第百三十二話 道具の持ち主
メルセデス達からかろうじて逃れたフォーゲラは、空を飛びながら『主』の許を目指していた。
彼の名はハンゾウ。幼い頃から隠密としての訓練を受けてきたフォーゲラで、今回の襲撃事件を起こした襲撃部隊の長である。
彼は『主』から下された命令を忠実に実行し、彼の部下達は疑問一つ挟む事なく従ってくれた。
道具は考えるなかれ。それが彼にも、彼の部下達にも共通して叩き込まれた思想だ。
今回彼が受けた命令は、吸血鬼とエルフェの貴族を襲撃し、殺害する事。
その理由は数日前に失われてしまったダンジョンを奪回する為……と部下達には教えていたが実際は違う。
今回襲撃した貴族は決して無作為に選んだわけではない。
エルフェの貴族からは有力で有能な貴族を選び、暗殺した。
一部、無能も混じっていたがそちらは無作為に暗殺対象を選んでいると思わせる為のダミーだ。名は確か、グラシアンといったか。
そして吸血鬼からは、権力にしがみ付くだけの害悪な無能を選んで抹殺した。それが『主』の命令だったからだ。
こちらも無作為に選んでいると思わせる為のダミーとして、あえて王族であるジークリンデの許にも暗殺者が向かったが、ハンナ・バーガーによって返り討ちにされる事までが想定の上だった。
実は彼等はジークリンデを暗殺する気などなく、適当に交戦してから撤退するつもりだったのだ。
……しかし、差し向けた暗殺者が捕まってしまったのは、流石というべきか。
何故こんな命令が下されたのか。その理由を語るには一月前まで遡る必要がある。
◆
「ハンゾウよ。お主に仕事を頼みたい。他の誰にも頼めぬ、お主だからこそ任せられる大事な仕事だ」
ハンゾウはその日、仕えている主から城に呼び出されていた。
城と言っても、フォーゲラの城は吸血鬼達の国のそれとは明らかに趣が異なっている。
畳と呼ばれるこの国独自の床の上でハンゾウは跪き、主と謁見していた。
ハンゾウが仕えているのは古くから続く由緒正しき帝の一族……『帝器』と呼ばれる刀を自在に操る護国の士だ。
吸血鬼達の国では『王剣』とも呼ばれているその刀は、ダンジョンと呼ばれる魔境を宿した恐るべき力を秘めている。
魔物を自在に使役し、道具を増やし、無尽蔵の軍団をどこでも呼び出せる。
古の時代にダンジョンを攻略した帝の血に連なる者だけが、この刀を使う事が出来る。
その末裔こそが今、ハンゾウの前にいる男であった。
今代の帝……ハザマ・ヨシモト。ハンゾウの命は、彼に仕える為だけに存在している。
「由々しき事態だ。血を吸う悪しき鬼共の国に、帝器が集まりつつある」
「……吸血鬼」
「オルクスのジークリンデ・アーベントロート。ベアトリクスの女狐。加えてエルフェの長耳の馬鹿共が余計な事をした結果、フェリックス・グリューネヴァルトの手にも帝器が渡る事となった」
確定しているだけで既に三つ。吸血鬼はダンジョンを所有している事になる。
四つの種族は今までダンジョンを二つずつ所有し、力関係が拮抗していた。
だがここに来て吸血鬼は三つ目を手に入れてしまった。
これは、四種族間のパワーバランスが崩壊した事を意味している。
いつ戦争が始まってもおかしくない……いや、もう始まっている。
