関係なく、そうして圧力をかけて従わせようとする行為を脅迫と言います。
私達貴族は大きな権力を持つからこそ、その力の使い所を考えなくてはなりません。
自らの為だけに他者を従わせるのでは暴君と変わりません」
余談だが、自らの為だけに他者を従わせて子供まで孕ませた男がメルセデスの父である。
「どうやら貴方達には再教育が必要なようね」
「ひいいっ!? 勘弁を!」
「貴方の父上からは、『学園でもし馬鹿をやっていたら躾け直してくれ』と頼まれています。覚悟はいいですね?」
「ヘルプ!」
「そして貴方達も。こんな事、お母さん許しませんよ?」
「…………終わった」
「…………ああ、終わったな」
ハンナは笑顔のままデカブツ二人の首根っこを掴み、ウサちゃんはハルトマンの足を掴んでズルズルと引きずった。
そして、涙を流して命乞いをする三人を連れて教室の外へと歩いて行く。
「あ、ごめんねメルちゃん、迷惑かけちゃって。この子達にはよく言い聞かせておくから。
それと後でちょっと話したい事があるから時間空けておいてね」
その言葉を最後にハンナが退室し、ズルズルという引きずる音が遠のいていった。
「ごめんなさい」
「もうしません」
「許してください」
――数時間後。
頭に漫画のようなタンコブをこさえた三人がメルセデスの下へ謝罪に訪れ、二度とちょっかいをかけない事を誓った。
◆
フェリックスが派閥を結成したのは彼が三学年の時の事であった。
当時十三歳だったフェリックスは少しでも父の関心を引くべく、狩猟祭で優勝しなければならないと思い、グリューネヴァルトの名で仲間を集めてチームを作り、そして派閥を作り上げた。
弱者の寄せ集め。一人では優勝できない者の集い。狩猟祭本来の趣旨からは外れたせせこましい手段。
そんな事は誰に言われずとも分かっている。
だが、そうしなければ勝てないのだ。
誰が最初に始めたのかは分からないが、狩猟祭は既にチーム戦が当たり前になってしまっている。
これは当然の流れである。
有力な貴族の子息ともなれば取り巻きを引き連れているものであり、取り巻きのポイントを自分のものとする。
取り巻きの方も、僅かなポイントを稼いだ所で注目など浴びない事が分かっているので、それならばと恩を売る方を優先してしまう。
いわば最初から自らの優勝を捨てた弱者の世渡りだ。
だが世の中というのは多くの弱者によって構成されており、人数が揃えば必ず少数の強者と大勢の弱者とに分かれる。
強い者に擦り寄り、利益を与える代わりに庇護を得る。
それは決して卑怯な行いではない。生物として当然の『群れ』を作ろうとする本能だ。
野生に生きる動物だってリーダーを決め、それに従う事で守られている。
数が揃えば必ず『群れ』が出来るのだ。
『群れ』は集まる事で、より大きな『村』となり、『村』が集まる事で『国』となる。
この学園で行われている派閥競争は、その縮小版に過ぎない。
数が揃えば派閥が生まれて対立する。これは必然の事だ。
何故ならその方が絶対的に有利で、生き残れるからである。
学園側が黙認しているのも、リーダーとしての資質を見極める為だろう。
有力な貴族の子息ともなれば、必ず社会に出た後に他者の上に立つ事になる。
この派閥競争はその練習として丁度いいのだ。
言ってしまえば学園は、わざと生徒達に『戦争』をやらせる事で、いずれ貴族社会に出た時の為の予行演習をさせているのである。
そして、その予行演習の戦争で崖っぷちに追い詰められているのがフェリックスであった。
三年生の時から少しずつ味方を増やし、同級生を纏めて誰にも無視出来ない勢力となった。
最初は優勝できなかったものの好成績を残し、四年生の時は準優勝まで行った。
そして必勝を期した今年度……だが去年の狩猟祭の後に起こった騒動が原因でフェリックスの地位は揺らいだ。
名声を高め、他の兄弟との差を見せつけて父に認めさせるはずだった自らの誕生日。
そこで彼は、自分を遥かに超える怪物を表舞台に引きずり出し……父からの関心を完全に失った。
招いた貴族達を危険に晒したあの事件は瞬く間に広がり、周囲から失望されてしまった。
その影響は学園にまで届き、彼を中心とした派閥は今や去年の半数以下にまで規模を落としてしまっている。
他人というのは現金なものだ。
甘い蜜を吸えなくなると知るや、次々とフェリックスの下から離れて行った。
残っている者の大半は、弱ったフェリックスにあえて従う事で強く恩を着せようとしている狡猾な者達である。
『こんな状況になっても自分は見限らないので、自分の事を優遇してくれ』と言っているのだ。
だがその者達も、グリューネヴァルト家の実情を知らないだけだ。
ベルンハルトの関心がとっくに妹の方に移っていると知れば、彼等はこぞってフェリックスを捨ててメルセデスに擦り寄るだろう。
これもまた、卑怯な行いではない。
群れを維持するならばリーダーは強くなければならない。
弱いリーダーなど誰も要らない。
自然においても、弱いリーダーが群れの獣に殺されてその座を奪われる事は多々ある事だ。
授業が終わり、寮へと続く廊下をフェリックスは一人で歩く。
取り巻きは一人もいない。
今、彼はこの上なく孤独で惨めであった。
だからだろう。そこに付け込もうとする者が現れるのは。
「フェリックス・グリューネヴァルト様ですね? 貴方に、いいお話があります」
そう言って突如話しかけてきたのは、白い装束に身を包んだ男で――手には、封石が握られていた。
白装束「ぶっちゃけ群れとか作ってる時点で御父上の期待に沿ってないと思いますよ」
フェリックス「この流れで普通に正論吐くの止めてくれないかな……」




