第百三十三話 戦争秒読み
例の暗殺騒動の後、吸血鬼とエルフェの両種族は速やかに集落からの撤収を開始した。
ダンジョンが誰かに攻略されて消えた以上はもう集落に残る意味はなかったし、何よりいつ襲撃されるか分からないとなれば、尚更残る意味がない。
メルセデスも学園へ帰還する事となったが、ここで問題となったのはレスリーであった。
普通に考えればエルフェである彼女は、エルフェの国にある実家に戻るべきである。
しかし、彼女はつい先日にグラシアンと決闘をしており、更にそのグラシアンは暗殺者によって殺されてしまっている。
レスリーに一時かけられた貴族殺しの容疑は、メルセデス達が真犯人のフォーゲラ達を捕まえた事で完全に晴れている。
グラシアンの死に関して、レスリーが責められる部分など何もない。
しかしグラシアンの家族はそう思うだろうか?
感情というのはそんな簡単なものではなく、グラシアンの家族が身内を失った怒りのぶつけ所を欲し、その結果レスリーに矛先が向かう可能性は決して低くない。
しかしそれでも、レスリーは一度国に帰る事を選択した。
「そうか、戻るか」
いそいそと吸血鬼とエルフェが撤収準備を進める集落の中央で、メルセデスとレスリーは向かい合ってこれからの事を話し合っていた。
メルセデスの言葉に、レスリーは決意を固めた表情で頷く。
「ええ。やっぱケジメっていうか……グラシアンの家族にも、事情を説明しなきゃだし」
「分かった。なら、こいつ等を連れていけ」
メルセデスがそう言うと、予め後ろに待機させておいたドミニオンと、ピジョーンが前に出た。
このピジョーンはダンジョン攻略中にレスリーの乗り物として活躍し、何故かずっと付いて来ていた個体だ。
ベンケイに通訳させてみたが、どうもこのピジョーンは成り行きで一緒に行動した事でメルセデスとレスリーに対し、仲間意識を勝手に抱いているらしい。
メルセデスとしては勿論、仲間にしたつもりは全くない。
ダンジョン内にあった強制横スクロールエリアをショートカットする為に、たまたま近くを飛んでいたピジョーンを捕まえて、壁にぶつけて、その後何故か勝手についてきただけだ。
どうやらこの時、自分より強い者に従う魔物の本能によってメルセデスを主と認めたらしい。
道理で、何度ダンジョンを出入りしても入口で待機していたわけだ。
「いいの? そのドミニオンってアンタが苦労して捕まえた奴じゃない。
それにそっちのピジョーン……いつの間に捕まえてたの?」
「……まあ、色々あってな」
「色々、ねえ……」
じーっとレスリーがメルセデスを凝視する。
レスリーは馬鹿っぽいが、馬鹿ではない。
むしろ、いかに例の本を見たとはいえ、その内容を理解して様々な道具を作り出した事を考えると、理解力は恐ろしく高い部類だ。
そして彼女には既に、十分なヒントが与えられていた。
「メルセデス、やっぱダンジョンを攻略したのって……いや、もしかしたらそれ以前から既に……」
ここまでで、メルセデスが吸血鬼の中でも規格外の実力の持ち主である事は十分に分かった。
彼女ならばダンジョンを攻略出来ても何も不思議ではない、とレスリーは考える。
……というより、他に候補がいない。
メルセデスとレスリーは途中までダンジョンで一緒に行動していて、ゴールの近くまで到達していた。
そして他に、そこまで辿り着いていた者はいなかったのだ。
ならばあの後、メルセデスが一人でダンジョンに向かって攻略したと考えるのが最も自然だ。
そして、もう一つ気になる点がある。
それは、何故か増えていた本だ。
レスリーのテントが燃えてしまった時、メルセデスはあらかじめ回収しておいたと言って本をレスリーに渡してくれた。
ところがグラシアンの死後に、グラシアンの遺体の側からも全く同じ本が出てきてしまった。
ただ同じ本というだけではない。前に零した果汁の染みや、ページの隅に書いたメモ書きまで同じ……両方とも間違いなく、レスリーの本だ。
そしてこの本をメルセデスから渡されたのは、ダンジョンが攻略されて消える前だった。
「アンタ、前にダンジョンを攻略した者はダンジョンそのものを入手出来るって言ってたじゃない?」
「……そうだったか」
「そうよ。でさ、ダンジョンって無限に魔物が出てくるじゃない。まるで中で増やしてるみたいにさ」
「…………」
「増やせるのって魔物だけなのかな? もしかして、物も……例えば、本とかも増やせるんじゃない?」
ダンジョンは魔物だけではなく無機物も増やせる。
そう考える方が自然だとレスリーは考えていた。
何故なら魔物の中には、武器や防具を身に着けている魔物もいる。
その武器や防具はどこから出ているのか……そこまで考えが至るならば、無機物も増やせるという結論に辿り着くのは難しい事ではない。
そして、もしそうだった場合は一つの仮説が成り立つ。
