第三十一話 王家が継ぐ物
授業が終わって寮に戻ると、まずメルセデスは現状を記した手紙を書く事にした。
ジークハルトを取り巻く不穏な影は、既にメルセデスにとっても他人事ではない。
二度も首を突っ込んでしまった事もあるし、そうでないとしても自分が学ぶこの学園でつまらぬ混乱を引き起こされるのは許しがたい事だ。
ここではまだ学ぶ事が多く、今しばらくは学業に専念したい。
だが学園内で王子が死ねば、しばらくは閉園せざるを得なくなるだろう。
ならば目指すは早期解決。つまらぬ騒動を引き起こす者を止め、平穏な学園生活を手に入れる。
今回の事はいわば、目標までの道筋に現れた障害物だ。邪魔になるならば排除しなくてはならない。
しかし現状、メルセデスにはあまりに情報が足りておらず、ジークハルトもこれ以上巻き込む事を恐れているのか何も語ってくれない。
ならば誰に情報を明かし、助言を求めるべきか。
グスタフ教諭だろうか?
否。確かに味方ならば心強いが、その分敵だった時が危険だ。
何かの密命を帯びてこの学園に入り込んだ可能性がないわけではない。
同様の理由で学園にいる誰もが敵の可能性がある。
廊下ですれ違った、一見無害に見える生徒が王子を狙う暗殺者だという可能性もあるのだ。
ならば目を向けるのは学園の外。一人だけ、信頼は出来ずとも信用は出来る奴がいる。
あの男ならばこの件について何か掴んでいるかもしれないし、仮にジークハルトを狙っている側ならばメルセデスに対して『お前が始末しろ』くらい言ってのけるだろう。
そういう意味でも信頼は絶対出来ないが、そんな男だからこそ悪い意味で信用出来る。
つまりメルセデスは、父であるベルンハルトへ出す手紙をしたためていた。
ちなみに、アシュタールはこの件に関して何も把握していなかった。
彼は単に、ジークハルトの近くで解放され、腹が減っていたから近くにいたジークハルトに襲い掛かっただけらしい。
「メルセデスさん、何書いてるの?」
「ハンナが気にするような事は書いてないよ。学園で起こった事を父に報告するだけさ」
「へー、さっすが大貴族。そういう事もやるんだねえ」
後ろから声をかけてきたハンナは、所々に小さい傷を負っている。
その隣では隻眼の兎が腕組みをしており、葉巻をくわえていた。
どうやら、あの兎を無事に捕獲出来たようだ。
どうでもいいが、葉巻はくわえているだけで吹かしていない。室内ではあくまでくわえているだけである。
マナーというものをよく弁えている兎であった。
書き終えた手紙は、朝に皆が寝静まった頃を見計らってダンジョンから出した魔物に持たせる。
今回メルセデスが配達役に選んだのは『テガッツェ』という名の魔物で、虎並のサイズを誇る虎猫のような生物だ。
猫の運動能力をそのままにサイズだけ大きくしたようなこの魔物は俊敏で人懐っこく、扱いやすい。
多少気紛れな部分はあるが、多分任務を全うしてくれる事だろう。
二日ほど経ってから、テガッツェが新しい手紙をくわえて帰ってきた。
どうやら無事に任務を達成してくれたらしい。
心なしかドヤ顔のテガッツェに褒美の餌を与えてからダンジョンに戻し、少し唾液で汚れている手紙を広げる。
書かれていたのは以下のような内容だ。
『直接聞きに来い』
塩対応であった。流石はメルセデスの父である。
仕方がないのでメルセデスは授業が休みの日に学園を抜け出し、魔法で屋敷へと飛んで帰宅した。
◆
「来たな。では私の知っている事を教えてやろう」
屋敷に戻ったメルセデスは父の私室へと通された。
ベルンハルトはドアに鍵をかけ、指を鳴らして何かしらの魔法を行使する。
風……いや、空気がこの部屋を中心に層を作ったのをメルセデスは感じ取った。恐らく防音の魔法か何かだろう。
「王家には噂がある」
ベルンハルトは静かに、しかしよく通る声で話し始めた。
これから話す事は周囲に漏らしていい事ではないのだろうが、彼の口調に緊張は全くない。
「今の国王一家は偽物だという噂だ」
「偽物、ですか」
「事の始まりは先王が男児に恵まれず、良家の男を婿として迎え入れた頃にまで遡る。
11年前、第一子として最初に我等の前にお披露目されたのはジークリンデ・アーベントロート王女であった」
ジークリンデ第一王女……。
偶然かもしれないが、名前はジークハルトに似ていない事もない。
とはいえ、メルセデスは特に何か言う事もなく父の言葉を待つ。
「その後、妃は突然の奇病で亡くなったと公表され、王は新たな妻を迎え入れた。
つまりこの時点で、夫と妻の両方が王家と無関係の吸血鬼になってしまった事になる。
その際だ。今まで公表していなかった、などと言いながらジークリンデ王女の五人の兄が突然公表された」
「……あり得ませんね」
「そうだ、あり得ない。跡取りになり得る男児……それも先王が男児に恵まれなかった事を思えば、朗報のはずだ。公表しない理由がない。
そして、五人の兄の一番下がジークハルトという名だ」
「…………」
「更に不思議な事に、ジークリンデ王女5歳の誕生祭で姿を現した彼女は、以前とはまるで似つかぬ不出来な顔をしていた。ハッキリ言ってしまえば醜いのだ。
成長で顔が変わる事はあるだろう。かつて見た王女は赤子だったのだから、そのくらいの変化はあるかもしれんと言う者もいる。
だが私を始め、一部の者はそう考えなかった。……お前はどう思う?」
