第百四十一話 新たな継承
ベルンハルトが所有する『プラクティスダンジョン』は、その名に反して多種多様なモンスターを抱えたダンジョンだ。
元々この名前自体、あえてベルンハルトが難易度を下げた結果付けられたものなので名前詐欺になるのは仕方ない事だろう。
このダンジョンはメルセデスが所有するシュタルクダンジョンと同じく、オーソドックスな迷宮スタイルのダンジョンであり、最下層には守護者であるカタストローフェが待ち受けている。
光を遮る黒煙で全身を覆ったこの守護者は、光を遮り暗闇で包む事を得意としている。
その点ではシュヴァルツ・ヒストリエに似ているが、この守護者は更にその方面に特化しており、空一面を黒煙で覆い尽くす事も出来る。
つまり、敵国の上空を覆い続ける事で光の差し込まない日々を強要するという悪質な戦法を取る事が可能なのだ。
そうすれば作物は育たなくなり、暗闇が続けば視力も衰え、人々の心にはストレスが溜まる。
更にこの守護者は煙の成分構成を自在に操り、二酸化炭素の濃度を上げる事で白煙の巨人と化す能力を持つ。
この煙を広く敵国に散布すればどうなるか……人々は次々に窒息し、気付いた時にはもう手遅れ。
戦わずして国が滅びていた、などという事も起こりえる。
守護者はどれも一国の軍に匹敵するが、このカタストローフェは軍というより、むしろ対一国……短期戦で殲滅するのではなく、長期戦でじわじわ滅ぼす事に秀でた存在だ。
だからといって直接戦闘能力が弱いわけではない。
守護者として最低限の戦闘力を備えているのは、フェーニクスを圧倒した事からも明らかだろう。
故にこの黒煙の巨人を打倒するのは至難を極める事なのだ。
それが今――潰れていた。
「潰れろ、下郎」
「重力百倍」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!?」
ベルンハルトが魔法で生み出した超重量の鉄塊を、メルセデスが重力で百倍の重さに増幅してカタストローフェに叩き落とした。
いくら煙を自在に操れるといっても、煙は煙。超重力で地面に押し付けられてはどうしようもない。
そしてこの煙の巨人は、フェーニクスのように炎で構成されているとかそういう事はなく、煙の中に普通に本体があるタイプなので物理攻撃が通ってしまう。
なのでこうして鉄塊で押し潰されてしまえば、為す術がない。
身動きの出来なくなった守護者の前にメルセデスとベルンハルトが立ち、同時に武器を振り下ろしてその首を刎ね飛ばした。
これは酷い。かつてこんなに流れ作業で試練をクリアした挑戦者がいただろうか。
「終わったか……マトモにやれば苦戦しただろうが、こうも容易く行くとは」
メルセデスが服についた汚れをはたきながら言う。
容易く、とは言っているがそれでも反撃を受けなかったわけではないし、傷を負わなかったわけでもない。
その証拠にメルセデスの全身には細かい傷跡がある……のだが、自然治癒能力ですぐに治ってしまう程度の傷だ。
「しかし、継承の儀に前の持ち主を普通に連れて行けるんだな」
「継承を行った時点で私は既にダンジョンの持ち主でも何でもないからな。逆に言えば継承に失敗すればその後ダンジョンは姿を眩ますだろう」
「キープは認めない、という事か。まあ私達には有難いルールだ」
以前、ベアトリクスから継承した際にはメルセデスはベアトリクスを連れて行かなかった。
それは単純に、あの時はまだベアトリクスを信用出来ていなかったからだ。
いや、信用云々で言えば今も信用しているとは言い難い。
父もベアトリクスも、必要とあらば後ろから斬りかかって来る程度の腹黒さを持っていると確信出来る。
だからもし見限られてしまえば、この二人は何の迷いもなく背後からメルセデスを刺すだろう。
その程度の悪どさがなければ、ここまで権力を拡大出来るものか。
そういう点で言えば、システムと本能でほぼ裏切る事がないだろうベンケイやクロとは全く違う。
しかしメルセデスは、この先はあえてそのリスクを飲み込む事にした。
この先自分が喧嘩を売ろうとしているのは、自称とはいえ神を名乗る存在だ。
たとえそれが、神とは程遠い一知的生命体の成れの果てに過ぎないとしても、それでもこの世界を創り上げた、絶対者だ。
何よりメルセデスがやろうとしているのは、神に対する反逆という、この世界最大の裏切り行為である。
神を裏切ろうとしている者が、小さな裏切りにビクビク怯えて、使えるものも使わないのは余りに臆病だろう。
何より、ベルンハルトとベアトリクスはこの先必要だ。メルセデスにはない知識、経験、統治能力を持つこの二人を使わないという選択肢はあり得ない。
だから裏切りのリスクは飲み込む事にした。
