第百十八話 試練の前に
レスリーの予想以上の無欲さは予想外だったが、しかしメルセデスとしてはやはり彼女を試練の間まで連れて行く事には否定的だった。
人などというものは後からいくらでも意見を変える。
現物を見るまでは何とでも言えるが、いざ目にしてしまえば欲が働いて、やはり分け前を寄越せと言ってきてもおかしくない。
それに守護者との戦いは命の危険を伴うという点は何も変わらない。
レスリーを参戦させて死なれては、それこそ世界の損失になりかねないだろう。
それらの理由もあって、やはりパーティーを解散しようと告げる事を考えたのだが……。
「っ! 避けろ!」
前方で何かが光ったのを視界の端で視認すると同時に、声を出した。
直後にアシュタールとピジョーンが回避行動に入り、二羽の間をレーザーのような光線が通過していく。
どうやら話すのは後のようだ。
光線を撃って来たのは全身を白銀の鎧で包んだ人型の魔物で、背中からは輝く翼が生えている。
兜の耳に当たる部分にも翼のような飾りがあり、胸元には十字架が描かれている。
全体的に神聖さというものが重視されたデザインのようだが、この世界で十字架の意味が分かる者などいるのだろうか?
そしてそれだけならばフォーゲラに見えない事もないが、決定的な違いはそのサイズであった。
でかい……3mはあるだろうか。
あんな巨大なフォーゲラなど、(多分)いないだろう。
(ツヴェルフ!)
『製造№153。正式名称ASー024。現地識別名、ドミニオン。
司る属性は“陽”と“鉄”。
エンゲル種を統括する上位モンスターです。
近接戦の戦闘力はアシュラオーガに匹敵し、加えて多数の魔法を操ります。
しかし支援魔法と回復魔法を得意とし、どちらかというと自らが戦うよりも後方に下がって軍団を指揮する方が得意なタイプです』
ツヴェルフから素早く情報を入手し、メルセデスはあの鎧に興味が湧いた。
思えばメルセデスが主力として使う戦力の中に、支援タイプはまだいない。
メルセデスが強敵と戦う際に重宝する戦力はベンケイ、クロ、ピーコ、シュフ……それからフレデリックから奪ったデーモンフォルストも切り札となり得る。
他には少し信用が落ちるので過信は出来ないがユリアとベアトリクスも戦力としては申し分ない。
最後にシュタルクダンジョン守護者であるシュバルツ・ヒストリエと帝国ダンジョン守護者であるパラディース。この二体は一国の軍隊すら壊滅させかねない、まさに奥の手だ。
しかしダンジョンの守護者相手に使用出来る戦力に守護者を数える事は出来ない。
ダンジョンの守護者相手にはダンジョンマスターの力抜きで挑まねばならず、マスターとしての力以外で入手した戦力しか使えない。
故に、マスターになる以前に捕獲したベンケイ達や、そもそも魔物ですらないユリアとベアトリクスならば出せるが、マスターになってからマスター権限で手に入れたダンジョンの魔物達や守護者は一切使えないのだ。
このドミニオンは当然、メルセデスがこのダンジョンをクリアすればメルセデスの配下となり、いくらでも量産出来るようになる。
だがいくら増やそうと、今後の守護者との戦いでは使えない。
何故なら攻略した後では、それは『ダンジョンマスターに仕えている』のであって『メルセデスに仕えている』わけではないからだ。
このドミニオンを今後の試練で使おうと思うならば、マスターになる前……つまり今捕まえなくてはならない。
(捕まえておくか……アレは今後、優秀なサポートになる)
故にメルセデスは、ドミニオンを倒すのではなく捕獲する事を決めた。
それともう一つ、見落としてはならないのはドミニオンがいる位置だ。
巨大な扉を守るように立っており、扉の前には中継地点まである。
思い出せばシュタルクダンジョンの時も、二択の扉の前に扉があって、そこをアシュラオーガが守っていた。
つまりここが、二択の扉の前の地点……引き返すならば、ここが最後というわけだ。
あの扉を超えてしまえば、後は金と黒の扉の二択を選択する以外に道がない。
「扉まで辿り着いた強者達よ。
試練に挑むだけの力があるか、ここで試してやろう!