メルセデスは話を振られ、少しばかり考える。
邪推の域を出ないが、自分の知る事実とこの話を照合すると、一つの答えがうっすらと見えて来た。
「……乗っ取り、ですね。
妃が奇病というのは嘘で、恐らくは幽閉されたか、あるいは殺されたか……。
王になった男と、新しく来た妃は最初からグルだったのでしょう。後から現れた兄5人も、王になる以前から作っていた子供です。
そしてその実態は、男5人と女一人……ジークリンデ王女の名を我が子に与え、何も知らぬ本物のジークリンデ王女には別の名を与えて王家の影武者とした」
推察を口にしながらメルセデスは、もしこれが合っているならば迂闊だな、と考えた。
王になった男は、婿として迎えられる前から女と関係を持ち、子供を6人も作っていた事になる。
だが結果としてそれが不自然さを生み出してしまっているのだ。
ジークリンデとすり替わる為の女児だけを作っておけば話は違ったのだろう。
だが彼等は迂闊にも、男を五人も作ってしまっていた。
だから、存在しなかったはずの兄5人がいきなり現れる、などという不自然な事態が出来てしまったのだ。
……今の所、全ては推測に過ぎないが。
「うむ、私も同じ考えだ。何より、今の王家の連中は全員が不自然過ぎる。
一応銀髪ではあるが……まるで染めたかのような汚い銀色だ。
お前が学園で見たという影武者はどうだった?」
「不自然さは感じませんでしたね。自然な銀髪でしたよ」
「ふむ……」
ベルンハルトは腕を組み、何かを考えるように沈黙した。
メルセデスはそれを急かすでもなく、黙って次の言葉を待つ。
やがてベルンハルトの中で結論が出たのか、彼は再び口を開いた。
「王家に恩を売る機会かもしれんな。
そうでなくとも、偽りの愚物が王を気取って我等の上にいるのはいい気分ではない。
メルセデスよ、しばらくその影武者の周囲に気を配れ。そして彼女を襲う輩を生け捕りにして情報を吐かせろ。
もしもそいつが本物の王女ならば、それが王家の血を引く最後の一人かもしれん。
王家の血を絶やす事はオルクスの戦力低下に繋がる……避けねばならん」
「戦力低下、ですか?」
それはおかしい、とメルセデスは考えた。
確かにジークハルトの剣技は見事だったが、それでも個人としては秀でているというだけだ。
技量ではメルセデスの上を往くが、それでも直接戦えば基本スペックの差でメルセデスが勝つだろう。
ジークハルトの実力は、最初の頃のクロと互角程度でしかないのだ。
「お前もシーカーならば、ダンジョンは知っているな」
「それは、まあ」
「もしもあのダンジョンの力を一個人が所有出来るとしたら、どうする?」
ベルンハルトの話を聞き、メルセデスは無意識にポケットの中の鍵に触れていた。
やはり、真実を知っている者もいるようだ。
恐らく一般には知られていない極秘情報なのだろうが、それでもグリューネヴァルト家当主ともなれば、普通では入らない情報も入手出来るらしい。
「ダンジョンを真の意味で攻略した者には、ダンジョンそのものが与えられる。
魔物を量産し、道具を量産し、一個人で一国の軍を保有するに等しい絶大な力……だがそれは困難を極め、歴史上でも成し遂げた者は僅かにしか存在しない」
「軍は……いや、軍ではどうにもなりませんか」
「うむ。過去には何度かそういう試みもあったと聞いている。
だがダンジョンは基本的に集団で攻略するのに向いていない。決して広くない密閉空間にゾロゾロと入ってみろ。
範囲攻撃を持つ魔物のいいカモだぞ。
誰かが恐慌を起こせばそれは伝染し、味方が邪魔で満足に戦う事も出来んだろう。
ダンジョン攻略に物量攻めは通じん。必要なのは突出した個の力だ」
狭い場所で集団は不利になる。
これは戦闘における常識だ。
地球でも、数で勝る軍が狭い場所に誘い込まれた事で少数の敵に敗れたという記録が多く残っているのだ。
小柄なメルセデスだからこそダンジョンの狭さを気にせず戦えるだけであって、大人ならばほんの四人が並んだ程度で道を塞いでしまう。
ダンジョンとはそんな密閉された空間だ。
「そして高い実力を持つ者というのは、比例して高い社会的地位と名誉を持っている場合が多い。
わざわざそんな身の危険など犯す必要がないのだ。
そしてダンジョンというのは都市の経済を支えている場合が多い。
私ほどの地位にもなると、むしろ攻略する事で生じるデメリットの方が大きくなってしまう」
それは暗に自分ならばダンジョンを攻略出来ると言っているも同然であった。
凄まじい自信家である。
「ではシュタルクダンジョンは……」
「うむ、痛手だったな。だがアレは近年出現したダンジョンだ。
この都市を支えているのは以前からあったプラクティスダンジョンの方だ。
惜しい事は惜しいが、元々なかった物がなくなっただけと考えれば問題はない」
「もしもプラクティスダンジョンが攻略されてしまえば?」
「案ずるな、メルセデス。それは絶対にない」
メルセデスは父の言葉に違和感を感じた。
プラクティスダンジョンはメルセデスが攻略したシュタルクダンジョンよりも難易度の低いダンジョンである。
ならば攻略されてしまう可能性はシュタルクダンジョンよりむしろ高い。
なのに、それを攻略される事ないと言い切る理由が分からないのだ。
もしかして子飼いの兵士でも中に待機させていて、クリアしそうなシーカーを殺しているのだろうか?
