第三十話 王子の正体
前回のあらすじ
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【鷹の構えVS鷹の魔物】
メルセデスが現場に着くと、ジークハルトと巨大鷲が一進一退の攻防を繰り広げていた。
ジークハルトの技量は見事の一言に尽きる。
動きは洗練されており、無駄がほとんどない。メルセデスのように我流混じりの邪道ではなく、どこまでも正道の剣術を突き詰めた者だけに成し得る動きだ。
単純な技量だけを言えばフェリックスよりも上だ。メルセデスも凌ぐだろう。
身体能力も王族だけあって、幼い事からエリート教育を受けて来たのだろう。
サイズ差のある鷲にも負けない膂力と、相手が飛んでいる不利を感じさせない速度を備えている。
もしもメルセデスが、この世界の生き物では概念すら知らぬ重力を知らなければ……適当にやっていた重力訓練が血操術という吸血鬼の強さに直結する術に結び付いていなければ……きっと、彼はメルセデスの遥か高みにいた事だろう。
しかし驚くべきは、そんなジークハルトと互角に戦っている魔物の方か。
どう考えても生徒が戦っていいレベルの相手ではない。恐らく戦力面ではクロにも匹敵するだろう。
ジークハルトは大分苦戦しているようで、胸元が大きく裂けている。
幸い服一枚掠めただけのようで怪我は見えないが…………いや、ちょっと待て。何かおかしい。
だがそこに突っ込むのは後だ。人は誰しも触れられたくない秘密というものがある。
メルセデスは学園支給の剣を肩に乗せ、あえて今見たモノを無視してジークハルトへ声をかけた。
「アーベントロート王子。確認したいが、その魔物を捕獲する意思はあるか?
もしそのつもりなら、私はこのまま立ち去るが」
獲物の横取り駄目、絶対。
あの魔物が何であれ、今は魔物を捕獲するという授業の最中であり、ジークハルトにはそれを可能とするだけの技量もある。
なので彼がもしあれを捕獲したがっていた場合、メルセデスが手を出すのはただの横取り行為だ。
飛べる魔物は欲しいが、だからといって順序を無視する気はない。
ジークハルトが辞退しない限り、優先権は先に発見した彼にある。
しかしジークハルトは魔物の攻撃を捌きながら言う。
「い、いや! 捕獲する気はない! 最初はもう少し大人しい魔物の方がいいな!
それより、君もここを離れるべきだ!」
「承知した」
言質は取った。
ならばもう、遠慮する必要はないだろう。確かに彼は今、要らないと言ったのだ。
メルセデスは一歩前へ踏み出し、それと同時に大鷲は一度空へと退避した。
勘のいい魔物である。戦ってもいないのに、メルセデスが油断ならない相手だと本能で察したのだ。
「君、何をしている! あれはただの魔物ではない。
恐らくは、私の命を狙う刺客が差し向けてきた魔物だろう。
でなければ、こんな所にアシュタールが出るものか!」
魔物の名はアシュタールというらしい。
語源は分からないが、なかなか強そうな響きだ。
メルセデスはアシュタールを見上げながら、小声でツヴェルフへと呼びかけた。
(ツヴェルフ、情報を)
『イエス、マスター。現地識別名“アシュタール”の情報を検索します。
……ヒット。検索が終了しました。続いて情報を開示します。
アシュタールは鷲型モンスターです。脅威度はシュヴァルツ・ヴォルファングと同レベルのランクB。
属性は第一属性が地、鉄。第二属性が風、雷。
主な攻撃手段は爪や嘴を硬化させた鉄属性攻撃と、同じく翼を硬化させての体当たりです。
鉄属性以外の属性攻撃を使う事はありません』
属性的にはほぼ自分と丸被りか、と少しメルセデスは残念に思った。
どうせならば火や水を使えると嬉しかったのだが、まあ贅沢は言うまい。
現状では間違いなく、望みうる中で最高の飛行要員だ。
「ピィー!」
見た目が怖くても、鳥なので鳴き声は可愛い。
そんな事はどうでもいいのだが、アシュタールはメルセデスへと狙いを変えて急降下をしてきた。
まずは初撃の爪を学園支給の剣で軽く受けてみるが、あっさりと剣が折れてしまった。
なるほど、確かに鉄だ。ぶつけた時の手応えが生物のそれではない。
アシュタールは空を旋回し、再びメルセデスへと襲い掛かる。
今度は翼が目に見えて分かるほどに硬化し、アシュタール自らが鋭利な刃と化して突っ込んで来た。
機動力、攻撃力共に申し分なし。ただ、相性が悪すぎた。
「『ドルック』」
魔法名を宣言し、アシュタールに局地的な重圧をかけて地面へと叩き落した。
いかに重力に逆らって飛ぶ鳥でも、飛べない程の重圧をかけられてはどうしようもないだろう。
メルセデスは片手で重圧を維持したまま、もう片方の手で魔石を弄ぶ。
それを見てアシュタールも自らの敗北を悟ったのだろうか。抵抗を止めて静かに目を閉じた。
