第百二十七話 コンペティション
『この世界の始まりは西暦……当時は既に西暦という言葉自体が忘れ去られていましたが、マスターの分かりやすいようにあえて西暦で語るならば一万五千と二百三十三年。突如として火星がそれまでの軌道から逸れ、少しだけ太陽に近づいた事に端を発します』
ツヴェルフの説明にメルセデスはふむ、と相槌を打つ。
西暦でないならば当時は何と呼んでいたのか少し気になったが、別にそれは知らなければならない情報というわけではない。
それより今は、とにかく続きを聞く事が優先だ。
さして重要でもない質問で話の腰を折る気はない。
『原因は今でも分かっておりません。突発的な重力波によるものとする説もありますし、遠くで起こった超新星爆発の影響ともいわれています。
宇宙人の悪戯とする荒唐無稽な説もあります。
しかし全ては推測の域を出ません。真実は永遠に宇宙の闇の中……ただ、事実として火星は太陽に近づき、これまでの環境から一変しました』
火星は――あくまでこれは一つの説に過ぎないが、四十億年以上昔は地球と同じような環境だったという。
火星の表面には川のようなものがあった跡や火山の痕跡があり、かつての火星には広大な海もあったと言われている。
しかし火星は地球の半分程度の半径しかない為に重力が弱く、大気が宇宙空間へ逃げていった結果、メルセデスの知る火星となった……という話を何かの本で読んだ記憶があった。
勿論実際どうだったのかなど、メルセデスには知る由もない。
四十億年以上も昔の火星の姿など誰も見ていないのだから、どれだけ正しく聞こえる学説や論文でも推察の域を出る事は出来ないのだ。
『太陽との距離が縮んだ事で火星には様々な変化が生まれました。
結論だけ先に述べると、自転の速度や温かさ、重力……そうしたものが変化していき、それから二百年後には地球に限りなく近い条件の惑星となったのです。
……そこに至るまでの経緯や、何故そうなったかの当時の科学者の推察もお聞きしますか?』
「いや、いい。長くなりそうだし、多分聞いても分からん。先に進めてくれ」
疑問がないわけではない。
突っ込み所はいくらでもある。
だがそんなものは当時の学者があれこれ語り尽しただろうし、その上でツヴェルフ曰く『推察』なのだから、結局答えは出なかったという事だ。
結局の所、いかに科学を極めて神を気取ろうと人の頭脳で宇宙や星の不可思議を全て解き明かすなど出来ないという事か。
『人類は、この火星に目を付けました。
これまで幾度となく語られながらもSFの中の出来事でしかなかった火星のテラフォーミング……それが現実味を帯びたのです。
そして人類は、この火星を新たな舞台としてもう一度歴史をやり直す事を決めました。
流石に、自分達の姿が歪で、そしてこのままでは未来がない事は自覚していたようです。
それこそが今、マスターが立っているこの惑星……かつて火星と呼ばれていた星です』
「この地が火星で、あの青い月は地球……か。まあ随分前に予想出来ていた事だ」
ここが火星で、あの月は地球……それ自体は数年前から確信に近いレベルで予想出来ていた事だ。
だからそれはもういい。答え合わせをして、正解だった事が分かったに過ぎない。
「そしてテラフォーミングは成功した。そうだな?」
『はい。人類は持てる全ての英知を結集し、四百年の時を費やして火星を移住可能な惑星へと作り変えました。その時に開発され、テラフォーミングの中核を担ったのが人工の原子……ナノマシンです。
人類はナノマシンを使い、自分達の後継者となる新たな人型の生物の創造に着手しました。
その理由は前回も述べた通り、人類そのものを再現しては同じ道を辿るだけだと分かっていたからです』
ツヴェルフの説明にメルセデスは頷く。
これは前回聞いた事だ。人類は発達した科学で遺伝子に手を加え、寿命を延ばし、不治の病も克服した。
だが便利になり過ぎた科学は人類から生物としての強さを奪い、逆に退化を促した。
その果てに最終的に人類は機械の力がなければ生きていく事すら出来ない肉塊となり、その過ちを繰り返さぬように最初から強く優れた生命体を創り出したのだと。
だがこれでは人類と異なる生物を創ったに過ぎず、人類の後継者として機能していない。
『人類はいくつもの人型の生物を生み出し、この惑星に送り込んでテストを繰り返しました。
時に英知を授け、時に争わせ……そして失敗を糧にまた改良を重ねた人型の生物を作り、実験を続けました。
送り込んだ生物がどれだけ早く文化を築くか。戦争をして、どの生物が勝るか。それを幾度も試し、
最初は数百種もいた新生物も、競合の果てに絶滅していき、やがて実験は最終段階へと至ります。
その最終試験に残った四種の生物……それこそが即ち、吸血鬼・獣人・鳥人・賢人。人類はこの四種に皮肉を込めて『偽物』と名付け、本物になる為の試験を始めました。
この惑星は、新種の生物のポテンシャルを試す為の試験場なのです。
そして今は、人類の後継者となるべき『本物』を決める最終コンペティションの……お披露目会の最中です』
「…………」
メルセデスは一度目を閉じ、小さく溜息を吐いた。
