第百四十話 捨てられそうなのでダンジョンを制覇する
「今回の事でよく分かったわ。二人共、馬鹿でしょ」
腕を組み、呆れたように言うのはメルセデスの母にしてベルンハルトの妻の一人であるリューディアだ。彼女の前では馬鹿親子が仲良く並んでベッドに転がって、そっぽを向いていた。
父と娘の喧嘩に決着が付き、メルセデスとベルンハルトは現在、自分達がボロボロにしてしまった屋敷の一室で休養をしていた。
いくら高い再生力を持ち、治療の魔法があっても死ぬ時は死ぬし、どんな怪我でも一瞬で治るわけではない。
二人の側ではメルセデスに呼び出されたゴブリンヘクサーが必死に回復魔法を使い続けており、普段は膨らんでいる腹がへこんで、ガリガリの痩せこけた姿になってしまっていた。
これは、回復魔法を使い過ぎて蓄えている脂肪を燃やしてしまったからだ。
ゴブリンヘクサーをそこまで酷使しても、まだベッドから起き上がれないのだから今回の喧嘩がどれだけのものだったのかが分かる。
「いや、しかし母様。これは未来に進むために必要な事で……」
「屋敷を壊して、わざわざ都の近くで戦って民衆を怯えさせる事がですか?」
「う……」
メルセデスが反論するが、怒気を滲ませた母の笑顔の前に黙ってしまった。
確かに、父との戦いはさておき、屋敷を壊す意味があるかと問われれば微塵もないし、都市の近くで戦う必要もない。
どこか遠く離れた荒野にでも行って、そこで戦えばよかっただけの話なのだ。
「ふん、黙っておれ。お前のような凡人には分からぬ世界があるのだ」
「ええ、分かりませんとも。娘との喧嘩でハッスルし過ぎて都市の近くで戦争を始めるアホの世界なんて」
「…………」
続けてベルンハルトがいつも通り威圧的に言うが、リューディアはまるで怯まない。
それにどれだけ格好を付けても、今のベルンハルトは娘との喧嘩に負けてベッドから起き上がる事も出来ない間抜けだ。
残念だが他者を凡人と見下す前に、まず自分が凡人未満になってしまっているこの現状では何を言っても滑稽なだけである。
その事を自覚させられ、ベルンハルトは黙ってしまった。
「とにかく二人共、しばらくそこで休んで頭を冷やしてなさい。壊れた屋敷の修繕の手配は私がやっておきます」
そう言い、リューディアは部屋から出て行った。
残されたメルセデスとベルンハルトは居心地悪そうに顔をしかめる。
リューディアがいなくなってしまった事で、身動きの出来ない二人だけの空間となったが、元々口数の多い方ではないこの二人では場が持たない。
そのまましばらく無言の時間が続いたが、やがてベルンハルトが会話の口火を切った。
「……娘よ。お前は私に勝利したが、この先どうする?」
「どうする、とは?」
「到達点は決まっている。世界統一に、ダンジョン制覇。問題はその完成予想図だ」
ゴールが決まっていても、そこに至るルートは複数ある。
そして道が違えば、ゴール到達時に得られるものも変わる。
統一した時にはフォーゲラが絶滅しているかもしれないし、シメーレが世界から消えているかもしれない。エルフェがいないかもしれない。あるいは三種族全てを敵に回して戦った結果、吸血鬼が予想以上に衰退しているかもしれない。
メルセデスもベルンハルトも、最終的に自分達親子のどちらか……この場合は勝者であるメルセデスが世界の頂点に立ち、ダンジョンを制覇するという結果を信じている。
だが、そうなっても他の種族、あるいは吸血鬼が絶滅していては後の歴史に大いに響くだろう。
だからベルンハルトは聞いているのだ。
メルセデスの描く未来図はどんなものなのかを。
四種族全てを残すか。特定の種族は消してしまうか。あるは吸血鬼以外は消してしまうのか。
「父上は……」
「無論、吸血鬼以外は滅ぼすつもりだった。吸血鬼のみが残り、世界を支配する。それが私の描いていた未来予想図だ」
「…………」
「乱暴だと思うか? 実際そうだろうな。失う物も多いだろう。特に文化という点で見れば我等吸血鬼は悲しいほどに劣っている。料理、医療、娯楽、製造、農業……あらゆる面で我等は他の三種族より下だ。自ら何かを造るという発想に欠けている。生物として最初から優れている分、不足を補う為の工夫がない。吸血鬼のみが残った世界は……より良くしようという『未来』がない。永遠に『今』を続けるだけの現状維持が続くだろう」
吸血鬼は、この世界に生きる四種族の中で生物的にはきっと、最も強い生き物だ。
シメーレに匹敵する身体能力を持ち、高い再生力を持ち、長い寿命を持ち、エルフェのように魔法にも優れている。
この世界は異なる生き物同士を戦わせて頂点を決める試験場だとツヴェルフは言った。
ならば最も強い吸血鬼は圧倒的に有利なのだろうか。
……残念ながら、そうではない。
地球の歴史を見れば分かるだろう。地球の覇者となったのは百獣の王たるライオンだっただろうか? 海で敵なしのシャチだっただろうか? 密林の王者の虎だっただろうか? 最も巨大な陸上生物の象だっただろうか?