そこに魔石が炸裂し、中から飛び出した鎖がアシュタールを拘束していく。
てっきり麻痺か凍結をする魔石だと思っていたが、まさかの鉄属性である。
とりあえず、捕獲は成功だ。後は時間一杯を使って誰が主人かを教えてやればいいだろう。
メルセデスは拘束されて動けないアシュタールの前に行き、大胆にもそこに座り込んだ。
アシュタールはやはり抵抗せず、じっとメルセデスの出方を窺っている。
そんな彼の前でメルセデスは、ポケットから出す振りをしてダンジョンに格納しておいたパンを出した。
「食うか?」
「…………」
パンを目の前で振ると、アシュタールの視線もそれに合わせて動く。
しかしまだ警戒が残っているのか、食べる素振りは見せない。
勿論それは予想の範疇である。鳥を飼う際に重要なのは決して焦らない事だ。
メルセデスも今日いきなり気を許してくれるなどと、思ってはいない。
まずはこうして手から餌を与え続け、敵ではないと認識させる必要がある。
「すまない、助けられたな」
「気にするな。この魔物を捕獲したかっただけだ」
「だがこれで君に救われたのは二度目だ。感謝くらいはしてもいいだろう?」
メルセデスは一度ジークハルトへ目をやり、すぐにアシュタールへと視線を戻した。
アシュタールは相変わらずメルセデスをじっと見ている。
試しに軽く触れてみたが、暴れる素振りはない。
意外と毛はモフモフしていた。
「この魔物は貴方を狙っていると言ったな。何故そんな事が分かった?」
「それは……」
「思えば最初から変だった。少なすぎる護衛に、狙ってくれと言わんばかりの豪華な馬車……。
誰かが第五王子の命を狙っているという情報を貴方が得ていると仮定して、それで学園に来るのは明らかに不自然だ。事が収まるまで城にいる方が安全だろう」
話しながらメルセデスの手はアシュタールを撫で続けている。
モフモフ。モフモフモフ。
……悪くない手触りだ。
「それは……貴方がジークハルト王子ではない事と関係があるのか?」
「……ッ! 何故、それを……」
「自分の胸元をよく見てみろ」
メルセデスに言われ、ジークハルトは自分の胸へ視線を向けた。
するとそこには厚い胸板……ではなく、二つの果実がぶら下がっていた。
締め付けていただろうサラシは破れ、実に際どい事になっている。
やや控えめではあるが、メルセデス達の年齢を考えれば発育しすぎなくらいである。
メルセデスなど、未だに起伏のない鉄板ボディだというのに。
メルセデスとジークハルト……同じ年齢なのにどこで差がついたのか……慢心……環境の違い……。
「~~~~!」
「王子にそんなモノが付いているとは思えん」
慌てて胸を隠し、どこからか予備のサラシを出して巻き始めたジークハルトを後目にメルセデスは相変わらずアシュタールを撫でていた。
アシュタールは驚くほど大人しく、されるがままとなっている。
しかし少なくとも、嫌がる素振りを見せてはいない。
やがて胸を隠したジークハルトが、若干赤面してメルセデスを睨んできた。
「その……グリューネヴァルト。この事はどうか……」
「言い触らす趣味はない」
どうせ厄介事に決まっているからな、とメルセデスは内心で付け加えた。
恐らくだが彼……いや、彼女の正体は影武者か何かだろう。
つまり初めから襲撃される事を前提に置いた囮なわけだ。
王家は恐らく、第五王子の命を狙う集団がいるという情報を掴み、あえて泳がせる為に影武者として彼女にジークハルトを名乗らせた。
王族の証である銀髪は……染めたのだろうか?
地毛だとすると、更に複雑で関わりたくない内情が見えてきてしまう。
どちらにせよ、彼女は彼女でなかなかに厄介な事情を抱えているようだ。
いや、王族や貴族に生まれれば大小の差はあれど大体どこも複雑か。
(彼女が囮だとすると……他にも学園内に王家の手の者が潜んでいそうだな。
まさか囮だけ用意しているなどという間抜けな事はあるまい。餌を用意した以上、獲物がかかった時の為の釣り人が必要だ)
どうも、自分の知らない裏側で色々と陰謀が蠢いているらしい。
そしてこれで既に二回。自分は首を突っ込んでしまっている。
こうなると、関わりたくないとは言っていられないだろう。
ほぼ確実に、敵側からマークされてしまっているはずだ。
(面倒な事になってきたな……)
アシュタールを撫でながら、メルセデスは小さく溜息を吐いた。
アシュタール(この子、いつまでパン出してるんだろ。黒パン好きじゃないんだけど……。
魔物的本能でもう主人って認めてるのに。全然伝わってないっぽいし。
パンじゃなくて肉出して、肉。そしたら食べるから。
触られて抵抗しないって時点で主人認定終わってるって伝わらないもんかね、普通。
逃げないから、はよ鎖ほどいて。
とりあえず伝わる事を願ってガン見し続けよう。
ところで腹減ったんで、肉くれませんかね?)