挑むつもりがないならば引き返すがよい」
ドミニオンが妙に親切な事を言い、ランスを構えた。
それを前にメルセデスもハルバードを構え、遅れてレスリーもマスケット銃を構えた。
それを見て戦闘の意思ありと判断したのだろう。ドミニオンが大きく翼を広げる。
「交戦の意思ありと判断した! これより攻撃を開始する!」
「攻撃ならもうしただろう。それも不意打ちで」
「…………あれはただの挨拶だ! 細かい事を気にするな!」
ドミニオンが苦しい言い訳をしつつ、槍をメルセデスへと向けた。
現在メルセデスとドミニオンの距離は30mほど離れている。
いかに槍といえど、届く距離ではない。
だがアシュタールは素早く回避運動に入り、槍の先から先程の光線が発射された。
光線を避けながらアシュタールが一気に加速し、ドミニオンへ接近する。
そして翼を硬質化させ、ドミニオンの兜へ叩きつけた。
「ぬうっ……」
しかし硬い。硬質化したアシュタールの翼ならば大抵のものは切断出来るのだが、流石に向こうも『鉄』属性を持っているだけはある。
甲高い金属音が響き、たたらを踏むだけに終わった。
攻撃の反動でアシュタールの動きも止まるが、これだけ接近すればメルセデスの射程だ。
ブルートアイゼンを大きく引き、力任せに薙ぎ払う。
いかに硬い魔物だろうが、神の金属で出来たこのブルートアイゼンより硬い物はこの世界に存在しない。
鎧がへこみ、ドミニオンの身体が大きく吹き飛ばされる。
そこにレスリーが的確にマスケット銃を放つ……が、弾丸が全て鎧に弾かれてしまい、跳弾となってメルセデスを掠めた。
危うくフレンドリーファイアになるところだ。
「レスリー! 銃は効かない! 別の攻撃をしろ!」
「べ、別の!? ええと……えと……なら!」
銃は効かない上に跳弾となって味方に当たる危険がある。
なのでレスリーはマスケット銃を仕舞い、代わりにピジョーンの上から飛び降りてジェット噴射でドミニオンの上に陣取った。
すると彼女が飛行する為に放出され続けている水がドミニオンを襲う。
「むう……この程度!」
ドミニオンの兜の、目に当たる部分が光った。
それと同時にドミニオンを覆うように光の幕が展開される。
するとレスリーの水圧攻撃はその幕に阻まれ、ドミニオンに届かなくなってしまった。
更にドミニオンは翼を羽ばたかせ、レスリーへと接近する。
だがそれを阻むようにメルセデスが横からハルバードを叩き付け、バリアごとドミニオンを吹き飛ばした。
「メルセデスさあ……前から思ってたけどアンタって、見た目チビっこいくせに、すごいゴリ押しのパワーファイターよね……」
「背の低さの事は言うな。自分でも気にしてるんだ」
吸血鬼の不老期は自分では選べない。
フレデリックのように取り返しが付かないほど老いてから不老になる者もいれば、メルセデスやハンナのように幼い時期で止まってしまって一生を子供の外見のまま過ごす者もいる。
メルセデスとしても本当は二十歳くらいで止まってくれるのが理想だったのだ。
しかし本人の不満はともかく、『小さくて素早いパワーファイター』というのは敵からしてみれば厄介この上ないだろう。
的が小さいので当たりにくいのに、ぶつかればパワー負けするのだから手に負えない。
ドミニオンの槍から発射される光線を避けながらアシュタールが飛び、メルセデスが飛び降りて重力制御で宙に浮く。
そして空中を蹴って加速し、音速の弾丸となってドミニオンの背後を取った。
このダンジョンに入ってからはずっと飛行可能な魔物に乗っていたが、メルセデスは別に魔物に乗らなくても自分で飛べる。
「なあっ……!?」
驚くドミニオンの背中に蹴りを放ち、空中ダッシュで追いついてそのまま彼の上へ乗る。
まるでサーフィンボードにするようにドミニオンに乗ったまま飛び、向かうのは彼が大事に守っていた扉だ。
そして衝突の寸前――ドミニオンの背を蹴って更に加速させつつ、自らはその反動で後方回転しつつ離脱する。
弧を描いて一回転。止めにドミニオンの足の裏に自らの足の裏を合わせるようにして思い切り蹴り、更に加速させて思い切り扉へ叩き込んでやった。
轟音を立ててドミニオンが扉に激突し、扉に上半身が埋まる。
その彼を放置して宙を舞い、丁度いい位置にきたアシュタールの上に着地した。
そしてポケットから出す振りをしてダンジョンから、魔物を捕獲する為の封石を出してドミニオンに向けて投げつけた。
六年前にボリスがベーゼデーモンを呼び出すのに使ったこの封石だがメルセデス自身が使うのは初めてである。
投げられた封石は抵抗もなくドミニオンを吸い込み、そしてメルセデスの手へと戻った。
試練を前にして優秀な支援役をゲットだ。上手く躾ければきっと今度の戦いで役に立ってくれるだろう。
メルセデス「マッスルインフェ……」
通りすがりの銀色の平和の神「……」ガタッ
メルセデス「……特に無関係の偶然似ているだけの技ー!」
フェア精神で奴等を叩き潰すのです「……」スッ……