メルセデスは最初からダンジョンを持っていて、その力で本を増やしたのだと。
「……まあ、いいか」
しかしここまで考え、レスリーは追求を止めた。
メルセデスはあまり詮索して欲しくなさそうに見えるし、それにダンジョンそのものを手に入れるというのは一国の軍隊に匹敵するだけの軍事力を得るという事だ。
ダンジョンの主というのは、その時点で自分の国を持ったも同然……その時点で『王』である。
レスリーはメルセデスに言われるまで知らなかったが、国の上層部や王族などは当然この秘密を知っているだろう。
ならば、当然厄介事になる。自らの派閥に入れようとするか、それとも消そうとするか。
それらを黙らせるには、逆に既存の王族を派閥に入れる、あるいは消すかして、ダンジョンの主が国を乗っ取り、本当の王になるしかない。
だが、メルセデスはそのどれも望んでいないように見えた。
「それじゃあね、メルセデス。短い間だったけど、一緒に冒険出来て楽しかったわよ」
「ああ、私もだ。賑やかで楽しめた」
レスリーとメルセデスは握手を交わし、それからレスリーは背を向けて歩き出す。
だが名残惜しいのか足を何度も止めてはチラチラと後ろを振り返った。早く行けよ。
「……あのさ、メルセデス。これ、外れてたら恥ずかしいんだけどさ。
アンタは……その、あー……多分、これから色々と面倒な権力闘争とかに巻き込まれると思うっていうか……で、もし、助けとかが必要になったらさ……」
頬をかき、言葉を選ぼうとしながらレスリーはしどろもどろに話す。
だがやがて面倒になったのか、身体ごと振り返って笑顔で言いたい事を言った。
「何かあったら、私に声をかけて。今度は、私がアンタを助けるから!」
それだけ言い、レスリーは迷いを振り切るように走っていった。
小さくなっていくその背中を見送り、メルセデスは微かに笑う。
「……そしてそれが、私の見た彼女の最後の姿だった」
何となくボケてみると、遠くから「勝手に殺さないで!」と突っ込みが入った。どうやら聞こえていたらしい。
別れる間際まで賑やかな少女であった。
◆
レスリーと別れ、ドミニオンとついでにピジョーンも預けたメルセデスは、その後特に何の騒動もなく国へと帰還した。
余談だがドミニオンの離脱に、ベンケイは妙に喜んでいる。
しかし国に戻って、それでまた平穏な学園生活に戻れるわけではない。
国は既に戦争ムード一色で、あちこちでフォーゲラ殺すべしと市民が殺気立っている。
当たり前だ。いきなり貴族を何人も殺されたのだ。
これで黙って泣き寝入りなどしては吸血鬼の名折れだ。
ハンナとジークリンデも数日間学園に戻らず、帰ってきた時は二人ともぐったりしていた。
二人だけではない。今やダンジョン継承者となり、次期国王と目されているフェリックスもまた、明らかに疲れた様子で同行している。
どうやら、フォーゲラの国に攻め込むかどうかで連日議論を交わしていたのだろう。
三人は現在、メルセデスの寮室に集まっており、メルセデス以外は暗い顔をしている。
「駄目だあ……完全に皆、戦争モードになってるよ……」
ぐでー、とベッドに突っ伏してハンナが諦めたような声をあげる。
ハンナとしては今回の一件は、あまりにフォーゲラが不用意すぎて何か裏があると読んでいるのだが、その裏が全く読めない。
確かにフォーゲラとは……というより、どの国とも水面下では探り合い、騙し合いを行っていたし、決して友好的とは言えなかったが、それでも今回のフォーゲラの動きは明らかに不用意すぎるし、間抜けすぎるのだ。
これでは、『私達が全面的に悪いので攻め滅ぼして下さい』と言っているようなもの。
外交でやってはいけない事の一つは、相手に大義名分を与える事だ。
それを露骨にやってきたフォーゲラの今回の動きはどう考えてもおかしい。無能という言葉では到底済まされないだろう。
だからもう少し慎重に調査をしてから動くべきだと主張しているのだが、ここまで皆の意見が戦争一色で染まってしまってはどうしようもない。
「フォーゲラは何と言ってるんだ?」
「今回の件は部下の暴走で、自分達は何も関与していないと言っている」
メルセデスの問いに、ジークリンデは困ったように返答した。
彼女が困るのも無理はない。
これでは知らぬ存ぜぬを通しているだけ。余計に怒りを煽る事はあっても、事態を好転させる事は出来ない。
それどころか、完全に逆効果だ。
「だが逆に、これが貴族達の怒りを加速させてしまった。
何を知らぬ存ぜぬを通しているのか、それで騙されると思っているのか、馬鹿にするのもいい加減にしろ……とな。
私としては信じたいが……信じられる根拠が残念ながらない」
これで、『知らないなら仕方ない』となる段階はとうに過ぎている。
実際に貴族が殺されて、ジークリンデも襲撃を受け、そして捕まえた実行犯はフォーゲラだった。