裏切るなら裏切るで、また捻じ伏せるまで。その程度の気概と覚悟がなくては、とても神に挑むなど出来ないとメルセデスは考えたのだ。
「さて、これで継承の儀は終了だな。しかしいいのか? プラクティスダンジョンだけで」
「ああ。私に一点集中させるより、まだ父上にもダンジョンマスターでいてもらった方がいいと判断した」
メルセデスはベルンハルトからプラクティスダンジョンの所有権を継承したが、もう一つのダンジョンはまだ持たせたままだ。
何故プラクティスダンジョンだけを奪ったのかだが、それにはいくつかの理由がある。
まず一つ、単純に一点集中を避けた。
メルセデスが二つのダンジョンを手に入れてしまえば、当然メルセデスの戦力は上昇する。
しかしそれは、過剰戦力なのだ。既にメルセデスは現時点でも三つのダンジョンを持っているのだから、これだけでも十分他の種族と渡り合える。
ハッキリ言って、エルフェやフォーゲラ、シメーレを制圧するのにダンジョン五つは必要ない。
また、メルセデスが二つとも継承してしまえば、当然それらのダンジョンの力はメルセデスしか使えなくなる。
メルセデスがシメーレの国に行けばシメーレに五つのダンジョンの力が集中する。メルセデスがフォーゲラの国に行けばフォーゲラに五つのダンジョンの力が集中する。
それよりはベルンハルトに一つ持たせたままで、メルセデスがシメーレ、ベルンハルトがフォーゲラ、と分散した方が効率がいい。
奪うダンジョンをプラクティスダンジョンにしたのも理由がある。
プラクティスダンジョンは今や大都市ブルートの生活を支える基盤だ。なのでしばらくは今まで通りに開放し、変わらずブルートの住民やシーカーが使えるようにしておきたい。
しかしベルンハルトの手元にプラクティスダンジョンだけを残してしまうと、当然ベルンハルトはブルートを維持する為にプラクティスダンジョンを開放しなければならず……実質、ダンジョンなしになる。
それよりは、もう一つのダンジョンをベルンハルトの手元に残し、メルセデスがプラクティスダンジョンを奪って一般開放すれば、メルセデスの実質所有数は3になり、ベルンハルトも1になる。
また、プラクティスダンジョンには、ただのダンジョン以上の価値がある。
先も述べたようにこのプラクティスダンジョンはブルートの基盤だ。
出て来る魔物は全て食用か、何らかの素材になるものばかり。生えている草一本ですら有用。
シュフ曰く、『使えない物がない』。
きっとベルンハルトが長年かけて、そうした物ばかりを集めて増やしてきたのだろう。
ならばこのプラクティスダンジョンとは、ブルートの命も同然。
つまり継承したこの時点をもって、ブルートの心臓をメルセデスが握ったようなものなのだ。
今やブルートの実質的な支配者はベルンハルトではなく、メルセデスだ。
……とはいえ民意というものもあるし、表向きには今まで通りにベルンハルトに支配者でいてもらうが。
◆
ダンジョン所有数が四つとなり、マスターキーを統合するか別にするかを問われたが、今回は勿論別だ。
何せプラクティスダンジョンは今まで通り開放し続けなければいけないのだから。
『初めまして、ダンジョンマスター・メルセデス様。僕はダンジョン管理者のゼックス……貴女の意のままに動く僕でございます』
「よし、なら最初の命令だ。今まで通りにプラクティスダンジョンを管理してくれ。一般開放は何階層まであったか?」
『十五階層までです。配置する魔物も今まで通りで?』
「ああ。食用や素材になる奴を置いてくれ」
『意のままに』
プラクティスダンジョンは、ひとまずこれでいい。
今までと同じ位置に開放しておき、今までと同じく人々を迎え入れる。
手に入れて早々こんな扱いになってしまったが、実際これが一番いいのだから仕方あるまい。
プラクティスダンジョンを早々に放置したメルセデスは、ツヴェルフへと呼びかけた。
「さて、情報解禁の時間だ。今回は何を聞かせてくれる?」
ダンジョン所有数が増えた事で、手に入る情報も増えているはずだ。
まずは、それを聞くとしよう。
カタストローフェ「戦闘シーンカットとか嘘やろお前……」
メルセデス「だって、お前を使役してた父上との戦闘の後に、お前との戦闘シーン長々やっても……」
カタストローフェ「俺一応、君が大苦戦したフェーニクスを封殺出来るくらいには強いんですけどねえ……」
ゼックス「参入早々出番なし……嘘やろ」
ズィーベン「知ってた」
ツェーン「知ってた」
ツヴェルフ「いやーすみませんねえ。一番最初! にマスターの手持ちになったというだけで私だけこんなに優遇されて。まあ仕方ないですよね。何せ一番最初! ですから」ドヤァ……
管理者は役割が被っているので、この先もツヴェルフ以外は空気確定です。