そうではなかった。地球で最も繁栄し、我が物顔で勢力圏を広げ続けたのは人間だった。
ライオンとは比べ物にならないほど弱く、シャチなど比較対象にならないほど脆く、象よりも小さく、虎がじゃれるだけで死ぬ。そんな弱弱しい生物の人間であった。
人間は弱い。弱くて脆くて遅くて臆病で、強さからはかけ離れている。
それでも人間は繁栄した。弱いから、遅いから不足を補った。
温度の変化に耐えられる毛皮がないから服を作った。獲物を仕留める牙も爪もないから武器を作った。それでもまだ弱すぎて勝てないから罠を作る事を覚えた。
遅いから馬よりも速く走る乗り物を作った。飛べないから鳥よりも高く飛ぶ飛行機を作った。
足らぬからこそ、足りている者よりも強くなるのだ。
吸血鬼は『生物』としては強い。だが『人』としてはその強さがそのまま、弱点になる。
未来の繁栄を望むならば、吸血鬼以外の種族こそ残さなければならないのだ。
「そこまで分かっていて、何故?」
「どのみち、そうなるからだ。そうでなければ吸血鬼そのものが滅びる」
「……父上、貴方は……知っているのか?」
「ふん、見くびるなよ。神々がこの世界に、そして我々に何を望んでいるかを見抜けぬ私ではないわ」
この世界は、巨大な試験場だ。
そして四つの種族による覇権争いは、神々の後継者を決める為のコンペティションである。
勝利した一種族のみが生き残り、残る三種族は破棄されてしまう。
他の種族を生かすか殺すかの選択権は勝者にはない。それは神々が決める事で、そして結論は既に出てしまっている。
だからメルセデスが仮に世界を支配して、四種族による共存を望んだとしても強制的に吸血鬼以外が消されてしまうのだ。
ならばもう、描く未来絵図は二つに一つ。
未来の繁栄を捨ててでも吸血鬼が勝利して他の種族を消すか、それとも吸血鬼が甘んじて消えるか……。
ベルンハルトはこの二つの道のうち、吸血鬼が残る道を選ぼうとしていた。それだけの事なのだ。
だがこの真実が解禁されるのは、ダンジョンを三つ入手した時であり、現状二つしか手に入れていないベルンハルトには明かされていないはずの情報である。
「ダンジョンを二つ入手した事で得た情報に加え、過去の文献をありったけ手元にかき集め、私なりに推測したのだ。そして今のお前の反応で、私の考えに間違いがなかった事を確信したぞ」
「では、父上は停滞を止む無しと……?」
「まさか。私が目指すのは停滞し続けたこの世界を動かす事だ。確かに吸血鬼は停滞し続ける生物だが……今ならば、私やお前がいる。私達ならば変えられる、動かせる。私かお前が世界の頂点に立ち、他の三種族を駆逐し……そして新たな世界を築き上げる。それが私の描く未来絵図だ」
吸血鬼は元々恵まれているせいで、前に進む力がない。
だがベルンハルトは例外だ。
今を良しとせず、貪欲に、そして凶暴に、野心を燃やして前へ進もうとしている。
立ち塞がる者を全て踏み潰し、その果てに新たなる世界を築こうと企てているのだ。
「私の描く絵は教えたぞ。さあ、お前の絵を教えろ」
「……ふ。そうだな……では、あえて言うならば――父上も、意外と謙虚なようで」
「何……?」
「てっきり父上も私と同じ未来を見ていると思っていたが……まさか神の人形に甘んじるのを良しと考えるとは」
メルセデスは挑発的に笑い、黄金の瞳が不気味に輝いた。
父と同じものを見ていると思っていたが、何ともまあ……父は思っていたよりずっと謙虚で、ずっと欲がない。
少なくとも、メルセデスの貪欲ぶりに比べれば父の、何と控えめな事か。
そう思ったから、メルセデスは嗤ったのだ。
「今は私達がいる、確かにそうだろう。だが吸血鬼とて永遠に生きるわけではない。私達が死ねば、また世界は停滞に逆戻りだ。先へ進むには異なる長所を持つ者……他の三種族が必要だ」
「では吸血鬼が甘んじて滅ぶと?」
「いや。吸血鬼も他の種族も私は滅ぼさない。私が牙を剥くのは、共にこの大地を生きる同胞ではなく、勝手に不要と判断して消し去ろうとしている神気取りの生物だ」
メルセデスの言葉に、ベルンハルトが目を見開いた。