表面上は停戦という形を取っている四種族だが、裏では互いを探り合い、どうにかして相手の力を削げないかと暗躍し続けている。工作員の派遣など日常茶飯事だ。
恐らくは件の、真の王派とやらを煽ったエルフェ……バジル・サーモンもまたそんな工作員の一人だったのだろう。
彼は吸血鬼同士を争わせようとしたが、結果的には逆に吸血鬼を強化してしまった。
無能な働き者が張り切るとロクな事にならないという、いい例だ。
「帝器が三本……危険ですな」
「いや、四本やもしれぬ」
帝は重々しい声色で、最悪の可能性を口にした。
もし四本あれば、それはもう二つの種族を同時に敵に回せるという事だ。
つまり吸血鬼がもし戦争を仕掛けてきた場合、残る三種族が団結しなければならないという事になる。
「ブルートという都市の近くにあるプラクティスダンジョン……奴らにとって余りに都合がよすぎるこのダンジョンは以前から、ベルンハルト・グリューネヴァルトが所有しているという噂があった。
もしも事実ならば、あまりに危険……手を打たねばならん。最早事実確認がどうこうの次元ではない……攻め込まれてからでは遅い」
「では、今回の私の仕事は……」
「うむ。ハンゾウよ、お主に命じる。吸血鬼ベルンハルト・グリューネヴァルトを抹殺せよ」
この命令を受け、ハンゾウは迷いなく承諾した。
元より断る選択肢はない。
主が『やれ』と言えばやる。『死ね』と言えば死ぬ。
それがフォーゲラの隠密……シノビの在り方だ。
故にハンゾウは、ベルンハルトを仕留めるべく吸血鬼の国へと向かった。
そして――。
――数日後に帰ってきたハンゾウは、主であったはずの帝を病死に見せかけて毒殺した。
これにより事態は急変した。
帝が所有していた帝器が消え、ダンジョンへと戻ってしまったのだ。
しかも場所は吸血鬼とエルフェの丁度国境……これは、フォーゲラにとっては最悪の事態であった。
すぐにフォーゲラはダンジョンを攻略して手元に戻すべく隠密部隊を派遣し、その指揮をハンゾウに任せた。
これでハンゾウが攻略すれば、以降はハンゾウを帝として崇めなければならないが、もう背に腹は代えられない。
しかしこの判断は過ちであった。
彼等は気付けなかったのだ……帝を殺めた張本人こそがハンゾウであると。
そしてハンゾウは、フォーゲラ達の思惑を超えて暴走を始めた。
ダンジョンを攻略せず、それどころか何を血迷ったのか吸血鬼とエルフェの貴族を暗殺して回り、しかもわざと証拠を残し、目撃させるという意味の分からない行動に出た。
フォーゲラの上層部がこの異常に気付いたのは、吸血鬼とエルフェから山ほどの抗議文が送られてからの事であった。
「何を……あいつは、ハンゾウは一体何をしているのだっ!?」
抗議文を読んだ重鎮のうちの一人が悲鳴にも近い叫び声をあげる。
それはフォーゲラ上層部全員の代弁でもあった。
していない……こんな事をしろと、誰も命令していない!
誰かに攻略されてしまったダンジョンをフリーに戻す為に、攻略者と思われる者を暗殺するまでは分かる。いや、それは本当に最後の手段だが、それでも納得は出来る。
だが何故証拠を残す!? 何故目撃させる!?