この父なら、都市の経済を支える為にそのくらいやりそうだ。
「話を戻すぞ……ダンジョンを攻略するのは突出した個が必要だという所まで話したな。
そして少数の実力者で攻略したならば、その時は誰がダンジョンを手にするかで揉めるだろうな。
最悪、殺し合いもあり得る」
メルセデスは黙って頷き、改めて判明したダンジョンの悪質さに顔をしかめた。
集団での攻略を阻むように狭く、息も絶え絶えに最下層に行けばノーリスクで手に入るお宝との二択を迫られる。
つまり、最下層に来られるような実力者でもここで大半が振り落とされ、二度と真実への挑戦が出来なくなってしまうのだ。
そして扉の向こうには手強い守護者が待ち受け、これをクリアしても今度は内輪揉めが待っている。
命をかけて、死ぬような思いをしてクリアしたのだ。誰だって自分がダンジョンを手に入れたい。
そもそも実力者ならば、わざわざダンジョンに潜るというリスクを負うまでもなく名誉を手に入れる事が出来る。
メルセデスは偶然にも、それらの条件を気付かぬうちに突破していただけだ。
名誉も何もあったものではない底辺スタートだった故に保身を考えず、味方は自ら捕獲した魔物のみ。
5年間の無茶修行で基本スペックも上がり、重力という概念を知っていたという有利で他の吸血鬼を引き離した。
そんな彼女だから、ああまで容易くクリア出来てしまったのだ。
「話を戻そう。
そのダンジョンを、初代オルクス王であるアーベントロート一世は剣の形にして保有していた。
王のみが使える王剣は決して壊れる事のない不思議な金属で出来ており、揺るがぬ力と地位を彼に与えた。
そして彼はその力で王となり、今のオルクスの基盤を作り上げたのだ。
そして……ダンジョンは、達成者の血を継ぐ者に限り、継承する事が出来る。
機能は幾分か制限されるようだがな……」
メルセデスは改めて、自分が今持っている物がとんでもない代物であると理解させられた。
内なるパパン(娘が頼ってくれた!)テンション↑
パパン「では私の知っている事を教えてやろう」キリッ
【クッソ面倒なダンジョン攻略】
1、よっしゃ軍隊で物量責めや!
軍隊「狭すぎて戦えないんですが……むしろ味方邪魔なんですが……」
――全滅
2、よっしゃ優秀な実力者数人送り出すで!
実力者「いや、そんな事しなくても別に現状不自由してないんで……」
3、王命や! 行け!
扉「こっちの扉選べばノーリスクでお宝あげるよ。安全だよ」
実力者「よっしゃああああ!」
――終了
4、真実求めるで!
守護者「お前等、そんな弱った状態で俺に勝てると思ってたの?」
実力者「」
――全滅
5、勝ったで!
実力者A「……思ったんだけど、命かけてここまで来て、それで王家にこんなお宝渡すメリットなくね?」
実力者B「うん。これがあったらむしろ、俺等が王なれるわ」
実力者C「ていうか誰が持ち主になるんだよ。一番頑張った俺だよな?」
実力者D「は? 俺だろ?」
全員「「「「あ?」」」」
――殺し合い発生
6、ワイらアホやからダンジョンを王様にあげるで!
実力者「ダンジョンなんかいらんわ! やるで!」
王様「うれC」
王様「これ、クリアした本人かその子供じゃないと使えないやん……どうすんだよ、これ……」
そういうわけでダンジョンの真の攻略は『突出した力を持ち』、『現状に不満があり』、『それでいて誰がダンジョンを得るか揉める事のないPT編成の』、『リスクに平然と突撃する』、そんなアホの子でなければまず攻略不可能という酷いバランスです。