更に彼等を尋問した結果、上からの命令だった事も明らかになっている。
正確にはあの襲撃犯達にはハンゾウという名のリーダーがおり、そのハンゾウが上からの命令を彼らに伝えていたというので直接命令を受けていたわけではない。
とはいえ、少なくともハンゾウとやらが血迷って暴走したとかでない限りは、今回の暗殺事件はフォーゲラの国の上層部が黒幕だったと見ていいだろう。
「あの時逃げられちゃったフォーゲラいたでしょ? あれがハンゾウだったっていうんだけど……ミスったなあ。あの時ちゃんと捕まえてれば、もう少し詳しく分かったんだろうけど……」
ハンゾウに逃げられてしまった以上、今回の一件が本当にフォーゲラの国の意思によるものなのか、ハンゾウ一人の暴走によるものなのかは分からない。
だが吸血鬼、エルフェ双方共に既にフォーゲラの国が黒幕と決め打ちして動いてしまっている。
「伯母さん……戦争になってしまうのか?」
「うん、戦争になるね」
フェリックスの不安そうな質問に、ハンナは諦めたように言い切った。
残念ながら、もう戦争への流れは止められない。
現役の王女であるジークリンデと、次期国王と目されているフェリックスが反対しても同じだ。
二人共まだ年若く、発言力はそれほど強くない。
何より、国で最も発言力の強い男――ベルンハルトがフォーゲラ殲滅を強く唱えているのが決定打であった。
「残念だけどフォーゲラは滅びると思う。
ダンジョンが一つしかない上に、吸血鬼とエルフェの両方から攻撃されるんじゃ……ね。
問題はその後……フォーゲラが滅びてお終いじゃない」
「……そのまま残る三種族で全面戦争か」
ハンナの言葉に対し、メルセデスが返した言葉にジークリンデとフェリックスがぎょっとした。
事はもう、フォーゲラを滅ぼしてはいお終い、では済まない所まで来てしまっている。
「うん……今まで四種族は、それぞれが二つのダンジョンを保有する事で睨み合い、氷上の均衡を保ってきた。
その中で吸血鬼だけが三つ持ってしまったわけだけど……」
言いながら、フェリックスの方を見る。
言わずもがな、吸血鬼の手に入れた『三つ目』とはフェリックスが保有している、以前はマックスが持っていたダンジョンだ。
現在、吸血鬼は表向きにはジークリンデ、フェリックス、そして帝国のベアトリクスがダンジョンを持っている事になっている。
……尤も、実際は帝国のダンジョンはメルセデスが保有している上に、更にメルセデスはシュタルクダンジョンに加え、今回手に入れたグレンツェダンジョンまで持っている。
更にプラクティスダンジョンの持ち主がベルンハルトであると考えれば、実際は吸血鬼が六つ持っている事になる。
「三つになっても吸血鬼が動かなかったのは、それで調子に乗って攻め込んでも他の種族が手を組んだら逆に負けかねないから。
それに隠し持っているダンジョンがないとも言い切れない。
だから……パワーバランスは既に壊れてたんだけど、それでもまだどこも動けなかった」
「そのパワーバランスが今回更に壊れた、と」
「うん……フォーゲラを滅ぼしてしまえば、残る吸血鬼、エルフェ、シメーレで三つ巴になる。
でさあ……うん……」
チラ、とハンナがメルセデスを見た。
それだけで言いたい事は伝わる。
表向きには吸血鬼はダンジョンを三つ持っているが、ハンナ視点ではそうではない。
彼女はメルセデスがダンジョンを持っている事……そして今回攻略したのも彼女だろうという事は既に分かっている。
そしてプラクティスダンジョンがベルンハルトの持つダンジョンである事も当然確信している。
つまりハンナ視点ではダンジョン六つという過剰戦力が見えてしまっているわけで、それは当然ベルンハルトも分かっている事だ。
こんな状態でフォーゲラを滅ぼしてしまえば、残るエルフェとシメーレが手を組んでもダンジョンが四つしかない。両種族に仮に隠し持っているダンジョンがあったとしても、それでもまだ互角だ。
つまりフォーゲラを潰した後に、エルフェとシメーレを同時に敵に回しても勝てる目算が既に出来上がっているのだ。
ならばフォーゲラを潰しても戦争は終わらない。
十分な勝算を得た吸血鬼は、そのままシメーレとエルフェまで平らげてしまう。
……ただしこれは、メルセデスが手を貸せば、の話である。
そしてベルンハルトは、その前提の上で事を進めている。
つまり、メルセデスの今後の動き一つで未来が左右される。
ここが運命の分岐点なのだ。
フォーゲラ「暗殺とか知らないっす。部下が勝手に暴走してやっただけっす……いやマジのマジで」
_人_人_人_人_人
_)だが それが (
_)逆に貴族達の >
_)逆鱗に触れた! (
⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒




