第百三十四話 歪んだ解決法
人は現実を知り、才能を知り、挫折を知り。そして夢を追わなくなって目的のない物語が出来上がる。
メルセデスの前世だった誰かは、自分のせいで誰かがそうなる事を恐れた。
自分が全力で何かに挑む事で他の誰かが挫折し、目的のない物語の主人公となってしまう。
そうして挑戦を止め、自らが目的のない物語の主人公になり果てて死んだ。
その残滓をメルセデスもまた、引きずっていた。
だから病的に他人を信じず、仲間を作らなかった。
誰かの夢を踏みにじってまで前に突き進む強さが無かったのだろう。
踏みにじったものを無駄にしないという気概が無かったのだろう。
だから冷めているような態度を取り、熱を封じ込め、何にも挑まなかった。
結局の所、メルセデスは中途半端だったのだ。
他人などどうでもいいという態度を取り、学園の狩猟祭の時は派閥競争を下らないと纏めて踏み潰し、前に進み続けると決めていたくせに……変な所で、他者の事を気にしていた。
世の中の『普通』に何とか自分を合わせようとして、情があるフリをしたりもした。
何かが欠けている自分にコンプレックスを抱き、満たされている他人の真似をした。
だが元々ズレているメルセデスがいくら他人の模倣をしても、心は満たされない。欠けたままだ。
そう、本当に欠けていたのは――メルセデス自身の心。
他者への情愛がなかったのも当然だろう。
自分自身すら受け入れぬ者が、他人を受け入れる余裕などあるものか。
前世の誰かは、その事に気付く事なく分岐点で選択を誤り、生涯を欠けた月のまま終わらせた。
笑って死ぬことなく、悔いながら死んだ。
そして、ここがメルセデスにとっての分岐点だ。
メルセデスの行動一つで、今後の世界の未来そのものが変わる。
ダンジョンを複数持つというのは、そういう事だ。一人の意思で世界の行く末を決定出来るほどの力を手にしてしまっている。
父と協力して他の三種族を滅ぼして吸血鬼の帝国を築き上げるか。
それとも父に反逆し、別の道を歩むか。
「…………」
メルセデスは腕を組み、自分が取るべき道を考える。
まず、父を止める理由は……実の所、あんまりない。
フォーゲラの今回の行動はあまりに迂闊で間抜けすぎて引っかかりを覚えるが、それでも向こうがちょっかいをかけてきたのは確かだ。
それに今まで均衡を保っていたのは所詮、互いに手出しが出来なかったというだけで決して仲良く手を取り合っていたわけではない。
直接の激突がなかっただけで、この世界は常に戦争状態にあったのだ。
例えば、今回のケースとは逆に他の種族がダンジョンを他の種族よりも多く持ち、攻め込めるだけの戦力を得たならば、吸血鬼は滅ぼされる側になるだろう。
そして今後、そうならないという保証はない。何せまだ、攻略されていないダンジョンはいくつもあるはずなのだ。
そして、困った事にあんな父でも一応、今は味方勢力だ。
ジークリンデが未熟でトップとして機能していないので、何ならベルンハルトこそが吸血鬼側のトップである。彼を倒して困るのは他でもない吸血鬼側だ。
ならばここは父と手を組み、ひとまず共通の敵であるエルフェ、フォーゲラ、シメーレを叩いてしまうのは選択肢として有りだろう。
滅ぼすのは流石に過激すぎるが、ダンジョンを取り上げて吸血鬼の支配下に置いてしまえば少なくとも、吸血鬼が他の種族に攻め滅ぼされる事を危惧しなくてよくなる。
だが問題はその後……吸血鬼一強状態になった時、父が保有するダンジョンの数が増えて、メルセデスでは太刀打ち出来なくなってしまう可能性がある。
現在最低でもエルフェが二、シメーレが二、フォーゲラが一つダンジョンを保有している。
仮にそれら全てを父が得てしまえば、合計で六……残念だが、こうなっては勝ち目は薄い。
当然ベルンハルトは次にメルセデスのダンジョンも奪うだろう。
妙に気に入られているので殺される事はないかもしれないが、その後に待っているのは一生首輪を付けられての飼い殺しだ。
そんな生涯を送っては、どう考えても悔いが残る。それはメルセデスの今世の目標と反するものだ。
だからといって、父を止めても、それはいつ崩れてもおかしくない氷上の均衡を維持するだけで何の解決にもならない。
それどころか下手にベルンハルトを倒してしまえば、国が混乱する。
つまり、ベルンハルトに手を貸すのも、反逆するのも正解ではない。どちらも間違いだ。
ならばもう一つ……間違いを正解に変える為に選択の幅を広げてしまうべきだろう。
メルセデスの当面の目標はダンジョンを制覇する事。ならばエルフェもフォーゲラも、シメーレも、そして父も。どれもいずれはぶつからなければならない敵だ。
種族を滅ぼす気はない。
かといって現状を維持する気もない。
滅ぼさずに、無力化する。そしてダンジョンを全て手に入れる。
そして戦争にならないように種族間のパワーバランスも均一にする。
その全ては……決して矛盾しない。
「……何だ、思ったよりシンプルだな」
「……メルちゃん?」
「ハンナ、ジークリンデ、兄さん。崩れてしまった戦力バランスを元に戻す方法が一つだけある」
そう、シンプルだ。
気付いてしまえば、本当に簡単な事だ。
迷いが晴れたように顔を上げるメルセデスに、ハンナが嫌な予感がする、という顔を向けた。
何とも残念な事に、きっとその予感は大当たりしているだろう。
「変に二つだの一つだの、三つだのとダンジョンを持つからややこしいんだ。
なら、四種族全てダンジョン保有数がゼロになればいい。簡単な事だ。
いや、極論……誰もダンジョンなど持たなければいい」
「……うん? ん? あ、うん。待って、待って待って。もう次にメルちゃんが何を言うか、分かる気がする。けどそれって……ねえ、本気で? 本気でそれやる気!?」
どうやらハンナは、メルセデスが何を考えているか察してしまったようだ。
流石に頭の回転が速い。
「ああ、多分これしかない。他の種族を滅ぼしてしまえば文化は間違いなく退化する……吸血鬼は恵まれているせいで、逆に発展性がないからな。多様性が失われるのも望ましく無い。だから他の三種族は滅ぼさない。
そしてこちらに攻め込む事も出来ないようにする。今後の火種も潰す。その為の方法は一つだ」
「待って! 待って待って! よし分かった! 私、部屋を出る! 殿下とフェリックス君も聞かないようにしよう! それ聞いたら絶対引き返せなくなるやつだよね! ていうかそれ言っていいの!? 最悪、私達全員メルちゃんの敵になるよ!?」
「何、問題はない。ジークリンデは性格上、この提案を聞けば十中八九こちらに付く。ジークリンデがこちらに付けばハンナも付く。兄さんは……こちらに付いてくれた方が好都合だが、そうでなければその時に考えよう。まあ、賭けだな」
「待って、おかしいって! ねえ、メルちゃんそんな無計画じゃなかったでしょ! 今までの慎重なメルちゃんはどこに行ったの!? 不確定要素だらけの賭けとかやるタイプじゃなかったじゃん!」
ハンナは涙目で訴えているが、メルセデス自身もこれから言おうとしている事、やろうとしている事が今までの自分と大きく異なっている事は自覚していた。
だが、きっとこれこそが必要な事なのだろうと思う。
今までメルセデスはギリギリの慎重さを保っていた。
臆病だったと言ってもいい。
裏切られる事を恐れ、他人と違う何かになる事を恐れ、一歩をずっと踏み出せずにいた。
だが、フェーニクスとの戦いを経て自覚してしまったのだ。
自分が何を求めていたのか。自分がどうしようもなく歪んでいて、それはもう治せないという事を。
ならば、この歪んでいる自分をまずは受け入れよう。今まで拒絶していた自分自身を認め、その上で自分だけの道を進もう。
無表情を貫いていたメルセデスの口元が歪み、牙が覗く。
その邪悪さすら感じる――初めて見るメルセデスの笑みに、ジークリンデ達が驚いたような顔をした。
そう、これが私だ、とメルセデスは思う。
生物を殺めても何も感じない。そんな自分を嫌悪して自分自身を恐れた。
母や婆や、妹にすら愛情を抱けない歪な自分を嫌い、そんな自分を閉じ込めた。
ジークリンデと彼女の母が抱き合う姿に何の感慨も湧かない自分が大嫌いで、自分を遠ざけた。
だが、もういいだろう。
馬鹿は死んでも治らない。ならばもう自分を認めてやってもいいだろう。
メルセデスという欠けた月の満たされない部分はきっと、歪みに歪んでいてクレーターだらけで、みっともない形をしているのだろう。
そんな満月を恥じて隠して、それで欠けている満たされないと嘆いていた。
それもここまでだ……もう自分を抑えつけるのは、止めてしまおう。
「慎重に振舞うべき時は終わったという事だ。
この先はきっと、少しくらい無謀でおかしくなければ進めない領域なんだと私は思う。
だから――私は、父が持つ物を含めた全てのダンジョンを強奪する。
エルフェも、シメーレも、フォーゲラも、そして未だ攻略されていないダンジョンも全てだ。
全てのダンジョンをこの手に収め、そしてその力でいがみ合っている四種族を統一する。
そうすれば戦争は起こらない……単純な話だろう?」
「た、単純って……ねえメルちゃん? それ完全に悪者の発想だよ? だって、それ……それ……」
――それ、世界征服しますって言ってるようなものじゃん……。
掠れた声でそう言うハンナに、メルセデスは笑みを以て肯定を返した。
パパン「ブラボー……おお、ブラボー!」
ハンナ「もうやだこの親子!」
これにはベルンハルトもニッコリ。