どうやら自分達は、箱庭の中の実験動物だったらしい。
腕のマスターキー……帝国ダンジョンの中でベアトリクスが何か、怒りの声をあげているのが分かる。
どうやら今の話を聞いてしまい、人類に対し酷く怒っているようだ。
だがそれも無理はない。お前達は実験動物だったと言われて平静でいろと言う方が無理な話だ。
『そして正式採用が決まった暁には、生まれて来る赤子に対して人類の記憶と意識の転写が始まります。
人類は衰え、醜くなった身体を捨てて、美しく強靭な身体へ『転生』して一から生と歴史をやり直す……それが彼等の目的です。
そして既に、実験的に記憶の転写は始まっております』
「…………それが、私のような存在という事か?」
『はい。しかしまだ実験段階……もしかしたら失敗するリスクもあります。
故に彼等は自分達ではその実験を行わずに、保存状態のいい過去の人間……コールドスリープをしていた旧時代の人間の記憶の転写から始めました』
メルセデスはこの説明に、思わず「ん?」と声をあげてしまった。
今の説明に一か所、どうしても突っ込まずにはいられない部分があったのだ。
ツヴェルフはメルセデスの様子に、気付いたように補足説明を入れる。
『二十一世紀の段階で既にコールドスリープは、アメリカやロシアで実際に行われていました。
自分の死後に死体を保存するように生前依頼する事で冷凍保存されるサービスです』
「いや、そっちじゃない」
21世紀にコールドスリープが実際に行われていた事は、何かのニュースで見た覚えがある。
勿論生きたまま冷凍するのは法律に接触するので、あくまで死体の保存に過ぎないし、当時は冷凍状態から蘇生したという話も聞いた事がない。
だが仮に当時、SFのようなコールドスリープが実現していたとしても、それでメルセデスの前世の死体が保存されているはずがない。
前世の最期はよく覚えている。歩道橋から落ちての転落死だ。
勿論コールドスリープのサービスなど依頼した覚えはないし、第一日本でそんなサービスはなかったはずだ……多分。
死後の臓器提供には、どうせ死んだ後ならばどうでもいいとサインしていたような気がする。
考えられるのは、あの後に死体が回収されてドナーとして保存された……とかか?
どちらにせよ、相当闇の深い話が裏にありそうな気がする。
「まあいい……その記憶の転写とはどのくらいの頻度で行われている?」
『…………』
「ツヴェルフ?」
『申し訳ありません。現在の権限ではこの先を語る事は出来ないようです』
どうやら今回の情報開示はここまでのようだ。
だがこれで大分話が進んだ。
特に大きいのは、自分という存在はファンタジーな転生などではなく、意図的に生み出されたものだったという事だろう。
「では質問を変えよう。そのコンペティションの勝利条件とは何だ?」
『四種族の中から、『ダンジョン№0』の攻略者が出る事です。
誰かがダンジョン№0を攻略した時点でコンペティションは終了となり、その攻略者の種族が正式採用され……残る三種族は廃棄されます』
ツヴェルフの説明を聞き、メルセデスの中で危機感が膨れ上がった。
誰かがダンジョン№0とやらを攻略してしまえば、その時点でこの星の命運が決してしまう。
その攻略者が吸血鬼以外ならばアウト。自分も……母も、妹達も廃棄されるだろう。
廃棄というのがこの星に放置されるだけならばいいが、そんな甘い話ではあるまい。
人類……神々の目的はこの星で、新たな身体を得て歴史をやり直す事なのだから正式採用された種族以外の偽物はまず無事では済むまい。
「ダンジョン№0か……それはどこにある?」
誰かが攻略すれば即終了の爆弾。
そんなものがあると知って、何もしないでいる程メルセデスは呑気ではない。
今すぐ攻略しないにしても、まずは場所を抑えて誰も攻略出来ないようにしておく必要がある。
何ならそこにモンスターをありったけ配備して誰も近付けないようにしてもいい。
ダンジョン№0はそうするだけの価値がある……いや、そうしてでも守らなければならない危険物だ。
『申し訳ありません。それは№0以外の全てのダンジョンを制覇した者のみが知る事が出来るトップシークレットとなっております』
「そうか……そう簡単に見付かる場所ではないんだな?」
『いえ、発見自体は誰でも可能です。
しかしこの世界にある№0以外のダンジョンをクリアしない限り、挑む事は決して出来ません』
発見自体は誰でも可能ときたか。
そう思い、メルセデスはツヴェルフに視線を投げたが、彼女は相変わらずの無表情だ。
どうやらこれが今出来る限りの最大限のヒントらしい。
ともかく、誰かが偶発的にクリアしてしまう可能性はないようだ。
自分がダンジョンを三つ抱えている限り、ある日いきなりコンペティションが終了して神々に廃棄されるという事はない。
それが分かっただけでも朗報と思うべきだろう。
炎
( ´∀`)人 皆様こんばんは。
既に活動報告で語っているのですが、この度『欠けた月のメルセデス』の書籍化が決定しました。
これも皆様のおかげであります。
それと3月12日に「野生のラスボスが現れた!」コミカライズ8巻が発売します。
こちらもよろしくお願いします。