これでは無駄に二つの種族から睨まれるだけ。
最悪だ、と誰もが思った。
「他の連中は……? だ、誰もおかしいと思わなかったのか? 誰もハンゾウを止めなかったのか!?」
「…………止めんだろうよ。道具は考える事なかれ……そう在れと命じ、奴らに道具である事を求めたのは我等なのだから」
「ならば何故! 何故ハンゾウはこんな真似を!?」
「分からぬ……」
彼等には分からない。
何故、突然信頼していた道具が暴走してしまったのか。
信じていた。頼っていた。
故に、ハンゾウが暴走すれば他の全員が巻き添えとなる。
その事を知ったのは、全てが手遅れになった後の事であった。
◆
時間は戻り、現在。
ハンゾウは片足を失った状態でありながら、無事に『主』の許へ帰還を果たしていた。
場所はプラクティスダンジョン。
そこに、『主』だからこそ造ることのできる隠し部屋があった。
普段は封鎖されている場所だが、今はハンゾウが帰還した時の為に解放され、その中に『主』がいる。
「戻りました、主よ」
「ご苦労」
隠し部屋の中は、まるで貴族が暮らすような豪華な一室だった。
この部屋だけを見れば、とてもここがダンジョンの中だとは思えない。
壁に飾られた鎧。槍。細かな細工が施された食器にシャンデリア。
有名な画家に描かせた肖像画には、青い髪の少女……彼が最も目を掛けている娘が繊細なタッチで描かれている。
そして、その部屋の奥で『主』は椅子に腰かけ、背を向けている。
「首尾は」
「上々。仰せの通りに帝を暗殺し、ダンジョンを解放……ダンジョンは殿が予想された通りに、姫君の手に。厄介なエルフェの貴族と、今後邪魔になるだけの無能な吸血鬼の貴族……全て処分致しました。双方の怒りは完全に、フォーゲラへ向いております」
「これで大義名分が出来たというもの。フォーゲラ滅ぼすべしと、誰もが立ち上がるだろう」
全ては『主』の描いた筋書き通り。
フォーゲラの暗殺部隊がエルフェと吸血鬼の貴族を仕留める事で二つの種族の怒りをフォーゲラへ向け、戦争を仕掛けるに相応しい理由と世論を作った。
また、この時エルフェの貴族は厄介で有能な奴を……吸血鬼の貴族は死んでいてくれた方が都合のいい無能や日和見主義者を消し去った。
後はフォーゲラを潰すのみ。ここからフォーゲラが逆転する術などない。
仮にシメーレと手を組んでも、向こうのダンジョン保有数は三に過ぎない。
……まあ、シメーレは恐らく手を貸さないだろうが、あくまで仮の話だ。
一方でこちらはジークリンデ、ベアトリクス、フェリックスの持つ王剣が一つずつ。
メルセデスが持つ二つのダンジョンは本人が攻略した完全版で、守護者の召喚も可能だろう。
そしてこのプラクティスダンジョン……合計『六つ』のダンジョンがある。
この圧倒的戦力は最早、吸血鬼以外の三種族を同時に敵に回しても互角に戦えるものだ。
そしてエルフェの怒りがフォーゲラへ向き、フォーゲラが滅びたならば……もう、吸血鬼が負ける要素はない。
三種族の連合の目を潰した。エルフェの力も削いだ。フォーゲラも弱体化させた。
流れは完全にこちらのものだ。
全てが思い通りに運んだ。
「よくやった……我が道具よ」
キィ、と音を立てて椅子が回る。
そしてハンゾウの方を向いたのは、このダンジョンの『主』……。
――ベルンハルト・グリューネヴァルトであった。
ハンゾウは一月前、ベルンハルトを抹殺するためにブルートへと乗り込んだ。
乗り込み……そして、敗れた。
半死半生へ追い込まれた彼はすぐに殺される事はなく、このダンジョンに放り込まれ、コピーが産みだされ、用済みとなったオリジナルはダンジョンの養分となった。
そのコピーこそが、このハンゾウだ。
ダンジョンで生まれた魔物は、ダンジョンマスターに絶対服従だ。オリジナルの主など関係ない。
故にハンゾウは何の躊躇もなく、使い手が変わった道具として忠実に、元の主である帝を抹殺したのだ。
「準備は整った。最早障害はない……いや」
ベルンハルトは静かに笑い、壁に立てかけてある肖像画へと近付く。
最早障害はない。
ハンナならばあるいは此度の真相に辿り着くかもしれないが、辿り着いても邪魔はすまい。
アレもまた、国に忠誠を誓う吸血鬼だ。
内心では今回の事をよく思わないだろうが、それでも吸血鬼の為に働くだろう。
だが、もしかしたら障害に化けるかもしれない、そしてベルンハルトの障害足り得る者がたった一人だけこの世に存在している。
「お前は私の敵となるか。それとも共に覇道を往くか……なあ、メルセデスよ」
肖像画に描かれた娘の頬を撫で、ベルンハルトは何処か期待しているように笑った。
ハンゾウ(肖像画をわざわざ飾るとか、こいつ、娘の事大好きやん……)