数秒の驚愕……やがて、その顔は歓喜に歪む。
「なるほど……くくくっ……そうか、そうか……! 私ですら選ばなかった、その道を往くか! 娘よ!」
「そうだ。この世界にある生も死も、それは全てこの世界に生きる私達のものであるべきだろう? 他の誰かの玩具であり続けるのは、もう終わらせるべきだ」
ダンジョンの中から、ツヴェルフが息を呑むのが伝わってくる。
ツヴェルフは言った。アレはもう生物ではないと。
ならばきっと……地球人類はきっと、とうの昔に滅びていたのだろう。
今残っているのは地球人類ではなく、生物ですらなく……その未練のみを継承した、残骸のようなナニカに過ぎない。
「決まった絵しか描けない額縁の中では、私の望む絵は描けない。だからまずは額縁の方を……」
ならば引導を渡してやろう。他でもない、かつては地球人類だったという記憶を持つこの自分こそが。
そう決意し、メルセデスは禁忌を宣言した。
「――神々に引導を渡す。世界の支配など、そこに至る為のついでだ」
消えるべきは吸血鬼でもなく、エルフェでもなく、獣人でも鳥人でもない。奴らの方だ。
その宣言と同時に、ベルンハルトは心底愉快そうに大笑いした。
◆
痛む身体を引きずり、メルセデスは屋敷の外に出ていた。
夜空で輝く蒼い月は変わらず美しく、そして今日も欠けている。
どうやら満月の日を外してしまったようだが、メルセデスにとっては欠けた月こそ親しみを覚えるものだ。
「ツヴェルフ」
『はい』
「あえてもう一度聞く。神々は……もう、『人』ではないんだな?」
『はい。人ではありません。生物ですらありません』
「なあツヴェルフ……お前、本当は人の事が好きだったんだろう?」
月を眺めながら言うメルセデスに、ツヴェルフは答えない。
だが返事がなくても分かる。嫌いなものの姿など、好んで真似るものか。
普段は感情がないかのように振舞っているツヴェルフが、神々について語る時だけ嫌悪に彩られていたのは何故か?
好きと嫌いは表裏一体で、あの嫌悪感こそツヴェルフの本心を何よりも雄弁に語っている。
ツヴェルフはきっと、許せないのだ。
好きだったからこそ、今の神々の姿が、何よりも認められないのだろう。
「きっと、今の神々の姿は酷いものなんだろうな……それこそ、私達から、『絵を残す』という文化を奪うくらいには」
『お気づきでしたか』
「この世界は不自然なまでに、『過去の事を絵に残す』という文化がない。誰もが何故か、言われるまでその発想に行き着かない。これは、私達に意図的に仕掛けられた思考の制限だろう。
もっとも、父上などは『絵図』という言葉を使う事から分かるように、自覚さえしてしまえば問題ない程度の制限のようだが。
さて、足りぬ頭なりに、絵を残されて一番困るのは誰かを私は考えた。きっとそれは、絵に残されたくないくらいに醜くなってしまった、神々なのだろうとな」
『仰る通りです……もう遠い昔の事になりますが、この惑星を生物が住める環境にする際に、神々はその姿を見せています。そして自分達の姿を後世に残されぬよう、当時のファルシュ達の脳に干渉し、自分達の姿を絵として残す事を禁じました。その影響が、今もマスター達の中に残っているのでしょう』
「それは……あまり、見たくないな」
メルセデスはしみじみと、本心から言う。
本当に見たいものではない。かつて栄華を極めた人類の成れの果ての残骸など。
「ところでこのコンペティション……もしかして、期限が近いんじゃないか?」
『……何故、そのように?』
「寿命だ。神々は様々な方法で生を繋いでいるだろうが、永遠ではないだろう。いつか死ぬ」
『…………』
「このコンペティションの勝者が決まれば、その種族を正式採用し、神々による記憶と知識の転写――『転生』が始まる。しかし今はまだ実験段階で危険だから、まずはテストとして保存状態のいい死体から記憶を抜き出して先に転生させ、私のような実験体を生み出した。つまり神々は最終的には自分達が転生する気なわけだが……しかし、そこでトラブルが起きたんじゃないか? 最初は数百いた候補が残り四つになって以降停滞してしまい、テストが上手く進まなくなったんだ。
そして停滞したまま時は流れ……神々はきっと焦っただろう。このままではコンペティションが終わる前に、自分達が死んでしまうとな」
『素晴らしい推理です。何故その答えに行き着いたかを訊ねても?』
「私がここにいるからだ。危険を承知で転生の実験をしなければならないほど、焦っているんだろう? そして……私は今日までに、私以外の転生者と遭遇していない。これは、転生の成功率が決して高くない事を意味している」
メルセデスは自分以外の転生者と出会っていない。
しかしこれはおかしいのだ。
何故なら、メルセデスの転生が神々による実験ならば、他にもっと転生者がいていいはずだからだ。
動物実験だって一匹のマウスだけで確認しないだろう。複数のマウスを用意し、繰り返し実験する。
なのにメルセデスは自分以外の転生者を見ていない。
きっと、他にも転生者はいるのだろう。あるいは、いたのだろう。
しかし、こうして『だろう』と推測しているのがもうおかしい。
本当に転生の実験が行われ、成功していたならば……あちこちに転生者がいて、もっと混沌とした世界になっていなければおかしいのだ。
「多分年代を重ね過ぎたんだろうな。どの種族も、当初は問題なく転生が行えるように調整されていたはずだ。そうでなければ、そもそもの前提から破綻してしまう。
しかし残り四種族になってから時代を重ね、世代を重ね、停滞し続け……そして、目に見えない部分で進化していた。神々の転生がほとんど成功しない……後継者として相応しくない生物にな」
『お見事です。その情報は本来、もっと多くのダンジョンを入手した際に得られるはずのものなのですが……』
「ここからは更に想像だが、神々は相当困ったはずだ。そこで期限を設けたのではないか? このままいずれかの種族が期限内に正式採用に漕ぎ着ければ、その種族を再調整し……もし期限が間に合わなければ……破棄しようと。そして前に正式採用からあぶれた数百の種族からよさそうなのを見繕って、もうそれでいいやと採用するんじゃないか? すぐに今この世界にいる四種族を破棄してしまわないのはただの未練だろうな。長年かけてきたものをすぐに捨てる決断は出来ない、というだけだろう。どうだ?」
メルセデスはツヴェルフの方を向き、尋ねる。
ツヴェルフはその問いに答えない。というよりはきっと答えられないのだろう。
この情報を話すには、まだメルセデスの持つダンジョンの数が足りていない。
だからツヴェルフは返事をせず、ただ静かに微笑んでみせた。
「それほど外しているわけではなさそうだな。しかしそうなると……私達に残された時間はもう多くないな。この世界はまさに、神々に捨てられる寸前なわけだ」
『もしそうだとして、大人しく捨てられるつもりはないのでしょう?』
「ああ。その前に奴らの望む通りに、この茶番を私が終わらせてやる。
この世界にある、全てのダンジョンを制覇してな」
メルセデスは蒼い月を見上げ、好戦的に笑みを深めた。
かつてこの世界で最初に決意を固めた時のように掌を前に突き出し、月を手の中に閉じ込めるように強く握りしめる。
この世界で全力で生きてやる。いつか終わる時に悔いなく死ねるように、生き抜いてやる。
その邪魔をするならば、何者だろうと遠慮はしない。
あの青く美しい月だろうと、この手中に収めて殴り込みをかけてやる。
だからこれは、聞こえていない事を承知の上で放つ宣戦布告だ。
――いずれそちらに行く。それまで待っていろ。
パパンテンション↑↑↑
ベンケイ「無表情無気力系と思っていた主人が本性解放して以降、ずっとやばい件」
シュフ「困難な道大好き系女子であったか……」
ツヴェルフ『 ( ゜д゜) 』
少し前の話なのですが、TOブックス様の漫画サイトである「コロナEX」がオープンしたようです。
こちらではメルセデスも掲載されていて、ニコニコ静画よりも早く更新されるとの事です。
もし興味がありましたら是非、一度覗いていってみて下さい。




